アヌーシュカ・シャンカールが語るシタールとインド古典音楽、レイヴから授かったスピリチュアリティ

アヌーシュカ・シャンカール(Anoushka Shankar)はザ・ビートルズのジョージ・ハリスンの師としても知られる父ラヴィ・シャンカールと同様に、シタールという楽器の可能性を広げ続けてきたアーティストだ。

若い頃はインド古典音楽に根ざした作品を発表していたが、やがてエレクトロニック・ミュージックを取り入れたり、ジャズやフラメンコとの接点も探ったりしながら、さまざまな文脈の中でシタールを響かせてきた。そんな彼女だけに、スティングやハービー・ハンコックといった大物から声がかかり、近年もジェイコブ・コリアーやゴリラズなどの意欲的なプロジェクトにも名を連ねている。彼女はシタールの伝統を受け継ぎながら、その可能性を更新してきた革新的なアーティストなのだ。

そんなアヌーシュカが2023年に始めたのが、『Chapter』と題された三部作のEPシリーズだ。それぞれ異なる編成とアプローチを採用し、アルージ・アフタブ、ニルス・フラーム、サラシー・コルワルらと制作しながら、アンビエントやミニマル・ミュージックにも踏み込み、シタールの新たな響きを探求している。

その方向性を象徴するのがグラミー賞での評価だろう。これまで彼女の作品は主にグローバル・ミュージック関連部門でノミネートされてきたが、『Chapter II: How Dark It Is Before Dawn』は第67回グラミー賞の「最優秀ニューエイジ、アンビエント、チャント・アルバム」にノミネートされた。さらに『Chapter III: We Return To Light』は第68回グラミー賞の「最優秀グローバル・ミュージック・アルバム」にノミネート。3部作は、彼女がこれまで培ってきた音楽性をさらに拡張した、キャリアの新たな到達点と言えるだろう。

そして今年10月、アヌーシュカ・シャンカールがブルーノート東京に初登場する。今回のステージには『Chapter』シリーズにも参加したサラシー・コルワルが参加。近年の彼女の音楽を体現する編成での来日となる。

長いキャリアを通じて、アヌーシュカはシタールという楽器をどのように捉え、その可能性をどこまで広げようとしてきたのか。そして『Chapter』3部作で彼女が見つけた新しいサウンドとは何だったのか。待望の来日を前に、本人にじっくりと話を聞いた。

『Chapter』3部作はいかに生まれたのか

―なぜEPで3部作を作ろうと思ったのか、そのきっかけから聞かせてください。

アヌーシュカ:何か違うことをやりたいと感じていたんです。それまでのようにアルバムを作って、リリースして、ツアーをするというサイクルが、そのときの自分にはしっくりこなくなっていました。それに数年前、私はあまりいい状態ではありませんでした。人生の中でいろいろと大変なことがあって、これから2、3年の自分を決めるようなアルバムを作ることに、完全に没頭できる状態ではなかったんです。でも、音楽を作ることはやめたくなかった。自分を表現したり、自分の中で起きていることを消化したりするために、音楽は必要でした。

それでレーベルに、「もっと小さな作品を3つ作るのはどうだろう」と提案しました。もっと直感的で、シンプルなものにして、できるだけ早くリリースしたかったんです。そして、みんなと共有して、次へ進む。やっていくうちにとても美しいものになっていきました。

シリーズものの小説のように、ひとつの作品の最後に次へつながるアイデアを残し、それを次の作品で拾っていくのがすごく楽しかったんです。そうするうちに、3部作を貫く物語も自然に浮かび上がってきました

レコーディングもすごく親密なものにして、その瞬間に起きていることを捉えたかったんです。テイクを重ねて完璧なものを作るのではなく、その場で生まれた繋がりや集中力、その瞬間に「そこにいる感覚」を大切にしたかった。

だから『Chapter I: Forever, For Now』のツアーをしながら、すでに『Chapter II』を作り始めていましたし、『Chapter II: How Dark It Is Before Dawn』のマスタリングをしている頃には『Chapter III: We Return To Light』を書き始めていました。全部が流れながらつながっています。

―その頃は大変な時期だったという話がありました。『Chapter』の多くの曲は穏やかで、聴いていると癒されるような感覚があります。セルフケアのような意識もあったのでしょうか?

