取材に応じた村田修一二軍監督【写真:編集部】


 


 横浜DeNAベイスターズの村田修一二軍監督が、就任1年目でファーム・リーグ中地区優勝を果たした。掲げたのは「育成・強化」というテーマ。技術の向上だけでなく、選手の意識や日々の行動にも変化を求めてきた。初めての監督業で何を大切にし、どのようにチームを変えてきたのか。優勝につながった指導哲学と、選手育成への思いを聞いた。(取材・文:石塚隆)

 
プロフィール:村田修一
福岡県出身。東福岡高、日本大を経て、2002年ドラフト自由枠で横浜ベイスターズ(現:DeNA)に入団した。現役時代は横浜、巨人で主軸として活躍し、本塁打王などのタイトルを獲得。引退後は巨人、ロッテ、DeNAで指導者を務め、2026年からDeNAの二軍監督を務めている。

「靴を並べろ」「挨拶をしろ」村田二軍監督が掲げたチームづくり
[caption id="attachment_294942" align="alignnone" width="1200"] DeNAの村田修一二軍監督【写真:産経新聞社】[/caption]
 



 
――― このたびはファーム・リーグ中地区優勝、おめでとうございます。今季は初の監督業となりましたが、1年間、戦い抜いての現在の心境はいかがですか。
 
村田修一二軍監督(以下、村田) まずは、応援していただいたファンの皆さんに感謝申し上げます。選手はもちろんコーチ、スタッフとともに『育成・強化』というテーマを掲げ、全員が同じ方向を見て進むことを念頭に、この1年間指導をしてきました。また、プレーばかりではなく、選手たちへは野球へ向かう前に人としての考え方、一社会人としての所作や振る舞いなど、その辺りも口を酸っぱくして言ってきました。
 
 それこそ「靴を並べろ」とか「しっかり挨拶をしろ」など、誰しもが応援される野球選手になることが大事だよ、と説いてきました。そういったことをキャンプから続け、それが形となって成果に表れたのは、ついてきてくれた選手、寄り添ってくれたスタッフみんなのおかげだと思っています。
 
――― 監督業をするにあたって、村田監督が自分の中で一番最初に決めたことは何でしたか。
 
村田 まず、監督は自分でなるというものではなく、要請されて初めて成立する職務です。ですから「村田にやらせたらどうなるのか?」「期待してみよう」という存在にならなければいけないというのが、まず一つ。
 
 あとは選手やスタッフに「俺はこういう考え方で生活をしているし、それに則って選手たちを強化していくよ」と脳内開示をし、常に発信することでコミュニケーションをとり、育成・強化をしていくこと。ちゃんとした考え方の選手が増えれば、必然的にチームは強くなるはずです。同じ方向を見ることができれば、困ったときに一体感が出ますし、そこはチームビルディングにあたって最初に強く意識したことでした。
 
――― それは最後まで貫けましたか。
 
村田 できたと思います。選手やスタッフとコミュニケーションを取るなかで、私の考えていることが分かった上で、皆が一緒の方向を見てくれたと思います。
 
――― 昨年、二軍監督を務めた桑原義行氏(現・育成ディレクター)は、技術指導は専任コーチに任せ、自身はチーム全体の運営であったり、選手の課題設定などに注力していました。一方、村田監督はそこを担いながらも直接指導をしたり、実戦感覚を伝えるスタイルに見えました。
 
村田 そうですね。前任の桑原監督が築いてくれた“規律”といったものを土台としながら、そこを継承し、自分としては育成・強化はもちろん、「チームが勝つ」というところにフォーカスしたチーム運営であったり、選手運用を目指しました。
 
 選手たちには実戦を通し、自己決定の大切さを伝えました。打者であれば、「打席では誰も助けてはくれない、決めたことを最後までやり抜くのが自分の打席だよ。とにかく今置かれた立場と状況を考え、チームのためになる打撃をしよう」と話しました。
 
 確かに、スイングスピードと打球速度が速いに越したことはありませんが、例えばボテボテの打球でも1点取れる場面で、打球速度を求めて強く打った結果、アウトになる。それは果たしてチームに必要なことなのか、という問いかけは常々してきましたね。
 
――― なるほど。これまではコーチとして打撃指導が主でしたが、監督は投手運用もせねばならず、そのあたりはどのように学び、ブラッシュアップしていったんですか。
 
村田 最初は入来(祐作・二軍チーフ投手戦術・育成)コーチにお任せして、相談しながら起用方法を学んでいった感じです。入来コーチの手助けもあり、徐々にですが新しい視点を入れながら投手運用ができたと思います。
 
 ただ最初、入来コーチに強く要望したのは、投内連携やカバーリングなど、ピッチング以外の部分がしっかりできる選手を起用していきたいということでした。野球は『ボールを速く投げる選手権』ではないですし、まずはチームのためにマウンドに立ち、自分がなにをすべきか考えられる選手を育成して欲しいと伝えました。入来コーチにはそういった投手を多数育てていただきましたし、私も起用面で学ぶことが多く、本当に勉強になりましたね。
 
――― 今のお話で気がつきましたが、投手にかぎらず、今季のファームは野手にしても走塁意識であったり、カバーリングなどの細かい守備への意識を感じられました。
 
村田 自分たちがやるべきことを一個ずつこなすことが、最終的にはチームの勝利につながるという意識を最後まで持ってくれたと思います。こういった経験をした選手たちが、たくさん上(一軍)にあがっていけば、上もおのずと強くなっていく。そういった階段を踏めているような気がします。
 
