Fat Dogが語る、狂騒とカオスの先へ──AI時代に問い直す音楽の意味「脆さを見せる方がパンク」

青く燃えるサウスロンドンのポストパンクの時代から世界は移り変わり、あるものはダンスに向かい、あるものは内省的なフォークやストリングスを使ったサウンドを志向するようになった。そんなロンドンでパンデミックのまっただ中で結成されたファット・ドッグ(Fat Dog)は抑圧からの解放を宣言するかのようなカオティックでエネルギッシュなライブを繰り広げていた。エレクトロ・パンクの熱にニュー・レイヴの陶酔感、2024年のデビュー・アルバム『WOOF.』は歓喜をもって迎えられ、その熱を伝えるモッシュピットの輪はさらに広がった。グラストンベリーでの27時間4回のステージ、長いワールドツアー、街々で繰り広げられる狂乱の宴、ファット・ドッグは立ち止まることなく世界の至るところでカオスの渦を巻き起こしたのだ。

そうして2年が経ち、ついに2ndアルバム『Cancel Me (Im Tired)』がリリースされた。この2年の間にメンバーが代わり、そして加わり(ついにヴァイオリニストが入ったのだ)、バンド自体も変化の時を迎えた。この2ndアルバムはダンスの熱とフォーク/カントリーの繊細さの両方がある。ボーカリストであり中心人物であるジョー・ラヴは言う、攻撃的な側面と自身の脆さを見せる側面、その両方があるというのが大事なのだと。混迷を極める時代の中で、ファット・ドッグは人間らしさを求め、音楽と向き合っている。誠実さとは何か? 人間らしさとは何か? そう、その選択の中にこそ答えはあるのだ。

ツアーで変わったロンドンと音楽への距離、日本で生まれた新曲

—2ndアルバムがついにリリースされますね。その話に入る前に、少し1stアルバムについて聞かせてもらってもいいでしょうか。2ndアルバムを作り終えた今、1stアルバムをどのようにとらえていますか?

ジョー:気に入っているとこもあれば、あまり気に入っていないところもあるね。音的な部分で言うとオートチューンは今だったらきっと使っていない。そういう意味で今とはモードが違うと言えると思う。

—今とは違うモードと言うと、長いツアーに出たということも影響していますか? 多くのバンドが1stアルバムをリリースした後、ローカルなシーンと切り離されて違うフェーズに入るといいます。ファット・ドッグに関しても曲作りの仕方や生活環境など変化があったのでしょうか?

ジョー:確かにそれはある。単純に家にいない時期がすごく増えたからね。1stアルバムの頃は、たぶんもう少し……ワクワクもしていた。始めの方は今やっていることから抜け出してツアーに出たくなるんだ。それで長いツアーに出て、新しい場所を訪れて刺激を受ける。でもツアーが終わりに近づく頃には、家が少し恋しくなってくる。

—ロンドンに戻りたくなるというか、地元の良さを再確認する感じですか?

ジョー:そうだね。以前よりもロンドンのことをずっとありがたく感じるようになったと思う。僕はロンドンが大好きなんだ。ツアーに出て、アメリカなんかに行ったりすると戻って来た時にロンドンに帰って来た!って本当に思うんだよね。街の緑の多さとか、人とか。夏のロンドンは最高なんだよ。まぁ今は憂鬱な天気が続いているんだけど。

—そういうものなんですね。

ジョー:とはいえツアー先でいい刺激を受けることもある。いろんな場所を本当に好きになるんだ。アメリカはものすごいストレスに僕を晒すんだけど、でもバカでかいCokeの看板とか、そういうものを目にしただけで「ああ……」って心に落ちてきて。自分でもなんでそんな感覚になるのかわからないんだけど。ほら、行ったことのない場所でもすごく懐かしく感じることってあるよね? それだよ。そういう意味では、僕にとってまさに日本もそういう場所だった。日本にいたのはたった3日間だったんだけど、もっと長くいるべきだったと感じているくらい。数カ月はいても良かったな。

—滞在中に印象に残っていることはありますか?

