香田悠真が語る「間にいる音楽家」の半生──映画・ジャズ・電子音楽を横断、岡田拓郎や安部勇磨らと描いた「架空の故郷」

映画音楽をはじめ、舞台芸術やインスタレーションへの楽曲提供も手がける音楽家/プロデューサーの香田悠真が初のソロアルバム『Amid Kinos』を完成させた。

岡田拓郎、松丸契、マーティ・ホロベック、石若駿らが参加し、「marthe」ではNOT WONK/SADFRANKの加藤修平、「amid kino[s]」ではECMからのリリースでも知られるドラマーの福盛進也、「ende」ではメイ・シモネスとnever young beachの安部勇磨をフィーチャーするなど、近年交流を深めてきた同世代の音楽家が集結。クラシック、ジャズ、アンビエントを横断しながら、ミュージックコンクレートやサウンドコラージュ的な手法で編集的に構築された楽曲たちは、どれも音響的な美しさと穏やかなポップネスが共存する魅力的なものばかりだ。

「架空のノスタルジー」をテーマに掲げ、幼少期から映画館に通っていた自身の記憶も重ねながら「Amid Kinos=映画館の中で」と名付けられたアルバムは、「間にいる音楽家」を自認する香田が、自らの「無故郷性」と向き合った作品でもある。それは社会の状況がますます混迷の度合いを深め、誰しも自身のアイデンティティを、拠り所を感じることが難しくなっている時代において、ある種の救済として響くことだろう。香田にこれまでのキャリアと、作品完成までの道のりについて語ってもらった。

Photo by Kiyoe Ozawa

香田悠真|Yuma Koda

1991年生まれ。音楽家、プロデューサー。映画音楽やファッションショーの音楽監督をはじめ、舞台芸術、インスタレーションなど幅広い領域で活動。2017年よりHYKEの音楽を、吉原秀明、上村真俊とのユニットUYK名義で手がける。2018年にアルバム『#1』をbonjour recordsよりリリース。2019年、Anshul Chauhan監督『KONTORA』で第23回タリン・ブラックナイト国際映画祭最優秀音楽賞を受賞。2026年には、音楽を担当した中島哲也監督作『時には懺悔を』が公開。

 

映画館、ジャズ、電子音楽などの原体験

ー現在は横断的な活動をされている香田さんですが、もともとの音楽家としてのキャリアのスタートはどこからだったのでしょうか?

香田:小さい頃からクラシックピアノの教育を受けてきました。音大などには行ってないですが、作曲で師事していた先生の関係でミラノで勉強していたりもしました。あとはジャズの師匠について数年勉強させてもらったり、その流れで劇伴の世界に入ったり...。同時期にエレクトロニクスにも傾倒したりと、キャリアの初めの方から並行して色んなマナーを学んでいたと思います。

ー小さい頃からクラシックをやっていたのは、ご両親の影響でしょうか?

香田:そうだと思います。父親はもともとサンフランシスコで映像などの勉強をしていたそうで、それから日本で小さな映画館を経営していて。母親も雑誌の編集業をしていた影響か、今思えば色んな音楽を聴きに連れて行ってくれてましたね。父はもともとアメリカの古い年代のジャズがかなり好きだったので、家にもグレン・ミラー・オーケストラとかカーメン・キャバレロとかのレコードが並んでて、それと同列にジョン・ウィリアムズとか大衆映画音楽もあるような家でした。クラシックの入り口は、どちらかというと教育の一環という感じだったはずです。兄弟で一緒にピアノやバイオリンを演奏するのは楽しい時間でしたが。

ー小さい頃からジャズと映画音楽を自然に聴いてきていたと。

香田:そうですね。家に帰れば流れている音楽だったように覚えています。あと、親の映画館にはシネマルームが二つあったんですが、エンタメに寄ったシネマルームと、少しアート系というか大人向けのシネマルームと、その二館で上映していて。もちろん子供の頃はほとんどエンタメの方にしか行ってなかったんですけど、そこの音響体験は今思い返せば影響を受けたと思います。子供の頃からあの音響があったおかげで、フェティシズムじゃないですけど、チェロとかコントラバスをワクワクするものとして聴いていました。

香田悠真が音楽を担当した映画『時には懺悔を』。西島秀俊、満島ひかり、黒木華、宮藤官九郎、柴咲コウ、佐藤二朗、役所広司らが出演

2026年のミラノ・デザイン・ウィークで発表されたLEXUSのインスタレーション「SPACE」。香田が音楽を手がけ、松丸契、マーティ・ホロベック、岡田拓郎が参加

ー特に影響を受けた映画音楽家はいますか?

