映画『シャドウワーク』(9月25日公開)で、ある事件を追う刑事・薫を演じた奈緒。薫を演じるにあたり、吉野竜平監督(※「吉」は正式には「つちよし」)から言われた「善い人じゃなくていいです」という言葉が「すごく自分の中に大きく残りました」と振り返る。映画『君は永遠にそいつらより若い』(21)でもタッグを組んだ吉野監督への信頼や、薫という人物との向き合い方、ダブル主演を務めた吉岡里帆との共演について聞いた。(前後編の前編)

  • 奈緒演じる薫/映画『シャドウワーク』場面カット

    奈緒演じる薫/映画『シャドウワーク』場面カット

吉野竜平監督と「また作品を作りたい」という思いが実現

――『シャドウワーク』拝見しました。途中の展開にドキドキしながら、最後は個人的にうれしい終わり方で、観終わったときに「良かった……!」と思いました。社会的な問題にも触れた内容でしたが、この作品への出演を決めた理由と、最初に脚本を読んだときの印象から教えていただけますか。

最初に企画のお話をいただくよりも前に、吉野さんと映画館でお会いしていたんです。吉野さんの映画『ファンファーレ』(23)を観に行ったときにお話をしている中で、「実はまたご一緒したい作品があって。叶ったらいいなと思っているんだけど、一緒にやりたいね」というふうにおっしゃっていただいて。

そのときは『シャドウワーク』の内容は聞いていなかったんですけど、私も吉野さんとまた作品を作りたいなという思いが一番にあって、その中で今回のお話をいただきました。

吉野さんに対して、私はすごく信頼感があるんです。こういった事情を抱えた登場人物たちを描くときに、吉野さんが監督として作品を導いてくれるというのは非常に安心感がありましたし、この作品自体、すごくリアルな緊張感がありながらも、少し距離を取って、引いて、自分の思考を見つめられるような作品だと感じたので、本当に叶って良かったなと、今はすごくほっとしていますね。

――吉野監督とは映画『君は永遠にそいつらより若い』でもご一緒されています。この映画で奈緒さん演じるイノギもまたある事情を抱えている役柄でしたが、今回の薫という役を奈緒さんに演じてほしいという吉野監督の思いを、どのように受け止めましたか。

『君は永遠にそいつらより若い』に関しては、吉野さんの中で、本当は大丈夫じゃないんだけど、「大丈夫」と言って生きている人たちのことを思いながら作ったという背景がありました。

今作は少し作品との距離感が変わって、こちらからのメッセージをお客さんに受け取っていただくというよりは、この映画を観て、皆さんがどう考えるかという、それぞれが自分の中の物差しと向き合うような作品になっています。

そういう意味では、前作とは作り手とお客さんとの距離感が少し違って、お客さんに託すことがより多い作品になったんじゃないかなと思うので、客観性を持って、薫という役、そして作品とも少し距離を保ちながら向き合わなければいけないなとは感じていました。

吉野竜平監督の言葉「(薫さんは)善い人じゃなくていいです」 

――薫は自身も抱えているものがありながら、ある事件に執着して、一人でその事件を追い続けます。その過程からも、観る人によっては大きく印象が変わる人物だと感じました。薫の行動に対してどう思うか。この部分もまた観る人たちに委ねたところだと思うのですが、奈緒さんご自身が演じる上で、何か意識していたことがあれば教えてください。

私自身、薫さんを演じるときに、吉野さんが「善い人じゃなくていいです」と最初に言ってくださって。その言葉はすごく自分の中に大きく残りましたね。

警察官という特に正義と向き合うお仕事をしている中で、彼女がいつも正しいわけではなく、もともとあった正義や正しさが、彼女のことを脅かす影によって歪まされてしまったという部分を、自分自身しっかりとたぐり寄せながら、(薫さんとして)いたいという思いがありました。

――『シャドウワーク』を観たばかりなので、果たして「善い人」とは……と考えさせられる言葉です。誰かにとって、いい人ではなくても、別の誰かにとっては“いい人”かもしれないという見方もできますが、監督の「善い人じゃなくていい」という言葉を、奈緒さん自身はどのように解釈されたのでしょうか。

薫さんは、警察官としての正しい行動だったり、ルールだったりというものが、すごくしっかりと決まった世界で生きている人なので、そのルールからはみ出ることは、本来善いことではないと思うんですよね。