ジョー:実は2ndアルバムに入っている「Call It What You Want」は日本で書いたんだ。ブラブラと街を歩いている時に頭にちょっとしたメロディが浮かんできてそれを書き留めて曲にした。元々はもっとトランスっぽい感じだったんだけど、そこからもう少しロックっぽい感じにしていって。あの曲の最初の部分って日本っぽい雰囲気がない? 僕の耳にはなんだか妙に日本的に聴こえるんだ。頭の中に浮かんでくるイメージみたいなものかな。日本について色んなことをよく聞くからそういうものも影響しているのかも、シンプルさの中に何か異質なものがあるみたいな。

—言われてみると確かにシンセのメロディからそんな印象を受けるかもしれません。ちょっとJ-POPの空気があるというか、街中で流れているような雰囲気があります。2ndアルバムの曲はそんな風にツアー中にインスピレーションを受けて作ったんですか?

ジョー:そう。曲の大半はツアー中に書いた。ツアーの最中はずっと曲のことを考えている感じだった。頭の中で何度も曲を鳴らして、歌詞を考えて。ほとんどの曲はツアーバスの後部座席で書いたんじゃないかな。1stアルバムを作った時とは、やっぱり全然違うんだよね。僕たちみたいな規模のバンドだと、どこであろうと曲を作らなきゃいけない。空港で1時間あったらそこで作るし、移動に2時間かかるならバスで作る。フランスとか、慣れない場所でスタジオを借りて入ったり。そういう環境に慣れて、普段の自分の殻から出ていく必要がある。1stアルバムは自分の部屋で作ったから、なおさらそうだね。2ndアルバムはその殻を破って外に出て作ったってことだな。そういうところが曲から聴き取れるかは……どうだろうね(笑)。

—アルバムを制作する上で意識したようなバンドや曲というのはありますか?

ジョー:80年代の音楽をかなり聴いてたな。ジャック・キッテルの「Psycho」っていう曲を本当によく聴いてた。僕と妻で、毎日のように車の中で聴いたり、お酒を飲みながら聴いたりもしてた。ちょっと変わった呪われたカントリー・バラードって感じの曲だよ(笑)。あとはクラウデッド・ハウスの「Dont Dream Its Over」とかポップス寄りのとか。もう少しハードなものだとエンニオ・モリコーネとかDAFとかDevoとかいろいろ。

—最近のエレクトロクラッシュのリバイバルについて何か意見はありますか。 ニューヨークのザ・デアやファッカーズ、ロンドンだとRIP マジックなど、みな少しずつ異なってはいますが、今は2000年代半ばに流行していたような音楽に影響を受けたバンドやアーティストが増えてきているような気配があります。このことについてどう思いますか?

ジョー: 分からないな。好きなものもあるし、そこまで好きじゃないものもある。でもみんなその頃を懐かしがっているのはなんか変な感じがする。ザ・デアなんかは特にだけど、今になってみんながLCDサウンドシステムなんかに影響を受けて、そういう音楽を作っているのはちょっと面白い。彼はそこからさらにちょっと別の方向に行っている感じもあるけど。とにかく僕にとっては懐かしさがあるというか、少し時代遅れなEDMみたいなノリで、ワザとイケてないものを作ろうとしているみたいに思える。でもそれが良いんだよね。自分も若い頃はデッドマウスがいちばん好きなアーティストだったから、その感覚自体は分かるし好きではあるな。ある意味でノスタルジックな感じがするから。子供の頃にラジオから聴こえてきたサウンドをもう一度引っ張り出してきたみたいなそんな雰囲気があるんだ。

—ファット・ドッグに関して言うと、以前ライブで2002年リリースのエレクトロハウスの名曲、ベニー・ベナッシの「Satisfaction」のカバーをやっていましたよね? この曲はどういう経緯でやり始めたのですか?

ジョー: よく覚えてないけど確か、前のベースがこの曲にハマっていて、スタジオかどこかでベースラインを弾いたのを聴いて、この曲いいじゃんってやるようになったんじゃないかな。ライブで演奏したら思った以上にウケて。特にイタリアでは大盛り上がりだったな。ベニー・ベナッシってイタリアでめちゃくちゃ人気だから。今でも時々演奏している。この曲、実はレコーディングもしてるし。ラフ・トレードのボーナスCDに入っているんだ。

「脆さを見せる方がパンク」AI時代に問い直す

—2ndアルバムには、ファット・ドッグと聞いてイメージするようなエレクトロクラッシュ/ニュー・レイヴ的な楽曲が中心にある一方で「Heart of Darkness」や「Snakes」、「Aliens」のようなアコースティック・ギターが大きく使われたスローな曲があるというのがとても印象的です。1stにはなかった、関係が進みある種の脆さや弱みを見せるようになったような親密さを感じる楽曲ですが、この曲たちはどのように生まれたのでしょうか?