香田:当時は特定の映画音楽家が好きっていう感情はなくて。でも家ではジョン・ウィリアムズ、エンリオ・モリコーネ、ヘンリー・マンシーニとか、いわゆる旋律主体のメロディアスなロマン派風音楽を聴いていたので、その影響は自分のどこかにあると思います。今回のアルバムは自分の中ではポップな感覚だと思ってるんですけど、そういう意味では、影響が出てるかもしれないですね。

ージャズの分野で特に影響を受けた人をあげていただけますか?

香田:それこそカーメン・キャバレロからの影響かもしれませんが、最初はエロール・ガーナーが好きでした。カクテルピアノと呼ばれるようなスタイルは今でも好きですよ。

あと影響という意味では今回のアルバムにも参加してくださってるドラマーの福盛進也さんの存在は大きいです。僕は当時大阪にいたんですけど、「いんたーぷれい8」という歴史のあるセッションバーがあって、そこでセッションしたりライブさせてもらったりしてました。そこである時に福盛さんと山下洋輔さんのライブがあって、それにとても衝撃を受けたのを覚えてます。ヨーロッパジャズの音響的な、ああいったアプローチや美しさをジャズで聴いたことがなかったから、「こういう正解もあるんだ」っていうのは、彼から最初に受け取ったものかもしれないです。

「いんたーぷれい8」で演奏する福盛進也(2012年撮影)

ーちなみに、現在進行形のジャズシーンはどのように見ていますか?

香田:横断性という意味でUKジャズにはとても興味があります。VegynとかDuval Timothyはやっぱりユニークですね。もちろんWarp周辺もそうですし、Gondwanaであったりああいうコミュニケーションの取り方は勉強になるなと思いながら見てます。どうやってエレクトロニクスのミュージシャンたちが、ジャズや他のフィールドと会話をして、自分のスタイルを見つけていくか。クラシック側の人間もとても親和性が高いなと思ってて、ロンドンには横断的なアンサンブルが多いですよね。

ー電子音楽・アンビエントへの傾倒はいつ頃からでしょうか?

香田:それは同年代の友達の影響が大きくて、当時大学で植物の研究をしていた友達が「まずはこれを聴け」みたいなリストをくれて。ボーズ・オブ・カナダ、エデュアルド・デ・ラ・カーレ、Reconditeとかを一緒に遊びながら教えてくれて。だからある意味リスニングの最初期に、ヨーロッパ的なエレクトロニクスの聴き方というか、それぞれのジャンルの土壌がある上でこの音をやってる、と知れたのは大きかったかもしれないです。リスニングに分断がなかったというか。

ー資料には「武満徹の思想・態度にも影響を受ける」とありました。

香田:僕にとって「間にいる音楽家」っていう感覚がすごく重要だと思っていて、そういう意味で音楽的影響はもちろんですが、それ以外での像が大きいかもしれないです。モリコーネもそうですけど、映画もやるし、ポップスもやるし、ちゃんと純音楽も書く。そのバランスを取り続けてるというか、情熱や好奇心と共に社会に触れ続けるというか、どちらにも行けない自分にとってすごく大きな存在だったんです。そういう意味でニーノ・ロータも大きな存在です。

ー「間にいる音楽家」というアイデンティティはどのように形成されたのだと思いますか?

