「思い切って外に出て“人生のシーズン2”で新しいチャレンジをしよう」――今年3月末、フジテレビを退社した元『ホンマでっか!?TV』総合演出の玉野鼓太郎氏は、39歳で下した決断をそう振り返る。

退社後はクリエイティブ会社「パン屋の息子」を立ち上げ、配信プラットフォームを中心に企画開発を展開。3日にスタートしたABEMAのオリジナルバラエティ番組『エイジレスボーイズ』(毎週木曜21:00~)では企画・総合演出を務めている。

3年にわたる就職浪人の末に入社したというほど愛社精神のあったフジテレビから、なぜ離れることにしたのか。ABEMAの制作環境は、長く地上波で番組を作ってきた玉野氏の目にどう映っているのか。そして、これから何を目指すのか。新たな一歩を踏み出した現在地を聞いた――。

  • 「パン屋の息子」玉野鼓太郎氏

    「パン屋の息子」玉野鼓太郎氏

明石家さんまと片岡飛鳥総監督に憧れ3度の挑戦

退社を考えるようになったきっかけは、配信やライブなど、会社の外から仕事のオファーが来るようになったことだった。

「ありがたいことに、いろいろなお仕事のお話をいただくようになったんです」という玉野氏は、ちょうど30代最後の39歳という節目でもあり、「思い切って外に出て、“人生のシーズン2”で新しいチャレンジをしよう」と独立を決断した。

とはいえ、フジテレビを離れることには「むちゃくちゃ悩みました」という。就職活動の際、「どうしてもフジテレビで働きたい」と、2度不採用になっても諦めず、就職浪人をしながら3回目の挑戦で、ようやく入社を果たした。

そこまでフジテレビにこだわった大きな理由が、明石家さんまと『めちゃ×2イケてるッ!』総監督の片岡飛鳥氏だった。幼い頃から『めちゃイケ』が好きで、エンドロールに出てくる「総監督・片岡飛鳥」という名前を見て、「“総監督”って何者だ!?映画みたいじゃん!」と初めて興味を持った制作者だった。一方で、「大好きなさんまさんの新番組をつくりたい!」という強い思いもあり、「その2つがあったので、絶対にフジテレビじゃなきゃ嫌だと思っていました」と明かす。

フジ入社後、『さんまのお笑い向上委員会』や『ホンマでっか!?TV』を担当するなど、念願だったさんまとの仕事も経験。「ポンコツな僕を拾ってくれたフジテレビには、とてつもない感謝があります」といい、最後には会社の人たちから優しく背中を押してもらったことで、新しい道へ進むことができたという。

企画作りと重なる“パン作りの心得”

独立後に設立した会社の名前は「株式会社パン屋の息子」。その名の通り、実家は大阪でパン屋を営んでいる。

店には約100年の歴史があり、もしも玉野氏が継いでいれば4代目だった。「僕は、パン屋は継がなかったけど、じいちゃんやひいじいちゃんたち、先代の“思い”だけは引き継ごうと思いました」と、ユニークな社名にした理由を説明する。

さらに、父が昔から語っていた“パン作りの心得”が、“企画作り”とよく似ていると感じていたという。

例えば、パン作りでは生地を“寝かせる時間”が重要だが、企画も思いついた瞬間に形にするのではなく、一度“寝かせる”ことでより良くなることがある。「パンも企画も“真心”込めてこねることが大切。最後に焼き上げるには、“情熱”という“火力”は必須。パンのように“企画をこねる”クリエイティブ会社『パン屋の息子』(略して、パンムス)にしよう」と考えたのだ。