アヌーシュカ:はい、それは強くありました。ただ、私は「痛みの中に入り込んで曲を書く」ということはしたくなかったんです。むしろ、痛みから抜け出していくための音楽を作りたかった。

『Chapter I』の時点では、まだ癒されてはいません。でも、ほんの一瞬でも痛みを超えることはできる。誰かとの小さな、美しいつながりだったり、愛だったり、美しいものに触れたりすることで、その瞬間だけはそこから離れることができる。そして、また進んでいくための力をもらえるんです。

『Chapter II』では、もう少し深いところでの癒しに入っていきました。古い傷を閉じて、そこから先へ進んでいく。そして『Chapter III』では、困難な時期を抜けたあとに、新しい光や新しい空間へ出ていく。

今は世界を見ても、個人的な生活を見ても、あまりにも多くの痛みがありますよね。ニュースを見ているだけでも圧倒されてしまう。そうすると、「もう無理かも……」って立ち止まったり、諦めたりしたくなる。でも、そこで諦めてしまったら、癒しも変化も起こらなくなってしまいます。だから、ほんの小さな光でもいい。その光に向かって進み続けている限り、そこには可能性がある。私たちに必要なのは、その可能性なんだって思います。

Photo by Laura Lewis

―今回の『Chapter』シリーズは、ニルス・フラームが運営するベルリンのレーベルLEITERからリリースされています。ここと契約することになった経緯を教えてください。

アヌーシュカ:ニルスとはもう10年くらいの付き合いで、ずっと刺激を受けてきました。やり方は違うけれど、音楽において似たようなことをやっていると感じていたんです。

西洋音楽、あるいはグローバルな音楽の文脈では、ニルスのようなアーティストがやっていることは、比較的理解されやすいと思います。でも、私の出発点はインド古典音楽です。そこから「インド古典音楽とは何か」「伝統とは何か」というものを広げようとすると、すぐに特定のカテゴリーに押し込められてしまう。

だからニルスと一緒にやることで、私の音楽をもっと広い文脈で理解してもらえるんじゃないかと思いました。西洋音楽には、ネオクラシカルやミニマリズムのような、それを説明するための言葉がありますよね。でも、インド音楽の文脈には、同じような言葉があまりない。私自身がやっていることは、基本的にはそれに近いと思っているんですけどね。

―僕は『Chapter』シリーズを聴いていて、アンビエントやニューエイジ、ミニマル・ミュージックといった西洋音楽のジャンルを思い浮かべました。ただ、そうした音楽の発想の多くは、インド音楽から来ているものです。ラーガやドローンは正にその核心です。その関係性は意識していましたか?

アヌーシュカ:はい。それは『Chapter』を作る前から考えていたことで、もっと探求してみたいと思っていました。特に『Chapter II』では、そこにより深く踏み込んでいます。楽器編成を最小限にしたり、ピアノでドローンを作ったり、シタールのループを反復させたりしています。

面白いのは、それによってある意味、円が一周するような感覚があることです。フィリップ・グラスの作曲スタイルは、私の父ラヴィ・シャンカールの音楽との出会いや、父から学んだ経験に影響を受けていますよね。テリー・ライリーにも、アリ・アクバル・カーンをはじめとする、また別のインド音楽からの影響がありました。

彼らはみんな、音楽の中でハーモニーの構造を中心にするのではなく、メロディやリズム、そして細部まで入り組んだ相互作用を重視する音楽に目を向けていました。それを私は「モーダル」という言葉では説明したくはないのですが、ともかく、そうしたものが何世代にもわたって発展していったわけです。

そして、その後の世代には、フィリップ・グラスやその後に続いた人たちから影響を受けたアーティストがたくさんいます。でも、その源流の一部が東洋にあることは、ほとんど知られていない。だから私にとっては、そこがすごく面白いんです。もし私がフィリップ・グラスから影響を受けて、それを自分の音楽へ持ち帰ったとしたら、そこで円が一周することになりますよね。

―『Chapter I』はアルージ・アフタブがプロデュースしています。彼女に依頼した理由は?

アヌーシュカ:直感ですね。私は自分の直感をかなり信頼しています。アルージにお願いする何カ月か前、休暇でビーチに行っていて、そこで日記を書いていたんです。そのときに『Chapter』というアイデアが浮かびました。自分の人生に関係するいくつかの異なる土地を舞台にしたいと思ったんです。音楽としてはつながっているけれど、それぞれが少しずつ違うアイデンティティを持っているような作品にしたかった。

アルージとはずいぶん前から知り合いでした。彼女がバークリー音大の学生だった頃、たしか2005年くらいだったと思いますが、私のライブを観に来てくれていたんです。彼女は私の音楽のファンでした。そこから彼女とは次第に友人になりました。

その後、彼女が大きな成功を収めていく姿を見ていて、私もすごくうれしかった。彼女のアルバム『Vulture Prince』のデラックス版に収録された「Udhero Na」で一緒に演奏できたのもあって、アルージのことが頭にあったんです。それで、ベルリンに来てプロデュースしてくれないかとお願いしました。アルージにベルリンへ来てもらって、最初の4日間か6日間くらいで『Chapter I』の大まかな演奏を録音しました。そのあとでいくつかレイヤーを加えました。

―アルージの特に素晴らしいところはどこだと思いますか?

アヌーシュカ:彼女は、自分が何者なのか、自分が受け継いできた伝統とは何なのかということを、完全に自分自身のやり方で解釈していると思います。

彼女はニューヨークに長く住んでいるので、現地のジャズ・ミュージシャンからの影響もある。彼女のサウンドを聴いていると、私はニューヨークを感じます。それと同時に、彼女の歌声には彼女自身のミニマリズムがある。彼女は、感情をその本質だけになるところまで削ぎ落とすことができる。装飾的な表現も、それが本当に必要なときにしか使わない。彼女が何よりも大切にしているのは、魂と、人とのつながりなんです。

―『Chapter I』の「Daydreaming」にはニルス・フラームが参加していますね。

アヌーシュカ:ニルスが演奏したのは1日だけで、かなり実験的なセッションでした。だから何が起きるのかまったくわからなかったんです。「Daydreaming」は、スタジオに入る前から「これだけはやりたい」と思っていた唯一の曲だったと思います。他の曲はすべてオリジナルですが、これは南インドに昔からある子守歌なんです。子どもの頃、母や祖母が聴かせてくれていました。あるとき、それをシタールで弾いてみたら、とても優しくて、すごく美しく響いた。それでスタジオでも試してみたんです。ニルスはそれを聴くと、直感的にピアノへ向かって、まるでタンプーラでドローンを奏でるような演奏を始めました。ものすごく抑制された演奏でした。たしか2テイク目だったかな。それで終わりです。「これでいい」と感じたんです。彼には、何が必要なのかを直感的に感じ取る力がすごくある。だから、あの曲も自然にああいう形になりました。

―『Chapter II』はピーター・レイバーン(Peter Raeburn:英国の作曲家/音楽プロデューサー。映画音楽の仕事で知られ、ジョナサン・グレイザー監督『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』では音楽プロデューサーを務めた)がプロデュースしています。

アヌーシュカ:ピーターとは友人なんです。10年くらい前、彼の子どもたちが、私の子どもたちと同じ学校に通っていました。最初は親同士として知り合って、あとになってお互いに音楽家だとわかったんです。彼は素晴らしい映画音楽の作曲家であり、素晴らしいミュージシャンでもあります。

彼は今はロサンゼルスに住んでいて、私もときどき彼らの家に泊まります。あるときピーターが新しいスタジオを見せてくれて、そのときにシタールの音について、すごく刺激的な提案をしてくれたんです。彼が話していたのは、シタール本来の音を活かしながら、音の立ち上がり、つまりアタックを少し抑えて、リヴァーブの中に音を漂わせるようなサウンドのアイデアでした。それがずっと頭に残っていたんです。

