エルヴィス・コステロが語る、デビュー当初の日々──『My Aim Is True』誕生の物語

エルヴィス・コステロ(Elvis Costello)が1977年に発表したデビュー・アルバム『My Aim Is True』の発売49周年を記念した5CDボックスセットがリリースされた。Rolling Stone誌の最新インタビューで、コステロが自身の原点、デビュー作の制作、そして長年封印してきた音楽について語る。

エルヴィス・コステロは、まだコンピューター・オペレーターとして会社勤めをしていた頃、のちにたちまち名盤となる1977年のデビュー作『My Aim Is True』を、わずか24時間あまりでレコーディングした。だが、Rolling Stone Music Nowの最新エピソードでコステロが語っているように、アルバムに収められた音楽からうかがえるのは、アーティストとして最初期の彼が取り組んでいたことのほんの一端にすぎない。その全貌が、発売されたばかりの5枚組ボックスセット『My Aim Is True (49th Anniversary Edition)』で、ついに明らかになった。アルバムのリマスター版に加え、このセットには1975年と1976年のアコースティック録音をまとめた『The Blue Print』、当時は伏せていたカントリー曲を含むデモやアウトテイク、アトラクションズ誕生の過程をたどるライブ音源、さらにオリジナル・セッションのミュージシャンをバックに行われた2007年サンフランシスコでのベネフィット公演も収録されている。

Rolling Stone Music Nowのインタビューで、コステロはこのボックスセットに収められた、長らく眠っていた初期音源を一つひとつ紐解きながら、「Alison」の本当の背景をはじめ、『My Aim Is True』制作の舞台裏を深く掘り下げている。エピソード全編はApple PodcastsやSpotifyで聴くことができる。以下、インタビューのハイライトを紹介する。

■コステロは、母親の家へ向かう列車の中で「(The Angels Wanna Wear My) Red Shoes」を書き始め、忘れてしまわないうちにギターを手にしようと、家に着くなり2階へ駆け上がった。

「母に会いに行く途中で、曲が頭に浮かんだんだ」と彼は語る。「当時はポケットに入れて持ち歩けるようなテープレコーダーなんてなかったし、携帯電話もない。繰り返し頭の中でなぞる以外、覚えておく方法がなかった。だから、できるだけ急いで昔住んでいた家まで行って、母に挨拶をして、頬にキスをしたら、そのまま2階へ駆け上がった。ワードローブの上に古びたボロボロのギターがあったから、それを手に取って、1時間くらい座り込み、絶対に忘れないよう頭に叩き込んだんだ」。では、”赤い靴”という発想はどこから来たのか。「まったくわからない。自分のワードローブには絶対にないものだなと思っただけで、そんな靴なら天使たちも間違いなく欲しがるだろうって」

■コステロは35年前、最初期の録音を一度リリースしかけたものの、思い直して取りやめていた。

『The Blue Print』に収められた1975年と1976年の録音について、コステロはこう語る。「どうして当時、あれを出したら自分をさらけ出しすぎると思ったのか、今となっては本当に理解できない。それが、これまでリリースしなかった理由なんだ。35年くらい前には出そうとしていたんだけど、そのとき急に『いや……みんなに全部見透かされてしまう』と思った。今になって見れば自分には似合っていないとわかる服を着た昔の写真を、人に見せるような感覚だったんだ」。今では、その音源の聞こえ方も違うという。「ただ誰かが学んでいる途中の音に聞こえるし、それを恥ずかしがる必要なんてない。誰だってどこかから始めなきゃいけない。もし若いソングライターたちがあの曲を聴いて、自分のやっていることに少しでも自信を持てるなら、僕はすごくうれしいよ。何かを成し遂げようとする野心は聞こえてくる。でも、まだ完全には形になっていないんだ」

■所属レーベルのStiff Recordsから名前を変えると言われたとき、コステロは冗談だと思ったという。

「主導権を握っていたのは彼らだった」と彼は語る。「小さな会社ではあったけど、僕にはそこ以外にレコード会社なんてなかった。だから従ったんだ」。レーベルのフォトセッションについては、「ある意味、僕の平凡さを強調していた。流行遅れの服とかね。それにメガネは、スーパーマンのメガネというか、クラーク・ケントみたいなメガネ、あるいはバディ・ホリーやフィル・シルヴァーズみたいなものになっていった」と振り返る。

