Ex:Reが描く、記憶と感情のセーブポイント──ドーターのエレナ・トンラが辿り着いた新境地

英老舗レーベル、4ADの看板バンドであるドーターの……という枕詞はもう不要になるだろうか。ドーターの中心人物にしてシンガーソングライターのエレナ・トンラが、Ex:Re(エクス:レイ)名義としては実に約8年ぶりとなる2ndアルバム『Save As』をリリースした。前作以上にアトモスフェリックで複雑な感情が渦巻く本作について、タイトル、サウンド、そしてソングライティングの側面から解説する。

「私は、このプロジェクトに続きがあるとは考えていません」と、前作『Ex:Re』(2018年)を発表した当時のエレナはたしかにそう語っていた。だからこそ驚いたし、ドーターとしての活動が流動的な今(2作目『Not To Disappear』のアウトテイクでもある新曲「Not Enough」のリリースはあったが)、Ex:Reの物語が再び動き出したことは必然でもあったのだろう。サウンドはよりディープに、歌詞は散文的であり日記のようでもある。『Save As』に収められた全9曲には通底するテーマやコンセプトが存在せず、エレナは今回すべての取材をシャットアウトしているそうなので、現時点で手元にある資料と情報、過去の発言をもとに本作の魅力を紐解いてみたい。

感情と記憶のセーブポイント

アルバムのタイトルは、Save Me(私を救って)でもなく、Save Us(私たちを救って)でもなく、『Save As』。これはパソコン用語で言うところの「(ファイルに)名前を付けて保存」になるわけだが、アーティストにとっては作詞・作曲という行為そのものがSave Asの連続だ(直近のエレナのInstagram投稿に、フロッピーディスクの絵文字が添えられているのも素敵)。「私はあまり記憶力が良くないんです」とエレナがレーベル資料でもコメントしているとおり、彼女にとって目にした光景や忘れがたい感情を保存・記録する術は、スマートフォンのカメラよりも作曲のほうがリアルなのだろう。

たとえば、前作に収録されたダウンテンポ「The Dazzler」の主人公は、ほろ酔い気分でホテルの安っぽい装飾やアメニティーにケチをつけ、ロックスター然とした自分の姿を妄想しながら、退廃と孤独を実感している。7年前に4ADのショウケースのため来日したエレナにインタビューした際、彼女はこの曲について「『ホテルの部屋でどういったことが起きるだろう?』と考えた時に、〈テレビを窓から投げてやる〉みたいな、そういうロックスターっぽい振る舞いを想像することもあって。ホテルって『やれること/やれないこと』で独自のルールがあるじゃないですか? そこからイマジネーションを膨らませて歌詞を書きました」と教えてくれた。つまり、エレナの詞世界は限りなく彼女の実体験をベースにしているが、フィクションも多分に含まれる。その幽玄なサウンドスケープと共鳴するように、真実と虚構が溶けあっているから面白いのだ。

女優のマクシーン・ピークが出演する「The Dazzler」のMV。監督のイアン・フォーサイス&ジェーン・ポラードは「ヒッチコックの『めまい』を参考に、ホテルの部屋で無限ループに陥った状態を描いた」と語っており、プロデューサー兼ドラマーのファビアン・プリンもコンシェルジュ役として出演

『Save As』のオープニングを飾る「Radio Station」は、エレナの控えめな咳払いが聞こえたかと思えば、初期レディオヘッドを連想させる力強いアコースティック・ギターのストロークが鳴り響くナンバー。〈私は移り変わるラジオ局/不意に別の誰かになる/別の誰かになる〉と繰り返し歌われるように、切り替わるラジオの周波数を自身の不安定な精神状態に見立てている。主人公とその恋人(?)はLAからサンディエゴへと果てしないロードトリップに出ているのだろうか。エレナ自身、自らの楽曲を聴いたり演奏したりすることを「過去に戻るような感覚」と語っているように、作曲行為はいつでもその場所・瞬間に立ち返ることができる──いわばビデオゲームのセーブポイントのようなものかもしれない。

