「CASE」というコンセプトが世界のデファクトに
2016年のパリサロン・モーターショーでメルセデス・ベンツのトップが示した「CASE」(コネクト・自動運転・シェア・電動化)というコンセプトは、世界中の自動車メーカーが納得する次世代車の課題である。メルセデスは生産台数(規模)で見ればあまり大きくないが、ガソリン自動車を考案したメーカーだけあって、常に未来社会を考えながら自動車技術を進化させてきた。それだけに、CASEというコンセプトでは非常に重いテーマを掲げている。
一方、10のブランドを束ねるフォルクスワーゲン(VW)は、規模ではトヨタ自動車と並ぶ世界のトップメーカーだ。2015年にディーゼル不正問題が発覚し、現在は立ち直れるかどうかの重要なターニングポイントにいる。
すでに電動車両では、中国市場を見据えた大胆なEV(電気自動車)化を進めるVWだが、自動運転やコネクトといった分野では、どのような技術革新を考えているのだろうか。VWグループの中核を成すアウディは、新型「A8」で自動運転技術をリードしようとしている。ライバルのメルセデスやBMW、あるいはレクサスやキャデラックとの技術競争も始まっている。
そんな中、2017年11月にVWグループで自動運転領域の研究部門トップを務めるヘルゲ・ノイナー博士(Dr.Helge Neuner)が来日し、同グループの自動運転への考え方を明らかにした。
VWグループ自動運転領域の研究部門トップに聞く
ノイナー博士は2002年から電子電動化領域の技術を担当し、その後はインフォテインメント(コネクト)やHMI(ヒューマンマシンインターフェイス)などを手掛けてきた。そして2017年には、本格的に自動運転の責任者となっている。まさに、自動運転には最適なキャリアを持つ人物だ。さらにノイナー博士は、日本の内閣府が主宰する政府間パネルにも出席し、「SIP-adus」(府省連携の自動運転推進会議)が主宰する自動運転の国際会議でもスピーチしている。
ノイナー博士はプレゼンテーションで、VWの包括的なビジョンはメルセデスが打ち出した「CASE」と同じコンセプトだと語った。もはや、このCASEという言葉に代表されるイノベーションは世界のデファクトになったのだ。つまり、単なるクルマだけでの進化ではなく、クルマ社会全体でイノベーションが起こり、モビリティがサービス業(Mobility as service)となることを示唆している。
キーワードは冗長性
そのVWは、自動運転にどのような姿勢で取り組もうとしているのか。早速、ノイナー博士の話の核心をレポートすることにしよう。
まず、話題となっているアウディ「A8」の自動運転レベル3だが、実際のところ、レベル3の実現にはもう少し時間がかかるようだ。アウディA8の場合、「トラフィックジャム・アシスト」と呼ばれる時速60キロ以下の限定的なレベル3でも、ドライバーを監視するシステムが必要となる。一見、中途半端に思えるアウディA8のレベル3だが、ノイナー博士は次のような考えを示す。
「自動運転システムについて、人間よりも運転が優れている、ということを検証することが重要なので、市販されたA8を通じて世界中の色々なデータを取ることで、システムの冗長性(Redundancy)を高めることが大切です」
人間も色々で運転がうまい人もいるので、必ずしも自動運転システムの方が優れたドライバーであるとは限らない。しかし、人間にできないことがシステムでは可能となるので、シミュレーションを駆使し、システムの精度を高めることが重要になるとノイナー博士は考えているのだ。
しかし、このレベル3に関しては、日本の関係者(メーカーやアカデミー)の間でも侃侃諤諤の議論がかわされている。レベル3は責任問題がシステムと自然人(法律的表現)の間で行き来するので、どう考えても難しいという意見も多い。レベル2を高度化し、システムの冗長性や信頼性が十分に高まった段階で、レベル4にジャンプアップすべきという考え方もある。自動運転領域で「ガーディアン・エンジェル」(守護天使)というコンセプトを打ち出すトヨタは、この考えを明らかにしている。
HMIがカギを握る
システムのどの機能がダウンしたのか、ドライバーが直感的に分かるような対応を取らなければいけないのではと尋ねると、ノイナー博士は「そのためにシステムそのものを簡素化し、ドライバーにとって分かりやすくすることが大事です。200ページのマニュアルを読むなんてナンセンス」とし、HMIがカギを握るとの考えを示した。
ノイナー博士は、システムに対してドライバーがどう反応するのかを示す例として、「ドライバーは、そのシステムに慣れて信頼を深めると、かえって異常時には、システムからテイクオーバーの要請があってもすぐに対応せず、時間をかける傾向にあります」という面白い研究結果も教えてくれた。
こういった話を聞くと、システム側(クルマ側)の努力も重要である一方、ドライバー側の理解も大事になりそうだと感じる。あらかじめ「知っておくべき情報」を、ドライバーは認識しておく必要が出てくるだろう。
自動運転には、レベル1から順番にレベル5へ進んで行くプロセス(Evolution)と、レベル2からレベル4へジャンプアップするプロセス(Revolution)の両方のパス(道)があるが、VWグループは、両方のパスに並行してチャレンジしていく考えを示す。電動化とモビリティサービスに関しては色々なアプローチがあり、VWもグローバルに注力していく考えを示しているが、どうやら自動運転に関する考え方に、世界のメジャーメーカー間の違いは少ないようだ。
著者プロフィール
清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。
内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある