【独占】G PLANTS、「自分のヒップホップ」を始める 舐達麻、逮捕、留置所を語る

舐達麻のメンバーとして、数々の楽曲で確かな存在感を放ってきたG PLANTS。しかし近年、3人での活動からその姿が見えなくなると、ファンの間では「脱退したのではないか」「再び逮捕されたのか」、さらには死亡説まで、さまざまな憶測が飛び交っていた。

長い沈黙を破り、G PLANTSがついにソロプロジェクトを始動する。本日8月14日、その第一弾となるシングル「Ryuchijo」をリリース。本作でソロとしての再出発を告げる彼は、なぜ舐達麻を離れ、一人で歩み始めることを選んだのか。グループとの現在の関係、これまで抱えてきた葛藤、逮捕と留置所での日々、そして自身を形作ってきた独自の善悪観について、率直な言葉で語った。

「これがヒップホップじゃなきゃなんなの?」ソロで磨く、自分だけの表現

―G PLANTSさんが、ソロアーティストとして本格的に活動をスタートさせると伺いました。

まず、今は自分のターンが来たというか、自分のやりたいヒップホップがさらに自由にできる時だと思っています。これまでは、「舐達麻はこうだ」というものを表現するのに全力を注いできました。グループの看板を大きくするためだけにやってきたし、それが自分のヒップホップだった。ワンマイクは、さらに独創性が求められると思う。人と違うことをやるんじゃなく、自分だけの表現を磨き続けることに専念して、「これがヒップホップじゃなきゃなんなの?」みたいなアルバムを作りたいと思っています。

―まずは、グループとしての音楽を優先してきた。

もちろんそうです。そもそも自分はグループメンバーの氷山の一角なので。グループがいいと言ったもの、グループでこういう曲を書こうと決めたものを全力で作っていました。ラップをやる前はずっと熱心なヒップホップリスナーだったので、ビートメイカーに自分が好きな元ネタを渡してサンプリングしたり、フックを女性シンガーに歌ってもらったり、「俺が間に入って誰と誰を組ませたら、こういう曲ができて、こういう動きになるな」とか、音楽を形にすることをラップ以外でもいろいろやってみたいという気持ちは、グループ時代からありました。

自分が辞めたのとほぼ同じタイミングで、APHRODITEGANGでアパレルのデザインをやっていたチームも何人かグループを離れました。今は自分のプロジェクトの準備を進めてくれています。グッズも期待してください(笑)。

舐達麻を離れて──「自分だけ揃ってなかったんじゃないかな?」

―話せる範囲で結構なのですが、現在の舐達麻との関係性を伺いたいです。

皆さん、ここをとても知りたがっていますよね(笑)。いろいろネットやSNSで、皆さんあれやこれやとやってくれていますが、そこそこ再生数もついて、めちゃくちゃ気にしてもらって、ラッパー冥利に尽きます(笑)。ありがとうございます。ここで全てをお話しさせてもらいます……と言いたいところですが、これからリリースされる数々の曲やさまざまな活動の中で徐々に明かしていくので、ぜひチェック、フォロー、お気に入り、そして購入の方、よろしくお願いします(笑)。一つ言えるのは、何を言われようが、やりたいことをやり切ることが一番ヒップホップだなと自分は思うので。ちゃんとした活動の集大成を作品で伝えられたらな、と思っています。

―実際に、いつ頃まで3人で曲を制作していたんですか?

制作は各自でやって、できたものを録りにいくスタイルだったので、明確にはわかりませんが、20曲以上のストックはあったと思います。グループの曲はサビを全て自分が作っていたので、自分がサビを作らなくなった曲たちがどのような状態になっているのか、気にはなりますね。

―ソロになって、制作面では変化がありますか?