――― 若い選手たちに話を聞くと、技術指導はもちろんのこと、村田監督からは強いメンタリティーを求められたと言います。実戦を通して気持ちを出し、強い闘争心を出すことが、やはり一軍で戦うためには重要になる。
 
村田 もちろんです。一軍の選手として活躍することが最終目標であるので、勝ちに貢献するというメンタリティーは絶対に必要です。「この選手を使えば勝利に貢献してくれるだろう」と監督が思うメンバーがスタメンに名を連ねるわけですし、勝つためにはここぞの守備固め、代走も必要になります。そこはやはり強い気持ちを持って、実戦を経なければ育たない部分でもあります。
 
 また、ファームの観客は1000人程度ですが、上に行けば3万人とか5万人の前で力を発揮しなければいけない。ピッチャーも苦しい場面であっても、そういった中でしっかりゾーンに投げなければいけない。そのような意識づけは、少しずつですができたと思います。

 
「逃げるぐらいなら打たれてこい!」…若手に求めた勝負への覚悟
[caption id="attachment_294939" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じた村田修一二軍監督【写真:編集部】[/caption]
 



 
――― ある若手ピッチャーに聞くと、フォアボールで崩れそうなとき、村田監督は「逃げるぐらいなら打たれてこい!」と、おっしゃったそうですね。責任はこっちでとるからと。思い出したのは、現役時代、村田監督が勝負にいけない投手を見ると、サードからマウンドに行き発破を掛けていた姿です。やはりそういうピッチングはチームの士気を下げてしまう。
 
村田 そうですね。それもありますが、うちのチームは全体のコンセンサスとして、ピッチャーは『3球構成』がテーマとなっています。3球で2ストライクまで持っていく。
 
 であるにも関わらず、ボール球を投げるのはどういうことなのか。バッターを抑えるためにゾーンで勝負し、ストライクを投げ、バッターを打ち取る練習をしているのに、どうして初球から変化球でかわしにいくのか。またバッターならば、ヒットを打つ練習をしているのに、どうしてファーストストライクを見逃すのか。「それは君たちの目的とは違うよね」という話は常々してきました。
 
――― まずは練習してきたことを、思い切って実戦で試す。
 
村田 はい。自分が投げると決めたボールを思いっきりゾーンに投げて、打たれたのであれば、その先にある「次に打たれないためにはどうしたらいいのか?」という課題に向き合うことができ、次のステップにつながります。けれどもフォアボールだったら、次のステップが「ストライクを投げる」という根本的なものになってしまって、成長速度が遅くなってしまう。だから選手たちには言うんです。「時間は待ってくれないよ」と。俺たちは待つかもしれないけど、球団は待ってくれないかもしれない。そういうことはしつこく言ってきましたね。
 
――― 長い間、現役でいられるのは一握りの選手だけですし、やはりそこには危機感が必要になりますね。
 
村田 はい。そういう意味ではピッチャーはゾーンで勝負する、バッターは積極的に打ちに行く、という意識はかなりついたと思います。

 
「小さな凡事がチームを変えた」優勝につながった意識改革
[caption id="attachment_294940" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じた村田修一二軍監督【写真:編集部】[/caption]
 



 
――― 厳しいことを伝える一方、自信を失わせないためにフォローも重要になってきますが、そのあたりのコミュニケーションは?
 
村田 できるだけ困った顔をしている選手には話をしにいくようにしていました。いい時は放っておいてもいいので、プレーの時にちょっと首をひねったり、納得していない様子を見かけたら「大丈夫か?」「今どうなんだ?」と積極的に声を掛けるようにしていました。「ここからが大事だぞ」と。
 
――― 微妙な反応を見逃さない。
 
村田 ええ。野球は失敗があるスポーツですし、常に次に生かすということを考えて欲しい。だから試合中に落ち込むのではなく、「試合が終わってうちに帰ってから落ち込め」と伝えています。そして寝るまでには整理をして、次の日はまた新たな気持ちで取り組もう、といった感じですね。
 
――― 結果、選手たちが変わっていった実感はありますか。
 
村田 ありますね。思い切ってプレーしてくれるようになりました。また、選手たちからも「全力で行けよ!」「全力で走れ!」という声がベンチで出るようになりましたし、確実に変わったと思います。
 
――― ファームの試合を見ていて、印象的だったのが内野手のボール回しです。ものすごいスピードでボールを回していますね。
 
村田 あれは、私がシーズン途中に野手に伝えたんです。「今までエラーは多かったけど、それを一つでも減らすためのプロセスとして、ボール回しもちゃんとしようぜ。もう7~8割の力で軽快じゃなく、100%全力で行こう」と。その全力が次につながるはずだと考えたので。
 
――― そういう意図があったんですね。
 
村田 小さなことかもしれませんが、そういうことが大事だし、後につながってくる。振り返れば、小さな凡事がチームを変えてくれたと思いますし、リーグ優勝の要因になったのではないかと。これを一つの土台として、さらにチームを作り上げられたらと考えています。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 挨拶などの礼儀や野球への取り組み方といった基本から、チームを作り上げてきた村田監督。後編では、一軍で存在感を示した若手選手たちの成長や、就任当初から変化したベンチの雰囲気などに触れていく。

 
【著者プロフィール】
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/ベースボールチャンネル/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住



 



 
【関連記事】





この記事が面白いと思ったら…?


Googleの新機能を利用して「ベースボールチャンネル」を優先表示しよう!
最新の野球情報をいち早くチェックしたい方は下記リンクから↓





 
【了】