悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「客の心をつかめない」営業職へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「営業なのにお客様の心をつかめない」(28歳男性/営業関連)


そもそも僕自身が営業には向いていないので、偉そうなことをいう資格などないのです。が、それでも今回のご相談を目にしてふと感じたことがあったのでした。

はたして、「どんなときにも例外なく人の心をつかめる"自信に満ちた営業マン"など存在するのだろうか?」ということ。

人の心をつかむことが苦手であるなら、人を引きつける力を持った営業マンをうらやましく感じるのは当然の話かもしれません。でも、そんな"すごい営業マン"だって、心のどこかでは自分の営業力について悩んでいるかもしれないわけです。

程度の差こそあれ、誰しも悩みは抱えているものなのですから。

そう考えれば多少なりとも気持ちは楽になるでしょうし、「では、これから自分はどう考え、どう行動していけばいいのか?」ということを客観的に考えることができるのではないでしょうか。

コミュニケーションで意識すべきは「対話」

営業がやるべきは、お客様の頭と心の中を深く理解することです。そのためには、お客様が"どんな情報"を"どのように解釈しているのか"ということを理解する必要があります。(203ページより)

『「営業」とは再現性のある科学 誰でも成果を出し続けられる「顧客実現の法則」』(木下悠 著、日本実業出版社)の著者はこう述べています。

  • 『「営業」とは再現性のある科学 誰でも成果を出し続けられる「顧客実現の法則」』(木下悠 著、日本実業出版社)

とはいえ、自分の聞きたいことを一方的に聞くだけ(ヒアリング)では、情報が手に入ったとしても、お客様の心の奥にある認識までを理解することは不可能。また、こちらが持っている情報を提供するだけでは、お客様の考えていることを引き出すことなどできないはず。

そのため重要なのは、こちらが持っている情報に仮説(=自分なりの解釈)を加えて話をすること。そうすれば、お客様のその情報に対しての意見(=お客様なりの解釈)を聞くことができるわけです。

つまり、お客さまとのコミュニケーションにおいて意識すべきは、ヒアリングや情報提供という一方向のやりとりではなく、「対話」という双方向のやりとりなのです。(203ページより)

同じものを見たとしても、その事象をどのようにとらえるかはその人の「解釈」によって異なるからです。

ましてやビジネスの場合、情報に対して解釈を加えるのはお客様です。営業が提案する商品やサービスが「高い」か「安い」かを解釈するのもお客様なのです。

したがって、もしお客様が「高い」といった(解釈した)としても、すぐに値引きやサービスなどに走ってはいけないのだと著者はいいます。なぜなら、価値を感じてもらえない場合は、どれだけ金額を下げても選ばれることはないから。

やるべきは、「なぜその商品を高いと感じたのか」「何と比べて高いのか」「高いことによってどんな問題が起こると考えているのか」というお客様の解釈の背景にある認識や考え方を掘り下げることです。(205ページより)

社会学における"社会構成主義"という考え方では、「社会に存在するありとあらゆるものは人間が対話を通して頭の中でつくり上げたものである」といわれているそうです。

つまり、自社の商品やサービスの価値も、「対話」を通してお客様の頭の中につくり上げられるものだということなのです。

まずは相手の意見に理解を示す「Yes, And法」

一方、『トップ2%の天才が使っている「人を操る」最強の心理術』(山本マサヤ 著、河出書房新社)の著者は次のように述べています。

  • 『トップ2%の天才が使っている「人を操る」最強の心理術』(山本マサヤ 著、河出書房新社)

すべてのコミュニケーションにおいて、自分の考えを相手に理解してもらいたければ、相手の話を聞くことから始めなければならない。
また、相手の話を聞くということは、相手の心を開くという効果がある。(86ページより)

そして、ここで引き合いに出されているのが、スティーブン・R・コヴィー著『7つの習慣』(ジェームス・スキナー、川西茂訳、キングベアー出版)に書かれている「理解してから理解される」ということば。

著者もこのことばを重要視しているそうですが、ただし「理解してから理解される」のは簡単そうでありながら、なかなかできないことでもあるようです。

理由は、脳が面倒くさがるから。人間の脳は基本的に省エネで働くため、余計なことを考えないようにできているというのです。

たしかに、相手のいいたいことを理解しながら、自分のいいたいことを考えるのは疲れるもの。脳にとって、相手を理解することは"追加作業"になるからなのだとか。

そこで著者は、心理学の本などによく出てくる「Yes, But法」ではなく、「Yes, And法」を使うことを勧めています。

「Yes, But法」は相手の意見を否定して反論しているようなものですが、相手の意見を受け入れつつ自分の意見へ導くというアプローチこそが大切だというのがその理由。

「Yes, And法」は、相手の意見を否定して自分の意見を通したいときに、すぐに相手の意見を否定するのではなく、まず相手の意見を肯定して受け入れたと思わせてから自分の意見を出すことで意見を聞いてもらいやすくする心理テクニックで、人に何かをしてもらったらお返しをしたくなる「返報性の法則」に基づいている。(88ページより)

その一例として、ここでは次のようなやりとりが紹介されています。

クライアント「今度弊社で、3億円が当たるキャンペーンをやろうと思うんだけど、どうだろう?」
あなた「なるほど(Yes)、面白いアイディアですね。あと(And)、予算とも相談して決めていきましょう」
クライアント「うん、それも大事だ」
あなた「ありがとうございます」(89ページより)

このように話を進めていけば、相手のアイディアを否定しているわけではないので、反発が起きないわけです。「なるほど、あと(And)予算が」というほうが、「なるほど、でも(But)予算が」というよりも好反応を得やすいのは当然の話。

人間は理解してもらうことで、相手を理解する余裕ができたり、自分も理解してあげようという気持ちが生まれるのだ。(90ページより)

大切なのは、相手に関心を持ちながら相手を理解し、自分の意見をもきちんと伝えること。そのために、「Yes, And法」が効果的だということです。

「知ったかぶり」をしない

ところで営業時の会話のなかで、クライアントの口から自分の知らない話が出てくることがあります。「営業を成功させたい」という目的があるだけに、そんなときにはつい知ったかぶりをしてしまいがちかもしれません。

しかし『ちょっとしたことで「かわいがられる」人』(山﨑武也 著、三笠書房)の著者は、相手に好かれる人の条件のひとつとして「知らないことを認める」ことを挙げています。とくにビジネスの場においては、知ったかぶりはとても危険だと。

  • 『ちょっとしたことで「かわいがられる」人』(山﨑武也 著、三笠書房)

知らないことをもとにして話を進めたり作業をしていったりすれば、どれだけ積み重ねをしていったとしても、間違った方向に向かってしまうかもしれません。

せっかく築くことができたと思っても、結局は無駄になってしまう可能性が高いわけです。それどころか、信頼を失ってしまう危険性もあるでしょう。

自分が知らないことは、その場ですぐに聞くのが原則だ。そうしないと、相手は知っているものと考えて話を進めていく。その場で説明をさせるという余分の労力を相手に強いることになるが、できるだけ完全なコミュニケーションを図るためには不可欠な作業である。(209ページより)

相手の話のなかに自分の知らないことが出てくると、多少なりとも「恥ずかしい」と感じることになるかもしれません。だから、つい知ったかぶりをしてしまうわけです。

けれども実際のところ、知らないことを知らないというころとができる人は信用できるもの。ここは、忘れるべきでない重要なポイントなのではないでしょうか?