毎日ラップを書いて、できたらスタジオに行って、新しいビートをゲットして、また作ってという形でやっているので、今はどんどん新しい曲ができています。今、ストックは15曲以上できています。グループの時は、みんながラップで伝えたいことのまとめがサビなので、いろいろなバージョンを何個も作らなきゃいけませんでした。他のメンバーが歌う時は本人になりきってフックを作ったり、自分が歌うつもりで書いたフックもメンバーが歌うことになってフロウを修正したり。どの曲も作業は複雑でした。例えば「BUDS MONTAGE」のフックも別のものを何個も作って、聴き比べてやっとできて、その後に歌うメンバー用のフロウに書き直すとかやっていたので、達成感もありますが、途中から同じビートを聴きすぎて、どれがいいのかよくわからなくなっちゃったりしてました(笑)。

だけど、あれだけ再生されて、いざ聴いてみると〈降ろすRHYME〜あげるLIFE〉とか、めちゃくちゃいいラインだなと、自画自賛ですが思います(笑)。ソロでは、イントロからバース、サビからアウトロまで自分で料理して、全部自分でアレンジできる。いろいろな方法で制作できるので、ビートチョイスの幅も、ラップのトピックもだいぶ広がったと思います。

―ソロを意識し始めた、具体的なきっかけはありましたか?

2021年に逮捕されて大ニュースになった時に、今回リリースされる「Ryuchijo」をソロで作って、デモ盤を制作しました。いろんな同業のラッパーやDJに聴かせた時、「すぐにリリースした方がいい」とか「ソロも全然いけるじゃん」みたいに、めちゃくちゃ言ってもらえることが多くて。

ビートもイギリスのビートメイカーから買って、全部自分だけのプロジェクトだったけど、誰に聴かせても「これヒップホップだろ」みたいな感じで言ってくれて。そのあたりからソロで曲を作ったりしていました。グループも長くは続かないなと思ってたんで。まあ、ソロプロジェクトとか言う前にいろいろなトラブルが起こるんですが。BAD HOPとの出来事が起きた時に、俺が相手宛に送ったDMが世に出たのを知っていますか?

―はい。

あれも、実はメンバーみんなで文章を決めて送ったんですよ。話できるやつが俺しかいないからってことで。文章も「こうやって送るよ?」と一字一句確認を取りながら進めた。でも、DMが世に出た時、俺だけの仕業みたいになってましたけど(笑)。

―外とのビーフ以上に、内部で気持ちが揃っていなかった。

内部で揃ってなかったというより、自分だけ揃ってなかったんじゃないかな? 今一緒にやってないのは、ビーフはあまり関係ないところがあると自分は思います。いろいろと、これからさまざまなプロジェクトの中で明らかにしていきます。

自分がヘッズだったら、AH1の会場でああなった以上、一番いい着地で、ヘッズがドキドキするのは曲でやり合うことなのかな?とも思ってました。向こうも儲かるし、こっちも儲かるし、いいじゃん?みたいな。話し合おうって予定が決まらないまま、いきなり曲を出したから、向こうもハテナな部分はあったと思います。あのビーフの後、その盛り上がりをそのまま活動につなげたBAD HOPの奴らは、さすがといったところですね。

―グループから離れて、一人で活動することに、怖さや迷いはありませんでしたか?

怖さや迷いで眠れない日が続いています……。ぜひ皆さん、曲を聴いて自分を安眠させてください……。とはいえ、ソロのプロジェクトを始めてから、自分がやりたかったプロデューサーやビートメイカー、裏方の人たちと制作できて、先行きは明るいです。自分が一人の時にバースを評価してくれて、手を差し伸べてくれた人に必ず仕事で返したい。まず仕込みの段階があったので、スケジュール通りにいかないこともたくさんありますが、本当に皆さまに感謝しています。

―新しい環境への期待の方が大きい。

そうですね。自分は音楽的に歌が上手いわけでも、ルックスがいいわけでもないですが、ヒップホップかどうかってところには自信があります。やればやるだけ全部自分の収入になるなら、パーティチューンやラブソングなんかもやろうかな?(笑)とか言って、一曲目のタイトルは「Ryuchijo」なんですけど……。冗談はさておき、曲のストックはたくさんできて、アルバムはすぐリリースできるくらいあります。まず「Ryuchijo」は手始めって感じなので、皆さんの賛否両論、どしどしお待ちしております。

逮捕から始まった「Ryuchijo」、5年越しのソロデビュー

―2021年、2022年に逮捕された時のことも伺いたいです。2022年の2度目の逮捕では、どれくらい中に入っていたんですか?