ジョー:「Heart of Darkness」と「Snakes」、「Aliens」は全部ひとつのくくりに入れられると思う。かなり似ているんだよね。本当の僕自身ってやつが少しばかり出ている気がするよ。ファット・ドッグでいる時って、自分を漫画っぽくしたキャラクターとかペルソナみたいに感じることもあるから。そういう意味では、この3曲は内省的で、色々考えながら、何かを外に出そうとしている感じかもしれない。3曲に共通する脆さっていうのは、最後には全てダメになってしまうんじゃないかって悲観的になっている感覚だから。「Snakes」のエンディングのラインも、結局は「最後は蛇に食われる」というものだし。なんというか、かなりネガティブなんだよね。最後にはクソみたいな蛇に食われて終わるんだからって。うん、やっぱりかなり内省的な曲だと思う。

—そうしたある種ネガティブな一面を見せる曲を書くようになったきっかけはあったんですか?

ジョー:完全にネガティブってわけでもなく、物事がうまくいかなくなるんじゃないかって感じる脳の側面が働いたというか。もちろんずっとそんなことを思っているわけじゃなくて、特定の日に感じた感覚を曲にしているみたいな。もし僕が「Bad Dog」みたいな激しい曲だけをずっと作り続けていくとしたら、自分に正直でいられなくなってしまうと思うんだ。何が書きたいのか、どんな風に感じているか、それすらも正直でいられなくなる。どちらの側面も持っているのがきっと人間らしさなんじゃないかな。世界の頂点にいるように感じる日もあれば、そうじゃない日もあるのが人間だから。

—アルバムの方向性の出発点になったような曲はあったんでしょうか?

ジョー:最初に書いたのはちょうど今、話した「Snakes」だった。もともとは「Heart of Darkness」「Snakes」、「Aliens」みたいな曲を集めたソロ・アルバムを作ろうとしていたんだよ。ファット・ドッグのアルバムじゃなくてね。そういうものを作ろうとしていたんだけど、だんだんと曲を作る時間がなくなってきて、「もうバンドでやろう。これまでのファット・ドッグとは違う一面を見せるのもありだろ」ってなってそうしたんだ。

—そうしたファット・ドッグの新たな側面を見せる曲の中でも「Aliens」は壮大な物語を想起させるようなアンセムめいた楽曲で、ピアノやストリングスの使い方が際立っています。特にストリングスなんですが、こうした変化が起きた理由を教えてください。最近はライブでもストリングスを入れていますよね?

ジョー:僕の音楽的な好み全体に多大な影響を与えているのが生楽器のストリングスなんだよね。いくつかのメロディはストリングスで演奏されるべきだと感じていて、「Aliens」はまさにそうだった。60年代後半のロマンティックなエンニオ・モリコーネの瞬間みたいな、そういうものを作りたかった。だからそれが自然と発展してって感じだったんじゃないかな。「Aliens」は、ライブで最後から2曲目か3曲目あたりにやるのがぴったりだと思う。最後を締めたいわけじゃないんだけど、ちょっと落ち着かせてみたいなさ。こういう曲をやる時に見せる脆さっていうのはある意味、パンク・ミュージックを作るよりもパンクなんじゃないかって思うんだ。加工なしに、自分の心を剥き出しにして全部さらけ出すわけだから。最初に曲を作ってバンドのメンバーに聴かせなきゃいけない。それは実際かなり勇気のいる行為なんだ。ライブでやる場合もそうだよ。みんながこいつらはパンクみたいな曲をたくさんやるだろう、クソ攻撃的な音楽をやるんだろうなって思っているところで、この種の音楽を演奏する。繰り返しになるけど、僕にとっては、どちらのタイプの曲もやるってことが大事なんだ。それってすごく人間的なことだと思うから。ずっと攻撃的で叫び続けて、その世界の中だけで生きている人たちも、それはそれでいいのかもしれないけど、でもそれだと少し人間らしさから遠ざかってしまう気がするんだ。両方あるっていうのがリアルだってそういう思いがある。

