悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、部下との距離感に悩む人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「部下との適切な距離感が失われている気がして若干の不安があります」(47歳男性/販売・サービス関連)


部下とのコミュニケーションに関するご相談も、この連載の定番ですね。そんな定番はないほうがいいに決まっていますけれど、とはいえ異なる人間同士。

立場も違えばキャリアも、ましてや年齢や生活環境も違うわけですから、「適切な距離感が失われている気がする」というお悩みにも、どこか納得できるものがあるわけです。

もともと"違う"人同士だからこそ、ちょっと距離感が開くと、埋め合わせできない溝が広がってしまったような錯覚に陥ってしまうのかもしれませんね。

ましてや、リモートワークが当たり前のものになったコロナ禍です。ただでさえ希薄になりがちなコミュニケーションがさらに薄まったとしても無理はないでしょう。

一方、それは考え方だとも感じます。つまり、もともと「距離があってあたり前」だったのだと考えることもできるのではないかということ。

「適切な距離感が失われている」と捉えると修復が難しそうに思えるでしょうが、「最初から距離があるもの」だと思っていれば、「そこから、どうしていくべきか」を考えることも難しいものではなくなるように思うのです。

単なる考え方の違いですが、その違いを認識し、冷静に受け入れることは、決して無駄ではないはず。失われた距離感を修復することは決して不可能ではないのですから、前向きに考えればきっと答えが見つかるのではないでしょうか?

お互いを理解することからスタートする

『本物の「上司力」 「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(前川孝雄 著、大和出版)の著者は、部下を育て組織を活かす「上司力」提唱者。「本物の上司力とはなにか」について考え続けてきた結果、「すべてのスタートは、お互いを理解すること」だという結論に達したのだそうです。

  • 『本物の「上司力」 「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(前川孝雄 著、大和出版)

相互理解が深まることは信頼関係の構築に通じ、信頼関係は醸成されることで上司は部下に仕事を任せやすくなります。上司から仕事を任せられた部下は、任せられた範囲の責任を負うことで、自律的に働き始めるのです。(80ページより)

そんなの当たり前の話だと思われるかもしれませんが、その“当たり前”の部分がしっかり保たれていないからこそ「部下との適切な距離感が失われている」とも考えられます。

もちろん、そうでないならそれに越したことはありませんが、まず原点に立ち返ることも無駄ではないと思います。

なお著者は、部下と会話をする際には"相互理解と信頼関係の醸成"という観点から、「共通項を見つける」ことも必要だと記しています。

たとえば初対面の相手と会話しているとき、出身地が同じだったり出身校が一緒だったり、あるいは共通の趣味があったりすると、それだけで会話は盛り上がるものです。つまり人間は、お互いに共通項があることがわかると親近感を持つものだということ。

上司が自己開示をすれば、部下がその話の中に自分との共通項を見つけることがあるかもしれません。それを上司のほうから聞き出すことで確認しましょう。
たとえば自己開示をしたあとで「今日話したことの中で、何かもっと聞きたいことはあるかな?」と尋ねたり、「質問があれば何でも聞いてほしい」と伝えたりしてみてください。
あるいは「今日の話で、私とあなたの間に何か共通するところは感じた?」などと直接的に聞いてみても良いでしょう。(87〜88ページより)

いずれにしても、こうした質問を介して共通項という「話のタネ」をまくことは、部下が自分のことをスムーズに話すよう促すことにつながるというわけです。

人は互いのことを知らないと警戒心を抱き恐れがちですが、互いのことを知ればそれも和らぎます。互いの共通項が見つかれば、自分と同じ経験があることとなり、「知らない人」から「知っている人」になり、一気に心の距離が縮まるのです。(87〜88ページより)

つまり、なんらかの手段によって心を通わせることが重要なのでしょう。

部下の話を訊いて関心を寄せる

『自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書』(篠原 信 著 文響社)の著者が「ラポール」の重要性を説いているのも、同じような意味合いではないかと思います。

  • 『自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書』(篠原 信 著 文響社)

