
今夏のサマーソニックで初来日を果たすメキシコの新世代ユニット、ラテン・マフィア(LATIN MAFIA)。昨年リリースのデビューアルバム『TODOS LOS DÍAS TODO EL DÍA』で大成功を収めたミルトン、エミリオ、マイクの3兄弟は、激動の時期を乗り越え、十分な休養とセラピーを経て、再び動き出す準備を整えている──彼らは先日、フレッド・アゲインと共同制作したミックステープ『9 months & 50 hours』を世に送り出したばかりだ。
Photographs by @directony
『9 months & 50 hours』収録曲「Alvafro」
3兄弟が育んだ、音楽と進化の原点
インタビューが始まる前、メキシコのバンド、ラテン・マフィアのボーカリストのひとりであるミルトン・デ・ラ・ロサは、熱心にハーモニカを吹いている。「すごい楽器だよ。比較的簡単なんだけど、あるところから急にそうじゃなくなる。音をきれいに出すのが難しいんだ。今はそこに取り組んでいるところ」と彼が話していると、双子の兄弟エミリオと兄のマイクがやって来た。
3兄弟からなるラテン・マフィアは、パリへの旅行を終えたばかりだ。それは、彼らをラテン音楽シーンの頂点へと一気に押し上げた激動の1年を締めくくる旅でもあった。めったにない休息の合間を縫って、彼らは最新プロジェクトについて、そしてメンタルヘルスと向き合い、新しいことを学び、成功を振り返りながら、キャリアを次の段階へ進めようとしている現在についてRolling Stoneスペイン語圏版に語った。

彼らは必要に応じてコンフォートゾーンから踏み出し、進化する術を心得てきた。ルールを破り、音楽とは深く感じるものだと理解している。その姿勢によって、彼らはますます多くの聴衆とつながり、キャパ200人の会場から、20万人規模の会場へと駆け上がった。
言うまでもなく、兄弟としての彼らの親密さは、バンドを結成するよりはるか以前から育まれていた。幼い頃から、下段の下にもう一枚マットレスを引き出せるタイプの二段ベッドを共有していたという。「僕たちは昔から本当に仲が良かった。サッカーをしたり、一緒に音楽のレッスンへ通ったりしていた。もともとすごく結びつきの強い家族なんだ。同じ部屋で、三段ベッドに寝ていた」とエミリオは話す。
「音楽で生計を立てられるようになってからしばらく経ち、比較的うまくいっていた頃でさえ、僕たちはまだ両親の家で暮らしていた……。いつも近い距離にいることは、僕たちにとって今に始まったことじゃない。ずっと当たり前だったんだ」とミルトンは付け加える。「それは兄弟や友人としてだけでなく、プロジェクトとしての関係性にとっても、かなり重要だったと思う。『いや、本当にこれはひどい。おかしく聞こえるから、別のことをやらなきゃ』と言うときにも、そこに遠慮はない。僕たちは互いに、まったく容赦しないんだ」
幼い頃から、音楽はごく自然に彼らの日常に溶け込んでいた。「音楽はずっと身近にあった。あとは、それをもう少し深く理解する必要があっただけ」とミルトンは説明する。彼らの音楽への向き合い方は、まず探求することから始まった。「子どもの頃は、無意識のうちに『まあ、友達と遊びながら、いろいろなものを見つけてみよう』という感じだった」とマイクは振り返る。「両親には本当に感謝している。いつも僕たちに、そういうことに触れる機会を与えてくれたから……。すごく楽しかったし、あくまで遊びの延長でもあった。いろいろと探りながら、自分たちが何を好きなのかを見つけていくことがすべてだった」
音楽との関係もまた、努力と鍛錬を重ねるなかで変化してきた。デビュー作で成功を収めたあとも、彼らは進化を続けている。ミルトンは、タイラー・ザ・クリエイターの言葉を引き合いに出す。「彼は以前、うまくなるために努力しなければならなかったと話していた……。すでに音楽を作ってはいたけれど、そこからピアノを学ばなければならなかった、と。自分には生まれつきの才能があるとは思っていなかったんだ」
初期の人気曲「Julietota」「No digas nada」
その考え方は、ミルトン自身の歩みにも重なる。「たとえ何かが得意でなくても、うまくなること自体はすごく得意なんだ」と彼は語り、兄弟たちに感じている、より直感的な才能との違いを明かす。「マイクはプロダクションの天才だし……エミは耳がすごく肥えていて、センスも抜群だ」と続ける。「僕は100万回失敗することを恐れない。いつかはできるようになるとわかっているから……。何かわからないことがあれば、できるようになるまで間違え続ければいい」。彼が重視しているのは、生まれ持った才能以上に、反復すること、健全なまでに没頭すること、そして絶えず努力を続けることだ。
