Shyeが語る、シンガポールのベッドルームから生まれた新しいシューゲイザー

「ジャパニーズ・シューゲイザー」というハッシュタグが国内外の音楽リスナーにとって一般的なものになり、韓国や台湾をはじめとしたアジア各国からも注目のインディー・アクトが数多く台頭している2026年現在。シンガポールという多文化国家を拠点とする24歳のシンガーソングライター・Shye(シャイ)も、その潮流に呼応した才能のひとりだ。

彼女は作詞作曲からレコーディング/ミックス/マスタリング/プロデュースといった音楽作品に関わるほぼ全てのプロセスをDIYで完結させてしまう。ティーンの頃に憧れたクレイロやビリー・アイリッシュがそうであったように、ベッドルームがシャイの実験場なのだ。

2018年にVansが主催する「Vans Musicians Wanted」にて史上最年少でグランプリに輝くと、2020年にデビュー・アルバム『days to morning glory』を発表してから加速度的にリスナーを引き寄せていった。東南アジア各国の音楽フェスティバルに加え、AXEAN Festivalやシンガポールの新首相の就任宣誓式でのパフォーマンスといった大舞台も経験。クレイロをはじめ、メン・アイ・トラスト、ジーザス&メリーチェイン、ダニエル・シーザー、スーパーオーガニズムなどなど、名だたるビッグ・アーティストのシンガポール公演でサポートアクトを務めてきた。シャネルやロエベといったブランドともコラボレーションするなど、彼女はまさにシンガポールの新世代を代表するアイコンとして脚光を浴びているのだ。

最初はベッドルーム・ポップからの影響を素直に反映したソフトなサウンドを軸に据えていたShyeだが、その作風はリリースを重ねるごとに変化してきた。特に象徴的なのが今年5月にリリースされた最新アルバム『The Doves Came Home』だ。シューゲイザー・リバイバルに呼応するかのようなヘヴィネスを自室で作り上げる様には、ウィスプやParannoulといったプロジェクトの姿を重ねてみたくなる。

10月12日・13日には、東京で初の日本公演を行う彼女。年代もジャンルも軽やかに飛び越える様について、シンガポールならではの多文化的な背景も絡めながら、じっくりと話を聞いた。

◆ English version here.(英語版はこちら)

「Too Late」:最新アルバム『The Doves Came Home』に収録された人気曲のひとつ。「悲しいことを書いているのに、音楽自体は明るいことが多い」とShyeが語る、すれ違う恋を描いたラブソング。制作当時によく聴いていたというスマッシング・パンプキンズの影響も反映されている

ベッドルームで育んだDIY精神

―アーティストとしての活動を始めるまでの話を聞かせてください。シンガポール育ちとのことですが、どのような人々に囲まれて幼少期を過ごしたのでしょうか?

Shye:私の父はイギリス出身で、母は中国系シンガポール人でした。つまり、家庭内に異なるふたつのルーツが存在していたんです。またシンガポールの中にも色々な民族や言語があるので、地元の学校に通っている間にも自然と様々な文化に触れました。今になって、そうした環境は私自身の音楽の作り方にも大きく影響していると思うんです。新しいことを試してみることに対して非常にオープンですし、どんな音楽を聴くことにも抵抗がなかったんです。シンガポールという環境から受けた影響ではあると思います。

ただ、私の子供時代はごく普通でした。歌うことは好きでしたが、音楽を本格的にやっていたわけではありません。その頃はバレリーナとして活動していたので、ダンスのレッスンにはかなりの時間を費やしていました。中国舞踊も習っていました。

―当時はどのようなカルチャーに夢中だったんですか?

Shye:子供の頃はバービーの映画をたくさん観ていました。本当に……バービーの映画ばっかり観てた記憶しかないです(笑)。音楽にはそれほどハマっていなかったんですよね。唯一大好きだったのはテイラー・スウィフトでした。若い女の子なら、みんなテイラーのことは好きですよね?

それよりも、ダンスのレッスンが生活の大部分を占めていたんです。なので他のことをする時間はあまりなかったんです。一番夢中になっていたのはダンスですね。当時は「これが私の生きる道なんだ」と本気で思っていました。

Photo by Ken Kong Katong

―では、どのようなきっかけで音楽を作るようになったのでしょうか?

