
盟友である翻訳家の柴田元幸さんを迎え、進行役の坂本美雨さんとともに「音楽で仮定法を学ぶ」をテーマに白熱の翻訳談議を展開。ビーチ・ボーイズやエディット・ピアフなどの名曲に乗せて英語表現のニュアンスを紐解いたほか、方言・スラングの訳し方やAI時代における翻訳の未来、参加者からのQ&Aまで、言葉と文学の魅力が詰まった贅沢な時間となりました。
この記事では、後半2曲について語ったパートを紹介します。
(写真左から)坂本美雨さん、村上春樹さん、柴田元幸さん
◆The Beach Boys「Susie Cincinnati」
村上)次はね、僕が選曲したBeach Boysの「Susie Cincinnati」。この曲、知らないでしょ? だいたいの人が知らないんです。これは1969年(*1969年収録、1970年リリース)、Beach Boysが『Sunflower』というアルバムを出したときに録音した曲で、『15 Big Ones』(1976)というアルバムで日の目を見たという歌です。僕は結構好きで、このあっけらかんとした能天気さが大好きです。Susie Cincinnati。
<ビーチ・ボーイズがかかる>
村上)このSusie Cincinnatiさんはシンシナティでタクシー業をやっているんだけど、夜専門で夜遊びの人を送り届けるのが仕事というとても面白い歌で、これはブライアン・ウィルソンじゃなくてアル・ジャーディンというメンバーが作った曲で、全然話題にもならないけど僕が好きだという、ただそれだけのことです。
柴田)この『15 Big Ones』は『ペット・サウンズ』とか、いま思うと芸術性の高いアルバムに今ひとつついていけなかったBeach Boysファンが、出た時に「あ、これなら乗れる」って思えたアルバムですね。いまもいいと思いますけど。
村上)暗黒時代のBeach Boys。
柴田)暗黒時代の中でロックンロールミュージックとかロックの原点に還ってる……。
村上)ブライアンはもう薬でヘロヘロになってて、それ以外の人が結構頑張って曲を作ってるんですよね。
柴田)楽しいアルバムですね。
村上)僕らはだいたい1980年代から1990年代にかけて新しい作家をどんどん訳していったんですよね。僕の場合はレイモンド・カーヴァーとかティム・オブライエンが好きで、柴田さんはポール・オースターとスティーヴン・ミルハウザーとか……。
柴田)スチュアート・ダイベックとかスティーヴ・エリクソンとか……。
村上)すごくあの頃はなんか面白かったですね。新しいのがどんどん出てきて。最近はどうなんですかね?
柴田)雑事にかまけて新しい作家を読む時間がなかなか取れないんですけど、それなりにいるんじゃないかなと思うんですけどね。昔はよかったみたいなことは言うまいと思う。
村上)面白いのは僕の心を惹かれる小説と、柴田さんが心を惹かれる小説は違うんですよね。ダブらない。重ならないんですよね。あれは面白いくらい重ならないですね。
柴田)マッカラーズとかは重なっても不思議がないですけど、やっぱり僕より村上さんの仕事が早いので。
村上)古典に関しては例えばサリンジャーとかフィッツジェラルドとかアップダイクとか、そういう面ではお互いダブるところもあるんだけど……。
柴田)現代作家は重ならないですね。
村上)僕はポール・オースターがすごく好きでよく読むんですけど、訳そうとは思わない。というのはあまりにも整いすぎてる。柴田さんは整いすぎてる方が好きなんじゃないですか?
柴田)どうですかね。整いすぎてる作家が時々壊れるとすごく嬉しかったりしますよね。だからポール・オースターが時々「なんだこのぐちゃぐちゃな……」っていうふうになるのは嬉しいですね。
◆Fairport Convention「Crazy Man Michael」
美雨)じゃあ次の柴田さんの選曲は?