ただ、規律を守っていると、善悪は、自分の物差しではなくルールに当てはめて判断される一方で、人はルールからはみ出した行動をとったときに、その出来事に対して、自分の物差しを持っていないと、なかなか判断できないところもあると思います。

物語上、薫さんはルールからはみ出した行動をとっているので、その部分の動機だったり、彼女の中で揺れ動く物差しというのは、ずっと自分の中に持っていました。

吉岡里帆の存在が「すごく支えに」 奈緒が感じた共演の喜び

――今回は吉岡里帆さんとのダブル主演です。改めて、吉岡さんの魅力や、一緒にお芝居をして感じたことを教えてください。

吉岡さんは、すごく誠実な方だと思います。作品への向き合い方も、人との向き合い方も、とても誠実に向き合ってくださる方なので、同じシーンは少なかったのですが、その中でも、私が薫さんとして生きている今この時間、吉岡さんが今、紀子さんを生きているんだと思えることが、私自身がこの物語と向き合うときにすごく支えになりました。

吉岡さんとお会いしたときは、言葉は必要ないような感覚といいますか、本当に心から、吉岡さんとのお芝居を役者として楽しみたいと思う自分がいました。

――先日、吉岡さんにも奈緒さんについてお話を伺ったのですが、奈緒さん演じる薫について「アルコールに依存していく薫さん、めっちゃ良かったです。ただただ強さと正義感だけじゃ、これはもう乗り越えられないよねという説得力がありました」とおっしゃっていました。この場面は奈緒さんにとって、どのような意味を持つシーンでしたか?

一つは、何かにすごく執着を持っているところが、薫さんの今の状態の特徴でもあるなと思っているのですが、その一つがアルコールだったり、警察という組織に対してもすごく執着していて、手放すことができないというところが彼女の中にはあって。

本来はそこから離れたほうが健康的なのかもしれないけど、今日を生きるために、そこに支えられているという部分があるのかなと。何か根本的な解決にはならないことを生活の一部に取り入れているというのはあるのかなと思いました。

私自身はすごくお酒が好きなんですけど、幸せな祝い酒が大好きなので、祝福するときに嗜むことが多いんです。なので、薫さんを演じている最中、実生活では一滴も飲めなかったです……。

――まったく性質が違うお酒の飲み方ですもんね(笑)。吉岡さんのお話を聞いて、『君は永遠にそいつらより若い』ではイノギがおいしそうにお酒を飲むシーンが印象的に描かれていたので、『シャドウワーク』も観た人はその違いも感じられるなと思いました。

今回の現場では、スタッフさんも含めて、少し飲みすぎちゃって二日酔い、なんてことを経験した大人が多かったようで、二日酔いの薫さんのシーンを撮り終わったときは「めっちゃ分かります……」と深いため息をついているスタッフさんもいました。

――確かに! ついつい飲みすぎてしまう人だけが知っている翌日の状態も追体験できるシーンでした(笑)。

(C)2026「シャドウワーク」製作委員会

■プロフィール
奈緒
1995年2月10日生まれ、福岡県出身。NHK連続テレビ小説『半分、青い。』(18)でヒロインの親友役を演じて注目を集める。近年の主な出演作は、映画『傲慢と善良』(24)、『死ねばいいのに』(26)、ドラマ『あのクズを殴ってやりたいんだ』(24/TBS系)、『東京サラダボウル』(25/NHK総合)、『塀の中の美容室』(25/WOWOW)など。映画『シャドウワーク』が2026年9月25日に公開されるほか、主演映画『かすかな彼を抱きしめて』が2027年1月15日公開、主演映画『あをの情』が2027年に公開予定。初のフォトエッセイ『いつか』が好評発売中。
■映画『シャドウワーク』ストーリー
日常的に暴力を振るう夫から逃げてきた紀子。絶望の中、入院先の看護師・路子に救われ、配偶者や親から暴力を受けた女性たちを匿うシェルター〈おうち〉に身を寄せる。そこでは暮らしのすべてが「持ち回り」というルールで成り立っていた。穏やかで守られた日々を取り戻していく紀子だが、少しずつ違和感を覚え始める。やがて〈おうち〉が“交換殺人”によって女性たちを解放している事実を知る。残るか去るか、選択を迫られる紀子。一方、ある事件を追う刑事・薫もまた夫からの暴力に苦しんでいた。疑われることのない夫・晋一と追い詰められていく現実のなかで、薫は事件の先に〈おうち〉の存在へとたどり着く。そして晋一の存在によって、その均衡が崩されていく――。