香田:もちろん時代的な影響もあると思いますが、音楽のルーツが映画音楽という中間の音楽だった事は大きかったんじゃないかと思います。あとは実は育った映画館の話と結びつくんじゃないかなと(笑)。二つのシネマルームを選びきれない自分が、間に挟まれて優柔不断性を育んでいったような……。

今はもう無くなってしまったのですが、この間ふとその映画館を調べてみたら、当時の記事がまだ残ってて、ある年のプレミア上映は片方が『冷静と情熱のあいだ』で、もう一つが『花様年華』で、何かすごく腑に落ちました。

ー映画自体が総合芸術であり、いろんな要素を含んでいる。

香田:そうですね。だから「なぜ間を好むのか」というのは、すごく複合的な話だと思います。僕の中には音楽的だけでなく、アイデンティティとしての無故郷性もあって、どの土地に行っても馴染めない感じがあるから、作家としては「自分はどこにいるのか?」を常に探さないといけないと感じていたり、本当にいろんな背景があると思いますね。

仲間との出会いから生まれた「架空の故郷」

ーアルバムに参加しているミュージシャンたちとはどのように出会ったのでしょうか?

香田:例えば、加藤くんと知り合ったのはもう6〜7年前ぐらいですかね。彼のソロ名義のSADFRANKのアルバムを作ったときに、そのコアメンバーとして誘ってくれて。

NOT WONKの加藤修平によるソロプロジェクト、SADFRANKのパフォーマンス映像。香田はピアノで参加し、石若駿(Dr)、松丸契(sax)らと共演

ーそこに石若くんや松丸くんもいたわけですよね。加藤くんとはどう繋がったんですか?

香田:最初は今回のアルバムにも参加してくれているエンジニアの葛西敏彦さんが紹介してくれたのを覚えてます。安部くんとは、その少し前にyahyelのボーカルのガイくん(池貝峻)がソロ名義で制作していて、そのレコーディングに参加していた時に彼がスタジオに遊びに来てたりして。

ー梅ヶ丘にあるhmc studioですよね。

香田:そうです。彼が遊びに来て、話が盛り上がってレコーディングがあんまり進まなくなって、こういうスタイルの人もいるんだなと思って(笑)。で、そこから仲良くなって、家まで連れて行かれてっていうのがあったり。僕にとってシーンの違ったユニークな人間が急に周りに現れた時期があって、それがちょうどコロナ前ぐらいですね。

ーそれまで主に関わってきた映画音楽などとはまた違う、ポップ/ロックの現場に関わることも、香田さんとしてはやってみたいことの一つだった?

香田:とても興味は持っていましたよ。それはさっき言った「間にいる音楽家像」じゃないですけど、彼らがやってきた社会との接点の作り方でもあるなと思って。自分の好き嫌いの範囲を知る事でもありますけど、ポップなことをどこまでやれるかはすごく興味がありました。

never young beachの日本武道館公演でピアノを演奏する香田。安部勇磨とは、2021年の初ソロアルバム『Fantasia』制作時にほぼ初対面の状態から交流を深め、鍵盤奏者として参加。その後も共演を重ねている

ー以前からバンドシーンとの接点もあったのでしょうか?

香田:何回かあったんですけど、そんなに長い関係性までには行かないことは多くて。でもjan and naomiのjanくんとか、Julia Shortreedさんは音楽的にも良い関係が続いてて、僕も彼らのアルバムに参加したり、今回のアルバムにも参加してくれたり。

ー岡田くんとの接点はいつ生まれたのでしょうか?

香田:岡田くんも最初は葛西さんが繋げてくれて、ソニーの360度リアリティオーディオの仕事で3人で曲を作ったのが最初です。岡田くんに関しては後から気づいたのですが、元々知っている曲が一つあって、とてもいいアーティストだと思っていました。そこから仲良くなって、今また別のプロジェクトで彼とも作ったりしてます。

ー岡田くんの『Betsu No Jikan』と今回のアルバムは制作の手法的にも近いところがありますよね。

香田:おっしゃる通りですね。もちろんコアは全然違うんですけど、近い手法を持ってて、近い横断的な感覚を持ってる日本人だなと感じたのは、実は岡田くんが初めてだったりします。

岡田拓郎が2023年にコットンクラブで披露した「For RD」。香田に加えてマーティ・ホロベック、石若駿、松丸契と、『Amid Kinos』にもつながる顔ぶれが参加