それからパンデミックがあって、何年か経ちました。その後、彼らの家に泊まる機会があった。それで、また直感に従って、「もし時間があるなら4日くらい早く行くから、スタジオに入って何かやってみない?」と聞いたんです。そうしたら「もちろん」と。何を作るかはまったく決めていませんでした。その人に自分を委ねて、一緒になったときに何が生まれるのかを見てみたかった。そこでは音そのものやテクスチャーを探っていきました。「Offering」や「Below the Surface」は、聴いただけではシタールだとわからないと思います。でも、あの曲で鳴っている音はすべてシタールなんです。他の楽器は使っていません。

―正にその質問をしようと思っていました。まさかシタールだとは……。

アヌーシュカ:「Pacifica」や「New Dawn」に出てくるパッドのような音やリヴァーブの響きも、すべてシタールなんですよ。シタールの音にエフェクトをかけることで、ああいうテクスチャーを作っています。とにかくそれが面白かった。シタールは必ずしも一本のメロディを奏でるだけの楽器ではなくて、テクスチャーにもなれるし、空間やムードそのものを作ることもできる。そして、その中で必要になったら、改めて一本のメロディを弾くこともできる。

ずっと弾き続けてきた楽器なのに、そこから自分でも知らなかった新しい側面を引き出すことができた。それはすごく刺激的でした。

―『Chapter II』ではピーターのスタジオ環境が制作に大きく影響したという話がありましたが、録音する「場所」そのものも重要だったそうですね。『Chapter I』はベルリンのFunkhausでレコーディングされていますが、あの独特な空間は作品にどんな影響を与えましたか?

アヌーシュカ:面白かったですよ。『Chapter I』を録音したRoom 1(オーケストラの録音用の部屋。床面積が900平方メートル以上、容積が12,300立方メートル)はものすごく大きな空間なのに、私はその中のソファに座ってシタールを弾いたんです。私はその空間そのものを活かすことにしました。部屋のずっと向こう側にもマイクを立てて、空間全体の響きを録音しました。

一方、ピーターのスタジオは、もともとガレージだった場所を改装したものでした。そこには機材は完璧に揃っているし、マイクも素晴らしくて、音も信じられないくらいいい。でも、そこにはソファがあって、犬もいて、友達のリビングルームのような感覚でした。そういう環境にいると、自分の中からもっといろいろなものが出てくる。すごく親密な状態で音楽を作ることができました。

―ということは『Chapter III』のレコーディング環境も、またかなり違ったんですか?

アヌーシュカ:レストランで録音しました(笑)。

―ははは、マジですか。

アヌーシュカ:このシリーズを通して、自分の直感に従うことにも自信がついていたんです。それで、ちょっと変なアイデアを思いつきました。私の家の近くにOMNOMというインド料理のレストランがあります。ハレ・クリシュナの人たちが運営している素敵なお店なんです。そこは家から近くて、ヨガのイベントなども開催していました。だから、上の階には、ヨガやキルタンのイベントに使われている部屋があります。雰囲気もすごく素敵だし、空間そのものも美しい。それで「ここを1週間借りられませんか?」とお願いしました。サウンド・エンジニアにマイクを持ち込んでもらって、週末に向けてセッティングして、そこでレコーディングしたんです。

『Chapter I』は冬のベルリンで録音したので、そこにはヨーロッパの冬の空気がありました。『Chapter II』はカリフォルニアで、太平洋のすぐ近く。つまり、環境が音楽にかなり影響しています。そして、『Chapter III』では、もっとインドへと踏み込んでいきたかった。自分のルーツに帰っていくような感覚を持たせたかったんです。

それに、アラム・カーン、サラシー・コルワルと一緒に作りたいと思っていました。私とサラシーはロンドンに住んでいますから。3人で一緒に音楽を作るのは、それが初めてでした。だからこそ、みんながリラックスして、安心して演奏できる環境を作りたかったんです。エンジニアには基本的に録音ボタンを押してもらうだけにして、一日中いつでもチャイを飲めるようにして(笑)。そんな環境で音楽を作りました。

