
トミー・ジョン手術からの長いリハビリを乗り越え、オリックス・バファローズの東山玲士投手が一軍のマウンドにたどり着いた。目指してきたのは、故障前に戻ることではなく「80%の感覚で、前の100%の力を出せるように」。身体の使い方や投球フォームを見直しながら復帰への壁を越えてきた右腕が、その歩みを語った。(取材・文・写真:野口航志)
プロフィール:東山玲士
香川県丸亀市出身。丸亀高から同志社大、ENEOSを経て、2024年ドラフト5位でオリックス・バファローズに入団。ルーキーイヤーの2025年5月に右肘のトミー・ジョン手術を受け、育成契約を経て2026年に支配下復帰。同年8月に一軍初登板を果たした。最速152キロのストレートとチェンジアップを軸に、カーブ、カットボールも操る。
「80%で以前の100%を」故障前に戻るのではなく、投げ方から変える
[caption id="attachment_287411" align="alignnone" width="1200"] オリックスの東山玲士【写真:野口航志】[/caption]
「自分がリハビリ期間にやってきたことは、間違っていなかったと思いました」
8月18日、東京ドーム。オリックスの2年目右腕・東山玲士が、プロ初登板のマウンドに立った。
最初に対峙したのは西武・中村剛也。自身が子どもの頃から見てきた、日本を代表するホームランバッターだ。
「臆することなく勝負したいなと思いました」
初球からストレート。「コースにしっかりと決めるというのを意識しすぎないように」と腕を振った。中村を打ち取ると、後続からはチェンジアップで三振も奪った。力みすぎず、自分がやるべき投球をする。初めて立った一軍のマウンドでそれを実践できたからこそ、「やってきたことは間違っていなかった」と感じることができた。
プロ初登板のこの瞬間まで、長い時間を要した。
2024年ドラフト5位でENEOSから入団。ルーキーイヤーの昨季は3月のオープン戦で好投しながら右肘を痛め、5月にトミー・ジョン手術を受けた。その後、リハビリ生活に入り、育成選手となり今シーズンを迎えた。
今年3月、まだ実戦復帰前の東山に話を聞いた際、印象的な言葉があった。
「怪我が治れば、次は80%の感覚で投げながら、前の100%の力を出せるようにしたい」
手術前は本人いわく「上半身や腕に負担がかかりやすいフォーム」だった。好調だったオープン戦では120%の力まで出てしまい、その負荷に身体が耐えきれなかったのではないか。そう自己分析していた。
だから、リハビリは以前と同じ状態に戻ることをゴールとしなかった。
「肩とか指先の末端に頼らず、大きな筋肉を使って投げたいと、リハビリ期間中ずっと意識して取り組んできました」
腕や肘への負担を抑えながら出力を生み出すため、投球時の身体の使い方そのものを見直してきた。
もちろん、復帰への道は一直線ではない。ブルペンで強度を上げ、球速が140キロを超えた頃には再び強い張りや違和感が出た。
ここで東山を支えたのが、東山が個人的にお世話になっていて、二人三脚でリハビリをともに進めてきたトレーナーの溝端さんだった。
「思い切って壁にぶつかれた」東山の心に残った溝端さんの言葉
[caption id="attachment_287410" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じたオリックス・東山玲士【写真:野口航志】[/caption]
完全なノースローまで戻すのではなく、身体の状態を確認しながら「135キロでもいいから投げ続けよう」と段階を踏む。そして、なかなか次のステップへ踏み出せずにいた東山に、溝端さんが伝えた言葉が心に残っている。
一つの壁を破らなければ、その先へは進めない。まずは思い切って壁にぶつかってみる。そこで痛みが出れば、少し戻って、また次の壁に挑めばいい――。
「何もしないままでは次に進めないなって。その言葉があったおかげで、一歩前に進めたというか、思い切って壁にぶつかれました」
東山が救われたのは、身体の部分だけではなかった。
「気持ちの部分が大きいですね。やっぱり痛みがあると、どうしても身体が勝手に制御しちゃう感じがあって。(溝端さんがいたから)それを心配しなくてよくなったというのは、すごく大きかったです」
一度故障を経験した投手が、再び思い切って腕を振る。その怖さを乗り越えるためにも、そばで状態を見ながら背中を押してくれる存在が必要だった。
その後は張りも落ち着き、球速は再び140キロを超えた。そこから徐々に本来の出力を取り戻していった。
