もっとも、弥生が最初から最後まで格好よく決めたわけではない。
将門が用意した会場には、隠しカメラをはじめ、さまざまな防犯対策が施されていた。弥生は下見を済ませ、ブレーカーを落とし、暗視メガネを装着して控室へ向かう。停電した会場、専用の装備、次々と崩れる防犯システム。いよいよ「自称」から「大泥棒」だけを取り出してよさそうな場面である。
ところが、その仕事をしていたのは師匠・琥珀だった。肝心の金も、先に持っていかれてしまう。暗視メガネで暗闇は見えても、師匠の先回りまでは見えなかった。
将門は弥生を捕まえようとし、弥生は将門の備えを突破しようとする。その2人が互いを見ている間に、琥珀が獲物をさらう。将門が念入りに整えた罠は、結果として別の泥棒をご案内する会場にもなっていた。招待した覚えのない客ほど、遠慮がない。こうした風刺も、野木脚本らしい。
そして、この仕掛けが面白いのは、琥珀が金だけでなく、弥生の見せ場まで盗んでしまうことだ。防犯システムが無力化されるたび、こちらは弥生の腕に感心しかける。ところが、種明かしされると、実行犯は琥珀。観客もまた、拍手の振込先を間違えていたわけだ。この展開はあ然&痛快だった。思わず「マジか…」と声が漏れてしまった。
腕前の勝負では師匠に出し抜かれた。それでも、収入は確保する。面目と実入りを別会計にできるところが、弥生の強さだ。完璧に勝つことにこだわって手ぶらで帰るほど、格好はつけない。転んでもただでは起きないというより、転ぶ前に別の財布を押さえてある。
鮮やかさだけなら、今回は琥珀に軍配が上がるだろう。だが、弥生には、見せ場を奪われても取り分を諦めないしぶとさがある。怪盗としての美学に、商売人としての勘定が混じっている。その少々図太いところが、彼女を見ていて飽きない理由でもある。
1,000万円の出どころより、乾の正体が気になる
ただし、その1,000万円にも、弥生だけでは用意できなかった仕掛けがある。振込先となった、足のつかない口座だ。
作中では、与党にこうした口座が膨大に存在し、誰が管理しているのかも分からないという。お金にはきちんと行き先があるのに、管理する人間にはたどり着けない。ずいぶん器用な迷子である。
現金払いがなくなっても、お金をめぐる不透明さまで消えたわけではない。札束が目の前からなくなったところで、その先の流れが見えるとは限らない。この皮肉を、弥生は嘆く材料ではなく、盗みの材料にしてしまう。
そして、その口座を用意したのが乾だった。
ここで、頼れる情報屋の便利さが、急に不気味さへ変わる。欲しい情報を持っているだけでも十分に怪しいのに、欲しい口座まで出してくる。人脈が広い、で片づけるには、手配できるものの種類が少々おかしい。
弥生の「…あんた、何者…?」は、もっともな疑問だ。盗みが成功したことで、協力者の正体がかえって分からなくなる。今回の報酬には、1,000万円と一緒に、見過ごせない疑問まで付いてきた。
冒頭で将門が考えていたのは、弥生はどんな人間なのかということだった。その弥生が、最後には乾へ同じ種類の問いを向ける。人の裏をかく主人公も、自分の背後にいる人物までは見通せていない。敵の手強さだけでなく、味方の底知れなさでも物語を引っ張る構成は見事というほかない。
琥珀には見せ場を盗まれ、乾には成功の条件を握られていた。弥生は1,000万円を手にしたが、すべてを自分の腕で動かしたわけではない。むしろ、稼ぎが大きくなるほど、周囲の人物の影も濃くなっていく。
今回、はっきりしたのは弥生が手ぶらでは帰らない女だということで、はっきりしなくなったのは仲間の素性だった。足のつかない口座を用意する男自身が、いちばん足のつかない存在に見えてくる。弥生が次に調べるべきは、金庫の防犯設備より、仕事仲間の履歴書かもしれない。もっとも、乾ならその履歴書も立派なニセモノを用意してきそうだが──。