―『Chapter III』ではサラシー・コルワルをプロデューサーに迎えています。

アヌーシュカ:最初に思い浮かんだのはアラム・カーンに参加してもらうことでした。彼とは昔からの知り合いで、その頃ちょうどプライベートなことも含めて、いろいろ話をしていたんです。それで彼のことが頭にありました。私たちには家族同士の長い歴史的なつながりがありますし(アラム・カーンの父はサロードの巨匠 アリ・アクバル・カーン)、音楽的にも、いつか一緒にやれたら素晴らしいだろうとずっと思っていました。ただ、私と彼が共演するとなると、期待がすごく大きくなってしまうんです。そういうことに惑わされず、ただ一緒に音楽を作りたかったんです。『Chapter』というシリーズなら、そうした期待から離れて、私たちなりのやり方で音楽を作ることができると思いました。それから、どんなメロディをやろうかという話を、ボイスメモを送り合いながら始めました。次第にそこにはもうひとつ何かが必要だと感じました。その時にサラシーのことが浮かびました。彼は『Chapter I』後のツアーのメンバーでもありました。

レコーディングでは、基本的に3人がずっと同じ部屋にいて、アイデアが自然に発展していくのに任せました。グルーヴから始まることもあれば、リフなどのアイデアから3人で広げていくこともありました。誰かがひとつの視点を持ち込んで、それをみんなが耳と心を開いて受け取る。そして、それぞれが何かを加えることで、音楽が自然に発展していく。その感覚は本当に素晴らしいものです。

アラム・カーンと共演した「Daybreak」ライブ映像

「レイヴもスピリチュアル」インド古典音楽と通じる”解放”

―『Chapter III』は、あなたを含めて、インドにルーツを持つ3人のミュージシャンで作られています。この3人であることは、作品にとってどんな意味がありましたか?

アヌーシュカ:この作品には「帰ってくる」という感覚が欲しかったんです。痛みの中を進んで、そこを抜けて、もう一度自分自身に帰ってくる。ただし、以前とまったく同じ自分に戻るわけではない。新しい強さや、新しい知恵を持って帰ってくるんです。だから、サウンドのルーツへ戻りながらも、同時に以前とは違う音を鳴らすことができたら、その感覚をすごく美しく象徴できると思いました。そこで思い浮かんだのが、この二人だったんです。

サラシーにはグルーヴを聴いた瞬間に、私たち自身のサウンドだと感じられるような、すごく根源的な感覚がある。それは頭で考えるようなものではなくて、もっと感情に直接つながっているものなんです。彼は核心に入り込んで、それをさらに広がりのあるサウンドへ展開することができる。さっきミニマリズムについて話しましたよね。サラシーはトランス的で反復的なグルーヴをすごく大切にしています。小さな変化を重ねながら、どうやって音楽を積み上げていくのか、どうやって催眠的な感覚を作るのか。そういうことに長けている。だから、この作品にとって完璧な人だと思いました。

―『Chapter I』『Chapter II』は、基本的にビートのない音楽が中心でした。それに対して『Chapter III』では、リズムやビートがはっきりと前に出てきますね。

アヌーシュカ:いくつか理由があります。たとえば『Chapter I』が、まだ生々しい痛みの中にいて、「そこをどうやって通り抜けていくのか」という作品だったとしたら、そこにはすごく静かな感覚がありますよね。とても内面的な体験なんです。

そして『Chapter II』では、もっと深い癒しを表現したかった。私の中では、繭の中に入って、そこで傷を癒して、自分自身を変えていくようなイメージでした。一度、自分を外の世界から切り離して、立ち止まる。それがどんな感覚なのかを考えていたんです。でも『Chapter II』の最後の曲は「New Dawn」です。さっきも言ったように、このEPでは私はいつも次の作品につながる小さなヒントを最後に残していました。「New Dawn」では、ピアノから少しずつリズムが現れて、そこにパルスが生まれます。そしてシタールも、すごくダイナミックな演奏になっていく。ようやく外へ出ていく、ついにそこから抜け出していくような感覚です。

そして『Chapter III』では、もう外に出ている。外へ出て、喜びの中にいること、炎の中にいること、力強さを感じること。そういうものは、パルスやリズム、そして少し外向きになった自分のあり方によって表現できると思ったんです。

