悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「ひとり旅をしたい」と思うものの踏み出せない方に向けたアドバイスを、本を絡めてご紹介します。
男性はなぜか、ひとり旅に憧れてしまうものですよね。それは僕も同じで、過去に何度か、あまり目的を決めないまま出かけたことがあります。
しかしその結果として思い知らされたのは、自分がいかに旅慣れしていない人間かということでした。いざ行こうとなるといろいろ気負ってしまい、それでいてあまり計画も立てないため、いつも結局は中途半端なものになってしまうのです。
ひとり旅に必要なものとは?
本来、ひとり旅の目的とはリラックスすることであるはず。なのに気負ってしまったのでは、本末転倒もいいところであるわけです。
だからこそ、ふらっと近所を散歩するような感覚で、あくまでも気楽に楽しみたいものですね。
1940年生まれのドイツ文学者による『ひとり旅は楽し』(池内 紀 著、中公新書)は、忙しい毎日を送るなかでいつしか忘れてしまっていたことを思い出させてくれる楽しい一冊。なぜならコミカルで軽妙な文体によって、ひとり旅の楽しさを伝えてくれるからです。
まず興味深く、そして共感できるのは、冒頭「出かける前ーーまえがきにかえて」のなかの“旅の持ち物”に関する記述です。
実をいうと、ひとり旅にとりわけ欠かせない必需品がある。無限の好奇心であって、それを自分なりに表現する。そのときはじめて旅が自分のものになる。
よそへ出かけたからといって、べつに新しいことがあるわけではない。変化はしていても新しくないのだ。旅先だからこそ新鮮で、えがたい冒険になる。新しさと冒険を自分でつくり出している。旅はするものではなく、つくるもの。旅の仕方で、その人がよくわかる。
(「出かける前ーーまえがきにかえて」より)
大切なのは、好奇心を持って旅を楽しむこと。とはいえ変化はしていても、別に新しくない。こう言われると、「さあ、ひとり旅だ!」と気負っている自分が滑稽に見えてきたりもします。
しかも、旅だからといって遠出をする必要もないのだと著者は言うのです。
通勤圏であっても、一泊二日のちょっとした旅である。朝の陽射しを顔に受けながら見知らぬ町へと歩き出すときの一瞬がうれしい。足が自然に踊りだす。やたらにキョロキョロして、あらぬところで立ちどまる。むろん、なんの用もない。ただキョロキョロしているだけだが、おりおり日常から抜け出してキョロキョロしているのは悪いことではないのである。(39ページより)
たしかに、特別な観光地を回るわけでもなく、ただキョロキョロしているだけでも楽しい旅になりそうです。
ひとり旅へのスタンスとは?
『泣かない一人旅』(吉田友和 著、ワニブックスPLUS新書)に関して、まず気になるのはそのタイトルの意味ではないでしょうか?単なる「一人旅」ではなく、「泣かない」という部分が重要だというのですから。
でも、次の主張を目にすると、なんとなく言いたいことがわかるような気がします。
「一人旅」という言葉の響きからはロマンチックなものを想像しがちだが、それは幻想にすぎないのではないか、というのが僕の考えである。もしかしたら、ドライな発想なのかもしれない。夢を壊すような発言であることも自覚している。 でも、あえて主張したい。旅なんてただの娯楽であると。 そのことは一人だろうが、二人だろうが変わらない。単なる旅を冒険なんていうのは烏滸(おこ)がましいし、人間を成長させる修行のような要素を求めるのもお門違いだ。ときには泣きたくなるほど感動する場面もあるだろうが、それはあくまでも副産物にすぎず、基本的なスタンスとしては過剰に感情的になる必要はない。 純粋に楽しいから旅をする。楽しければ、それで十分だ。(「プロローグーー泣けるけど、泣かないーー」より)
つまり著者の主張は、「キョロキョロする」感覚に価値を見出す『ひとり旅は楽し』に近いのかもしれません。なにも、特別なものである必要はないということです。
いつ旅にでるべき?
ところで、旅をしようと決めても、結局は出発直前になってバタバタと手配をするということになりがちでもあります。その場合、「直前」がどの程度を指すのかによっても、いろいろなことが変わってきそうです。
著者はこのことについて、「旅をしたいと思ったら、その翌週も週末に向けて旅を計画するのがいい」と主張しています。「来週末の旅行」というのが理想的だというのです。
来週末ならば、現実味のあるスケジュール感で旅を計画できる。近すぎず、遠すぎない未来である。それなりに日程に余裕はありつつも、旅行に対するモチベーションが下がらない程度には近日と言えるのではないだろうか。(中略) 旅は行きたいときが行きどきであり、同時に、行けるときも行きどきである。旅をするなら、来週末がちょうどいい。(43ページ)
もしかしたら、この考え方に共感しつつ、けれど「旅慣れていない自分には、やっぱりハードルが高いんだよなぁ」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。でも大切なのは、気負ったり、大げさに考えないこと。
そういう意味では、なにかひとつ目的を設定し、まずはそのための旅をしてみるのもいいかもしれません。たとえば、「温泉に浸かる」ための旅にするとか。
だとすれば役に立ちそうなのは、『さすらい温泉 遠藤憲一 極上温泉ガイド』(テレビ東京/「さすらい温泉 遠藤憲一」製作委員会 編集、TAC出版)。
「俳優の遠藤憲一が役者を引退し、素性を隠したまま日本全国の温泉宿で仲居を務める様子を取材する」という設定のドキュメンタリードラマ『さすらい温泉 遠藤憲一』については、ご存知の方も多いのではないでしょうか?
本書は、ユルさが魅力の同番組に登場した温泉を紹介したガイドブックなのです。ちなみに主役の遠藤憲一氏も、温泉でリラックスするのがお好きなのだとか。
長湯はできないけれど、温泉自体は好きです。3日連続で仕事がオフだったら、女房と温泉に出かけます。部屋を変えて、ふだんの生活とイメージを変える。気分転換、日常を変えるという意味でね。(「遠藤憲一の オレと温泉」より)
サラリーマンの場合、現実問題として“3日連続で仕事がオフ”というようなことはあまりないかもしれません。しかし、時期はちょうどゴールデンウィーク。この機会に、お目当の温泉に日帰りで出かけてみてはいかがでしょうか?
そうすれば、それがひとり旅のきっかけになる可能性は大いにあるのですから。
著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)
作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。