ーそうやって出会っていった人たちが、今回のアルバムで一堂に会していると。

香田:今回は僕を間の真ん中にして、無理やり集まってもらった感じかもしれないですね(笑)。

ーソロアルバムを作ろうと思ったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

香田:僕は映画や広告、インスタレーションをずっと作り続けてたので、メディア的な方法だけでも自分を表現出来ると思ってた時が長かったです。特に幸運な事にですが、良い監督やアーティストと出会えることが多かったので、自分のアイデンティティであったり、混乱を代弁できる場があってしまったから、アウトプットが他に必要ない時期が長かったんですね。

でも、それだけじゃ足りない表現が徐々に生まれてきて。それはアルバムに参加してくれた友人たちから受けた影響も大きいです。

そういった積み重ねの中で自分の手法が少しずつ確立されていって、じゃあそれをビジュアルイメージなしで表現した場合にどうなるのか?っていう、順序が逆なんですが、音楽の中へメディア的なイメージを持ち込む事への興味が生まれたというか、その欲が芽生え始めたのがアルバムの出発点ではあります。

ー一人で作り込むのではなく、たくさんの人が参加した作品になったのは意図的なことなのでしょうか?

香田:ある特定の時期の「自分とは何か?」というフレームワークを周りにいる人たちで作ることにも興味があったと思います。同じ様に、ここ数年の自分の周辺の時間を、記録として残すことを必要に感じたのも大きいです。

あと、各アーティストが持ってるアプローチが大きく違うのも大切な事でした。例えば、加藤くんはコンポジションをかなり詰めたところまで作って渡してくれる人で、アイデアの共有もお互いに多く、自分で最後まで細かくミックスする。対照的に安部くんはとても委ねるタイプ、けどディレクションは鋭くて、多分だけれど最初からサウンドをイメージし尽くしている様にも感じて、どこか手のひらの上にいるような……。そういった感覚自体も自分の作品に入れたいなと思ったのも大きいかもしれないです。

それぞれが持ってるスキルのユニークさとか表現力だけじゃなくて、そこに備わってる考えや手触りや悩みさえも一緒に入れる必要があるというか、記録性を大事にしていたかもしれません。

ーアルバムとしての青写真でいうと、音楽的な手法が先にあったのか、それとも、資料にある「架空のノスタルジー」のようなコンセプトが先にあったのか、どちらが近いでしょうか?

香田:多分少しだけ先にコンセプトがあったと思います。言葉のイメージから音楽を膨らませることが多いので。今回は僕が大きく影響を受けた映像編集的な手法というか、ノスタルジーや聖なるもの、俗なるものが入り乱れるような感覚、そういう意味でパオロ・ソレンティーノやレオス・カラックス的な映像感覚を音楽でやったらどうなるんだろうなっていう興味が最初の方からありました。

ー「架空のノスタルジー」について、香田さんの視点で噛み砕いて話していただけますか?

香田:この言葉は少し危うい言葉でもあるというか、表現の範囲が広いという意味で、少し難しい言葉でもあると思うんですが、でもそこに固有の意味をつけるとしたら、先ほどもちょっとお話した「無故郷性」が大きいかなとは思います。

現代において、無故郷性を持った人たちが、どうやってその空白を埋めるための故郷を作ろうとするのか。それは土地的な問題だけじゃなくて、あるときはインターネットのプラットフォーム上にあるものなのかもしれないし、童謡的なものなのかもしれないし、それは移民だけでなく現代に共通する問題だと思います。

で、僕はやっぱり経験としてそういう感覚が大きくて。音楽的にも故郷がなく、未だにどこにも落ち着ける場所がない感覚がある。日本でカトリック教育を受けてコラールなども学んだけれど、イタリアのカトリシズムとは何かが違う事に気づいたり。そういった矛盾や空白に対する安心感として、何か拠り所が必要だと感じたときに、僕は知らない土地で作曲をすることが多いみたいです。「心の中の教会」じゃないですけど、そういったものを建てるために曲を作る、みたいな感覚で。なので、この意味だと「架空のノスタルジー」はある意味では「架空の故郷」を作る事とちょっと近いですね。