最後の逮捕は、15日間で出てきました。

―では、留置所だけで。

そうです。起訴されたら懲役に行くと言われていたんですけど、担当してくれた弁護士の先生が、”リアル『九条の大罪』”と言われている人で。過去の判例を調べ上げて、違法捜査の可能性を指摘して、公安委員会というところに手紙を提出してくれて、その後15日で釈放してくれたんです。その人がいなかったら、たぶん俺は3年くらい懲役に行っていた。本当に首の皮一枚で、シャバに出てこられました。

全く話は変わるんですが、自分が持っている山から遺跡が発掘されて、何年か前にその遺跡が国指定史跡というのに登録されて、自分が遺跡の保存会の代表をやっているんですが、その保存会の顧問弁護士もやってもらっています。車やジュエリーをFlexするラッパーもすごいですが、遺跡Flexはなかなかできないと思うので(笑)。

―かなり大きな存在だったんですね。「Ryuchijo」のリリックは、その時に書いたものですか?

もともと書き始めたのは、1回目の逮捕の時です。浅草署の留置所で書き始めました。その時は組織対策5課というところが来て。沢尻エリカさんとか、数々の芸能人を逮捕した人たちが担当で逮捕されたんです。そこから浅草署の留置所に収監され、そこの留置所である程度書いたものを、出てきてからビートにはめて、形成していった感じです。

ちなみに、自分が釈放された何カ月か後に、自分を担当した組織対策の刑事の署のデスクから覚醒剤が出てきて逮捕されたというニュースを見て、複雑な気持ちになりました。

―ビートとはどのように出会ったのでしょうか。

ビートを作っているFujitsuという人はイギリスのプロデューサーで、以前から連絡を取っていたんです。ビートストックもたくさん送ってもらっていたんですけど、すでにリリースされていた「Hills and Horizons」という曲がムードがあって。もともと誰かの車でその人のビートテープが流れていて、「このビートいいじゃん」と思ったのがきっかけでした。それで連絡を取って、最終的にそのビートの権利を買い取って、「RAPを乗せてリリースしていいよ」という形になりました。

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留置所で書いた言葉と、警察との奇妙な攻防

―留置所での生活を経て、音楽への向き合い方に変化はありましたか?

気持ちとしては、「とにかくやってやるぞ。出たらかましてやるぞ」って、ラッパーなら全員なると思うんですよ。でも、出てきてから考えると、留置所にいた時の自分の温度感は、ちょっとおかしかったんだなと思う。2回捕まって、2回とも同じ状態になったので。地元では、そういう状態を「優しい拘禁症状」って呼んでます(笑)。

―おかしかった、というのは、前のめりになりすぎていたみたいな感じでしょうか?

そう。冷静に考えられなくなっている自分がいたと思う。だから、留置所でノートに書いていた「出たら~するぞ」みたいな目標は、出てきてから見ると笑えるくらいおかしい内容が多かったですね。まあ、症状なので(笑)。

―歌詞だけでなく、そういうノートも書いていたんですね。

やることがないんで。出たら何するか書いたり、歌詞を書いたりしていました。よく、留置所や刑務所で何十曲も書き溜めてきたという人がいるじゃないですか。すごいと思います。ビートもないし、それがどういうアウトプットになるかもわからないのに。自分はできても「Ryuchijo」の3バースくらいでした(笑)。何十曲も書ける人はすごい。自分は、もういいわ、自弁(※自費で頼める食事)食って本を読もう、みたいな。