デジタル時代の多くのアーティストと同じく、メキシコ出身の3兄弟もTikTokを通じて注目を集めた。しかし、このプラットフォームが彼らにもたらしたのは、オーディエンスだけではない。試行錯誤を重ね、音楽動画を継続的に制作するなかで、自分たちのスタイルを形作ることができたのだ。「いいものができるようになる前に作るような、ひどい曲を全部リリースせずに済んだのは幸運だったと思う」とエミリオは話す。「『1000曲作って、1001曲目をリリースする』というのは、ずっと僕たちのモットーだったように思う。毎日、一日中音楽を作る練習ができたし、その過程を見せながら、人々の期待を高めることもできた。自分たちが何かを出す準備ができたと感じた頃には、本当に世に出す価値があると思えるものになっていた」とマイクは付け加える。
さらに3人は、進化を続けながら「いいね」や再生回数を生かし、それを実際のリスナーへとつなげる術も身につけていた。「そこもすごく重要な点だと思う。僕たちは適切なタイミングでTikTokから離れられた。突然きっぱりやめたという意味ではない。当時の僕たちには合っていたコンテンツの形だったけれど、僕たちはずっと、音楽系コンテンツのクリエイターではなく、ミュージシャンになりたいと思っていたんだ」とミルトンは話す。
そうした試行錯誤から生まれた楽曲は、メキシコやラテンアメリカのリスナーの心を捉えた。かつての名義lvtin mvfiaで発表した「Julieta」「Julietota」「No digas nada」、ウンベ(Humbe)を迎えた「Patadas de ahogado」、「Sal rosa」「Perlas」などの楽曲は、彼らの多彩で新鮮なスタイルを示していた。兄弟は、必要以上に深刻ぶることのない音楽の作り方を築き上げた。その一方で、歌詞からは偽りのない傷つきやすさと、3人に共通する繊細さが浮かび上がっている。
「Patadas de Ahogado」(2023年)にフィーチャーされたウンベは、ラテン・マフィアと同じく東京2日目・8月15日(土)にサマーソニック出演
成功の先で、心と向き合う
現在、3人はデビューアルバム『TODOS LOS DÍAS TODO EL DÍA』を経て生まれた、新たな創作のフェーズにいる。それ以前の楽曲も、彼らの心の中でいつまでも特別な場所を占め続けるという。「それらには深い思い入れがある。あの曲たちがあったからこそ、僕たちはアルバムを作ることができた。その事実だけでも感謝しているし、大切に思っている」とマイクは話す。
エミリオはこう付け加える。「あれも僕たちの一部で、これからもずっと残り続ける。僕たちは以前から、アルバムを作ったときに初めて、きちんと腰を据えて『これが僕たちのやりたいことだ』と言えたと話してきた。それまでは、オーディエンスのことや、どうすればバズるか、自分たちが自由に探求できる状況をどう作るかについても考えていた」
「僕たちは、アルバムをリリースしてからの時期に、より強いつながりを感じているし、今の自分たちのほうにより共感できる。でも、それ以前にやったことを嫌っているわけではない。あれは間違いなく必要だった、すばらしい時期だと思う」とミルトンは話す。「何もかもが強烈である必要はないし、すべてに重い意味を持たせる必要もないと、僕たちは強く信じている」と続ける。「当時の僕たちはもっと若くて、いろいろと試し、新しい音を聴き、新しいものを発見していた」
ラテン・マフィアは当初から、既存の型にはまったり、すでに確立された基準に従ったりするつもりがないことを明確にしていた。ヒット曲「Julietota」に続くアルバムを世間が待ち望み、フルアルバムでのデビュー作に大きな期待が寄せられるなか、兄弟は一度立ち止まり、自分たちが本当に何をしたいのかをじっくりと問い直すことにした。
そうして、「フィーリング」というコンセプトがプロジェクトの根幹となった。「まず、僕たちがほとんど毎日のように感じていることから始まっているんだと思う」と、リリースから数日後、エミリオは語っている。「僕たちはものすごく繊細で、いろいろなことに執着してしまう人間だ。何もかもを最大限の強さで感じるか、まったく何も感じないか、そのどちらかなんだと思う。このコンセプトは、まさにそういうことを表している。僕たちはあらゆる物事を感じやすい人間で、それをサウンドに反映させたかった」