ー「無故郷性」は香田さん個人の問題でもあるし、日本人の問題でもあるし、「移民」は今の世界の現状を表現する意味でもとても重要なキーワードですよね。

香田:そうだと思います。このアルバムの制作期間中にサウンドトラックを作曲していた、イングランド北部の移民の労働者を扱った『The Ceremony』というイギリス映画がありました。主人公のひとりのトルコ系の移民が、ある重要なシーンで口ずさむ童謡があって、その旋律の断片を元にいくつか曲を書いたりもしました。その童謡自体は役者自身が故郷で育った時に覚えたもので、シーンの中では歌声や仕草の自然さと共に、フィクションとドキュメンタリーの揺らぎができる。こういった揺らぎの感覚や二重性は今回の制作に影響を与えていますね。

ー近年「ノスタルジー」が様々な表現分野においてテーマになっている理由は複合的なものだと思いますが、やはり現代が混乱していることの裏返しでもある。それは政治的な混乱もそうだし、気候変動もそうだし、AIに象徴されるデジタル化の進行もそう。現代の混迷の度合いが深まっているからこそ、ノスタルジーに救いを求める視点はあるのかなと。

香田:その通りだと思いますね。それぞれの空白をどうやって埋めるかのアプローチが違うだけだと思います。さっき「架空のノスタルジー」がちょっと危ういと言ったのは、このワードには「すり替えられたノスタルジー」という文脈もあると思うので。これからの時代は特に、存在しなかったはずのノスタルジーを簡単に享受してしまう危うさもあるから、これを主題に持ってくる怖さもある。だからこのアルバムは「架空のノスタルジーに浸ってほしい」と思って作ったわけではないです。それよりは、もう少し個人的な経験の反映ですね。

ー岡田くんの『Betsu No Jikan』も、安部くんの『Hotel New Yuma』も、ある種「架空のノスタルジー」を描いている作品だと言えるように思います。香田さんの近くにいるミュージシャンたちからインスピレーションを受けた部分もあったりするのかなと。

香田:ある意味、僕のアプローチと違うからこそいい影響を受けてるかなと思います。特に安部くんの場合はそうですね。彼はやっぱり詩人だなと思いますよ。

実はこの間もこういう話をしていて、「ノスタルジー」には肯定的じゃない意見もあるじゃないですか。過去に囚われることであって、前に進めなくなることだって。でも安部くんは「でも、後ろを向いたらそれは前なんだよな」みたいなことを言ってて、もうこれ以上の言葉はいらないなと思いました(笑)。

ポップスとは「軽くて、速くて、聖なるもの」

ー音楽的にはクラシック、ジャズ、アンビエントなどを横断しつつ、かなり編集的に構築されていると思いますが、具体的にはどのような手法で作られているのでしょうか?

香田:手法の一つとしては、一回しっかりと古典的な技法でクラシックの曲を書いて、それをエレクトロニクスの上でどう解体出来るかという興味がありましたし、そのエディットの過程で、自分自身の記憶を曖昧にして、最初に作ったものをどう忘れていけるかというか...。これは友人の画家からの影響が大きいです。

今回のアートワークを手がけてくれた井田幸昌という画家がいて、彼がやっていた手法なんですけど、「メタモルフォシス(変容)」だったっけな。その手法は抽象だけでなく具体を何層かに描き続けるんですね。乾いたらまた違う具体を描いて、乾いたらまた違う具体を描いて、それを自分でも忘れた頃ぐらいに削っていくんです。

そうしたら下のレイヤーから違う具体が現れて、でも自分はそれをほぼ忘れてる。それを繰り返して描いていくことで、時間の痕跡と記憶の混濁が同時に残る手法、みたいな。手順としてはパリンプセスト(羊皮紙に上書きして再利用する事)のような。1曲目の「umbra」は特にその手法から影響を受けています。