―本ですか。

みんな言ってるようなことなんですけど、作者の表現のクセや、結末は同じでも文法の使い方で「こんな表現あるんだ」とか、その発見が応用につながったと思います。中にいると、本当にバカみたいなことを書いちゃうんですよ。何もないから。ノートを見返すと「かたじけない 早く出たい」とか書いてあって(笑)。サムライ出ちゃってる、みたいな(笑)。中でバーッと書いたものを、シャバで綺麗にする方が、いい曲になると思います。その時にしか書けない衝動も、アツい気持ちだからいいですけどね。でも自分の場合は、出てきてから相当直しました。留置所で書いた部分は骨組みだけ。じゃなければ一生、警察の悪口を言っているみたいなバースだったんで(笑)。

―実際、警察への恨みつらみはかなり感じました。

今までマリファナの歌を歌っている人はたくさんいたけど、ここまで世間にマリファナという存在が浸透したことには、少なからず自分たちの影響もあると思う。そこは自負しています。向こうも仕事ですからね。プロレスみたいなものです。ヒップホップなんで、お利口さんだけでは片付けられない問題にフォーカスしてるだけです。媚を売るとかではなく、警察官でもいい人はたくさんいます。ただ、汚いヤツもいるよねって。なんなら多いよねって。さっき話した刑事の署のデスクの覚醒剤の話もそうだし、日々のニュースを見てたら誰でもわかるよね?と思います。

普通にいろんな手続きの中で、普通に違法捜査して逮捕してくることもあるんで、ちゃんと弁護士をつけて法律を勉強していれば、家から出てきても違法捜査で不起訴になっている、自分みたいな人もいっぱいいるよ、珍しくないよって、そういう表現です。そもそも捜査されるような生活してること自体がおかしいですからね(笑)。決して恨んでおりません(笑)。

―報道を見た時は、2度目の逮捕ですし、もっと長く拘束されるのかと思っていました。

地元・熊谷では派手にやってたんで、警察にもかなり目をつけられていました。1回目の逮捕の時も、家宅捜索に150人くらい来たんですよ。10人ずつ、15カ所に来て。

―150人! さすがに多すぎますね。

暇か?って思いますよね(笑)。その10人に対して、こっちは一人しかいないんですよ。ただ、1回目の逮捕で、法律のことがなんとなくわかった。何が証拠として認められて、逮捕状や捜索令状が出たのかとか。それを自分も含め、知らない人が多い。特に、何も考えずにマリファナを吸っているような人がほとんどですよね。まあ、そもそも何も考えず吸うようなものなんですけど。そういう人たちも少なからず曲を聴いてくれているから、アルバム10曲のうち1曲くらい、そういう経験の曲があってもいいのかなって。推奨ではないです。経験です。俺みたいになるよ、と! それがいいか悪いかは、受け取り手が感じてください。もちろん、今は音楽と真面目に向き合って過ごし、執行猶予もありません。信じるか信じないかはあなた次第です。

―「Ryuchijo」には、警察との攻防を描いたリリックも多いです。〈組織対策は5課のほか/札に音源もされた保管〉というラインは、どういう意味なのでしょうか?

取り調べの時に、質問に対して全て「黙秘できますか?」と返していました。「取り調べでは黙秘できません」と警察が言うと、基本不起訴になります。なので、絶対に「できません」とは言われません。なので途中から、取り調べの刑事に「その『黙秘できますか?』っていうのやめてくんない? イライラするから」と言われてました。効いてない?みたいな(笑)。

その時、警察から「そんな黙秘でいくなら、お前の部屋にあったパソコンも押収品目録に入れておけばよかった」と言われたんです。俺は「パソコンなんて押収したって、音源しか入ってないよ」と言った。そうしたら警察が自分のパソコンを見せてきて、「音源なら、ここに全部保管してあるよ」って。俺らの曲が全部、プレイリストになっていたんですよ。それを表現しました。

―プレイリスト(笑)。

「全部知っているよ。これも栽培の曲だろ、これもドラッグの歌だろ」って言われて。やべえ、音源をプレイリストにされている。実はポリスもストリーミングに貢献してるんだ……と思いました。それで「音源を保管されている」という表現にしたんです。

―もはや、かなり熱心に聴いていますよね。

「”ポリスや邪魔者に何一つ話さず”(舐達麻「BUDS MONTAGE」)だもんな?」って言われて。ご名答!って感じでしたね。

―もう一つ、〈作業着のジジイがいてざわつく〉というラインがあります。これは警察のことですか?