ラポールとは、カウンセラーと患者の間で「心が通い合っている」「分かってくれている」という心理学の用語だ。出会いたての頃には特にこれを上司と部下の間でも、仕事を一緒にしていくうえで差し支えない程度には形成しておきたい。ラポール(信頼感、親しみ)が形成できていないと、「疑心暗鬼を生ず」で、「上司は意地悪からこんなことを言うのに違いない」と被害者意識で言葉を捻じ曲げて受け取りかねない。(140ページより)

ラポールの形成に失敗すると、あとからはなかなか取り返せないもの。したがって、部下との仕事が始まった当初から意識しておく必要があるわけです。

そしてラポールを築くにあたっての重要なポイントとして、著者は部下の話を聞くことを挙げています。

上司は自分が話すより、部下の話を聞くことが大切だということ。一方的に話した場合、「部下の本音がどこにあるのか」は見えてこないものです。しかもそれでいて、思い通りに動かない部下を腹立たしく感じてくるかもしれません。

しかし当然ながら、それではラポールなど形成できるはずがないわけです。だからこそ、ラポールは話すよりも「訊く」とうまくいくのだということ。なお、「聞く」ではなく「訊く」と書いたことには理由があるのだとか。

「訊く」というのは、「質問(訊ねる)しながら話を聞く」ということだ。「学生時代は何をしてたの?」「どういうことが好きなの?」「へえ、その時どう思ったの?」「君の話を聞きながら思い出したことがあるんだけど、こんな話があるんだ。君はこれについてどう思う?」「どうしてそうなったんだろう?」「他に気がついたことがある?」
よく5W1Hとか、オープンクエスチョンとか言われる質問の形式だ。Yes/Noで答える形式とは違い、いろんな答え方が可能なので、話題をどんどん膨らませやすい。(143ページより)

そして部下が話してくれたことに対し、上司が気をつけるべきは「君の話はとてもおもしろい、もっと聞きたい」という気持ちを持つことだそう。相手に共感を示しつつ、相手の話に関心を示すべきだということです。

これもまた、心がけておきたいことです。

人材育成のための面談「1on1」のアイデア

ところで「部下との適切な距離感が失われている」のであれば、なんらかのコミュニケーション手段を用いるべき。そこで参考にしたいのが、『ヤフーの1on1――部下を成長させるコミュニケーションの技法』(本間浩輔 著、ダイヤモンド社)。

  • 『ヤフーの1on1――部下を成長させるコミュニケーションの技法』(本間浩輔 著、ダイヤモンド社)

ヤフーで執行役員を務める著者が、人事の責任者に就任した2012年から社内への浸透を進めてきた「1 on 1ミーティング(以下1 on 1)の方法を紹介した書籍です。

それは一般的な「面談」ではなく、人材育成のための手段。上司はそこで部下の進捗を確認し、問題解決をサポートし、最終的にはその部下の目標達成と成長の支援を行うというのです。

ヤフーの1on1は、原則として週に1回、30分程度かけて行います。進捗報告や評価面談など、組織における上司と部下の面談にはいろいろなものがありますが、私たちの1on1は、部下のために行う面談です。ですから、30分の対話が終わったときに、部下が「話してよかった」と思えば、まずは成功です。(80ページより)

しかし、対話自体は難しいことではないとはいえ、その時間を部下のためのものにするためには、心がけること、守るべきポイントがあるはず。それは、以下の5つに集約されるようです。

部下に十分に話をしてもらう
話は最後まで聞く
上司は先に自分の考えを言わない
上司依存の関係にしない
行動で終わる
(28〜49ページから抜粋)

まず大事なのは、「部下に十分に話をしてもらうこと」。1on1は部下の行動や経験学習を深めることを目的としているため、部下は自分の経験を詳細に思い出し、ことばにし、深く内省する必要があるからです。

また、本人が思い出して、学び、行動することが重要だからこそ、話は最後まで聞くことが鉄則。しかも1on1は評価のための面談ではないので、上司は先に自分の考えを口に出さず、部下の思いや考えを深めるための問いかけをするべき。もちろん部下のことばを否定するなど、上司依存の関係にしないことも重要。

そして対話を進めることで問題の本質が見えてきたら、次に求められるのは部下が自ら思いついて行動に移すこと。そこで上司は、部下が自ら考えるように促す必要があるわけです。

これは対面のみならず、オンラインでの面談でも活用できそうなアイデアではないでしょうか?