柴田)1960年代の末あたりからイギリスの伝統的なフォークにロックの要素が入ったバンドがいくつか出てくるわけですけど、その典型のFairport ConventionというバンドのCrazy Man Michaelという曲を。
<フェアポート・コンヴェンションの曲がかかる>
村上)Fairport Conventionってボブ・ディランなんかの影響を結構受けてるんですよね。
柴田)そうですね、最初のうちは割とアメリカのフォークロックのコピーみたいなのから始めてるんですけど、このアルバムで一気にイギリスのトラディショナルなものとつながって新しいところに行ったという人たちです。この曲なんかもいかにもイギリスの伝統的なフォークソングを現代的にアレンジしてやってるみたいなんですけど、実は新作なんですよね。
村上)トラディショナルではないんですよね……。
柴田)リチャード・トンプソンというギタリストがこの歌詞を作って、それをトラディショナルな曲に乗せたんだけど、ヴァイオリンのデイヴ・スウォーブリックという人が「このメロディつまんないんじゃないですか」といって、「じゃあお前、曲つけろよ」ということで新しく曲を書いたという、そういう流れがあります。何といってもこういうイギリスのトラッドのバンドってやっぱり女性ボーカルが命で、これSandy Dennyというんですけど、僕はSandy Dennyのボーカルがあらゆる女性シンガーの中で一番好きかもしれないです。
村上)なるほど。さっき僕は頭の片側で小説書いて片側で翻訳をするって言ったんだけど、僕が英語を訳していて時々わからなくなるのは、mindとheartとsoul。どう訳し分けるか悩むことがあるんですよね。
柴田)でもなんかいまの手ぶりがバッチリ合ってたじゃないですか。マインドってこの辺、頭なんですよ、ラジオだから「この辺」じゃダメなんですけど頭にあって、ハートはそれこそ心臓のあたりにあって、ソウルはその奥だか下だかにあるものっていう…
村上)でも訳しにくいときはありますよね。
柴田)だから言葉にするのはまた別の話ですけど、感覚としてはそういう感じですかね。
村上)ベトナム戦争のときに「Hearts and Minds」ってあったじゃないですか。あれもね、アメリカ人はわかるんだろうけど、もう一つ分かんないところがあります。
柴田)逆に日本語の「心」を英語にどう訳すかっていうのも大変です。結局、英訳版でも夏目漱石の小説『こころ』のタイトルは『Kokoro』ですよね。
村上)「精神」がよく分かんないですよね。
柴田)そうですよね。一応mindに一番対応しそうですけどね。
村上)翻訳するとき、mindで困るときがあります。
柴田)mindとheartを比べれば、mindは頭ってことになるけど、mindとbodyと対比すれば、むしろ心のことだから……うーん。
村上)ちょっとリスナーからの質問があるんですけど。
「(ラジオネーム:ナッツ)翻訳を読んでいて時々原文ではなくこの日本語そのものが好きだと感じることがあります。そういう時その文章はどこまで原作者のものでどこから翻訳者のものなのでしょうか?翻訳者の個性が一番現れるのはもしかしたらこういう瞬間なのかなとも思っています。」
村上)僕が柴田さんから教わったのはとにかく正確に訳せと。端折(はしょ)るな、細かいところまできちんと調べて理解して全体を訳せと。だからずっと細かいところを正確に訳さなくちゃと思って訳してるから、文章に凝るということはあまり考えなかったんですよね。いまもあんまり考えてないです。読みやすい文章だったらそれでいいし、正確で読みやすければそれが一番であって、そこに自分の文章の味とか色を加える必要はないというのが僕の基本的な姿勢なんです。
柴田)いやもう全く同感です。自分の個性みたいなのがそこに出ちゃうとすれば、それは体臭みたいなもので、それは読者には迷惑なんじゃないかと思っているので。
村上)もう正確で読みやすいということをやっていると、それ以外のこと考える余裕ないですよね。だから「どうだこれで」というようなことはないですね。
柴田)そうですね、翻訳しててドヤ顔はしないですね。
村上)だから、僕にとって精神衛生にすごくいいんです。自分が小説を書いてるときはやっぱり自分の中から出てくるものを書いてるけど、翻訳をやってると、とにかく読みやすさと正確さということでこっちでできるから、すごく自分が楽なんですよね、精神的に。
柴田)読みやすさというのは別に、原文の難しいところを捨てて読みやすくするとかそういうことじゃなくて、英語の原書を読んだときの読みやすさと、やっぱりどうしても翻訳ってそれより読みにくいものになってしまいがちなので、とにかく原書を読んでるときの感じと同じにするってことなんです。
村上)原書を読むリズムってあるけど、そのリズムを崩さないように日本語に置き換えるんですよ。これ、難しいんですよ。というのは、文章自体をひっくり返さなくちゃいけないときもあるし、くっつけなくちゃいけないときもあるし、離さなくちゃいけない時もある。そうしないとリズムが生きない。不思議だけど、英語のリズムと日本語のリズムって原理原則が違うから、原理を移し替えないと読みやすくならないんですよ。
<番組概要>
番組名:村上RADIO「翻訳夜話」スペシャル~音楽で仮定法を学ぶ~
放送日時:2026年11月3日(火・祝) 14:00~15:55
出演:村上春樹、柴田元幸、坂本美雨
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/