これ、経験者いると思うんですけど、内偵捜査で、「この人がここに住んでるか」「何時にゴミを出してるか」と調べて、ゴミの中身までチェックするんですよ。その中に、例えば茎やマリファナのカスが入っていたら、逮捕状を取る材料になる。それで内偵の時、警察は「~工業」みたいな作業着で来る場合があったんですよ。職人の格好をして、カモフラージュする。取り調べの時、「あれ俺だから!」とか言われたりもして。

だから俺らの界隈では、なんか作業してない作業着のジジイがいるぞ、というのがあるあるで。エレベーターを点検しているおじさんにも、「警察の人じゃないですよね?」と確認したりしました。

―本当に確認するんですね(笑)。

警察は、「警察じゃないですよね?」と聞かれて内偵がバレたら、内偵を中止しないといけないらしくて。だから、おかしい、怪しいと思ったら、こっちはすぐ「警察ですか?」と声をかける。

―本当にただの作業員だったら、かなり困惑しますよね。

そんな真顔では話しかけないですよ(笑)。笑顔で、「こんにちは。エレベーターの点検ですか? 大変ですね。この前、警察の内偵捜査に協力してくださいって家にピンポン来たんですよ。これも警察じゃないっすよね? ハハハ」みたいな。後輩も、外で一人で車に乗っている人を見ると、窓をコンコンして「何しているの?」って聞く。「俺の母ちゃんが怖がっているよ。早く行けよ」って。そいつが警察でも、そうじゃなくても、とりあえず声をかける。まあ、それは警察だったんですけど。そういうのが〈作業着のジジイ〉です。普通の作業員だった時には、失礼したお詫びに飲み物を差し入れしたりして、リスペクトを送ります(笑)。

―独自の警戒ルールがあったんですね。

昔、熊谷の先輩の家の真裏に住んでる時があったんですが、先輩に内偵がついてて。田舎のお巡りだから、作業着に革靴みたいなスニーカーとかでいるんですよ。車に無線ついてるとか(笑)。「お前、発表会になってるぞと伝えてこい」と言われて、言いに行ったこともあります。

―〈7日を9回過ごしてめがけるターゲット〉というラインは、留置期間の話かと思っていました。

マリファナは、品種によって変わる”フラワーリングタイム”というものがあるんですよ。開花予想みたいな。それに合わせて肥料をあげていく。子供の時はこれ、中学生の時はこの肥料、高校生の時はこの肥料、成人式はこの肥料、みたいな。それで最後に収穫を迎える。自分が育ててた品種が9週間で採れると言われているので、7日を9回過ごして、ターゲットである収穫を迎えるということです。フックは、頭から全部栽培の描写です。何かを狙ってるとかではありません。自分、好戦的なタイプではないので(笑)。

―そう考えると、普通に園芸ですね。個人的には、〈お前のタバコとおんなじ〉というラインも印象的でした。

被害者なし、中毒者なしなら、本人に委ねたら?みたいな。誰しもがヘビーユーザーなわけでもなく、「アメリカに行った時に一回だけ」とか、「留学時代に~」とか、そんな人ばっかですよ。中には「ガンの時に吸ってた」とか。その善悪の議論の時間、普段やらない関係ない人たちからしたら一番無駄な時間じゃない?みたいな。それを一言に集約した。海外は合法だよ、日本はダメだよ!は知ってます。俺からしたらタバコと一緒だよ。吸ってもそんな変わんないよ、みたいな。

「栄光でもない、黒歴史でもない」G PLANTSを形作った善悪観

―そこにも、G PLANTSさん独自の善悪の基準があるように感じます。その基準は、どこから生まれたのでしょうか?