Shye:今でも鮮明に覚えています、あれは2017年のことでした。高校の長期休暇中、人見知りの私は特に予定がなくて、ずっと家にいたんです。そこでリビングにあった古いキーボードを触りはじめたんですよね。家族の誰も楽器を演奏しなかったので、今となってはキーボードの存在自体が不思議なんですけど(笑)。それがきっかけで「何かやってみたいな」と思い立ち、短いデモを作るようになって、SoundCloudに投稿するようになりました。

その後、学校で使っていたパソコンにGarageBandが入っていることに気づいたんです。それからYouTubeでチュートリアルを見たり、ネット上のいろいろな動画を見ながら勉強したりしていきました。いつしか「あぁ、これが自分の本当に好きなことなんだな」と気づいたんです。

つまり、今の活動のきっかけは、紛れもないハッピー・アクシデントだったんです。思えば、10代の頃は周りに馴染もうとしたり、みんながやっていることに合わせようとばかりしていました。でも、そんな自分のもとに、音楽が迎えにきてくれた。そんな気分だったんです。

2020年のデビュー・アルバム『days to morning glory』収録曲「i'm fine, no」。自宅のベッドルームで撮影し、編集までShye自身が手がけたMV。現在まで一貫するDIY精神の原点が垣間見える。

―先ほどテイラー・スウィフトの名前を挙げていましたが、自分で音楽を作るようになった頃はどのようなものを聴いていたのでしょうか?

Shye:音楽を始めたばかりの頃は、オルタナティブ・ロックやシューゲイザーをたくさん聴いていました。当時は逃避のために聴いていたというか、目を閉じるだけで抱えている問題を忘れることができる音楽だと思っていたんです。例えばバスに乗っていて、窓の外を眺めながら、頭の中でドリーミーな音楽が流れている。そうすると、抱えている問題が全部どこかへ消えて、自分がその映画の主人公になったような気分になるんです。

13歳か14歳の頃に、Nothingというバンドを初めて知ったんです。彼らとは今は友達です、憧れのバンドと友達になれるとは思いもよらなかったです。それから、Basementと、あとはTitle Fightですね。当時はジャンルの名前も知らなくて、後から「これがシューゲイザーって呼ばれているんだ」とか「これはポスト・ハードコアなんだ」みたいなことを学んでいきました。

―例えばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやスロウダイヴのように、特定のジャンルの代表格となるようなアーティストは通っていなかったんですか?

Shye:そうなんです。音楽に明るい家庭で育ったわけでもないですし、いわゆる「名盤」を教えてくれるような環境に身を置いていなかったんです。むしろ、私はリアルタイムで活動しているナッシングのようなバンドに親近感を抱いたんです。もちろん、そうやって彼らを見つけたあとには、歴史を遡って1990年代のバンドも知るようになりました。

ただ、音楽を作りはじめた頃の私はギターが弾けなかったので、プロダクションをシンプルにする必要がありました。なので初期に参考にしたのはクレイロやビリー・アイリッシュのようなベッドルームのアーティストだったんです。同じ女性として、ほとんどが男性メンバーのロックバンドよりも、自分自身を重ね合わせやすかったんだと思います。そこから一歩ずつ進みはじめました。

―実際にSoundCloudにはクレイロやビリー・アイリッシュのカバーがアップされていますね。歌のみならず、トラックまでDTMで完全に再現していたことに驚きました。彼女たちとも共通するDIY精神を感じます。

Shye:まさに、私が活動をする上で強く意識しているのはDIYであることなんです。最初に音楽を作り始めたとき、自分がやっていることを「DIY」だとは全く思っていなかったんです。一つの曲を作るために、何人ものソングライターが関わっていたり、多くのプロセスが存在していることも、当時は知りませんでした。一人で音楽を作ること、それが普通だと思っていたんです。

そして活動を始めて、音楽シーンの中に入り、ライブにも出るようになってから「あれ、こういうやり方で音楽を作っているのって、もしかして私だけなの?」と気づいたんです(笑)。最初は「私って何か間違ったことをしているのかな? みんなと同じやり方じゃないけど大丈夫なのかな?」という戸惑いもありました。ただ、今はShyeというアーティストにおける重大な要素として、DIYであることを肯定的に考えています。

