
アイルランドはダブリンを拠点とするギラ・バンド(Gilla Band)は、ギター、ベース、ドラム、ボーカルというオーソドックスな編成をとりながらも、その枠組みを内側から食い破り、特異な音響空間を切り拓き続けてきた。ノイズ/インダストリアルやテクノの力学を呑み込み、凶暴な不協和音すらも緻密なサウンドスケープへと昇華させる。フォンテインズD.C.のグリアン・チャッテンが「彼らの登場によって、アイルランドとロンドンの創造的な臍の緒は切られた」と賛辞を送ったように、彼らが築き上げてきた独自のハイブリッドな音楽性が、自国の後続世代はもちろん、現行のオルタナティブ・シーン全体にもたらした地殻変動は計り知れない。
そんな彼らは、コロナ禍に制作された3作目『Most Normal』(2022年)で、各自のデモや音の断片をDAW上でコラージュするカットアップ/DJミックス的な手法を援用。スタジオという空間自体を巨大な楽器として扱い、耳をつんざくような荒れ狂うノイズさえも高度に制御されたサウンドデザインの一部として機能させていた。こうして「ギター・バンド」というフォーマットの解体を推し進めた彼らは、音響的な表現の幅を飛躍的に広げ、独自のテクスチャーを獲得してみせた。
そして届けられた4作目の最新アルバム『Pugnello』は、前作で得た方法論をさらに研ぎ澄ませた、よりダークでアグレッシブなレコードだ。その決定的な契機となったのが、強力なドラムマシン「PĒRKONS」の本格導入。PCを介した編集作業から離れ、ハードウェアの即物的なレスポンスを軸に据えたことで、彼らの長年のインスピレーション源だったテクノ・ミュージックの肉体性が大きく前景化した。ストイックに反復されるビートと、意図的に配置された微細な音のズレ、うねる電子音が形成する、容赦のない推進力を持った不穏でヘヴィなミニマリズム。その徹底してフィジカルな音響空間の只中で、フロントマンのダラ・カイリーは父親の死や幼少期の記憶という、極めてパーソナルで生々しい喪失を叫んでいる。冷徹なトラックといびつな人間性が激しく衝突する本作はいかにして生まれたのか。絶えず変化を求めるギラ・バンドの最新モードについて、ダラ、ダニエル・フォックス、アラン・ダガン・ボルヘスの3人に話を訊いた。
「テクノはずっと俺たちのDNAにあった」
―アランは前作『Most Normal』のリリース時、「3作以上、本当に良い作品を作れるバンドは少ない。だから4作目に進むのは難しい」と語っていました。実際にその4作目となる『Pugnello』を完成させた今、当時感じていた不安や課題は乗り越えられたと感じていますか。それとも、また違う形の難しさに直面しましたか。
アラン:今はちょっと変わって、今度は「5作目」になったかも(笑)。当時は「3作を超えるのって難しいよな」って思ってたんだ。実際、3枚以上素晴らしいアルバムを作り続けられるバンドって一握りだし、ましてや4作目となるともっとハードルが高い。だから今は、そっちに意識が移ってる感じかな。ただ、自分自身の考え方としては、以前よりも自分たちの制作のプロセスを信じられるようになった。曲を書いていて、自分たちの感覚や耳を信頼してるんだよね。自分たちがいいと思えて、誇りに思えるものなら、それが何より大事だって。全員が心から満足してないものをリリースするなんて、絶対にないから。そういう意味で、考え方は少し変わったかな。でもまあ、今度は「5作目」だね(笑)。
―過去の制作を振り返ると、2作目『The Talkies』では録音を行った古い洋館のトーンを取り入れ、前作『Most Normal』ではDAW(Logic)上で緻密な編集を行うことで「スタジオという空間自体を一つの楽器やテクスチャーとして扱う」感覚を手にしていました。この空間的・音響的なアプローチは、今作でどのように進化しているのでしょうか。
ダニエル:今回、サウンド面で一番大きく変わったのは、ドラムマシンをかなり使うようになったことだと思う。そこが『Most Normal』からの一番大きな変化かな。でも、そういう変化もすごく自然な流れだったと思う。『Most Normal』の時点ですでに、録音したパーツを組み合わせたり、意図的に音を加工したりすることも増えていたりと、スタジオで徹底的に作り込む手法にシフトしていたから。だから、ドラムマシンを使うようになったこと自体というより、今回のアプローチ全体が、そこからさらに発展していった感じだね。
―前作『Most Normal』はコロナ禍の影響もあり、ライブでの試演ができないまま作られたことで「ライブでの再現性を度外視して作る」という制作態度につながったと聞きました。結果としてそこには、荒々しくカオティックな音の暴動をポスト・プロダクションで緻密に「制御」するような美学があったと思います。そこから今回、強力なハードウェアのドラムマシンを導入したことで、PC上の編集作業にはない「直感性」や「フィジカルな感覚」は曲作りに戻ってきましたか。
ダニエル:物理的に触って操作できるものって、やっぱりいいんだよね。「PĒRKONS」を手に入れた初日もそうだったけど、新しい楽器を前にして「どう動くのかも、どう弾くのかもまったく分からない」っていう状態は、音楽を作るうえではすごく面白いことなんだ。だから最初は完全に直感で、たぶん間違った使い方をしながら、とにかくボタンを押してみる。シーケンスをスタートさせて、どんな音が出るのか聴いてみる。そうやって感覚だけで進めていく。俺たちの曲作りって、もともとそういう直感的な部分がかなり大きい。最初から「こういう音楽を作ろう」ってプランがあって、それをそのまま形にしていくわけじゃない。ほとんどの場合は、とにかくいろいろ試してみる。その中で誰かが偶然いいアイデアにたどり着いたら、他のメンバーが「今の何? もう一回やってみて」って反応する。「PĒRKONS」はそういうやり方にすごく合ってたし、実際に手で触って操作できるっていうのも大きかったね。
「PĒRKONS HD-01」サウンドデモ映像
―デビュー作から一貫して、テクノ・ミュージックはギラ・バンドのバックグラウンドにある重要な影響源──DNAの一部でした。ただ、これまではベースラインやシークエンスの端々に滲み出る「背景」にとどめていた印象があります。それが今回、PĒRKONSの導入とともに一気にサウンドの前面へ押し出されてきた。これは機材そのものが引き起こした変化なのか、それともメンバーそれぞれが外部のプロジェクトで吸収してきた要素が流れ込んできた結果なのでしょうか。
アラン:今聞いてくれた「DNAの一部」っていう表現が一番近いと思う。今回のアルバムを作りながら、みんなでテクノばかり聴いて、「ドラムマシンを入れて、もっとそっちに振ろうぜ」ってなったわけじゃないんだ。テクノはずっと俺たちの根底にあったし、それはノー・ウェイヴとかジャーマン・サイケみたいな他のジャンルも同じで、長年のうちに自然と俺たちに染み込んできたものなんだと思う。だから今回、テクノと結びつきの強い楽器が増えたことで、その要素が必然的に前に出てきたんだと思う。「もっとテクノっぽいものを作ろう」と意図したわけじゃなく、この何年かで、曲作りのプロセスを一度バラして、もっと自由に組み立て直すことに俺たち自身が慣れたんだよ。「全員で一緒に演奏して、ちゃんといい音にしなきゃ」っていうより、「この音をいじって、まったく別のものに変えてみよう」みたいな。結果的にテクノっぽく感じられる部分はあるかもしれないけど、それはあくまでアプローチの結果なんだ。そんな感じだよね?
ダニエル:うん、まさにそう。ドラムマシンっていう楽器自体が、ある意味テクノを連想させるものだから、どうしてもそういう方向の音には聴こえると思う。でも曲の構成とか音楽的にやってること自体は、以前なら生ドラムやギターでやっていたようなことを、今回はもっとそういう特徴を持った楽器でやってる、という感じなんだ。だから根本的には、もともと俺たちの中にあったものなんだと思う。
ダラ:俺も全部その通りだと思うよ。
2015年リリース、Blawanのテクノ・クラシックをバンド編成で再構築した「Why They Hide Their Bodies Under My Garage?」
―アランは以前、自身の耳鳴りの経験が『Most Normal』の高周波音の使い方に影響を与えたと語っていました。今回の『Pugnello』でも、そうした身体的な感覚が音作りに影響した部分、あるいはサウンドの幅を広げるために導入した新しい機材やアイデアはありましたか。
アラン:特定の音に対して「こういうコンセプトで鳴らそう」と事前に決めていたわけではなかったと思う。少なくとも今すぐ思いつくものはないかな。機材の話でいうと、「PĒRKONS」のほかにChase Blissの「Onward」っていうペダルも使った。これはアルバムのいろんなところで鳴っていて、ギターだけじゃなくボーカルの加工にも使ってる。たとえば「Computer Sadness」では、曲全体を通してこのペダルを使ってる。それから、この数年で俺はいろんなシンセを買い集めていて、KORG MS-20とかKORG SQ-10なんかを手に入れた。その流れでヴォコーダーも手に入れたんだ。バンド内でも「ヴォコーダーを使って、声をいろいろ加工したら面白いんじゃないか」ってよく話してたんだよね。それで実際に何曲かで使い始めたんだけど、それがアルバム最後の「At the Gallop」のアイデアにもつながっていった。そこはダラのほうが詳しく話せると思う。