それから、いくつかの曲を作りながら考えていたことがあります。トラウマを経験したときには、それを身体から振り落とすことも必要だと言いますよね。繭の中に入ることもできるし、瞑想することもできる。静かな方法で自分を癒すこともできる。でも、それだけではなくて、身体を動かして、振り落とすことも必要なんです。だから『Chapter III』には、「最後に残っているものを全部外に出してしまおう」という部分があります。ダンスフロアに立って、足を踏み鳴らして、身体を動かして、自分の中に残っている嫌なものを最後まで全部外に出して、自由になる。だから、『Chapter III』にはリズムが重要だったんです。

今回の来日メンバーが参加した「New Dawn」ライブ映像

―『Chapter III』についての紹介文には、ゴアでのトランスのレイヴからの影響についても書かれていました。僕はあなたと同世代なので、25年くらい前にハルシノゲンやジュノ・リアクターなどのサイケデリックなトランス音楽を聴いていました。あなたはそれを現地ゴアで体験していたと。

アヌーシュカ:私が当時聴いていたアーティストの名前を、実際に挙げてくれたインタビュアーは初めてかもしれない(笑)。かなりマニアックなアーティストですよね。

1999年くらいから2007年くらいまで、ほとんど毎年ニューイヤーの時期にゴアへ行っていました。2週間くらいのときもあれば、2カ月くらいいることもあって、そのときのスケジュール次第でした。でも、いつもゴアへ行って、自分を立て直したり、何かを解放したり、人とつながったりしていたんです。

もちろん、そこにはすごく快楽主義的でサイケデリックな要素もありました。でも不思議なことに、とてもスピリチュアルでもあったんです。今はもうあの世界にはいないけれど、それでも私にとって、あの経験はとても重要でした。

あの体験から学んだのは、スピリチュアリティというものが、ものすごく幅広いものだということでした。私はそれまで、まったく違う種類のスピリチュアリティの中で育ってきました。瞑想や祈りがあって、インド古典音楽がある。インド古典音楽では深いところまで入っていくために、自分の内側へ集中して、そこから何かを引き出してこなければいけません。

でも、レイヴは逆に外へ向かっていくものでした。それは、人間同士がつながることについての体験だったんです。3人でも3000人でも、ダンスフロアでみんなが一緒に足を踏み鳴らしていると、そこにひとつの振動が生まれる。大音量のベースを聴けば、身体の中にも変化が起きる。その時、化学的な変化が起きるんです。

そういうことすべてが、私にとっては大きな発見でした。これまでとはまったく違う方法でも、同じようなスピリチュアルなつながりを体験できるんだ、と。

―あなたがそこまでレイヴにハマっていたとは知りませんでした……。

アヌーシュカ:当時の私は、まだ基本的にはインド古典音楽の演奏家でした。自分が愛しているさまざまな音楽や、自分の中にあるいろいろなアイデンティティを、自分自身の音楽の中でひとつにするところまでは行っていなかったんです。

だから、逃げるようにゴアに行くことで、自分の中のそういう部分を解放していたんだと思います。そして戻ってきたら、また「インド古典音楽家としての自分」に戻ってツアーをする。でも、自分自身の音楽の中で、そうしたさまざまな要素が自然につながっていくようになるにつれて、ゴアへ行くことの意味も少しずつ小さくなっていきました。以前のように、いつもそこへ行かなければいけないとは感じなくなったんです。

でも、正直に言えば、あの頃は音楽的にも本当に魔法のような時代だったと思います。あのアーティストたちがやっていたことはすごかった。少し違う方向ではシュポングルもいりましたし、私もハルシノゲンが大好きでした。それからロシアのサイコフスキーのようなクレイジーで、ものすごくダークなサイケデリック・トランスも大好きでした。

『Chapter III』収録「We Burn So Brightly」:ゴア・トランスからの影響、解放のエネルギーを強く反映した曲

―そのレイヴ体験は一旦、自分の中にしまわれていたけど、今回改めて振り返ることができた感じですか?