例えば、自分みたいに田舎で育って、学歴もなくて、若い頃に遊んでいたやつって、普通に就職しても月30万、40万円くらいだと思うんですよ。自分は早い段階で、それでは自分のしたい生活はできないとわかっていた。自分の性格や好きなものを考えても、足りないなって。一生懸命働いて、毎月何百時間も残業してこの金額なら、もうそれをやった方が早いよね、という感じでした。

善悪と言っても、自分はそんな「悪いことなんでもやります」って感じではないですし、よく悪自慢とか言われるんですけど、他の悪いことはほとんどしてないタイプだったんで。そこまで大袈裟な善悪の区別という感じでもなかったような気がします。目で見て、自分でできそうで、過去のマイナスを精算できる。これが全て一致して、まず仕事として選んだことが、独自の善悪の基準の大きな始まりだと思います。

―違法な仕事を選ぶことに、自分なりの理由があった。

実際に、そのお金で親孝行もしていたし、仲間に給料も渡していたので。自分なりの理由というか、一人で始めたわけじゃないので。結果、普通に働いていたら、あれやこれはできなかったよねって。てか、これは本当に過去の話です。栄光でもない、黒歴史でもない。ただの、やっと続いたお仕事的な(笑)。

―家族も、強く止めることはなかった。

もともとは、半分見放されていたというか、親は離島の出身で、ガチガチの放任主義なんです。ニュースで「人気ミュージシャン逮捕!」の見出しで息子が出てきて、「うちの長男は人気ミュージシャンなの?」ってなってたくらいなんで(笑)。

―家族の中でも、完全に共有された上で続いていた。

元々、出がろくでもないんで、まあ被害者とかいないしって感じでしたね。本人がキメてるだけか、みたいな。もともと貧乏だった自分が、いつしか羽振りは、同級生のいい大学を出て就職したやつとかより良かったので、そういうところも見ていたと思います。

―最初にその選択肢を見せたのは誰ですか?

最初、地元でその仕事が全然うまくいかない時に、いろいろ教えてくれた先生みたいな人のところで、住み込みとまではいかないですが、出張で仕事の手伝いみたいなことをしていました。そこでは大量の在庫があって、毎月決まった大金が入るのを目の当たりにする。「お前はこれを本当にやりたいのか」と。「捕まって懲役に行ったら、すぐには出てこられないかもしれない。サラリーマンなら月曜から土曜まで朝から晩まで働いて、月20万、30万円。でも絶対捕まらない。普通の生活ができる。でも欲しい車を買って、欲しい服を買って、最後、親や家族に我慢させずに面倒を見る。その給料で足りんのか? 足りないなら、それは安定か?」と。

今考えたら、捕まったら面倒を見るどころか会えもしないっしょ、一番親不孝でしょ、親もそれは求めてないでしょって、ツッコミどころ満載なんですが、自分はもうとっくに始めちゃってます、赤字やばいです、って感じだったので、「じゃあ本気でやります」となりました。当時の自分の中では、かなり大きな出来事でした。

―すでに成功例が目の前にあった。

その先生みたいな人が、すでにめちゃくちゃ金持っていた。飛行機代から飲み代まで全部ご馳走してくれて。畑を目の当たりにして、みんなすぐに「これがうまくいけば」となった。地元でうまくいき始めると、音楽とはまた関係ない地元の友達たちもみんな愛煙家だったので、「俺もなんかしら噛ませて」みたいな感じで、工場じゃないけど、その輪が少しずつ大きくなっていきました。

もちろんバイトみたいに、引っ越しだけ、最後の切るだけをやるとか、家の名義だけ張るとか、山の管理人など、いろいろな人がいました。ラップにするとめちゃくちゃいいヒップホップになるんですが、現実は、いろいろな人の犠牲の上で成り立っていたと思います。それでみんな儲かってたし、それを本職にして家族を養っているやつさえいた。

被害者がいないからいい、タバコより害がないって言われてんだから、何キロやったって人を漬けるようなこともないし、みたいな感覚で。ケミカルをやりまくってハードコアを気取るより、植物を育てる方が健康的で有益だと真面目に思っていた。朝も早く起きるし、決めたルーティン通りに動いてたし。

