俳優になる前は、書道に関わる仕事に就くことを考えていたという吉岡里帆。しかし、学生時代に映画のエキストラに参加したことで「価値観がぶっ壊されちゃいまして」と振り返るほどの衝撃を受け、俳優の道へ。これまで歩んできた道から大きく方向転換することへの葛藤、背中を押してくれた書道家の言葉、そして自身の経験から考える仕事選びの軸について聞いた。(前後編の後編)
吉岡里帆が学生時代にイメージしていた“就職先”
――前編では、映画『シャドウワーク』(9月25日公開)についてお話を伺いましたが、ここからは「働くこと」についてもお話をお聞かせください。吉岡さんが俳優になろうと思ったきっかけを教えてください。
一番のきっかけは、映画のエキストラに参加したことですね。私は京都の撮影所の近くで生まれ育ったこともあって、当時は学生だったんですけど、嵐山でアルバイトをしていて。そこでエキストラ会社の方が「週末の撮影、エキストラが足りていないんだよね。できるだけ多く、元気な若い子たちに参加してほしいんだけど」という感じで人を探していたんです。それで撮影に参加させていただいたのですが、衝撃を受けてしまって。
大学まで書道をずっと続けていたので、書家になれたらいいな、国語の先生になって書道も教えられたらいいな、書道用品を取り扱うような会社もいいなというふうに、書道に関わる道に進みたいと当時は思っていました。でも、エキストラで映画の撮影に参加した瞬間に、価値観がぶっ壊されちゃいまして。
書道は1人で作品と向き合う世界なのですが、それに対して、撮影現場には何百人という人がいて、その全員でたった数秒のシーンを撮っている。それを見て衝撃を受けました。「こんなに大勢でもの作りができたら楽しいだろうな」と思ったことが、俳優になりたいと思ったきっかけです。
――その撮影現場では、ほかにもいろいろな出会いがあったそうですね。
そうなんです。そのとき、いろいろな奇跡が起こって。エキストラで隣にいた子が映画監督志望の子で、学生映画を撮っていて、「もし良かったら、夏の課題映画に出てもらえませんか?」と声をかけてもらったり。また別の人は舞台をやっていて、「チケットを持っているから、もし良かったら観に来てください」と舞台のチケットをもらって、そこで小劇場の世界を知ったり。
あとは、エキストラに参加させていただいた映画は滝田洋二郎監督の作品だったのですが、滝田さんが「東京に来て養成所に通って、勉強して俳優を目指したらいいのに」と勧めてくださって。私はそれを鵜呑みにするという(笑)。
――わざわざそんなふうに言ってくれるということは! と思ってしまいますよね(笑)。
「えっ!?」みたいな。若さの勢いで「東京行くぞ!」みたいな感じでした(笑)。
吉岡里帆の背中を押した言葉「その先生の言葉にすごく救われたんですよね」
――とはいえ、それまで長く書道に打ち込んできて、その道を仕事にしようとも考えていたわけですよね。さらに関西から東京へ行くとなると、大きな決断だったと思います。迷いはありませんでしたか?
なかなか両親の許可も得られなかったですし、葛藤はすごくありました。でも、ある書道家の先生は「書道は幾つになってもできるから、せっかくそんな胸をときめかせるようなものに出会ったなら、その道を開拓していくのも人生として素晴らしいわ。私、応援するわよ」「いいのよ、全然。夢は変わっても」と言ってくださって。「こう言ってくださる人もいらっしゃるんだ」と思って、その先生の言葉にすごく救われたんですよね。
――かっこいいですね。
そうですよね。今思うと、すごいですよね。それを言えるのって。
――「やめておいたほうがいい」と言いたい気持ちも分かるので、自分が大人になった今、余計にかっこよさを感じます。しかも、芸術の道を行っている方だから、言葉選びも素敵です。
その先生は感覚が軽やかでしたね。「そんな決められたレールに乗る必要なんてないでしょう」みたいな。
――就職や転職でも、いろんな条件を比べたときに、こちらの仕事のほうが安定しているとは分かっていても、興味のある世界に飛び込むべきか迷う人は多いと思います。吉岡さん自身の経験を踏まえて、仕事を選ぶときに「ここだけは軸にしたらいい」と思うことはありますか?
私が何か意見するのはおこがましいですけど……。でも、なんでしょう。職種は違えど、どれも大変は大変じゃないですか。仕事をするって、絶対に楽しいことだけじゃないのは分かりきっているので。
そういう大変さがあっても、ちゃんと最後まで大事に思えるのか。そして、その仕事は好きなこととつながっているのか。シンプルに、そこですかね。私も何回も「なんで急にこんなに夢を変えてしまったんだろう」「なんて沼に足を入れてしまったんだ」と思ったことがありました。
でも結局、あの瞬間のときめきとか、「この仕事に人生の限られた時間を費やしていい」と思った自分の気持ちは変わらなかったので。だから、例えばその会社がしていることだったり、理念だったり、「これは何があっても信じられるぞ」と思えるところを見つける。そういうことが大切なのかなと思います。
(C)2026「シャドウワーク」製作委員会
吉岡里帆
1993年1月15日生まれ、京都府出身。NHK連続テレビ小説『あさが来た』(15)、ドラマ『カルテット』(TBS系/17)などに出演し、注目を集める。近年の主な出演作は、ドラマ『御上先生』(TBS系/25)、『ひらやすみ』(NHK総合/25)、『イクサガミ』(Netflix/25)、『ガンニバル』シリーズ(Disney+ Star/22・25)、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(26)、『デンジャラス』(NHK総合/2027年1月開始予定)、映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』(26)、『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』(2026年12月25日公開予定)など。
日常的に暴力を振るう夫から逃げてきた紀子。絶望の中、入院先の看護師・路子に救われ、配偶者や親から暴力を受けた女性たちを匿うシェルター〈おうち〉に身を寄せる。そこでは暮らしのすべてが「持ち回り」というルールで成り立っていた。穏やかで守られた日々を取り戻していく紀子だが、少しずつ違和感を覚え始める。やがて〈おうち〉が“交換殺人”によって女性たちを解放している事実を知る。残るか去るか、選択を迫られる紀子。一方、ある事件を追う刑事・薫もまた夫からの暴力に苦しんでいた。疑われることのない夫・晋一と追い詰められていく現実のなかで、薫は事件の先に〈おうち〉の存在へとたどり着く。そして晋一の存在によって、その均衡が崩されていく――。