―なるほど。

Shye:それと、女性でありながらプロデューサーでもあり、そしてエンジニアでもあるということは、活動を始めた頃からあまり理解されませんでした。特に技術的な部分については、音楽業界は今でも男性中心的だと思います。活動を始めた頃はインポスター症候群に悩まされることも多々ありました。今でも「それで、この曲を本当にプロデュースしたのは誰なの?」と聞かれるんです。

だからこそ、私はもっと多くの女の子やエンジニアに興味を持っている人たちに向けて「自分はここにいていいんだ」と感じてほしい。そうした人たちの悩みをShyeという存在を通して解消したいんです。

Photo by DENDENSE

―今仰ったようなアーティストとしてのビジョンは、2018年にVans Musicians Wantedで優勝を果たすことにより、より具体的な形へと変わっていきます。受賞した当時の心境はいかがでしたか?

Shye:ただ驚きました。私が「コンテストに応募してみよう!」という意気込みで探していたのではなく、母がFacebookの広告で(Vans Musicians Wantedの)ポスターを偶然見つけてきたんです。当時は1曲しかリリースしていなかったのに、後日「ショーケースへの出演が決まりました」と連絡が来て、30分間のパフォーマンスをすることになって(笑)。なので2〜3週間の間にEPを作りました。録音にはイヤホンについているマイクを使いました、当時は他に何も持っていなかったんですよ。学校の授業と授業の合間に、誰もいない場所を見つけて、教室の隅で少しずつ録音していました。

そして、結果的に「Vans Musicians Wanted」で優勝したんです。実は、優勝が発表されたとき、私に対してブーイングをした人がいました。今でも覚えています、かなり年上の男性だったんです。「どうしてそんなに水を差すようなことをするんだろう?」ってティーンの自分は思いました。

一方で、ショーケースで初めてライブをした時、「もしかしたら、これは私が続けるべきことなのかもしれない」と感じたんです。自分が音楽をすることで、人を幸せにできる。それが私にとって大切なことだと気づきました。

―その後はクレイロにメン・アイ・トラスト、さらにジーザス&メリーチェインなど、以前から聴いていたアーティストと同じステージに立つ機会を得ることになります。彼らと共演することによって、自身のアーティストとしての心持ちは変わりましたか?

Shye:彼らのオープニング・アクトに選ばれたことは非常に得難い機会でした。ただ、自分の頭の中では「今日のオーディエンスは私を観に来たわけじゃない」と分かっているから、どこか怖くもあったんです。なので最初にクレイロのオープニング・アクトを務めたときは怯えていました。ただ、彼女は私を励ましてくれたんです。実際、ステージの上でも、オーディエンスがとても温かく迎えてくれました。30分間、少しだけでも耳を傾けてくれる。それだけで、すごく嬉しかったんです。

メン・アイ・トラストとはDIYのプロセスについて改めて話を聞くことができましたし、ジーザス&メリーチェインはレジェンドにも関わらず私をステージに呼んで2曲も歌わせてくれたんですよね。普段から一人で活動をしていると、どこか自分の頭の中に閉じこもってしまうんですよね。だから外に出て素晴らしい人々と共演できる機会をもらえることは、インディペンデントなアーティストとして本当に大きな励みになったと思います。

ジーザス&メリーチェインと代表曲「Just Like Honey」で共演(オーディエンス撮影)

混沌とした世界で見つけた「Shye-gaze」

―ベッドルーム・ポップをベースにした作品を継続的にリリースする中、2026年の最新作『The Doves Came Home』ではサウンドがヘヴィに変貌しました。先ほど仰ったオルタナティブ・ロックやシューゲイザーからの影響も感じられます。どのような転機があったのでしょうか?

