ザ・ビートルズ『ラバー・ソウル』が生まれ変わる ジャイルズ・マーティンが語るスペシャル・エディションの全貌

ザ・ビートルズ(The Beatles)の名盤『ラバー・ソウル(Rubber Soul)』が、最新技術と未発表音源によって新たに蘇る。ジャイルズ・マーティンが手がけたニュー・ミックスでは、「デミックス」技術によってサウンドの解像度がさらに高まり、これまで存在すら知られていなかったジョン・レノンのデモ「リトル・ガール」も収録。スペシャル・エディションの聴きどころと、1965年のザ・ビートルズに起きた大きな変化と革新を、マーティンの最新発言とともに紐解く。

未発表音源が明かす『ラバー・ソウル』の核心

ザ・ビートルズは『ラバー・ソウル』で”大人”になった。1965年秋、世界中から愛されるマッシュルーム・カットのアイドルとしてスタジオに入った4人は、そこを出る頃には、世界に挑みかかる大胆なアーティストへと変貌していた。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターは、新しいサウンドや奇妙なアイデアを次々と試していた。ヒット曲を寄せ集めるのではなく、アルバム1枚を通してひとつの表現を提示する──今日では当たり前になった「アルバム」という考え方そのものを、彼らはここで作り上げたのだ。「ついに僕らがスタジオを自分たちのものにした」と、レノンはかつてRolling Stone誌に語っている。

『ラバー・ソウル』は1965年12月に世に出るや、世界に衝撃を与えた。そして待望のスペシャル・エディションで蘇ったそのサウンドは、これまでになく素晴らしい。

ザ・ビートルズの先見的なプロデューサー、ジョージ・マーティンを父に持つジャイルズ・マーティンが、Rolling Stone誌に新エディションの舞台裏を独占的に明かしてくれた。「もう子供扱いされたくない、というフラストレーションから生まれたアルバムなんだ」と彼は語る。「ものすごく奥行きがある。シングル候補になる曲を何曲も書いて、そのなかからどれをシングルにするか決める、という作り方をしなくなった最初のアルバムなんだ」

ここでは、遊び心と創意に満ちたザ・ビートルズの姿を存分に聴くことができる。彼らは思いつく限り大胆なアイデアを試し、「ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド)」のシタールや、「愛のことば(The Word)」のハーモニウムといった新たなサウンドを取り入れていった。「自由に実験していい、というお墨付きをもらったようなものだった」とジャイルズ・マーティンは語る。「父が亡くなる間際に、自分は音楽が下手なんじゃないかと思ったことはあるか、と聞いたことがあるんだ。すると父は、『いや、私はいつだって自分は天才だと思っていたよ』と答えた。それこそザ・ビートルズにも通じるところなんだ。誰が彼らについて何と言おうと、父はこう言っていた。『彼らは少しも変わらなかった。初めて会った頃から、ずっと変わらず生意気な連中だったよ』。僕らはいま、彼らをどこか謙虚で、不安も抱えていた人たちのように見てしまう。でも実際は、そんなところはまるでなかった。彼らは誰を相手にしても、まったく臆することがなかったんだ」

先行配信された「ミッシェル(テイク1)」

『ラバー・ソウル』には、オリジナル・アルバム全14曲がステレオ、モノ、Dolby Atmosで収録される。ジャイルズ・マーティンとエンジニアのサム・オケルがリミックスを手がけ、ピーター・ジャクソンの歴史的ドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』のために、ジャクソン率いるWingNut Filmsでエミール・デ・ラ・レイのチームが開発した「デミックス」技術が用いられた。2017年の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を皮切りに、2018年の『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』、2019年の『アビイ・ロード』、2021年の『レット・イット・ビー』、2022年の『リボルバー』、2025年の『アンソロジー』と続き、この10年にわたってザ・ビートルズのレガシーを新たに捉え直してきたスペシャル・エディションの最新作となる。

