高中正義からフュージョンに開眼、DYGL下中洋介の爽快ソロ作『SHIMONAKA』が生まれるまでの奥深い物語

インディーロックバンドDYGLの一員として世界を股にかけてパフォーマンスを行い、近年ではnever young beachのサポートを務めるなど、活動の幅を広げつつあるギタリスト、下中洋介。そんな彼が、かねてからミュージシャンの間で待望の声が高まっていた初のソロアルバムをリリースした。さぞ機微に富んだインディーロック作が届けられるものと思っていたものの、蓋を開けてみてびっくり──その内容は夏100%、太陽が燦々と照りつける爽快なフュージョンアルバムだったのだ。しかも、「ちょっとやってみました」というレベルを超えた振り切った内容なのだから二重に驚かされた。

いったい、どんな経緯で今作『SHIMONAKA』(スゴいタイトル!)は制作されることになったのか。聞き心地の爽やかさ・軽やかさに比べ、かな〜り奥深い問答と相成った本インタビュー、「フュージョン? なんか流行っているらしいね。そうはいっても俺/私は興味ないけど」というみなさんも(こそ?)必読です。

『TAKANAKA』という衝撃体験

―今回の作品が初のソロアルバムということになりますが、どういうきっかけで制作がはじまったんでしょう?

下中:話を遡ると、レーベル(Thaian Records)主宰の安部(勇磨)ちゃんとネバヤンや彼のソロのサポートで親しくする中で、「そろそろソロアルバムを作らないの?」と言われたのがきっかけです。これまで自分名義の作品を何も作ってこなかったので、確かにそろそろ作ってみたいな、と。

それで、最初はギター・インストを三曲ぐらい作りました。基本インディーロック的なものから影響を受けたオルタナっぽい曲です。個人的には気に入っていたんですけど、安部ちゃんに聴かせたら、「こういうのもいいけど、せっかく下中もギターソロ弾けるんだし、もっとその良さが出たものも聴いてみたいな」って言ってくれたんです。

―それはもう、普段の活動でやっているから。

下中:そう。「じゃあ、どんなものを作ったらいいかな」と冗談混じりで楽しく話していたときに、安部ちゃんが「下中と高中で名前が似ているから、高中みたいなのはどう?」って言われて。

―結構ライトな提案だったんですね(笑)。

下中:はい(笑)。安部ちゃんがどこまで本気で言っていたのかわからないけど、改めてそういうつもりで聴き直してみたら、高中さんの音楽がすごく響いたんです。それが二年ぐらい前ですね。

―最初に聴いたのは、どのアルバムですか。

下中:二枚目の『TAKANAKA』(1977年)です。赤いスーツの高中さんが足を開いているジャケットの。

―日本のフュージョンに限らず、たとえばジョージ・ベンソンのような海外のクロスオーバー〜フュージョン系音楽は以前から聴いていたんですか?

下中:好きでした。ソウルやファンク、レアグルーヴは20代の頃にかなり聴いていたので、そういう流れで一部のフュージョンも好きになって。YouTubeが中心で、レコードを掘るところまでは行っていなかったんですけど、ディスクガイドを読んだりもしていました。

あと、DONATOというレコード屋の加藤(寛之)が大学の後輩で、仲がいいんです。彼が薦めてくれるハービー・ハンコックのアルバムとかには、毎回はまっていました。けど、ジョージ・ベンソンとかにしても、基本はレアグルーヴ的なものへの興味があって、その上にいい歌が乗っている音楽として捉えていました。だから、ギター・インストとしての魅力にフォーカスしていたわけではなくて。

―元から「ギターキッズ的」な感じではなかったってことですかね。

下中:いや、めちゃくちゃ「ギターキッズ」でした(笑)。もっと遡ると、中学生でギターを始めた頃は、兄の影響でハードロックやヘヴィメタルを聴いていましたから。当時はギターソロ原理主義みたいな感じで、いかに速く弾くか、どんなスケールを使うかばかり見ていた(笑)。とにかく『YOUNG GUITAR』誌が大好きでした。だから、スティーヴ・ヴァイとかを介して、知らず知らずのうちにジャズ寄りの要素にも触れてはいたんだと思います。