そんな長いリハビリを支えたのは、トレーナーだけではなかった。
“トミー・ジョン会”と宇田川優希 仲間の支えで固まった新フォーム
[caption id="attachment_287414" align="alignnone" width="1200"] オリックスの東山玲士【写真:産経新聞社】[/caption]
チーム内には、同じトミー・ジョン手術を経験した選手がいる。東山らは、そんな選手たちが集まる食事会を「トミー・ジョン会」と呼んでいた。
「みんな怪我をしていて、思うようにリハビリができなかった時もあったので。食事会で何気ない会話をするだけでも、ストレスが軽くなりました」
そこではリハビリメニューや、投げた翌日の身体の反応、違和感があった時の対処などについても情報交換した。
「色々な話ができましたし、すごく勉強になりました」
中でも大きな存在となったのが宇田川優希だった。
以前の東山には、投球時に頭や上体が前へ倒れる癖があったという。
「宇田川さんと、『球速が速くて、いいピッチャーは顔が倒れない』というフォームの話をしました」
宇田川からさまざまな投手のフォームを見せてもらい、宇田川自身のフォームも参考にした。ともに上からボールを叩き下ろすような投げ方だからこそ、共通する部分も多かった。
頭が前へ倒れすぎないようにし、背骨から軸をまっすぐ保ったまま回転する。それを意識するようになってから、「腕が走る感覚も増してきた」という。
「フォームは宇田川さんの投げ方だったり、話をかなり参考にして固まってきましたね」
そして今、試行錯誤の成果が一軍のマウンドでも表れ始めている。
[caption id="attachment_287413" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じたオリックス・東山玲士【写真:野口航志】[/caption]
最速152キロより大きな変化 「80%で以前の100%」が形になる今
[caption id="attachment_287412" align="alignnone" width="1200"] オリックスの東山玲士【写真:野口航志】[/caption]
登板を重ねるにつれ、「ストレートがだんだん指にかかってきている」という。チェンジアップなどの変化球も「手術前の状態にどんどん近づいているというか、操れている感覚が投げるたびに増しています」と手応えを口にする。
8月25日の楽天戦では一軍で自身最速となる150キロを計測。ファームでは152キロまで出ている。
球速以上に大きな変化がある。
「投げ終わった後の肩肘の張りがあまりない。自分がやってきたことが結果として、ちょっとずつ出てきているかなと思います」
力を出せるだけではなく、その出力を以前より身体への負担を抑えながら生み出す。3月に描いていた「80%で以前の100%」という理想が、少しずつ現実になろうとしている。
そして、その復帰を待っていた人たちもいた。
手術を受け、まだ投げられなかった時期から応援を続けてくれたファン。中には手術の際に、お守りを贈ってくれた人もいたそうだ。
一軍のマウンドまで戻ってくると、そんなファンから声を掛けられた。
「『待ってたよ』とか、『投げてる姿を見れてよかった』と言われた時は、すごく嬉しかったです。恩返しではないですけど、やっとできたかなって」
投げられない時から待ってくれた人がいる。復帰まで寄り添ってくれた人がいる。同じ手術を経験し、自らの経験を伝えてくれた仲間もいる。そうした支えを受けながら、一つずつ壁を越えてきた。
だが、復帰がゴールではない。
「一軍だからこうしないといけない、という感じはあまりないです。やることはずっと一緒だと思っているので。自分のピッチングをして抑えて、その試合のために今までやってきた準備をするだけです」
育成から支配下へ戻り、一軍昇格、そしてプロ初登板。数カ月前まで目標だったものを、一つずつ現実にしてきた。
「任された場面をしっかり抑えて、チームの勝利に貢献できるピッチャーになっていきたいです」
身体の使い方を変え、フォームを見直し、周囲の支えや仲間の経験も力に変えながら、故障前より効率よく、そして長く投げられる投手へ。
「80%で以前の100%を」
あの日描いていた理想は、一軍のマウンドで少しずつ形になり始めている。
(取材・文・写真:野口航志)
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