ーいろんな場所やいろんな時期に録られた音をレイヤーして、忘れた頃に音を抜いていくことによって、自分の記憶が混濁していく。

香田:その通りです。今気づきましたけど、そういう意味では、多分自分に強く刻まれた音だけが底に残っていって、記憶のサウンドスケープを作っていってるんですね。「こういう空間があればいいのに」っていう理想のスペースを作るために。

もちろんそこにはミュージックコンクレート的な、意味の切断的な考え方もあると思うんですけど、でもやっぱり興味があったのは記憶や時系列の混濁の部分で、それこそ多分『Betsu No Jikan』に少し近い手法なんだろうなと思います。

ー岡田くんがフィーチャーされているのは「liquorice(feat. Takuro Okada)」ですね。

香田:この曲に関しては岡田くんがベースも弾いてくれてるので、ビートアプローチもかなり影響を受けて出来た曲ではあります。そこに僕的な興味としては、印象派的な和声が上に乗って、ブレイク的なビートとぶつかったらどういう表現になるのかなっていう、結果的に90年代っぽい響きですが、間の音楽として書いてる感じです。

ーやはり「間感」は各楽曲のアレンジをする際にも意識したことだと。

香田:そうですね。全体だけではなく、各曲ごとでも「間の音楽でないといけない」っていう意識は今回結構強かったです。ただ、最終的なヒアリングとしては、あくまでどこかポップに響くようにっていうのは意識の中にずっとありました。

ー先行で配信された「images on loan(feat. Jan Urila Sas, Shun Ishiwaka)」は二部構成のようになっていて、途中からJanのポエトリーが入ってくる展開が印象的です。

香田:これは「umbra」の手法に近くて、最後まで時間がかかった曲です。多分5バージョンぐらいあって、最初のバージョンはもっと聴いた感じは初期のニコラス・ジャー的というか、もっと分解されたもので、ビートもパルスもほとんど感じられないものだったんですけど、そこからまた足しては削って。石若くんのドラムだけはずっと底流のように存在し続けたんですけど、その上層でのアプローチだけはどんどん変わっていった。

この曲はタイトル通り「借り物のイメージ」というテーマに惹かれて、僕じゃない他人の記憶をそこに入れ込んでいく感覚でした。僕とファッションブランドのamachi.のチームで、スイスを中心に人々のノスタルジアと記憶をインタビューしていくプロジェクトがあったんですけど、そこで録った音声からワードをピックアップして、Janくんがコラージュの様にポエトリーを作ってくれて、記憶の二重性があの中にレイヤーとしてあるのかなと。「No memories in my mind/But my body remembers」はとても象徴的な詩だと思います。

ー逆に香田さんご自身の記憶が強く反映されているのは2曲目の「kopfkino」であり、11曲目の「amid kino[s] (feat. Kei Matsumaru, Shinya Fukumori)」かなと。

香田:2曲目はより個人的な記憶というか、とてもパーソナルな感覚のものをどうやって誰かと共有出来るかを考えていました。タイトルトラックはよりその意味合いが強いんですけど、あの曲はかなり昔から録り溜めていたいろんな音の素材を使っていて。で、最初のトラックがTR-808から始まって、途中から福盛さんのドラムのパルスに移る。上手く言えないですが、展開そのものが個人的な記憶の反映に感じたりもしています。

ただ、それをある種のカタルシスとして表現しすぎたくはなかったんです。あくまで僕の中では客観性のある、エレクトロニクスのダイナミズムのマナーを守っている曲で。

ーとはいえ福盛さんのドラムや松丸くんのサックスはセッションの熱量を感じさせるものでもあるなと。

香田:このアルバムはあんまりみんな一緒に録音しないようにしていました。そのシナジー的なもの、身体的な反応性とかリフレクトを今回は減らしたかったんですけど、ただ彼らに関しては一緒に録っていて。

それは個人的な意味合いとしても大きくて、福盛さんも松丸くんも違うタイミングに出会ったけれど、僕にとっては近い感覚を持ったリスペクトできるミュージシャンだなと思ってて。そういった二人がレコーディングルームに入って、この音楽の軸になってくれたのは特別な意味があったなって思います。