—その考えすごくわかります。迷いがあるのがいいっていうか。

ジョー:ちょっと矛盾するかもしれないけど、ファット・ドッグのライブは、迷いを抱えていること自体を忘れたいのか、それとも真正面から向き合ってクソみたいに吹っ飛ばしてしまいたいのか、正直よくわからないんだよね。僕はいつも、自分が何を作りたいのか、何が起きているかについてものすごく混乱しているんだ。でもその状態は案外悪くないんじゃないかって思っている。明確じゃないからこそ、とにかくやってみて、それでどうなるか見てみるって感じなのが、面白いところなんじゃないかな。

—今回のアルバムのプロデュースは、メアリー・イン・ザ・ジャンクヤードやバリー・キャント・スウィム、ケリー・リー・オーウェンスのアルバムを手がけたオリ・ベイストンですよね? 彼と一緒にどんなサウンドを目指そうとしたのか教えてもらえますか?

ジョー:大きかったのは、何度もやりとりして、かなり話し合って作っていったことだろうな。僕がドラムをどういう音にしたいって考えているのか、それに対して彼がアルバム全体のサウンドをどういう音にしたいと考えているのか、そういう話を何度もした。彼はサウンド的にギュッと詰まったようなものにはしないというのをかなり意識していたように思う。こういうことを言葉にして説明するの苦手なんだけど、1stアルバムのサウンドって全部がひとつにまとまっているようなところがあるよね? ギュッと詰まっているというか、リミッターが掛かっているみたいな。2ndアルバムはそこをもうちょっと広くして、色んなものが動いていたり、色んなことが起こっているのが聴こえる作りになっていると思う。

Photo by Emma Toma

—最後にアルバムのタイトルについて聞かせてください。ちょっと人を食ったような表題ですが、タイトルトラックである「Cancel Me (Im Tired)」を聞くと現代のキャンセル・カルチャーや、AIによって変化した価値観を風刺しているように思えます。現代のSNS中心となった社会についての感情も見え隠れしますが、そうした思いが込められているのでしょうか?

ジョー:そこには色々な事柄があって、色々な思いが込められているけど、特に音楽についてが大きい。僕は音楽がなければ完全に迷子だったと思うから。僕がバンドを始めた当初より、今は音楽とは直接関係ないものがSNSの中でどんどん目に付くようになってきた。音楽の中にあった誠実さみたいなものがちょっと失われてきたようにも感じているんだ。たとえばAIなんかもそう。AIみたいな、これまでの常識や価値観を揺るがすものが入ってくると、そもそも自分はなぜ音楽をやっているんだろうって改めて考えさせられるものだよね? 僕も自分が曲を作る理由はなんだって突き詰めて考えてみて、曲そのものよりも曲に込められた意味の方が重要なんじゃないかって思うようになったんだ。

「Cancel Me (Im Tired)」っていうのは、単に「音楽をやることに疲れた」という意味ではなくて、今の音楽が置かれている状況そのものについてのことを意味している。今は音楽を作ることよりもクソみたいなコンテンツの方を気にしている人が多いから。ちょっと話が飛躍するかもしれないけど、だからこそライブ・ミュージックはすごく良いんだと思う。それはとてもリアルだから。ライブ・ミュージックは誰かがコントロールしたものじゃないんだ。ライブに来てくれる人は僕たちを見たいから来ているわけで、そこにはコントロール出来ない何かがある。うまく言えているかわからないけど、それこそが音楽の姿なんじゃないかな。感情とか、衝動、そういうものを感じることだよね。

みんなたぶん、ある種の人たちが、何かを言うためだけにあれこれ言う、ポジショントークしているみたいな状況にちょっと嫌気が差しているんだと思う。音楽をやっている人たちの多くが、本当に自分が感じていることから出てきた言葉を喋っているのかって僕には信じられないことがある。時々……なんて言えばいいんだろう、ただの、表面的なものに感じることがあるんだ。僕は次のアルバムをそういうものにしたくはないし、その次もそんな風にはなりたくない。結局のところ、僕たちが大好きで、求めているのは音楽をやること、それだけなんだ。

ファット・ドッグ

『Cancel Me (Im Tired)』

発売中(2026年10月2日リリース)

CD 国内盤:解説書・歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15896