―そんなメリットが。

社会不適合者や貧乏なやつらが、一つの賃貸マンション、道具、ルーティンを完璧にやるだけで、どんどんデカい金を生み出す仕事を展開できてる。初めての達成感が、ヒップホップを続ける理由にもなったと思います。もともと何の仕事も続かないようなやつらや、「どうすれば本当に働かずに生きていけるか」を求めてるやつが集まってやっている感覚だったんで、金のこともそうだし、いい社会経験でした。でも、実際始めてみたら普通に働くよりよほど激務でした(笑)。怠惰を求めて勤勉に行き着く、みたいな。何度も言いますが、だいぶ過去の話ですから、真に受けないでくださいね(笑)。

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「自分だけの問題じゃない」逮捕を経て変わったこと、これからのこと

―その認識は変わったんでしょうか?

逮捕されて、いろいろな撮影やプロジェクトが中止になったり、メディアや周囲の人にいろいろな影響が出たりして、自分だけの問題じゃないんだと気付きました。「自分の好きにやる」と言って済む問題ではないんだなと実感しました。大きなニュースになった時に、全身刺青の写真を使われたり、罪状にない密売に関与とかは、親戚には子供とかもいるんでシビレましたね。まあ自業自得だし、その報道の全身刺青の映像はフォトTシャツにして売ったりしてたんですけどね。ただ、繰り返しますが、自分は今はもう執行猶予もなく、普通に暮らしています。

―これからソロ活動が本格的に始まります。リリースやライブも積極的に行っていくのでしょうか?

今までもライブやメディアにあまり積極的に出てこなかったので、そういう場所にも出ていきたいです。すでに決まってるfeat. Worksも何発かあります。ソロの1stアルバムも年内に出します。契約上まだ話せないんで、引き続きチェックを切に切にお願いします(笑)。自分は底抜けに明るくて人とすぐ仲良くなるタイプなんで、もしかしたらラップよりそういう映像とかバラエティの方が得意なんじゃない?って話も出ています(笑)。このインタビューを読んでくれた各社の企画担当者の方、ご一報お待ちしております(笑)。 

―確かに、今日のお話もすごく面白かったです。今までで一番笑ったインタビューでした。

ありがとうございます(笑)。それも書いておいてください。

―最後に、待っていたファンの方たちへメッセージをお願いします。

まず、皆さん長々と新譜を待っていてくれてありがとうございます。YouTubeやSNSを見ると、リリースしなさすぎて、いろいろな不仲説から死亡説や社会不在説まで上がっていますが、僕はシャバでとても元気にやっております。

「Ryuchijo」

G PLANTS

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G PLANTS

1988年、埼玉県熊谷市生まれ。日本のヒップホップ・シーンにおける最重要グループの一つ、舐達麻のメンバーとしてキャリアを築き、2026年よりソロアーティストとして本格始動。深く沈み込むような低音、無駄を削ぎ落としたフロウ、そして実体験のみを材料にしたリリック。G PLANTSのラップは、誇張や演出ではなく、”生活そのもの”が音楽へ変換されたような異様なリアリティを持つ。過去作品においては、グループの空気感を決定づけるフックメイキングを数多く担ってきた存在としても知られる。耳に残るメロディラインや中毒性の高いワードセンスは、コアリスナーの間で以前から高く評価されてきた。楽曲全体の温度や質感を形成するキーパーソンとして機能していたアーティストである。自身が参加している楽曲のストリーミング総再生数は、国内ヒップホップ・シーンでもトップクラスを記録。その影響力は音楽に留まらず、ファッション、タトゥー、カウンターカルチャー、ライフスタイル全体へ波及。ストリートの実感を伴った存在として、世代を超えて極太に巻いたJOINTを回し続けている。その存在は、日本のヒップホップ・シーンにおいて独自の存在感を放ち、現在もシーンへ影響を与え続けている。

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