「Radio Station 」MVは8ミリフィルムで撮影。深夜とも夜明けとも受け取れる時間感覚の曖昧さがEx:Reのサウンドとマッチしている

ダンスフロアとの親和性、大森日向子との邂逅

『Ex:Re』に引き続き、プロデュースは4ADのインハウス・スタジオエンジニアであるファビアン・プリンが担当。彼はEx:Reの全曲でドラムスを兼任するマルチ・プレイヤーでもあり、先述のレーベル・ショウケース「Revue」にも帯同していたので、その素晴らしい演奏を憶えている読者も多いはず。前作でもっともフロアライクな楽曲「Romance」(”素材”としてのエレナの声に可能性を感じたトラックでもある)の絶妙にヨレたビートを、終始人力で再現していたことには舌を巻いた。

おそらくジャズの素養を持つファビアンの推進力は、『Save As』でも遺憾なく発揮されている。「私ならこれで踊る!」とエレナ本人も認める「Sleep」では、ドラムパッド、タンバリン、シェイカー、チャイムといった鳴り物を総動員しながら宵闇のモノトーンなムードを演出。「Am I Even Real?」における目の覚めるようなクラッシュシンバルの音色、「Two Chords」のポーティスヘッドを想起させるスネアの響きも筆舌に尽くしがたい。シューゲイザーとフォークの文脈で語られることが多いドーターに比べて、Ex:Reにはダンスフロアとの親和性が随所に覗くが、それはファビアンの演奏に依拠する部分が大きいはずだ。

『Save As』のリリースに先駆けて公開されたライブ映像(4ADのスタジオで収録)。ドラムスのファビアンはもちろん、ジョセフィン・スティーブンソンとジェスロ・フォックスも参加するほか、エレナもマイクを片手にMIDIキーボードを操作している

アルバムには、ドーターの諸作からの付き合いであるジョセフィン・スティーブンソン(チェロ&ボーカル)、Ex:Reの来日公演でもサポートを務めたジェスロ・フォックス(ギター)、フランク・オーシャンやデヴィッド・バーンの作品でも腕を振るったベン・リード(ベース)、そして横浜生まれでロンドンを拠点とする電子音楽家・大森日向子(シンセサイザー&ボーカル)らもクレジットされている。大森はアンビエント〜アヴァンギャルドのシーンを中心に2010年代から活動しており、ジェームズ・ベイ、エド・オブライエン(レディオヘッド)、ケイ・テンペストなどのセッション・ミュージシャンとして重宝されているほか、フォンテインズD.C.のグリアン・チャッテンによるソロ作品『Chaos For The Fly』(2023年)にもピアニストとして抜擢。最近は、アニメ『ちびまる子ちゃん』のED主題歌として書き下ろされた宇多田ヒカルの「パッパパラダイス」でもゴキゲンな鍵盤を弾いているようだ。

エレナと大森がどのように接点を持ったのかは不明だが、ドーターの3rdアルバム『Stereo Mind Game』(2023年)の国内盤には、ボーナストラックとして畠山地平によるリミックスが収録されていた。エレナが日常的に日本のアンビエント・ミュージックに触れているであろうことは想像に難くないが、大森の存在がEx:Reの浮遊感に満ちた音世界をいっそう引き立てていることは間違いない。

ベッドルーム、人生、宇宙を接続する

そもそもプロジェクト名の「Ex:Re(エクス:レイ)」には、Regarding Ex(元恋人について)という意味があり、前作は失恋……修復不可能な恋や負のループが物語の根幹を成していた。奇しくも、その後リリースされたドーターの『Stereo Mind Game』もまた失恋がモチーフとなっていて、エレナは2019年ごろの制作中にサンディエゴでとある男性と恋に落ちるも、COVID-19によるパンデミックの影響もあり破局。その点においてコンセプトが近い作品とも呼べるが、『Ex:Re』では怒りや失望が、『Stereo Mind Game』では感謝と慈愛が描かれていたように、そこに込められた感情は(”孤独”という共通項はあれど)大きく異なるのだ。となると、『Save As』ではどうなのか。「Radio Station」の歌詞は以下のように締めくくられている。