アヌーシュカ:しまっていたという感覚はないですね。ずっと私に影響を与えてきたもののひとつです。たとえば、私にとって最初のクロスオーバー作品『Rise』(2006年)でも、そうしたサウンドや影響をかなり取り入れていましたし、その後もそういうものはありました。ただ、『Chapter III』ではもっとその本質に目を向けました。サイケデリック・トランスを真似しているわけではなくて、あの音楽にあったのと同じ感覚を自分たちの音楽で呼び起こそうとしていたんです。つまり、あの経験はずっと自分の中に残っていました。私は20代後半でお酒やドラッグをやめたので、それをきっかけに、あの世界の一部からは少し距離を置くようになりました。でも、年月が経つにつれて気づいたのは、そこで得ていたものは、お酒やドラッグがなくても得られるし、むしろ、すごく美しい形で体験できるということでした。だから私は今でも踊りに行きますし、『人とつながる感覚』が大好きです。ちょうど2週間前にも、友人たちと短い休暇でベルリンへ行って、ベルグハインで思いっきり踊ってきました(笑)。ただ、今は違う形になっているだけです。

「インド古典音楽は私の母語」そして日本へ

―あなたはインド古典音楽だけでなく、さまざまな文脈の音楽でシタールを演奏してきました。あなた自身の音楽も、簡単にはカテゴリー分けできないものですよね。そうした音楽を演奏するときも、シタールの伝統的な奏法や語彙の中だけでも演奏できていると感じますか? それとも、シタールという楽器の可能性を積極的に広げることで演奏できている感じですか?

アヌーシュカ:私たちが言葉を話すときには、誰にでも母語がありますよね。そして、その母語によって、自分の考え方も形作られていきます。人間の思考は、自分が使える言葉によって影響を受けるという研究もあります。別の言語には、自分の言語にはない言葉があったりして、それを不思議に感じることもある。だから、別の言語を話すときには、頭の中で少し翻訳したり、いつもとは違う考え方をしたりする。でも、誰にでも最初の言語、つまり母語があるんです。

音楽についても、私はそれと同じように考えています。私は子どもの頃からいろいろな音楽を聴いてきました。でも、「演奏する」となると、インド古典音楽が私の母語なんです。私の音楽的な思考は、それによって形作られている。

私は確かにシタールをいろいろな場所へ連れていって、さまざまな方法で演奏していると思います。でも、そこには必ず「種」のようなものが残っている。それは私の音楽的な思考そのものが、インド古典音楽によって形作られているからです。だから私が演奏するとき、メロディの捉え方や音程の感覚、シタールで音に加える細かなニュアンスや抑揚は、すべてインド古典音楽から来ていると思っています。

Photo by Jag Gundu

―近作について、いくつか聞かせてください。特に強く印象に残ったのが、2022年の「In Her Name」です。

アヌーシュカ:その何年か前に、『Traces of You』に「In Jyotis Name」というインスト曲を収録しました。インドでひとりの女性に起きた、本当に凄惨な事件を受けて作った曲です。その女性はひどい暴行を受け、それが原因で亡くなりました。彼女に起きたことに、世界中の人たちが大きな衝撃を受けました。私自身の中にも、あの事件によってさまざまな感情が湧き上がりました。それで、自分の怒りを置く場所を作るような気持ちで、あの曲を書いたんです。

でも、それから何年経っても、女性を取り巻く状況は何ひとつ良くなっていないように感じていました。そして、あの事件から10年という節目が近づいてきた。あの出来事はずっと頭から離れず、今でも毎年その日付を思い出します。その間にも、イギリスやフランス、アメリカ、インドから、女性に対する本当にひどい事件のニュースが次々と入ってきました。あのとき、世界中がひとつになって「こんなことは二度と起きてはいけない」と声を上げる瞬間があった。それなのに、何も変わっていない。そのことに対して、ものすごく強い怒りと痛みを感じていました。だから、10年という節目に、もうひとつ音楽を作りたいと思ったんです。

ただ、今度は意味をもっと広げて、「In Her Name」というタイトルにしました。それはひとりの女性だけではなく、すべての女性の名において、という意味だからです。そして、もっと具体的にしたいと思いました。そのためには言葉が必要だった。そこで、親しい友人であり、素晴らしい詩人でもあるNikita Gill(フェミニスト的な視点で知られるアイルランド系インド人の詩人)に相談しました。私たちが表現しようとしていた感情を凝縮するような詩を彼女が書いてくれて、それを私が曲の中で朗読しています。

―2016年の『Land of Gold』も印象的です。これは当時の難民危機から大きな影響を受けた作品でした。あの作品であなたは何を表現しようとしていたのか、改めて聴かせてもらえますか? この質問をするのは、今の日本でも移民を排斥しようとする動きが目立つようになっているからです。『Land of Gold』を作った頃から時間が経った今、こうした状況をどのように感じていますか?