Shye:確かに『The Doves Came Home』は以前よりずっとヘヴィになっています。アーティストとして、そして一人の人間として、自分の好きなものを消化するまでの時間が必要だったんです。実は2024年にアルバムを一枚作ったのですが、結局リリースを取り止めました。自分の中で、どうしてもしっくりこなかったんです。そして、一から新たに生まれたのが『The Doves Came Home』なんです。

音楽的には、もちろんオルタナティブ・ロックやシューゲイザーのバンドからのインスピレーションは大きいです。ただ、これまでとは完全に別人のような音楽をやっているわけではないんです。バケットリストのひとつにようやくチェックを入れられた……そんな気分ですね。

最新アルバム『The Doves Came Home』収録の「I Always Knew」。Shye自身も「よりダークでヘヴィなシューゲイザー寄り」の一曲に挙げている。MVは台湾・台北で撮影

―例えばシューゲイザーの場合、複数のメンバーがそれぞれのパートを担うことで、独特の音の重なりやテクスチャーを作ることが多いですよね。その点で、『The Doves Came Home』を一人で制作するにあたっては、そうした楽曲をどのように再解釈していったのでしょうか?

Shye:そう、まさに私が自己完結型のアーティストであったことが『The Doves Came Home』までヘヴィなサウンドに挑戦できなかった理由なんです。「自分はバンドじゃないから、こういう音楽は作れない」とずっと思っていたんですよね。だから、まずは自分自身と向き合う必要がありました。

そしてスワーヴドライヴァーやチャプターハウス、それにコクトー・ツインズやラッシュのようなクラシックを改めて聴いたんです。具体的な要素にフォーカスするというより、ムードを作ることに時間をかけるべきだと気づいたのはそのタイミングですね。

ドリーム・ポップやシューゲイザーの魅力は空間が音で満ちているように感じられるところだと思うんです。私はそこにすごく惹かれています、まるでセーフ・スペースにいるかのような安心感を得ることができるんですよね。今の世界は混沌としていますし、同じような考えでシューゲイザーに逃避するクリエイターも多いと思います。

―どのような瞬間に「混沌」のようなものを感じますか?

Shye:大きな視点で見れば、平穏さの欠如ですね。戦争も起きていますし、色々なことが動いています。ただ、そういった深刻な出来事だけではなく、もっと身近な、自分たちの平穏な生活の中にも耐え難さがあるとは思うんです。私の友達を見ていても、恋人との別れなどで平穏さを欠いている場合もあって。私自身も、実は2日前に飼っていた犬が亡くなったばかりなんです。誰もが何かを抱えて生きていて、みんなセーフ・スペースを求めている。ほんの一瞬だけでも、すべてを遮断して、ただ音楽に浸っていたいんだと思います。

―90年代のシューゲイザーと、自分が今作っているシューゲイザーには、どのような違いがあると思いますか? 同世代のアーティストを見ても、ウィスプのようにベッドルーム・ミュージック的な感覚が強くあるように感じます。

Shye:一番シンプルに言えば、「Shye流のやり方」ということだと思います。実際、ここが私のベッドルームなんですけど、私もここで音楽を作っています(笑)。

結局のところ、今作っている音楽はシューゲイザーに対する私なりの解釈であり、私自身の視点から生まれたものなんです。昔のバンドがやっていたことを完全にコピーすることはできないし、そもそも音楽って、そういうものではないと思っていて。だから、私が作るドリーム・ポップやシューゲイザーは……「Shye-gaze(シャイゲイズ)」ですね(笑)。

Photo by Shye

「帰る家」を探して、シンガポールから日本へ

―アルバムの冒頭となる「Return」では『The Doves Came Home』というタイトルが歌詞の中に登場します。作品のコンセプトとして、家(Home)というモチーフは今仰ったようなアイデアとどのように関連しているのでしょうか?

Shye:アルバムや「Return」のコンセプトとして、私は「帰ってくる場所がある」ということについて書きました。家(Home)というのは単なる場所ではありません。誰かにとって、それは愛着のあるモノや人かもしれない。私の場合、それは音楽への愛だったりするんです。

そして鳩(Dove)というモチーフにも意味があります。昔、鳩は伝令のために使われていましたよね。時にその鳩は、自分自身のところへ戻ってくるまでに長い時間をかけたりします。それと同じように、人生の中には、私たちが見落としてしまったメッセージがあるんじゃないかと思っていて。そのメッセージが鳩のように自分のもとへと帰還すること、それが『The Doves Came Home』のコンセプトなんです。