呆然と宙を見つめ サンディエゴに想いを馳せる

助手席に座るあなたは あらゆるものに満ち溢れている

でも私は書き表せそうにない 私にとってあなたがどんな存在なのか

(「Radio Station」より)

ここまで書いてハッとさせられた。『Ex:Re』→『Stereo Mind Game』→『Save As』の3作は、エレナにとってすべて地続きなのだと。そして、『Stereo Mind Game』のアートワークには、時間を止めて思い出を永遠に保存する「押し花」(スイスのデザインスタジオ、キャスパー・フロリオによる作品)が象徴的に彩られていたことに気づく。『Stereo Mind Game』に収録された「Be On Your Way」は”サンディエゴの元恋人”に想いを馳せる楽曲であり、「Radio Station」とはコインの裏表のような関係なのかもしれない。

あなたも私を引き止めたりしないでしょ

お互いもう眠れない夜を過ごしたりしない

そうだよ、嘘じゃない

この心は離れてしまった

別の惑星でまた会おう、もし計画が変わったら

(「Be On Your Way」より)

ドーターの3rd『Stereo Mind Game』から、リード・シングルの「Be On Your Way」。余談だが『Stereo Mind Game』のリリース当時、世界最速リスニング・パーティを渋谷のプラネタリウムで開催したビートインクは預言者か?

別の惑星(another planet)が具体的にどの星を指すかはわからないが、『Save As』では〈宇宙船って素敵なものだって思わされていた〉と歌い出す「Am I Even Real?」を筆頭に、「Two Chords」と「Language of Love」の3曲で”宇宙”という言葉が登場する。”60億分の1”のように天文学的な運命のめぐり合わせを描く比喩はポップスや文学でも手垢のついた表現だが、エレナの場合は夢遊病患者さながらに過去・現在・未来をふらふらと彷徨いながら、ベッドルームと人生と宇宙をその類まれなソングライティングで接続しようとしている。ファビアンと2人だけでレコーディングされた濃密で神秘的な「Language of Love」の歌詞を引用しておこう。

愛は宇宙

時空を漂いながら 私たちはまた戻ってくる

愛は逆戻りする

人生を通じて 目の前で

その流れの深さはどうしたらわかるの?

あの頃の

あなたと私の魂は

(「Language of Love」より)

それにしても、ソングライターとしてのエレナの筆致と表現力には、畏怖の念すら抱く。たとえば「Frozen Aisle」では、スーパーマーケットでアイスクリームを選ぶというThe日常のシーンを舞台に、猟奇的なまでの破壊衝動を重ねるコントラストが興味深い。また、「Wasp」はグラスの中に捕まえたハチを優しく観察するような眼差しで、世の中の残酷さとエモーションの揺れ動きを掬い取っている。「Sleep」はパリ滞在中にホテルで録音したデモの質感がほぼそのまま残されており、「Radio Station」で書き表すことができなかった”あなた”の姿を、今度は肖像画として描き出そうと何度もトライする。そしてラストの「Healing (Slow)」は、亡き祖母への愛と喪失感を歌ったギターのアルペジオが美しい楽曲だ。

『Save As』にあるのは未練がましい感情ではなく、かけがえのない──でもしだいに薄れてしまっていく記憶への恐怖心と、それを手繰り寄せようともがく、ひとりの女性の情念だ。この物語を終えた先にはドーターとしての活動を再開するのか、はたまたEx:Reの第三章が幕を開けるのかは未知数。だが、少なくとも我々は本作をセーブポイントとして、何度でも彼女の記憶へと立ち返ることができる。

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