■コステロは、”ニュー・ウェイヴ”という括りを最初から受け入れていなかった。

「自分がどこかの仲間に属していると感じたことなんて一度もない」と彼は言う。「ニュー・ウェイヴというもの自体が大嫌いだった。完全にでっち上げられたものだからね。エネルギーがあって、少しエッジもあるけれど、パンクとは違うバンドを説明しようとして、ジャーナリストが作り出した言葉にすぎない。その”パンク”という言葉自体、別の文化から借りてきたものだったわけだし」。また彼は、1977年についての「歴史の大著に書かれているような見方」、つまり「パンクが行く手にあるものを何もかもなぎ倒した」という説明も退ける。「そんなの事実じゃない」と彼は言う。「ほかの素晴らしいバンドの大半は、チャートの30位台や40位台で苦戦していた。チャートはディスコのレコードか、フリートウッド・マックか、すでに10年、12年前の曲を歌うロッド・スチュワートで埋め尽くされていたからね」。コステロとアトラクションズがテレビに出演するようになっても、その露出が必ずしも追い風になったわけではなかった。「僕らの姿を見られてしまうと、たいてい翌週にはレコードの順位が下がった」と彼は言う。「わざと謙遜しているわけじゃない……本当にそうだったんだ」

■コステロは今、リンダ・ロンシュタットによる「Alison」のヒット・カバーについて、当時失礼な発言をしたことを後悔している。

「リンダ・ロンシュタットの大ヒット・アルバムに収録されたんだ」と彼は語る。「僕は最初、あのバージョンについてあまり礼儀正しいことを言わなかった。でも、それはリンダの歌唱そのものに対してというより、アレンジのほうだった……あまりにも、その土地、つまりロサンゼルスらしい音に聞こえて、僕はああいうサウンドにどうしても馴染めなかったんだ。今となっては、あそこまで失礼なことを言った自分が本当に恥ずかしい。だって……ローウェル・ジョージやウォーレン・ジヴォン、スモーキー・ロビンソン……それにバディ・ホリーといった、リンダが選んだ人たちと並んで僕の曲を選んでもらえたというのは、とてつもない賛辞だったわけだから。率直に言って、当時の僕にはそれをどう素直に受け止めればいいのかわからなかったんだ」

■ラモーンズとマペッツのどちらに自分との共通点を感じるかと尋ねられると、コステロは後者を選んだ。

『My Aim Is True』が発売された頃、ラモーンズとマペッツは同時にトップ20入りしていたという。「どっちがどっちなのかは、僕らで決めればいい」とコステロは語る。「ラモーンズは、もう存在そのものがすごかった。本当に最高だった……でも、マペッツはマペッツだからね。マペッツにも素晴らしいソングライターがいた。ポール・ウィリアムズとか」。では、自分に一番近いマペットは誰なのか。「最初の頃は、むしろオスカー・ザ・グラウチに近かった。その後、時間が経つにつれて徐々にサム・ザ・イーグルのほうへ近づいていったかな。言っておくけど、僕はカーミットと一緒に歌ったことがあるんだ。あれは本当に特別な体験だったよ」

From Rolling Stone US.

エルヴィス・コステロ

『マイ・エイム・イズ・トゥルー(49周年記念エディション)』

5CD:28,600円(税込)/完全生産限定盤/輸入国内盤仕様/日本盤のみSHM-CD仕様/英文ライナー翻訳、歌詞・対訳付

『マイ・エイム・イズ・トゥルー(リマスター)』

1CD:3,300円(税込)/日本盤のみSHM-CD仕様

発売中

再生・購入:https://umj.lnk.to/ElvisCostello_mait49

『My Aim Is True (49th Anniversary Edition)』

180g重量盤1LP(輸入盤)

国内初回帯をモチーフとした49周年記念盤帯付き(※この49周年記念盤はSTIFFからではなくUMeからのリリースです)

2026年10月16日発売予定