「本当になったんだよな。褒めろや」――ボクシング元世界王者の内藤大助が、10月30日に公開されたYouTubeチャンネル『島田秀平のお怪談巡り』にゲスト出演。世界の頂点に立っても一度も褒めてくれなかった母親とのエピソードを明かした。日本王者になった時は“さらにその上がある”と一蹴され、悲願の世界王座獲得後に改めて褒め言葉を求めると、思いがけない返答が待っていた。

  • 内藤大助

    内藤大助

日本王者になっても褒めない母「さらにその上があるだろうが」

幼少期の不思議な体験について語る中、内藤は自身を育てた母親について「生まれてこの方一度も褒められたことないですね」と告白。父親がいなかったことから、母親は“父親の代わりもしなければいけなかった”と話していたそうで、非常に厳しい人だったという。

その厳しさは、内藤がボクシングで結果を残すようになっても変わらなかった。全日本新人王になった時も、日本フライ級王者の座をつかんだ時も、母親から褒めてもらうことはなかったという。

さすがに納得がいかなくなった内藤は、日本王者になった際、「そういう時ぐらいなんか言うことねえのか!」と、母親に不満をぶつけたことがあった。

すると、母親から返ってきたのは「バカモン! お前な、ボクシングはさらにその上があるだろうが」という言葉。世界チャンピオンという、さらに高い目標があることを指摘され、「それぐらいで褒められるわけないだろう」と怒られてしまったそうだ。

世界チャンピオンになり「褒めろや」と要求するも…

その後、内藤は2007年、32歳にして3度目の世界挑戦で念願のWBC世界フライ級王座を獲得した。

世界の頂点に立った後、かつて母親から言われた言葉を思い出した内藤は、改めて母親に話を切り出したという。

日本チャンピオンになった時に褒めてもらえなかったことを振り返りながら、「まさか世界チャンピオンに本当になれると思わなかったわ。でもな、お母さんな、世界チャンピオンになったら褒めるって言ったよな。本当になったんだよな。褒めろや」と迫った。

すると、母親は困った顔を見せたそう。ようやく褒めてもらえると思った内藤だったが、返ってきたのは「そんなこと言ったか?」「覚えてない」という言葉だった。

この結末に内藤は「だからおかしいのよ(笑)」と苦笑い。母親はすでに亡くなっているといい、「生まれてこの方、一度も褒められずに亡くなりました」と明かした。

なお、4歳年上の兄にも母親から褒められた経験があるか聞いてみたところ、兄も一度もなかったという。

島田は、日本王者になった時に母親が褒めていたら、その先の世界王者はなかったかもしれないと推察。内藤も「そういう親だったから頑張ってこれたのかな」と前向きに受け止め、「褒めてもらうぞ」という思いも原動力になっていたことをうかがわせた。

【編集部MEMO】
内藤大助
1974年8月30日生まれ、北海道出身。1996年にプロボクシングデビュー。2004年に日本フライ級王座を獲得し、2007年7月、3度目の世界挑戦でWBC世界フライ級王者に輝く。同年10月には亀田大毅を相手に初防衛を果たした。2011年に現役を引退。引退後はタレント、ボクシング解説者として活動し、YouTubeチャンネル『内藤大助のチャレンジします!』でも発信している。