アヌーシュカ:本当に心がくじけそうになります。さっき話していたような希望を持ち続けることが、とても難しく感じられることもあります。そういう(移民や外国人を排斥するような)声や運動が、どんどん大きくなっているように思えるからです。先週のドイツの選挙(で極右政党AfDが第一党になったこと)を見ても、「どうして……」と思ってしまいます。

私たちは今、本当に難しい時代に生きていると思います。多くの人が、お互いの声に耳を傾けたり、分断を越えて対話したりする力を失ってしまっている。ソーシャルメディアが作り出したエコーチェンバーによって、私たちはお互いの声を聞かなくなってしまいました。意見が対立すると、相手を悪魔のような存在として捉えてしまう。その結果、ある考えを持つ人が、別の視点に触れることすらなくなってしまう。

もちろん、『Land of Gold』のようなアルバムが、そういう問題を解決できるなんてまったく思っていません。でも、アートには果たせる役割があると思っています。同じ問題に、別の方向からアプローチできるからです。言い争ってもうまくいかないとき、アートは知性ではなく感情に働きかける。そして、何かについて自分自身の感情を感じられる場所へと連れていってくれる。そこでは、もしかしたら共感や、それまでとは違う何かを感じられるかもしれません。私は『Land of Gold』を携えて2年間にわたってツアーをしました。どの公演でも必ず「これは子供たちを含む人々に実際に起きたことを目にした私の、感情的な反応を曲にしたものです」と伝えてから、メロディを演奏しました。もしかしたら、その公演を観ている人の中には、私の考えに同意しない人もいるかもしれない。でも、その瞬間にメロディがひとつの感情を生み出す。その人は子どものことを思い浮かべるかもしれないし、もしかしたら、それまでとは違う何かを感じるきっかけになるかもしれない。私はこういう状況だからこそ、音楽やアートにはとても大きな役割があると信じています。

―最後に日本公演について聞かせてください。今回はサラシー・コルワル、トム・ファーマー、アルン・ゴーシュとのカルテットです。この4人という組み合わせは、アルバムにもない編成だと思います。どんなライブになりそうですか?

アヌーシュカ:私は昔から、アルバムを作った後でもステージではそれをまた違った形で表現することが多かったんです。それには長所も短所もありますけど、私はそこがすごく面白いと思っています。この3つの『Chapter』の曲を、この3人と一緒にライブで演奏できることを本当にうれしく思っています。4人で演奏することで、曲に新しい生命が宿るし、新しいつながりや流動性が生まれるんです。3人とも本当に素晴らしい音楽家です。それに、シタール、クラリネット、アップライト・ベース、ドラムという編成のバンドは、世界中を探しても他にないと思います。とてもユニークなサウンドでありながら、すごく多彩で、とても美しい。音楽にたくさんの魔法をもたらしてくれますから。

アヌーシュカ・シャンカール来日公演

2026年10月9日(金)・10日(土)・11日(日)ブルーノート東京

ミュージックチャージ:16,500円(税込)〜

※座席により別途シートチャージあり

10月9日(金)

[1st] OPEN 17:00 / START 18:00

[2nd] OPEN 19:45 / START 20:30

10月10日(土)、11日(日)

[1st] OPEN 15:30 / START 16:30

[2nd] OPEN 18:30 / START 19:30

〈メンバー〉

アヌーシュカ・シャンカール(シタール)

サラシー・コルワル(ドラムス)

トム・ファーマー(ベース)

アルン・ゴーシュ(クラリネット)

公演詳細・予約:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/anoushka-shankar/