アウトテイクや別バージョンも多数収録され、そのうち20テイクは未発表音源。同じ時期に制作された、1965年のアルバム未収録シングル「恋を抱きしめよう(We Can Work It Out)」/「デイ・トリッパー」も両面とも収められている。さらに未発表のホーム・デモも3曲収録され、そのなかには「デイ・トリッパー」と「恋を抱きしめよう」の初期バージョンも含まれる。そしてもうひとつ、「リトル・ガール」という新たに発見されたレノンのデモも収録。この曲の存在は、これまで誰にも知られていなかった。

スーパー・デラックス・エディションには全68曲を収録し、4CDまたは5LPで発売。「恋を抱きしめよう」/「デイ・トリッパー」の7インチ・シングルも付属する。写真やエッセイを収めた88ページのハードカバー・ブックには、マッカートニーによる新たな序文──「作るのがとても刺激的なレコードだった」──のほか、レノンの発言や、歴史家ケヴィン・ハウレットによる各曲の解説も掲載される。また、曲順がやや異なり、それ自体が絶大な影響力を持ったアメリカ盤『ラバー・ソウル』も収録。さらに通常の1枚組、2枚組のスペシャル・エディションに加え、Dolby Atmosミックスを収録したBlu-rayでも発売される。

未発表デモ「デイ・トリッパー(ソングライティング・ワーク・テープ)」

極限の1カ月、爆発した実験精神

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴは、『ラバー・ソウル』を驚異的なスピードで作り上げた。1965年のクリスマスに間に合わせるため、わずか1カ月でアルバムを完成させなければならないという厳しい締め切りのなか、スタジオに入ったのだ。しかし、その切迫した状況が、かえって彼らの奔放な実験精神をかき立てた。収録曲の半分は、わずか1週間で書き上げられている。彼らが敬愛するボブ・ディランから大きな影響を受けていたのはもちろんだが、新たに覚えたドラッグの影響もあった。ジョージは後に、「『ラバー・ソウル』は、僕らがすっかりマリファナ好きになってから初めて作ったアルバムだった」と振り返っている。ジャケットにはバンド名すら入れず、歪められた4人の顔だけを載せた。

そして『ラバー・ソウル』が世に出るや、リスナーは度肝を抜かれた。ブライアン・ウィルソンはある晩、ハリウッドでこのアルバムを聴き、『ペット・サウンズ』を生み出す着想を得た。「自分にこう言ったんだ。『よし、今度は僕が『ラバー・ソウル』と同じくらい素晴らしいアルバムを作るぞ』って」と、彼は2009年に語っている。翌朝、ウィルソンはピアノに向かい、「神のみぞ知る(God Only Knows)」を書いた。ボブ・ディランからスティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、キャロル・キング、ザ・ローリング・ストーンズ、グレイトフル・デッドまで、世界中のアーティストが『ラバー・ソウル』をひとつの挑戦状として受け止め、自分自身の表現をアルバム1枚という形で打ち出そうとした。

だからこそ『ラバー・ソウル』は、ポップ界のヴィジョナリーたちが目指すひとつの基準であり続けてきた。「『ラバー・ソウル』──ザ・ビートルズで一番好きなアルバムだよ」とハリー・スタイルズはRolling Stone誌に語っている。「『ガール』『ミッシェル』『愛のことば』──どれも素晴らしい」。アリアナ・グランデは、『Eternal Sunshine』を作るうえで大きなインスピレーションを受けた作品のひとつとして挙げている。フィービー・ブリジャーズも、自分が音楽教師なら、子供たちに最初に聴かせるのは『ラバー・ソウル』だと語っている。「いろんな音楽への入り口として、すごくいいレコードだと思う」

今回のエディションには、1965年11月、深夜のスタジオで交わされたザ・ビートルズの会話の一部も収められている。ジョージの「嘘つき女(Think for Yourself)」のハーモニーを試している場面だ。4人は笑いが止まらず、なかなかうまく合わせられない。互いにふざけ合うなか、ジョンがため息交じりにこう言う。「一度頭に何か浮かんだらさ、ローマ中の城壁をもってしても俺を止められないんだ!」。ジャイルズ・マーティンは言う。「できる限り会話も入れるようにしている。彼らがひとりの人間としてどんな人たちだったのか、それが聞こえてくることはすごく大事だと思うから」