ダラ:ああ、たしかアランがニール・ヤングの『Trans』を教えてくれたんだ。あれは、脳性まひのある息子のために作ったアルバムで、息子とコミュニケーションを取るための手段としてヴォコーダーが使われていた。「At the Gallop」を作っていたとき、俺は父親を亡くしたばかりで、このアルバム全体が俺にとって喪失や深い悲しみと向き合うためのものだった。だから、そういう意味では『Trans』とどこか通じるものがあったんだと思う。もうこの世界にいない人に対して、直接語りかけるための方法というか。ヴォコーダーを使うことで、そういう生々しすぎる歌詞や感情を少し隠して表現できたというか。そんな役割があったんだと思う。
―ちなみに、前作ではアール・スウェットシャツの『Some Rap Songs』の強引なカットアップ手法などを明確な参照点として挙げていました。今回、サウンド面で同じように意識した作品はありましたか。
アラン:今回は制作期間がかなり長かったから、メンバーそれぞれに違う作品からの影響があったと思う。さっき話したニール・ヤングの『Trans』もそのひとつだね。俺自身、プロダクションの面でよく聴き返していたのは、レヴァレンド・クリスティン・マイケル・ヘイターの『SAVED!』というアルバム。あの作品のプロダクションはものすごく歪んでいて、ときには意図的に壊れたような音になってる。聴いていると、音の解像度が突然完全に失われるような瞬間があるんだ。そういう全体的なアプローチにはかなり刺激を受けた。ただ、これはあくまで俺個人の話だけどね。
ダラ:俺は特にこれっていうのはないかな。俺たちはよくリハーサル・スペースで一緒に過ごして、見つけた曲を聴かせ合ってた。もう何年もずっとやってることなんだけど。そうやってみんなで音楽を聴いて、新しい曲に誰がどんな反応するかを見る。それが、そのときみんながどんな音に惹かれてるのかを知るひとつの目安にはなってた。でもプロダクションに関して、「これだよね」って全員で意見が一致したような作品は特になかったと思う。
ダニエル:外部の作品から何かを持ってくるというより、今回は自分たちが作ってるもの自体にワクワクしてた感じのほうが強かったと思う。自分たちの中に新しく試せることが十分あったんだと思う。『The Talkies』や『Most Normal』の頃は、「あのアルバムのこういうところを取り入れたい」みたいに、もう少し具体的な参照点があった。でも今回は、新しい要素が自分たちの中に十分あったから、そういうものを以前ほど必要としなかったんだと思う。

「喪失について、思い切り叫ぶことができた」
―今作の中心には、疎遠だった父親の死と、断片的な幼少期の記憶という、ダラにとって極めてパーソナルなテーマが横たわっています。大人になってからの喪失と、子ども時代の断片──この2つの異なる質感は、歌詞だけでなく、サウンドの構築や歌唱のアプローチにどのような影響を与えましたか。
ダラ:影響はあったと思う。ただ、誤解してほしくないのは、父親という人物そのものについて歌ったわけでも、彼がどんな人間だったかを書いたわけでもないということ。俺にとってこのアルバムは、その時期にどうやって悲しみと向き合うか、というものだった。俺はどのアルバムでも、曲を書いている時期に自分がどんな状態にいるのかを記録しようとしてるから。
それと、統合失調症と診断されたこともあって、それについても自分の中で受け止めようとしていた。人生の中ですごく大きなことが二つ重なって、それに対処するために書いていたところもあったんだと思う。だから『パワーレンジャー』みたいな、歌詞に出てくる断片的な子ども時代の記憶なんかは、そういうものと向き合うための、ある種の心のよりどころだった。ボーカルのアプローチに関しては、最初はもっと囁くような、メロウな歌い方のアルバムにしたいと思ってた部分もあったんだけど、結局まったく逆の方向に行った。この二つの出来事について書いて、それを思い切り叫ぶことができたのは、俺にとってすごくカタルシスになったんだ。ある意味、原始的な叫びみたいな体験でもあった。……ちゃんと伝わったかな。
―ありがとうございます。ところで、先ほど話していただいた「At the Gallop」についてもう少し聞かせてください。あのヴォコーダーのアプローチに行き着くまでには、どんな経緯があったのでしょうか。