ー12曲目の「ende (feat. Mei Semones, Yuma Abe)」はまさに映画のエンドロールのような雰囲気を感じます。メイさんの参加の経緯を教えてください。

香田:メイさんは一昨年の安部勇磨のUSツアーのブルックリンでオープニングアクトをしてくれたんですよ。僕はそのとき初めて彼女の声を聴いたんですけど、2人の声質や表現がとてつもなくマッチしてるなと思ったんです。暖かく、どこか達観したような声にも聴こえる。

それで感覚的にですが、エンドロールは2人に歌ってもらうべきだと思いました。僕の思う現代の子守唄になるだろうなと。

ーメイさんは日本とアメリカの両方にルーツを持ち、音楽的にもジャズを軸にしながら横断的な要素を持っていて、「間の人」的な感覚が香田さん自身との相性も良く、まさにこのアルバムを締めくくるにぴったりの人材だなと思いました。

香田:そうですね。個人的にも、彼女の立ち位置は今の時代において象徴的な存在だなと思ったし、今回のアルバムを締めくくるのに合ってるなと感じて、もちろんそれは安部くんもそうなんですけど。あとは歌詞に説得力をどれだけ持たせられるかっていう視点もありました。

歌詞だけ見たら可愛い曲なので、ストーリーテラー的な歌い方ができるというか、それが嘘なくできる人が必要だと思っていて、そういう視点でオファーしたのもありましたね。

ー最後に無音部分があるのも印象的で、個人的には、映画を観終わって、劇場から出るまでが作品になっているように解釈しました。

香田:フレームワークを作りたかったのはありますね。これは映画の中で座席に座ってるだけの視点ではなくて、映写室からの視点でもあるよっていうことかもしれません。

最近フランスの友人に聞いた言葉があるんですが、「mise en abyme」(箱の中の箱)みたいな、まさに今回のアルバムは映写室から見てる自分、シアタールームの中のレンズみたいなイメージを大切にしていました。

ー「Amid Kinos=映画館の中で」というタイトルも、まさにそのイメージだったわけですね。

香田:そうですね。たぶんまたいつか、その時々の周辺の時間の記録というか、似たような間的で映写室的なる視点のアルバムを作ると思います。

あ、あとこのアルバムの一つのコンセプトで、僕は「速さ」も大事だなと思ってたんです。実はタイトルは『Amid Kinos』になる前に『Light, Winged and Holy』っていう案もあって、これはプラトンが確か詩人追放論の中で詩自体を表現する時に使った言葉で、「あの軽くて、速くて、でも聖なるもの」っていうような皮肉な意味を込めたもの。

僕はそれが矛盾にあふれて美しい言葉だなと思ってて、今回表現するものもそういうものにしたいと思ってたんです。最初に話した映画的な手法も近くて、速く、雑多な事が起きるけど、ただ最終的には聖なるものに回収されるという、僕が彼の作品に感じる感情はそういうもので、それはとても大事なことだと思います。

ーそれも間的な感覚だと言えるかもしれないですね。

香田:そうですね。途中でも話したように、僕はこのアルバムは自分にとってのポップス的な作品だと思っていて、今「ポップスとは何か?」と言われたら、僕にとっては「軽くて、速くて、でも聖なるもの」かもしれません。

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香田悠真

『Amid Kinos』

発売中(2026年10月2日リリース)

再生・購入:https://spaceshowermusic.lnk.to/amidkinos

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Yuma Koda 1st Album『Amid Kinos』Release Live

2026年10月28日(水)東京・渋谷WWW

OPEN 18:00 / START 19:00

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/020047.php

出演:香田悠真

with

松丸契

岡田拓郎

山本啓

カノア

マーティ・ホロベック

増村和彦

海老原颯

Vocal

加藤修平

Julia Shortreed

安部勇磨

チケット:

一般 ¥4,500(税込/オールスタンディング/ドリンク代別)

U-22 ¥3,500(税込/オールスタンディング/ドリンク代別)

e+:https://eplus.jp/amid_kinos/

ZAIKO:https://wwwwwwx.zaiko.io/e/amidkinos

公式サイト:https://yumakoda.com/