ただ、これは今もそうなんですけど、ジャズ要素が強くなると、魅力がわからなくなるときがあるんです。例えばリー・リトナーやパット・メセニーも好きだし今でも聴くんですけど、自分の中でまだ噛み砕けていないところがあるんです。極端に言えば、メロディーを覚えられなくて、自分の中に残らないというか。その点、高中さんはすごかった。残るメロディーしかなかったから。

―ギターのメロディーが、とにかく口ずさめる感じ。

下中:そうなんです。それとアレンジ力ですね。本当に感銘を受けました。衝撃でした。それで参加作品を含めて膨大なカタログがある中から、初期作品を中心に聴いて、今は後期にも「こんないい曲があるんだ」となっているところです。あとは大村憲司さんも本当に好きですね。

―大村さんも練り上げられたプレイをする方という印象ですね。

下中:高中さんと大村さんって、やっぱりロックなんですよね。僕もロックギタリストという自覚があるので、お二人の美意識に共鳴するのかもしれない。

―しかし、ソロアルバムを作るとなってそういうモデルを示されても、実際にそこへ踏み出すのは、普通ならかなりハードルがあると思います。

下中:なぜか「いける気がする」と思ったんですよね(笑)。高中さんを聴いたとき、幼稚園の頃の音楽体験を思い出したんです。合唱で、ものすごく「これぞ」なコード進行の曲を歌ったことがあって。いまでも覚えているんですけど、その合唱曲特有の仰々しいコード進行でメロディを歌った時に感じたポジティブな胸の高鳴りや、温かくなる感じがずっと残っていたので、メロディを書くことなら自分にもできるかもしれない、と。DYGLや、それまでやってきたバンドはそういう音楽ではなかったし、むしろそういう直球なギターソロは曲の邪魔になりかねないけど、ここは思い切ってやってみるのもありじゃないかと。僕は本来、そういうものが好きだったんですね。作り始めてから自覚したというより、後から振り返ると、自分はこういう音楽に向いていたんだろうなと思いました。

フュージョンへの「メタ視点」と「本物感」

―そこから作曲に入っていったわけですね。

下中:はい。割とすんなり進みました。思ったより早かったし、迷わなかったです。「どうせ誰も聴かないだろう」という気持ちもあって、最初はジョークに近いというか、「笑わせてやろう」ぐらいの感じでした。

―具体的にはどうやって作っていったんですか?

下中:それこそ高中さんの曲を聴いた後にイメージで鼻歌を歌って、「こんな感じかな」「いいメロディーができたかも」と思ったら、コード進行を乗せていく。「フュージョンのリズムって、チャカチャカチャカという感じだよね」と(笑)。

―高中さん特有の奏法やアレンジを、厳密に研究したわけではないんですかね。

下中:全然していないです。完全にイメージで作りました。むしろコピーをすると、本当に同じことをしてしまうと思ったので、なるべくコピーしないようにしました。

―むしろイメージと自分の中の蓄積のみに頼った感じですかね。

下中:はい、フュージョンを参考にした曲もあるにはありますけど、根底にあるのは70年代のクロスオーバーものが好きだった自分ですね。例えばサンタナのような、フュージョン前夜ぐらいのギター・インストをイメージしていました。巧いフュージョンの演奏家がある意味運動神経でできてしまう部分が僕にはまったくないから、頭で一生懸命、「このメロディーの次に、こういうメロディーが来たら面白いかもしれない」と考えていました。

―ジャムセッションから発展させるみたいな発想ではなく。

下中:はい。コード進行から作ろうとしたこともあったんですが、あまりいい曲にならなかったので、メインのメロディーは基本先に鼻歌で考えました。

―じゃあ、セッションの前にはある程度固まったデモがあったということですか?

下中:はい。僕はギターのメロディーと、ベース、ドラムの大枠を組み立てて、それを皆さんに渡しました。

―こういう音楽をやりたいと伝えたとき、参加したミュージシャンたちは、どういう反応でした?

下中:笑っていました。「本当にやるの?」と(笑)。でも、ここまで振り切った音楽だと、ある意味コスプレみたいなものなので、みんなも逆に思い切ってやりやすかったのかもしれない。

―録音中、何か意思疎通がうまくいかないとかもなく?

下中:何もなかったです。僕はずっと「すごい、すごい」と言っていました(笑)。

―岡田拓郎さん(ミキシングエンジニアとして参加)も高中を経ているし、谷口雄さん(Key)もこの種のハーモニーをわかっている。増村和彦さん(Perc)は南米音楽の素養があるし、海老原颯さん(Dr)、toyoさん(Ba)も腕利きですよね。

下中:そうですね。

―こういう音楽への理解と素養を持つ近い世代のミュージシャンが集まるのって、案外珍しいのでは?

下中:僕とどんぴしゃの同世代というより、僕より若い世代と、それとあとは少し上の世代に得意な人たちがいる印象ですね。シティポップという文脈なら同世代にもいると思いますけど、ここまでの人たちはあまりいないかもしれない。海老原くんやtoyoくんも僕より下の20代ですからね。いまの20代前半から中盤ぐらいの人たちは、こういう有機的なグルーヴがある音に対する感覚がすごく鋭いと思う。僕の肌感ですけど。本当にセンスがよくて怖いぐらいです。

メンバー選びで一番難しかったのは、単に巧い人なら、どの世代にもたくさんいることですね。そういうスタジオ・ミュージシャン的な人とやっても、もちろん楽しいとは思う。でも今回は、巧さの前に「この音楽のこういうところが好き」という感覚が合いそうな人を選びました。

―演奏全体から、バリバリのプロパーというより、フュージョンを一度俯瞰して捉えているような視点を感じます。

下中:それはあると思います。僕はどのバンドをやっていても、メタな視点が入ってしまう。そういう視点を共有できるかどうかは、メンバーを選ぶうえで意識しましたね。

―そのメタ的な演奏の中へAMAZONSのコーラスが入ると、急に「本物感」が出て引き締まる感じがします。

下中:本当にすごかったです。録音現場でこれはもう天国みたいだと思いました。三時間ぐらいで全部録っていただいて。

―どういう経緯でオファーしたんですか。

下中:SPACE SHOWER MUSICの平川さんが「せっかくなんでAMAZONSにお願いしてみようよ」と言ってくれたんです。僕は「そんなこと、本当にできるのか」と思いましたけど、できました(笑)。

※AMAZONS:1985年に大滝裕子・斉藤久美・吉川智子の3人で結成され、松任谷由実・久保田利伸・玉置浩二などのバックコーラスでその存在を知らしめ、1987年にはボーカル・グループとしてデビュー。以来、名だたるアーティストのバックコーラスと、AMAZONS自身のアーティスト活動を並行し、高いクオリティを誇るボーカル・ワークと華やかで洗練されたパフォーマンスで一目置かれる存在であり続けている

―「Private Jet」のコーラスには、すでに譜面があったんですか?

下中:「Private Jet」は、Ku-tenくんがコーラスを書いてくれていました。ただ、僕は本当にコーラスのことがわからなかったので、「Coconut Groovin'」と「Jojo's Heaven」は、「ざっくり入っていたらいいなと思っています」とだけ伝えて。そうしたら、完璧なものを準備してきてくださった。三声の譜面も歌詞も書いてきてくれました。理想的な世界を描いた曲にちゃんとはまっていたので、よかったと思います。

―見事にハマり過ぎていて一瞬サンプリング?と思ったくらいですが、本物なんですよね、当然。いやあ、やっぱりすごい。

下中:本物です。別世界でした。

―ギターの演奏について伺わせてください。ひょっとしてソロパートでもアドリブはほとんど入れていないですか?

下中:入れていないです。全部練り上げたうえで録りました。メインのメロディーよりも、ギターソロを考える時間のほうが長かったぐらいです。

―アドリブが嫌いなんでしょうか?

下中:身内しかいないところだと楽しいんですけど、特に知らない人の前のセッションでアドリブをすると、すぐにメタが入っちゃって恥ずかしくてやめたくなるタイプなんです。「もっといいのがあるんじゃないか」と思い始めて、堂々巡りになる。うまくハマった時は楽しいけど、基本的には「今つまんないの弾いたな」って思ってます。終わってからも「自分って全然よくないな」って。今回はそういう思いをしたくなくて。高中さんもライブではアドリブを弾くスタイルではないじゃないですか。だったら僕もソロまで全部決め込んで録ろうと思いました。

―ジャズ/フュージョンというと、演奏者同士のインプロヴィゼーション合戦が金看板になっているイメージもありますが、おっしゃるとおり、この作品の場合はそれと違いますね。

下中:アドリブの格好よさというより、曲としての格好よさを考えていました。

―そんな中で、七曲目の「Don't Be (too) Sad」だけは、ジョン・フェイヒーのようなフォークブルース風の曲で、急にどうしたんだろう、と思いました(笑)。

下中:そうなりますよね(笑)。あれは十何年か前に、アコースティックギターをぽろぽろ弾いていてできた曲なんです。それを今回完成させました。元々アルバムの最後に入れようと思っていたんですけど、平川さんが曲順を提案してくれて、ラスト前のいい「フリ」になる位置に置いてくれて、「なるほど、これがいいですね」と賛同しました。

―あの曲が入ることで、急に「そうだ、この作品を作っているのはインディーロック畑の人だった」と、現実へ戻される感じがあります。

下中:そうですよね(笑)。結果的にいい流れになったかなと思います。

ゲームの記憶と「合成された現実」

―アルバム全体を貫く、海や南国のような緩やかなイメージは、最初からあったんでしょうか?

下中:はっきりしたヴィジョンはなかったです。ただ、曲を作った後に、嘘みたいにきれいな海の映像を流しながら聴いて、そのイメージに合っているかどうかを判断したりはしましたね。

―今の話はかなり象徴的に感じます。つまり、何か実体を伴った風景をイメージさせるというより、もっとヴァーチャルで仮構的な「海」「南国」「夏」を想起させられます。

下中:それは、僕が子どもの頃からゲームが本当に好きというのが関わっていると思います。いまでもゲーム実況ばかり見ていますし。ゲームの作り物の世界や、そこへ入っていくような感覚が好きで。実際に「Aquarium Memory」にはゲームのイメージがあるし、「Coconut Groovin'」にも、なんとなくゲーム音楽のイメージがありました。

―1980〜90年代のゲーム音楽って、フュージョン系ミュージシャンが作っていたものが結構あるんですよね。今30代、40代で、当時の家庭用ヴィデオゲーム黄金期を過ごした経験のある人には、多分あの種のサウンドが原体験としてある気がします。

下中:実際、安藤まさひろさん(※)が作ったゲームの音楽はすごく好きでした。意識的に聴いてきたというより、刷り込み的な原体験に近いです。

※T-SQUAREの初代リーダーの安藤正容、ゲーム音楽の作曲家としては『グランツーリスモ』『アークザラッド』シリーズで知られる

―そういう仮構的な「夏」「南国」「あの頃のヴィデオゲーム」みたいな話からは、2010年代にインターネット上で流行したヴェイパーウェイヴのことも連想します。その辺は聴いていました?

下中:全然聴いていなかったです。なんというか……「おしゃれだな」と思っていました。

―「おしゃれ」?

下中:ちょっと尖っている人たちの中のムーブメントになっていた部分があるじゃないですか。ああいう風なムーブメントになると……。

―尖ったサブカルチャーとして表象されちゃうと、自分の感覚とはすれ違うっていう……?

下中:まさにそうです。ああいう1990年代初頭のデジタルな幻想世界みたいなものは、僕にとってはサブカルチャーではなく、本当に大事な思い出の世界だったので。「そこへズカズカと入ってこないでくれ」「一緒にしないでくれ」という拒絶感があったぐらいで(笑)。だからこのアルバムでそういうイメージを描き出すにしても、もっとパーソナルなものにしたかったんです。ただ、最終的な仕上がりとしては、そこに全てを寄せるんじゃなく、さっき言ったように1970年代後期的な世界へ落とし込みたかった。最初のデモは本当にゲーム音楽のようなイメージで作っていましたから、わりと変化しているんです。

―一方で、「Rainy Harbor」や「Aquarium Memory」には、DX系のシンセサイザーのプリセットっぽい音が入っていますよね。それはゲーム音楽的なデモの名残でもあるんですかね?

下中:そうですね。でもそれも元から入っていたものじゃなくて、谷口さんが入れてくれました。弾いてくれた時「それです。それしかない」と思いました(笑)。

―曲名も最高です。どことなくAIが考えたようにも見える、絶妙なタイトルですね。

下中:これはわざとです(笑)。言葉自体は自分で考えたんですけど、AIに「どちらが英語として自然か」「どちらがそれっぽいか」と聞くことはありましたね。

―象徴的なのが「Synthesized Reality」──「合成された現実」という曲名ですね。

下中:実はそれもゲームから来ています。ゲーム制作に使われている「RSX Reality Synthesizer」というユニットがあって、すごく格好いい名前だと思ったんです。最初は曲名もまんま「Reality Synthesizer」にしようと思ったけど、ひっくり返して「Synthesized Reality」にしました。

―(AIで調べながら)「RSX Reality Synthesizerとは、PlayStation 3に入っているグラフィックス・プロセッシング・ユニットで、CPUがゲームの物理演算やAIを処理し、その結果をRSXが受け取って3Dグラフィックスとして画面へ描画する……」。難しい(笑)。

下中:それがなければ、グラフィックが画面に出ないという大事なものらしくて。

―「合成された現実」という言葉には、少し哲学的な意味も感じますね。

下中:普段、自分が見ている世界についても「これは現実なのかな。どうなんだろう」と、ずっと考え続けてきたので……。

―SFも好きですか。

下中:人並みですけど、カート・ヴォネガットを読んだりはしていました。作品そのもの以上に、SF小説に出てくるアイデアや概念が好きなんです。地球に似た別の惑星を見ることによって、逆に地球がわかる、とか。外国へ行って、日本がよくわかるようになるのと同じで、結局は自分を見つめることになる。そういうSFの想像力が好きですね。

―ある意味で、フュージョンって、演奏者としての人間の運動性を極限まで突き詰めながら、同時にテクノロジーへと接近していって「脱人間化」していくというアンビヴァレントなものを抱えた音楽だとも思うんです。今までの話を聴いていて、この作品にもどこかそういうアンビヴァレンスが宿っているなと感じました。

下中:それは面白い意見ですね。僕が考えているフュージョンというもの、あるいは80年代のポップス全般は、70年代と比べると作曲技法自体が劇的に変わっているわけではないと思うんです。70年代のバンドがアイデアを出し切って、手詰まりになったところへテクノロジーが入ってきて、更新していったように感じるんですね。

―なるほど。

下中:でも今回は、全面的なテクノロジー礼賛みたいなものにはしたくなかったんです。あえて避けるようにしたと言ってもいいと思います。

―それは今回のアルバムに限らず普段からそうなんですか?

下中:そうですね。ライブでもイヤモニは使わないし、エフェクターもなるべく少なくしてます。

定型に寄せない「わかっている」音作り

―アルバムを通してギターはジャケットにも写っているSGを使っているんですか。

下中:全部SGです。迷いたくなかったので。ただ、実際にレコーディングで使用したのはジャケットのSGではなく、普段ネバヤンで安部ちゃんが貸してくれている60年代のSGです。

―多分わりと珍しいですよね、この音楽性でSGっていうのは。

下中:ですよね(笑)。音楽性を考えれば、本当はストラトのようなシングルコイルのギターのほうが合うと思っていましたけど、単にSGが好きなので(笑)。

―音の立ち上がり的にもちょっとバッファがある感じですよね。

下中:そう。少し「だるっ」としています。むしろそれが面白いかもしれない、という狙いもありました。

―エフェクターは?

下中:歪ませるぐらいしかしていないと思います。デジタル系は使っていません。コーラスとか空間系の処理は、ミックスで拓郎くんが入れてくれたものです。録音するときは、リードギターは家でとった音源をスタジオでリアンプしてペダルでのコンプレッサーもかけず、基本的にはアンプへ直結して、エフェクターで少し歪ませた状態で弾きました。

―アンプは?

下中:リードは基本的にFender Twin Reverbで録りました。ほかに、バッキングなどをメインにスタジオにあったCornellというアンプも使いました。フュージョン向きというより、土臭いロック向きのアンプですね。

―一般的なフュージョンのパキパキした音より、おっしゃるように少しもったり、もちゃっとしている。それがいい味になっていますね。

下中:そのパキパキ感も、僕の中ではテクノロジーの側へ入ってしまうんですよ。

―いかにもライン録りっぽいあの感じの音とか……。

下中:そうそう。いつかやるかもしれないけど、今回はいいや、と。こだわりと言えば格好いいですけど、「面倒くさい」という気持ちが三割ぐらいあります。いつもの自分が慣れているセッティングでやりたい(笑)。だからこそ経験豊富なhmcの池田さん(エンジニア・池田洋)と岡田くんのマイキングにも頼らせていただきました。

―ミックスは、基本的に岡田さんへ任せたんですか。

下中:そうです。素晴らしいものが返ってきたので、「ありがとうございます」という気持ちだけですね。僕よりもこの音楽をわかっている(笑)。「Rainy Harbor」のサビに入っているレスポンスのようなパーカッションの音も、拓郎くんが足してくれたものです。他にもパーカッションやアナログシンセを足してくれたり、打ち込みの音選びもしてくれました。彼が出してくれたものによって、曲がよくなっています。

―この絶妙な距離感をわかっている人でないと、こういう音にはならないですよね、多分。こういう言い方をするとちょっとトゲがあるようだけど、ベテランのアーティストなりプロデューサーが「今の音」へ過剰に寄せようとして、チグハグなサウンドになってしまうことってよくあって……。

下中:わかります。いかにもPro Tools的にがっちりしているというか。

―そう。やたらにリッチではあるんだけど、芳醇ではないというのかな。そう考えると今回の音の「わかっている」感はかなりスゴい(笑)。

下中:誇張じゃなくて、ミュージシャン、作曲家としての視点からも音楽へのリスペクトを持ってそういうのが今できるのは拓郎くんしかいないと思います。

明るい音楽と「失われた世界への哀惜」

―ずばり、2026年にそういう作品を出す意味について伺いたいです──というと大仰かもしれませんが、要するに、シティポップ的な作品を作っている若手のアーティストに話を訊いたりすると、「いまの時代を生きているので、現代の感覚も入れているつもりです」「むしろそうしないとダメだと思っています」と応えてくれることがよくあるんですけど、その辺り、下中さんはどう考えていますか。

下中:2026年らしさなんて、よくわからないです。彼らが言うように今を生きているからそういう空気は入っているんでしょうけど、今年のことは、後から振り返らないとわからないから。ただ逆に言えば、こんなに伸び伸びと、いまメインストリームで流行っていない音楽をできるのも2026年だからかもしれないですよね。みんなが好きなことをできる時代だと思います。

―僕も「インディーロック」な価値観とともに中年になったからよくわかっているつもりなんですけど、そういういわゆる「インディー」的な場の中には、シリアスで思慮深く、暗さやひねりを含んだものを価値あるものと見る引力みたいなものが今もありますよね。その中で、ただただ楽しい音楽をやることは、逆にカウンターになり得るのかもなと思いました。今回の作品を聴いて。

下中:やっぱりそこは意識としてあったと思います。正直に言えば、最近になってきて僕はシリアスなものや露悪的なものがあまり好きではないんですよ。例えば、孤独とか苦悩、人間の心の闇、もっといえば社会の闇みたいなトピックって、簡単に人を惹きつけられると思ってしまうんです。逆に言えば、「それで惹きつけるのは簡単じゃないか」と思ってしまう。もちろん、それを素晴らしい芸術に昇華している人はいる。でも、そういう悪的なコンテンツが不自然なレベルで多いとも感じます。昔は暗い音楽がエスケーピズムにつながると思っていたんですけど、だんだん暗い音楽で描かれていることのほうが現実的になってきていますしね。

―そうかもしれませんね。

下中:だから今は暗い映画もほとんど見られません。「これは現実に起こる」と思ってしまう。年齢を重ねて経験が増えたこともあると思いますけど、「自分にも起こり得る」と感じると、本当に悲しい映画やドラマが見られない。昨日、たまたま昔の映画『ゴースト/ニューヨークの幻』の予告編を見たんです。あれもキツくて……。

―え、かなりスウィートな映画じゃなかったでしたっけ? あれって。

下中:一般的にはそういう映画だと捉えられていると思うんですけど、恋人たちが幸せの絶頂にいるとき、片方が殺される下りがあるじゃないですか。僕は絶対に見られない。本当に食らってしまうので。だからこそ高中さんを聴いたときに、「こんな世界あり得ないから最高だ」と思ったんです。こんなに桃源郷のような世界はない。片や僕らは1992年生まれで、好景気を一度も経験していない。

―上の世代の語りから明るい時代を想像するしかない。

下中:そうです。だから逆に、僕にとってはこういう音楽こそがエスケープ先になる。今突き抜けて明るい音楽を作るっていうのは、すごく難しいと思います。それを自分ができたことは、本当に誇りに思っていますね。ただ、出来上がった時は正直すごく恥ずかしかった。友達に聴かせて、少しずつ慣れていって、もう大丈夫になりましたけど(笑)。安部ちゃんも「いいじゃん、いいじゃん」と言ってくれましたし(笑)。自分では大袈裟に作ったつもりでも、人に聴かせるとちょうどいいぐらいなんだと思いました。

―ちょっと話を戻しますが、今おっしゃったような「明るい音楽」の魅力に開眼するにあたって、高中さんの作品の他にも何かきっかけとなる作品ってあったんでしょうか?

下中:他の大きな影響源としては、DONATOの加藤くん、岡田拓郎くんと三人で聴いたアルフォンス・ムザーンの『Morning Sun』というアルバムがありますね。加藤が「このアルバム、すごくいいんですよ」と教えてくれて。ハービー・ハンコックをはじめ、すごいメンバーが集まって演奏しているんですけど、本当にアウトスタンディングなことが何も起きないんです(笑)。ただ、いい状態がずっと続いている。裏ジャケットには、ムザーンが子どもを抱いているすごく幸せな写真があって。あの雰囲気はこのアルバムにも影響を与えているかもしれません。

―だけどそれは、やっぱり今の自分からするとフィクションのように感じてしまう?

下中:はい。そうですね。

―すると、その「いい状態」が可能だった時代はもう存在しない──そういう喪失感も、作品の裏側にはあるんですかね?

下中:ああ、諦めというか、絶望感は結構ありますね。

―なんだろう、ヒッチコックとかデヴィッド・リンチの映画とかで、あまりに典型的な「綺麗な風景」を見たときの感覚に近いというか……。整いすぎていてやや不気味というのを今回の『SHIMONAKA』を聴いていてちょっと感じました。

下中:「こんな世界はないよね」「昔はあったのかもしれない」と思うわけですよね。だからここには、明るいように見えてちょっとした異様さや絶望感もあると思います。あくまで裏側に、ですけど。

―自分は人間的に明るい方だと思いますか? それとももっと鬱屈とした……?

下中:どうでしょう。悲観的ではありますが、メンタル的にはわりと安定している人間だと思います。でも、その安定は諦めから来ている。あまり期待していないんです。

―なんか、村上春樹の小説の主人公のあの感じも想起しました。何か表立って苦悩に身悶えているわけじゃないんだけど、いつも「やれやれ」といっていてどこかに虚しさを抱えている感じ。

下中:ああ、村上春樹の『風の歌を聴け』を読んだとき、確かにあの感じにすごくしっくりきました。彼が影響を受けているようなジャズエイジのアメリカ文学も好きです。大学では英文科でアメリカ文学を学んでいて、フィッツジェラルドやヘミングウェイをかなり読んでいました。

―失われた世界への哀惜。

下中:そうですね。本当はどこかすごくいい世界があるはずで、それを主人公の男性が何とか実現しようとして、結果自滅する。その儚さに感動してしまうんです。男女の違いみたいなところにフォーカスするのは危うい行いだと思うし、男らしさって押し付けられるとめっちゃ嫌なんですけど、ああいうある種の自発的な「男らしさ」みたいなものをもがきながら実現しようとする人を、格好いいと思ってしまうタイプですね。

―考えてみると、クロスオーバーとかフュージョンという音楽ジャンルにも、そういう「理想」の追求と結びついた部分が内在しているように感じます。ダンディズムとエレガンスをはにかみながら追求している、というか。片やヴァーチュオーゾ的な価値観を追求して運動能力の凄さを競い合うみたいなある種のマッチョさもある。

下中:そうですね。僕は世代的に後から来た人間なので、そのまんまそういう風にはなれないという二重の諦めもあるんですよね。でも、少し憧れもある。まったく違うタイプの自分がそれをやっている面白さ、という身を挺したジョークでもあります(笑)。

―なるほどなあ、そう聞くとやっぱりかなりポストモダン的ですよね、このアルバムは(笑)。

下中:何をやっていても、ずっとメタな視点で見てしまうので、自分の自我とか主体性みたいなものはあまりないのかもしれない。むしろ、この作品は、メロディーが「主体」だと思いながら作っていました。

―今日はアロハシャツを着ていますけど、それも「夏を楽しんでいる」という状態を自演しているということですか。

下中:はい、これもコスプレですよね。自分はそんな人間ではないのに、派手なシャツを着ている。靴もイタリア製なんですけど、「イタリア人はこう履く」と聞いたので、靴下をフットカバーで裸足に見せかけて、実際に「こう履いて」いる(笑)。半分は本気で、半分は本気ではない……けど、そう言っていること自体が言い訳なのかもしれない。でも、そんな調子でやっていたら本当になってくることもあるのかなって。

―しかしこのアルバム、海外で反響が広がる可能性もありますよね。それこそ今大人気のTAKANAKAの次にSHIMONAKAを聴く流れができるかもしれない。

下中:すでにポートランドのレコード店から、「店に置きたい」と連絡をいただきました。

―あちらのリスナーから見ると、必ずしも日本の音楽の歴史が連続して見えているわけではないわけで、その間隙を縫う形で撹乱的な歴史観を構築するチャンスにもなりますね。「やっぱり日本のインディーロックの人たちはみんなフュージョンが大好きなんだな、最高!」みたいな(笑)。

下中:そうなったら面白いですけどね(笑)。それで言うなら、今後是非やってみたいことがあって。

―おお。今回のアルバムの続編ですか?

下中:発展型ですね。当時フュージョンが盛り上がりつつあった時期に、オムニバス企画で『ギター・ワークショップ』っていうシリーズが出ているじゃないですか。渡辺香津美さん、大村憲司さん、森園勝敏さん、山岸潤史さんが参加したオムニバス形式の。あれをやりたいんです。四人ぐらいギタリストを集めて。

―アツいな〜。

下中:拓郎くんは確実に声をかけたいですね(笑)。あとは誰がいるだろうと今思案中です。

―前にパソコン音楽クラブの西山(真登)さんにインタビューしたとき、実は昔フュージョンとかテクニカルなギターをめちゃくちゃ弾いてたけど封印しているという話をしてくれましたね……って、勝手に推薦したらマズいですが。普段フュージョンをやっているわけじゃないけど意外に弾ける/好きだ/好きだったっていう人は少なくないような気もします。

下中:いいですね〜、すごく興味があります。

DYGLのギタリスト下中洋介、フュージョンの遺伝子を受け継いだ1stアルバムリリース | JOYSOUND 音楽ニュース

下中洋介

1st Album 「SHIMONAKA」

発売中

再生・購入:https://shimonaka.lnk.to/SHIMONAKA

下中洋介 1st Album "SHIMONAKA" Release Party

2026年10月9日(金)東京・渋谷WWW

時間:開場18:00 / 開演19:00

前売:¥4,500 (税込 / ドリンク代別 / オールスタンディング)

出演:下中洋介 band set

band member:toyo (ba)、谷口雄 (Key)、増村和彦 (Per)、Jack Atherton (Dr)

and more...

チケット:

先着先行受付:8月19日(水)19:00〜8月23日(日)23:59

e+:https://eplus.jp/shimonaka/

ZAIKO:https://wwwwwwx.zaiko.io/e/shimonaka

一般発売日:8月26日(水) 10:00〜

e+:https://eplus.jp/shimonaka/

ZAIKO:https://wwwwwwx.zaiko.io/e/shimonaka