ダラ:もともとインストのトラックがあって、そこに仮歌を入れてたんだけど、ちゃんとした歌詞はまだなかったんだ。最初は、言葉の響き(音声的なテクスチャー)だけでそのままいってもいいかなと思ってた。俺、そういう作り方をすることもあるから。でもスタジオでボーカルを録る直前になって、もう少しちゃんと意図のあるものにしたいというか、ただ適当な言葉を並べるより、もう少し面白くしたいと思ったんだ。それで『Trans』と結びついたんだ。だから、レコーディングのかなり終盤になって降りてきたアイデアだったね。やっている最中はそこまで深く考えてなかったんだけど、あとになって「ああ、これは結構重いことをやったんだな」って思った。うん、そんな感じ。
「誰が何を演奏するかは、もうあまり関係ない」
―ランカムやニーキャップのツアーサポート(アダム)、Sprintsをはじめとする数々の新世代アクトのプロデュース(ダニエル)、ソロ・プロジェクト(アラン)や絵画制作(ダラ)など、近年メンバーそれぞれがギラ・バンドの外で豊かな経験を積んでいます。ダニエルはプレスリリースで「全員で一緒に学び続けてきた積み重ねが必要だった」と語っていますが、そうした外部での刺激や経験値は、『Pugnello』のどの部分に最も色濃く還元されていると感じますか。
ダニエル:難しいな。たぶん、いろんなところに出てるんだと思う。かなり音が詰め込まれた曲もあるし、「The Megazord」とかはそうかもしれない。でも、結局はアルバム全体に出てるんじゃないかな。もし人生の違う時期にこのアルバムを作ってたら、まったく違うものになってたと思う。というか、これまで作ってきたアルバムみたいになってたかもしれない(笑)。結局、その時点の自分たちにしか作れないものを作ってるんだよね。だから、自分たちでもなかなか客観的には見られない。曲を書いてるときは、ただその音楽をリアルタイムで体験してるというか、人生そのものと同じなんだ。「これができるようになったから、次はこれをやろう」みたいに考えてるわけじゃなくて、ずっと実験を続けてる。もちろん意識的に何かを試すことはあるけど、実験である以上、どうなるか分からない部分は必ずある。だから俺たちは、だいたいいつも感覚に従って、その瞬間に「これは面白い」「これはいい」って感じることをやってる。「この賢いアイデアを音楽で形にしよう」みたいなことじゃなくて、もっとずっと直感的なんだと思う。……これで質問の答えになってるか分からないけど。
―特にアランはソロ・プロジェクトのザ・ヌル・クラブ(The Null Club)で、ホラーズのファリス・バドワンやMiss Grit、ラッパーのELUCIDなど、ギラ・バンドとはまったく異なる文脈のアーティストたちとコラボレーションしています。そこでの経験は、ノイズやテクスチャーに対する新しいアプローチをもたらしましたか。
アラン:ザ・ヌル・クラブをやってきたことで、ドラムマシンの使い方やレコーディング・ソフトの扱いといった技術的なスキルはかなり身についたと思う。知識が増えるほど、「じゃあ、こんなこともできる」「あれもできる」って選択肢も広がっていく。そういう意味では、バンドにも大きく還元されていると思う。具体的な機材でいうと、今回の何曲かで使ってるKR-55っていうドラムマシンも、もともとザ・ヌル・クラブのために買ってスタジオに置いてあったものなんだ。
ただ、いちばんの収穫は、いろんなタイプのボーカリストやミュージシャンと仕事をしたことで、「ギラ・バンドで音楽を作るのがどれだけやりやすいか」を再確認できたことなんだ。俺たちの間では、いちいち言葉にしなくても分かることがすごく多い。誰かが一度やってみて、それが違うなと思ったら、全員なんとなく「これは違う」って分かる。わざわざ口に出す必要すらないことも多い。ただ初めて一緒にやる相手だと、そうはいかない。こっちが微妙だと思っても、向こうは「これが最高だ」と思ってるかもしれない。だから、お互いの感覚やペースをつかむまでに少し時間がかかる。でも俺たちはもう、そういうところが完全に自然になってる。言葉で説明しなくても、お互いの感覚を頼りに自然と進んでいけるんだ。
ザ・ヌル・クラブ「14 Hours(feat.ファリス・バドワン)」
―多くのバンドはキャリアを重ねるにつれてフォーマットが固定化していきますが、プレスリリースにある「俺たちはまだ新しい経験や未知のものを求めている」という言葉通り、あなたたちは「ギター、ベース、ドラム、ボーカル」という従来のロック・バンドの枠組みから軽やかに逸脱し、常に変化を求めています。現在のバンドの「あり方(フォルム)」を、ご自身たちではどう捉えていますか。