実は、このコンセプトを本格的に考えはじめたのは、2024年の12月ごろに家族と日本へ旅行した時なんです。日本にいる間、私は「Cecilia」のデモを聴いていました。その体験が今のコンセプトに繋がっているんです。

『The Doves Came Home』へとつながる最初期の楽曲「Cecilia」。Shyeは2024年末に家族で日本を訪れた際、この曲のデモを聴いていたことがアルバムのコンセプトにつながったと振り返る

―AXEAN Festivalやシンガポールの新首相の就任宣誓式でのパフォーマンスなど、「シンガポールのアーティスト」として活躍する機会も増えています。それを踏まえて、シンガポール人アーティストであることは、今の自分にとってアイデンティティの一部であると感じていますか?

Shye:私自身、そのことについてはずっと悩んできました。シンガポールは多様な国で、ある意味では「自分たち自身の言語」を持っていないんです。私の場合、第二言語は中国語ですが、シンガポールで多くの人が話している主要な言語は英語になります。英語に様々なスラングを混ぜたシングリッシュ(Singlish)と呼ばれるものもありますが、本当の意味で言語的なアイデンティティを確立しているとは言えませんよね。その影響は大きいと思います。私自身、海外でパフォーマンスをする時に「今、私はシンガポール人アーティストとして別の国で演奏しているんだ」と実感することはあまりないんです。

ただ、自分の活動を通して、シンガポールという小さな国が多様な場所であるということを伝えたいとは思っています。シンガポールの音楽に目を向ける人って、実はあまり多くないと思うんです。インドネシアやタイ、フィリピン、日本なんかには目が向けられるけど、シンガポールはあまり名前が挙がらない。ただ、自分が育った場所を誇りには思っているんです。

「The Road Ahead」:2021年のシンガポールNational Day Parade(建国記念日パレード)のテーマ曲として、Shye、Linying、Sezairi、Shabirが歌唱。2024年にはローレンス・ウォン首相の就任宣誓式でも披露された

―最後に、これから始まる日本を含めたアジアツアーについて、どのような期待を抱いていますか?

Shye:楽しみですが、まだ行ったことがない場所もあり、緊張もしています。日本でライブをするのも初めてなんです。とにかく、みんなに楽しんでもらえたらいいなと思っています。『The Doves Came Home』の曲は全て演奏するつもりですし、最初から最後までひとつの物語のようなショーに出来たらなと。音楽を楽しんで、自分自身も楽しんでもらえたら最高です。

あとは……私、ちいかわが大好きなんです。日本に行くと、いつもちいかわグッズを買っていて……それもすごく楽しみです(笑)。

Photo by Sherwinpill

Shye "Return" アジアツアー 2026

2026年10月12日(月・祝)東京・下北沢THREE

出演:Shye(from Singapore)、Deadbeat Painters、Dead By Inches、DJ Michi Nakano(Modern Jazz War)、DJ anju mohri

開場・開演:18:40

前売:4,500円

当日:5,000円

U-23:2,000円

イープラス https://eplus.jp/sf/detail/4593070001-P0030001

LivePocket https://livepocket.jp/e/shye_asiatourtokyo1

2026年10月13日(火)東京・恵比寿KATA(LIQUIDROOM 2F))

出演:Shye(from Singapore)、HUGEN、FOnBA

開場 18:15 / 開演 19:00

前売:4,500円

当日:5,000円

U-23:2,000円

イープラス https://eplus.jp/sf/detail/4593070001-P0030001

LivePocket https://livepocket.jp/e/shye_asiatourtokyo2

出演者・チケット情報:https://lit.link/shye_returnasiatour2026tokyo

アジアツアーチケット情報:https://www.shye.world/

主催/企画/制作 : ELECTRIC-FUZZ!!

協力 : Music Lane Festival Okinawa /LAB inc.

「Too Late」:最新アルバム『The Doves Came Home』に収録された人気曲のひとつ。「悲しいことを書いているのに、音楽自体は明るいことが多い」とShyeが語る、すれ違う恋を描いたラブソング。制作当時によく聴いていたというスマッシング・パンプキンズの影響も反映されている