常軌を逸したような締め切りに追われながらも、セッションがどれほど遊び心に満ちていたかが伝わってくる。「それに、この頃から夜通し作業するようになったんだ」とマーティンは言う。「夜に仕事をすれば、それだけで雰囲気は変わる。ましてマリファナやら何やらもあったわけだからね。『ドライヴ・マイ・カー』のセッションで初めて深夜0時を越えた。でも、その2週間後には朝7時まで録音していた」。それでも疲労に押しつぶされるどころか、アビー・ロードの4人は冗談を飛ばし合うエネルギーに満ちていた。「彼らにとって、あそこは息抜きのできる場所でもあったんだ。そもそも、まともな社交生活なんてほとんどなかったからね。スタジオは、彼らが来て自由でいられる数少ない場所のひとつだった。しかも4人が揃っていられた」

最大の新発見は、ジョンのデモ「リトル・ガール」だ。この曲はこれまで一度も聴かれたことがなく、その存在が噂されたことすらなかった。「あれには驚いたよ」とマーティンは言う。「レノン家から出てきた音源のひとつで、たしかショーンだったと思う。『あ、そういえばこんなのもあるよ』って、ふいに出てきたようなものだったんだ」。歌詞はまだ未完成で、ラフなスケッチの段階だが、ほろ苦いメロディを持つ。のちに『リボルバー』のハイライトとなる「アイム・オンリー・スリーピング」の初期バージョンのようにも聞こえる。

【5LP+7インチ・シングル:スーパー・デラックス】展開写真

アルバムを代表する実験のひとつが、「イン・マイ・ライフ」でジョージ・マーティンが弾いたピアノ・ソロだ。彼自身がフレーズを考えて演奏し、それを高速再生することでハープシコードのような響きに仕上げた(今回のコレクションには、オルガンで試したアウトテイクも収録されている)。「父はこの話をするとき、彼らが昼食に出ているあいだに、あのフレーズを思いついたんだと話していた」とジャイルズは語る。「『ジョンに聴かせたら、すごく気に入ってくれた』ってね。でも、あの頃の実験精神は4人全員から生まれていたんだと思う。彼らはもう、それまでの”ザ・ビートルズ”でいることに飽き飽きしていた。でも、互いに飽きていたわけじゃない」

『ラバー・ソウル』は、彼らがバンドとして自立を宣言した作品でもある。「これはたぶん、シェイ・スタジアムやスーツ姿に象徴される、それまでのザ・ビートルズから抜け出して、自分たちはこうあるべきだとジョンが思う方向へ4人を引っ張っていこうとした結果なんじゃないかな」とマーティンは言う。しかし、その反抗心は4人全員に共通していた。「考えてみれば、シェイ・スタジアムで『ベイビーズ・イン・ブラック』を歌うことを選んだ時点で、かなり変わってるよね。あそこからすでに始まっていたんだ。ディランやバーズと出会い、バーズのような人たちに自分たちが影響を与えていると知って、『なるほど、君たちが僕たちのものを取り入れるなら、こっちも君たちのものを取り入れよう』となったわけだ」

4人の歌声が変えたポップの未来

それでも彼らは、プレッシャーのなかでこそ力を発揮した。今回のアウトテイクを聴けば、それがよくわかる。「君はいずこへ(I'm Looking Through You)」をあれこれ試しながら、新しいアイデアを加えては別のものを捨て、やがて私たちの知る完成形へとたどり着いていく(アメリカ盤には、誤ってギターの弾き直しが冒頭に残されているが、それがかえって曲に独特の味わいを加えている)。彼らは何でも試した。「12バー・オリジナル」という、ぎこちないブルース・ジャムのアウトテイクまで録音している(幸い今回は未収録。マーティンいわく、「そもそもあまり出来がよくないし、『アンソロジー』にも入っているからね」)。一方で、4人が一緒に心から楽しんでいる様子も伝わってくる。「とてもハーモニアスなレコードなんだ」とマーティンは言う。「音楽的にも、人間関係という意味でもね」

