自動車業界を激変させるトレンドとして、Connected(つながるクルマ)、Autonomous(自動運転)、Shared & Service(カーシェアリングなど)、Electric Drive(クルマの電動化)の頭文字をとった「CASE」というキーワードが世界中を席巻している。これは2016年のパリモーターショーでダイムラーのディーター・ツェッチェ社長が発言した言葉だが、実は「C」のコネクティビティについては、日本が先進国といえる。

5Gで一変するクルマのコネクティビティ

私が『ITSの思想』を出版したのは2005年だが、その頃の日本ではすでにETCが導入されていて、2012年にはETCの普及状況が4,000万台を超えていた。クルマとインフラがつながった電子料金収受システム、いわゆる路車間通信(VtoI:Vehicle to Infrastructure)はこれだけ発達していたが、当時はそれをコネクティビティと呼ばなかっただけだ。カーナビ、VICS(Vehicle Information and Communication System)情報、光ビーコンの交通道路情報などにも同じことがいえる。

このコネクティビティの意味を、これからの時代を踏まえてもう少し考えてみたい。まず、2020年頃に次世代移動通信の5Gが実用化されると、約2時間の映画が数十秒程度でダウンロードできる高速大容量時代となる。

クルマには数多くのセンサーがあり、ミリ波・カメラ・超音波などをセンシングすることで自動運転も可能となるが、そのデータは膨大だ。1秒間走っただけで、何ギガバイトというデータを取ってしまう。それを自身の自動運転だけに使うのではなく、クラウドを介して5Gでサーバーにアップロードする。

  • プリウスPHVの縦型センターディスプレイ

    たくさんのクルマがセンサーで得た情報をビッグデータとして活用すれば、カーナビの渋滞情報などは精度が向上するはずだ(画像はトヨタ「プリウスPHV」の縦型センターディスプレイ)

これまで、ビッグデータの処理は困難を極めていたが、AIと機械学習により有効なデータのみを抜き出して、再びクラウド経由でクルマに返すことができるようになる。クルマ同士がつながるだけでなく、クルマの外側にいるAIともつながりながら、自動運転の技術がますますソフィスティケイトされていくわけだ。コネクティビティは、よりインテリジェントでスマートな社会を実現する鍵といえる。

モビリティの進化が生む古くて新しいコミュニティ

AIの進化によって、私たちの移動やライフスタイルのパターンが、ある程度は予測できるようになる。人々は何月何日にどういう移動をしているか。目的地に何があるのか。反対に、どういうイベントがあれば、人々はどう移動するのか。そういったことが見通せる時代になるのだ。

移動手段としてのテクノロジーはあくまでツールであり、その先にあるものこそが本当のゴールだといえる。春になれば桜の名所に大勢が集まるが、あえて散り際の桜吹雪を見に行く人もいるかもしれない。経験値として知っていた移動の楽しみ方をきっかけに、人々同士がつながっていく。そのモビリティ社会の先に生まれるものを、私はコミュニティだと考える。

今の若い世代にとって、コミュニティという単位は非常に重要で、彼らは個々をつなぐハブとしてスマートフォンやSNSを駆使している。モビリティも同様で、クルマを移動手段としては捉えない。テクノロジーに対する価値観が、世代ごとに変容してきている。

人と人とのふれあいの間にモビリティが介在すると、それをきっかけにコミュニティが多様化し、新しいムーブメントが次々に巻き起こる時代がやってくる。新しいといっても、日本には古来から長屋や祭りなど、人々のつながりを大切にする文化が強く根づいていた。コミュニティが受容される風土や素地を持つ日本では、これからの時代に即した豊かさの価値が生まれてくるはずだ。

  • smart vision EQ fortwo

    クルマを単なる移動手段とは捉えない世代に何で訴求するかは、自動車メーカー各社が取り組むべき課題かもしれない(画像は2017年の東京モーターショーで撮影した「smart vision EQ fortwo」)

自動運転のダイバーシティを考える

時代のニーズに応えるには、単一のプラットフォームを深掘りするモノカルチャーでは力不足だろう。欧州では人種から業種まで、ダイバーシティ(多様性)の考え方を取り入れている国が多い。日本が見習わなくてはならない点だ。人々がモビリティに求めるものは多様化し、地域社会にいくほどハードルも高くなるわけだが、それは裏を返せば、モビリティには社会全体を変える力がある、ということだとも思える。

自動運転など、さまざまな分野で取り組みが進む内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、2018年で5年目となる。この間、スタート時は夢物語だった構想が続々と実現可能性を帯び始めており、次にはエネルギーがつながる時代が到来しそうだ。スマートモビリティ社会やバーチャルプラントと呼ばれる構想では、情報、エネルギー、モビリティがグリッドでつながり、社会全体がよりスマートに、より低炭素化して、事故のないゼロクラッシュ・ゼロエミッションの方向にシフトしていく。

テクノロジーの進化だけでなく、軸にはコミュニティをきちんと据えなければいけない。人々の実感として生活が豊かに楽になった、移動が快適になったと思える社会を作るには、社会インフラや都市のデザインそのものを変える必要があるだろう。

エンジニアの力がモビリティの新時代を拓く

個人と社会との関係は、時代とともに変容している。個人が集まって社会をつくっているという考えから、社会があるからこそ個人がいきいきと生活できるという考え方に変えてみると、「社会が個人に何をしてくれるのか」ではなく、「個人が社会に対してできることは何か」という視点が、コネクティビティやイノベーションにとって重要になる。政府や企業がどこまでやるのかではなく、市民が「こうしたい」という自分の意志を持って実現する社会。それは企業も同様で、一人一人の若い力をどう経営にいかせるかが問われる。

自動車業界においては、根源的で普遍的な安全性へのニーズに向けて、ハードウェアはハードウェアとして、進化の高みを目指さなければいけない。そこに知能が搭載されたとき、ソフトウェアのエンジニアはハードウェアのポテンシャルを無限に拡張させる力を持つことになる。これからのクルマでは、ハードかソフトかという議論はもう終わりにして、さらに大きな価値を生み出すために融合する、つまりはハードとソフトがシェアリングする時代になるということだ。

  • トヨタの「e-Palette Concept」

    クルマづくりにおいて、ハードかソフトかの議論は終わりを迎えるかもしれない(画像はトヨタの「e-Palette Concept」、提供:トヨタ自動車)

テクノロジーの進化により、クラウドを介して人々の思考がビックデータとして積まれていき、社会がコミュニティ化されていく。それを仲介するクルマは単なる乗り物から、社会を変える力へと姿を変える。老若男女のニーズを汲み上げた先にコミュニティが生まれ、クルマはそれらをつなぐインターフェースのような存在になっていくだろう。自動車業界のソフトウェア開発が未来へ加速していく今、自動運転のメインストリームの先頭に立ち、未来を切り拓いているエンジニアの方々の活躍に大いに期待したい。

著者プロフィール


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清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。
内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある