
エラ・ラングレー(Ella Langley)の「Choosin Texas」が、全米シングルチャート・Billboard Hot 100で通算23週にわたって1位を獲得し、マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」を抜いて歴代最長記録を更新した。アメリカで今年最大級のヒット曲となった一方、SNSでは「聴いたことがない」「知らない」という声も少なくない。本稿は、その背景をアルゴリズムによる音楽体験の分断や、米国におけるカントリーと階級、南部・農村部、政治的イメージとの結びつきから読み解くもの。日本からは見えにくいアメリカの文化的分断を映し出す論考として興味深い。
「『Choosin Texas』? 聴いたことない」
エラ・ラングレーのカントリー・ヒット「Choosin Texas」がひと夏を通してBillboard Hot 100の首位に立ち続け、最終的にはマライア・キャリーを抜いて同チャート史上最長の1位記録を更新するなか、そんな言葉が繰り返し聞かれるようになった。あのドージャ・キャットも、同曲を知らないと口にしている。ラングレーについて尋ねられた際、「それが何なのか知らない」と答えたのだ。ある人たちにとってはどこに行っても耳にするほどの曲に思える一方で、今なお「Choosin Texas」を一度も聴いたことがないと言い張る人たちがいる。そしてSNSをやっているなら、自分が知らないということを、これでもかというほど周囲に知らせている。
もちろん、こうした現象には筋の通った理由もある。アルゴリズムが支配する現代なら、「Choosin Texas」に一度も遭遇しないよう、自分向けに最適化された世界をつくることは十分可能だ。カントリー関連のコンテンツに反応せず、カントリーのプレイリストを聴かず、コーヒーショップに入ってスピーカーからカントリーらしい鼻にかかった歌声やギターの響きが聞こえてきても、イヤホンすら外さない。誰もが同じラジオ・ヒットを共有する「モノカルチャー」の時代は終わった。共通体験は、いまやめったにない。
そうしたモノカルチャーの欠如は、少なくともチャート上では有力な対抗馬がいないことが明らかだったにもかかわらず、「Choosin Texas」を「今年のサマーソング」と呼ぶことに一部の人々がためらった理由のひとつでもある。いまや私たちは、同じ時間のなかでそれぞれ違う夏を生きている。SNSが見せてくるのは、自分が見たいもの、聴きたいものばかり。自分だけのサイロに閉じこもりたいなら、家賃はタダというわけだ。
とはいえ、この段階になってなお「Choosin Texas」やラングレーの存在自体を一度も耳にしたことがないと言う人がいるなら、それは曲そのものよりも、むしろその人自身について多くを物語っているのかもしれない。あるいは、その人が世間に自分をどう見せたいのかについて、と言ったほうがいいだろう。ニュースで絶えず取り上げられ、チャートやプレイリストにも常に登場している以上、この曲について完全に何も知らないと言い張るのは、さすがに難しくなっている。人々が「聴いたことがない」と口にし、それをわざわざ公言したがるのには、もっと深い理由があるのかもしれない。つまり、文化的なステータスだ。
カントリー・ファンには、この感覚がよくわかる。「カントリー以外なら何でも聴く」という但し書きで、自分の階級や趣味の良さを示そうとする言い方を、私たちはあまりにも聞き慣れている。いまやそれは、音楽をめぐる社会学研究でもひとつの定番テーマになっているほどだ。ナディーン・ハブズは著書『Rednecks, Queers, and Country Music』で、「カントリー・ミュージックから距離を置くことは、自分を中産階級の”個人”として規定する助けになりうる。それはまさに、労働者階級の大衆の趣味や特徴、そして彼ら自身から自分を区別するということだからだ」と書いている。それはしばしば、リベラルな政治姿勢を示す記号として機能し、農村部やアメリカ南部にまつわるステレオタイプと結びつきうるものから自分を切り離す方法でもある。「『Choosin Texas』なんて聞いたことがない」は、2026年版の「カントリー以外なら何でも聴く」なのだ。
一見すると、たいしたことではないように思えるかもしれない。好きなものを好きでいればいいじゃないか、と。だが、あるジャンルを丸ごと切り捨て続けることは、多くの人々が長年懸命に覆そうとしてきたステレオタイプを助長するだけでなく、現実に根拠のあるステレオタイプまで補強し、定着させてしまう。その一端は先週、ラングレーが過去に狩猟をしている写真を人々が掘り起こし、それを彼女がMAGA支持者である証拠として扱い始めたときにも表れていた(ラングレー自身は政治的立場について公に語っていない)。だが、狩猟をする人やアウトドアを好む人だからといって、それだけで特定の政党を支持していることにはならない。そう決めつけることもまた、私たちが農村部の伝統や、それを実践する人々についてひどく誤解するようになったひとつの表れだ。
だから、「『Choosin Texas』なんて聞いたことがない」というのは、一部の人が思っているほど自慢になることではないのかもしれない。SNSでその曲を知らないと宣言するくらいなら、さっとGoogle検索してみてはどうだろう。それだけで、アルゴリズムが見せてくれる世界も、自分自身の視野も広がるかもしれない
From Rolling Stone US.