ダラ:俺たちは「実験する」のが好きなんだと思う。今回のアルバムでは、途中から誰が何を演奏するかもあまり関係なくなっていった。シンセのラインを弾くこともあれば、PĒRKONSを使ってパーカッションみたいなことをやることもあったし。だから、みんなで一緒に変化して、成長しながら、その先に何が起こるのか見てみたいんだと思う。「お前はドラムだけ」「お前はギターだけ」みたいに役割を決めてしまうと、できることも限られてしまう。今回そういう枠がなくなったことで、次のアルバムに向けても、もっと面白い道が開けた気がする。
ダニエル:俺たちはもともと、かなり自由にやってきたと思う。1stの頃から、俺とアランが出してる音を聴いて、「どっちがベースでどっちがギターなのか分からない」って言われることもあった(笑)。お互いの領域を侵食し合うようなアプローチは昔からあったんだ。今はボーカルやドラムの音すらもかなり加工するようになったから、その「逸脱」がより分かりやすく表に出るようになっただけだと思う。
だから、従来のバンドの形に縛られずにやろうっていう姿勢は、ずっと変わってないと思う。それに俺たちはみんな、もともと好奇心が強くて、常に自分たちをもっと先へ進めたいと思ってる。俺たちは誰も、生まれつきめちゃくちゃ演奏がうまいタイプじゃないから、ちゃんといいものをやるにはかなり頑張らないといけないって感覚があるんだよね。だからお互いに刺激し合って、ずっと成長しようとしてる。それはいいことだと思う。居心地がよくなりすぎたら、たぶんあんまり良くないからね(笑)。
ダラ:(笑)
―以前フォンテインズD.C.のグリアンにインタビューした際、「ギラ・バンドがヨーロッパで最もエッジーな音楽をリリースしたことで、アイルランドのバンドたちが皆、自分たちも最先端であろうとし始めた」と話してくれました。こうした評価、つまり自分たちが後続世代に与えてきた影響について、自分たちではどう捉えていますか。
ダニエル:ミュージシャンから自分たちについてそんなふうに言ってもらえるのは、本当に嬉しいよ。でも普段の生活の中で、それについて俺たちがあれこれ考えてるかというと、そんなことはないかな。そういう評価があることは知ってるけど、むしろこういうインタビューで誰かから聞かされて、改めて意識することのほうが多い。それ以外では、そこまで考えることはないね。でも、すごく嬉しいし、ありがたいことだと思う。ミュージシャンが別のミュージシャンのやってることを、そんなふうに評価してくれるって、やっぱりすごく意味のあることだから。素直に嬉しいよ。
―最後はカジュアルな質問です。最近のみなさんのプレイリストを教えてください。今のバンドのモードを窺い知れるとともに、『Pugnello』をより楽しむための”サブテキスト”になるような音楽があれば。
ダニエル:正直に言うと、今3枚くらいのアルバムを同時にミックスしてる最中で、それしか聴いてないんだ(笑)。もうすぐツアーに出るんだけど、それまでに終わらせなきゃいけない仕事が山ほどあって。だから今は、自分がプロデュースしてる音楽ばっかり聴いてる(笑)。
ダラ:ちょっと待って、何聴いてたかな……。最近はドリー・パートンをかなり聴いてた。すごくいいよ。これから俺たちが演奏する音楽がどんなものかを示すには、ぴったりかもね(笑)。ここ数日はドリー・パートンとカーペンターズを聴いてた。カレン・カーペンターは史上最高のドラマーのひとりだと思う。俺たちの音とは真逆だけど、ああいう雰囲気が結構好きなんだ(笑)。
アラン:俺はいろんなものを聴いてる。最近は〈Tresor〉のカタログを掘ってて、コンピレーションをいろいろ聴きながら、昔のクラシックなテクノから新しいものまで聴いてる。サージョンも少し聴いてるね。それからアーマンド・ハマーの最新作とか、ウェストサイド・ガンもよく聴いてる。だから俺たちのアルバムを聴くための「サブテキスト」になるものを挙げるのは、ちょっと難しいかな。このアルバムの曲のいくつかは2023年頃から書き始めているから、その頃に聴いていた音楽と今の俺たちが聴いている音楽はもうすっかり変わってしまっているんだ。だから何とも言えないけど、でも、常にいろんなジャンルから刺激を受け続けているのは間違いないよ。

ギラ・バンド
『Pugnello』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15904