謎の覆面デュオ、Angine de Poitrineはなぜ世界を熱狂させるのか?

インターネットとフジロックを席巻し、2026年の顔となった覆面デュオ、アンジーヌ・ド・ポワトリーヌ(Angine de Poitrine)。彼らは今やアメリカ公演も次々とソールドアウトしている──現地の興奮をレポート。

彼らと出会って「人生が変わった」

ベッキーはチケットも持たず、サンディエゴから車を走らせてきた。

火曜日の午後1時3分、ロサンゼルスのダウンタウンにあるTeragram Ballroomの近くに車を停め、Targetまで走って買い物を済ませ、午後2時34分には会場前に戻ってきた。開場までまだ6時間近くもあり、気温は華氏90度(約32度)。しかも彼女は、その日の公演のチケットを手に入れられていなかった。ソールドアウトしたこの公演のリセール価格が日に日に高騰していくのを、彼女は何週間にもわたって眺めていた。

「こんなの最悪」と、37歳の彼女は吐き捨てた。

詐欺にも遭った。それでも彼女はやって来た。そして午後のあいだずっと、隣で暑さに焼かれている見知らぬ人たちに水やNerds Gummy Clustersを配っていた。

52歳のフランクは、StubHubで375ドルを払ってチケットを買ったものの、結局そのチケットは届かなかった。それでも彼も列に並び、当日窓口で奇跡が起きることを願っていた。

夕方遅くになる頃には、列はWest 7th StreetからHartford Avenueまで回り込んでいた。水玉模様の服を着た人々や、ホットドッグのような鼻がついた帽子をかぶった人もちらほらいて、年齢層は幼児から退職世代まで実に幅広かった。全員が待っていたのは、KhnとKlek de Poitrine──アンジーヌ・ド・ポワトリーヌとして知られる、ケベック州サグネ出身の30代の2人組だ。333歳の宇宙人という設定でステージに立つ彼らは、今やひょっとすると、地球上でもっともライブを観ることが難しい音楽アクトになっている。

StubHubによれば、ロサンゼルスはこのバンドにとって世界でも群を抜いて最大の市場であり、全47公演のワールドツアーを通じて販売されたリセールチケットのおよそ5分の1を占めている。これは2番目に大きな都市の約2倍だ。Teragram Ballroomでのこの2公演は、ツアー全体でも需要の高さで1位と2位を占めた。さらに、この会場で過去12カ月に開催されたほかの137公演と比べると、1公演あたりのリセールチケット取引数は約1100%も多かった。

収容人数625人の会場で、だ。

しかも平日の夜に。

誰もが聴きに来たのは、微分音のマスロックだ。Khnは、両方のネックに通常の倍の数のフレットを備えた特注のダブルネック・ギター/ベースを演奏し、フットペダルを使って2つのパートをリアルタイムでループさせていく。Klekは、熟練したリズム隊でさえ手こずるような変拍子でドラムを叩く。事前録音された音源は一切ない。すべてのレイヤーが、衣装をまとい、視界も限られた状態で、その場で生み出されていく。

Josh Martin for Rolling Stone

まず目を引くのは、その衣装だ。Khnは逆さまのピラミッドの下から金色の三つ編みを垂らし、Klekは『マペット・ショー』のブンゼン博士とビーカーが中世で子どもをもうけたかのような姿をしている。2人とも服から手足まで黒と白の斑点に覆われ、金色の三角形を身につけている。

マネージャーのセバスチャン・コラン(Sébastien Collin)は、その体験を「どのクリスマスプレゼントから開けようか選ぶようなもの」だとたとえている。

「包装を見て、どのプレゼントを開けるか選ぶようなものだけど、これは単なる仕掛けじゃない」と彼は言う。「中には本物の音楽が入っている」

列の3番目に並んでいた現役ミュージシャンのマーティンは、自分がその「包み」を開けたときのことをこう語った。友人から何週間にもわたって、彼らのKEXPセッションを観ろとうるさく言われ続けていた。そしてついに、スマートフォンで再生ボタンを押した。

「10秒もしないうちに、『何だよ、このゴミみたいなのは?』って思った」

その2秒後には、「俺の人生、今変わった」となった。

ケベックから世界へ拡大する熱狂

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彼だけではない。昨年12月、フランス・レンヌのTrans Musicales festivalでワンテイク収録され、2月5日に公開されたKEXPの映像は、YouTubeで1800万回以上再生されている。コメント欄には約7万3000件もの書き込みが並び、最初は軽蔑していた人々が、リアルタイムで自らその気持ちを撤回していくさまが見て取れる。

だが、物語はそこから始まったわけではない。

ネットでバイラルになる頃には、アンジーヌ・ド・ポワトリーヌはすでにフランス語圏カナダを制していた。2025年の夏にはケベック各地で25公演を行い、フェスティバルのサブステージでは、彼らを収容するには小さすぎたため、何度も観客があふれ返った。2026年4月に予定されていた州内ツアーも、クリスマスを迎える前に5000枚以上のチケットを売り上げ、モントリオールのClub Sodaでは連日のソールドアウトを記録した。

その一方で、レコード店ではファースト・アルバムの在庫が追いつかなかった。デジタルリリースから2カ月後の6月、『Vol. II』のアナログ盤が世界で発売されると、バンドは自分たちのウェブサイトから商品を引き上げ、レコード店だけで販売できるようにした。なかには、その販売のために深夜0時まで営業した店もあった。

Josh Martin for Rolling Stone

同じ月、アンジーヌ・ド・ポワトリーヌはMontreal International Jazz Festivalのステージに数万人を集めた。同フェスティバルでは、2009年のスティーヴィー・ワンダー以来最大の観客数だった。

彼らにとって初のアメリカ公演は、7月31日のNewport Jazz Festivalだった。それ以降、デンバーでは2公演連続でソールドアウトを達成し、キング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードがコロラドで主催するフェスティバルField of Visionでは、観客が一斉に「ホーリー・シット!」と叫ぶ事態になった。

そのチャントはTeragram Ballroomでも再び巻き起こった。猛烈な勢いの「Yor Zarad」によって、その夜最初のモッシュピットがダンスフロアに渦のように開いた直後のことだ。週末のField of Visionで観客の頭上を跳ね回っていた、あの巨大な空気入りのサイコロも姿を見せた。

開演前には、まだフルコスチュームではないもののマスクを着けた2人が自ら機材を組み立てる様子を見ようと、ファンがステージ前に押し寄せた。KhnとKlekが両手を三角形に掲げるたび、フロアにいる全員も三角形を作って応えた。「Tamebsz」で2人がしゃがめば、フロアも一斉にしゃがむ。「Fabienk」──ほとんど言葉として聞き取れないボーカルが「See-bas-tieeeeen」と聞こえる、マネージャーへの目配せが込められた曲──で2人が腕を振れば、観客も腕を振りながら彼の名前を叫んだ。マスクをつけたまま水を飲めるよう、ウォーターボトルに取り付けられたチューブから2人が一口飲むたび、最前列のファンからは「こっちにもかけてくれ」と声が飛んだ。

ベッキーとフランクも、その中にいた。2人とも満足して家路につくことになった(ベッキーは払った金まで取り戻した)。そして、汗まみれになった約600人の新たな仲間たちも同じだった。

なかには早くも、12月にWilternで行われるアンジーヌ・ド・ポワトリーヌの2公演にも行こうと話しているファンがいた。

その公演はどうなっているか?

そちらも、すでにソールドアウトだ。

From Rolling Stone US.