楽曲では、大人の感情に正面から向き合っている。その率直さは、当時のポップ・ミュージックではまだ新しいものだった。なかでも印象的なのは、ザ・ビートルズが、自分の意志と自分の人生を持つ大人の女性について歌っていることだ。ジョンの「ガール」、ポールの「君はいずこへ」、ジョージの「恋をするなら(If I Needed Someone)」──どれも驚くほど冷静で、甘さに流されないラブソングであり、そこにハッピーエンドはない。ポップ界きってのロマンティストであるポールでさえ、23歳にして〈愛には一夜にして消えてしまうという厄介な癖がある/Love has a nasty habit of disappearing overnight〉と歌っている。いまのオリヴィア・ロドリゴと同じ年齢だ(これほど恋をしている青年にしては、ずいぶん悲しそうではある)。

新しいミックスでは、4人の歌声が生々しいほど鮮やかに蘇る。そして何より、その歌声こそが『ラバー・ソウル』を唯一無二の作品にしている。マッシュルーム・カットのアイドルだった頃の声にも深みが増し、彼らが歌う大人の感情にふさわしいものになっている。なかでも印象的なのは、互いの曲をそれぞれがいかに高め合っているかだ。「ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド)」でポールがジョンにハーモニーを重ねるところや、「ユー・ウォント・シー・ミー」でジョンが〈いや、僕ならそんなことはしない/no I wouldnt〉とコーラスを添えて曲を引き立てるところ。4人が一緒に歌うのを聴くことこそザ・ビートルズを好きな理由だというファンにとって、自分たちの最も個人的な物語を声に出して語り合う若者たちが、ひとつの部屋に集まっている──そんな感覚をこれほど鮮烈に伝えてくれるアルバムはほかにない。僕らのなかには、これからもずっとこのアルバムが一番好きだという人もいるだろう。

未発表テイク「ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド) (セカンド・ヴァージョン – テイク2)」

セッション最終日の夜になっても、アルバムを完成させるにはまだ2曲足りなかった。そこで彼らが持ち込んだのが、とびきりの2曲だった。ジョンの「ガール」と、ポールの「ユー・ウォント・シー・ミー」だ。「ガール」では、ジョンの声に疲れが滲んでいるのがわかる。「でも、それがこの曲には合っているんだ」とマーティンは言う。「本当に美しくて、独特の空気をまとった曲だ。誰かがカバーしようとしても、ウィリアム・シャトナー(※)みたいに聞こえずに歌うのは難しいだろうね」

※『スター・トレック』のカーク船長役で知られる俳優。「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」などを独特の朗読調でカバーしたことでも知られる

誰も『ラバー・ソウル』のような作品が出てくるとは思っていなかった。ザ・ビートルズ自身でさえも。だが当時、マッカートニーはこう語っている。「僕らはもう十分に地位を確立している。だからファンを一緒に連れていって、ポップの限界を押し広げることができる」。1965年に、こんなことを口にする者は誰もいなかった。それでもザ・ビートルズは、新たな方向へ進むことに一切ためらいがなかった。「『ラバー・ソウル』を知らないなら、僕らのことを知らないのと同じだ」とジョンは言い切った。「僕らの考えは、もう何もかも変わったんだ」。それから60年以上が過ぎたいまも、そこで生まれたアイデアは、ポップ・ミュージックの聴かれ方と作られ方を変え続けている。だからこそ世界は、あれからずっとザ・ビートルズを聴き続けているのだ。

From Rolling Stone US.

ザ・ビートルズ

『ラバー・ソウル』スペシャル・エディション

発売中(2026年10月2日リリース)

再生・購入:https://umj.lnk.to/TheBeatles_RS

◎スペシャル・エディション【スーパー・デラックス】(68曲収録)

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