そうして『TODOS LOS DÍAS TODO EL DÍA』は誕生し、評価は二分された。理解できなかった人もいたが、理解した人たちは最初からこの作品を受け入れた。このアルバムは、より実験的で、空気感に富んでいる。表面的に聴くのではなく、深く耳を傾けることを促し、隠された意味を見つけるよう誘いかけ、従来の枠を超えた感覚的な体験をもたらす作品だ。
リリースから1年以上が経った現在、彼らはその反響に満足している。「みんなが受け入れ、本当に大切にして、自分たちのものにしてくれた。それに正直なところ、僕たち自身も、このアルバムへの愛着がどんどん深まっている。聴き返すたびに、大きな誇りと喜びを感じるんだ。うまく言えないけれど、みんながこの作品を受け入れ、愛着を持ってくれたことが本当にうれしい。安らぎを見いだしたり、新しい感情に気づいたり、あるいはどんな理由であれ、それぞれの形でこのアルバムを必要としてくれている。正直、そのことが本当に、本当にうれしいんだ」
リリースパーティーでは、アルバムを初めて聴くことを楽しみにしていたファンによって、メキシコシティにあるPalacio de los Deportesの全席が埋め尽くされた。その後、「Te odio y Te Extraño Mucho Tour」の一環として同会場をさらに3度ソールドアウトさせたほか、メキシコ、アメリカ、コロンビア、アルゼンチン、チリ、ペルー、スペインをはじめとする多くの国々でも公演を完売させた。メキシコシティではロザリアと楽しそうに過ごす姿が目撃され、ラテン・グラミー賞へのノミネートも果たし、現行のスペイン語圏音楽における最大級のアーティストとしての地位を確立した。2025年は、飛行機とステージ、アドレナリンの高揚に満ちた、目まぐるしい一年だった。
しかし2026年には、避けられない活動休止の時期も訪れた。「正直に言うと」とミルトンは真剣な口調で語る。「健康やメンタルヘルス、心の平穏──呼び方は何でもいいけれど──という面では、かなり厳しいスタートだった」。この休止は単なる挫折というよりも、立ち止まって自分たちの内側を見つめることを余儀なくされた、ひとつのサイクルの終わりのように感じられる。「ありがたいことに、難しい時期の終わりには差しかかっていると言える……だから、もしかしたら何かいいことが待っているのかもしれない。わからないけどね」
「書くことはたくさんあると思う」とエミリオが口を挟む。「『TODOS LOS DÍAS TODO EL DÍA』を作ったあと、僕たちはもう何も言うことがない、話すこともないと感じていた。でも今は、間違いなく言いたいことがたくさんある。ある意味では、最も傷つきやすい自分に感謝し、最も悲しい自分、最も落ち込んだ自分、最も不安な自分と折り合いをつけられるのはいいことだと思う。結局、それも自分の中に存在する一部であって、たとえ取り除きたいと思っても、ずっと自分とともにあり続けるものだから」

現在、兄弟は自分自身に目を向け、セラピーに通いながら、メキシコシティを自転車で走っている。「自転車に乗ったり、歩いたり、考えたり、ゆっくりしたりしている」とエミリオは話す。
兄弟は、かつて思い描いていた通りの人生を送っている。目標を達成し、世界中を旅し、経済的にも安定し、憧れていたアーティストたちとコラボレーションしている。だがその一方で、不安や鬱から生じる深い悲しみに圧倒されることもある。「ありがたいことに、人生──あるいは神様──は僕たちに多くのものを与えてくれた。大好きな音楽で生活できて、旅をして、人と出会い、一緒に仕事をして、昔は自分が大ファンだったようなアーティストと知り合い、今では友達になっている。あまりにも多くの恵みを与えられているからこそ、ときどき自分が恩知らずなんじゃないかと感じることがある。奇妙な話だよ。『人生から与えられたものはすばらしいし、ありがたいことに健康なのに、どうしてこんなふうに感じるんだろう』と思うから……。『どうして自分が望むような気持ちになれないんだろう?』という感覚さえ生まれる」とミルトンは思いを巡らせる。
激動の一年を経て休息に入ったことで、彼らは自分たちの内面に目を向け、すべてが目まぐるしく進んでいる最中には浮かんでこなかった問いと向き合うようになった。「心理士と話していたんだけど、今の僕は3人の心理士と1人の精神科医に診てもらっている。『あらゆる角度から取り組もう』と思って。不安と鬱を四方八方から攻めているんだ」とミルトンは打ち明ける。「その感覚について心理士に尋ねたんだ……。1カ月ほど前、僕たち3人の間で、ある疑問が浮かんだ。本当に、何の悩みも抱えていない人なんているんだろうか? 苦しんでいない人、何かを気にかけていない人、何かしらの問題を抱えていない人なんているのか? 脳内の化学バランスが完璧に保たれている人や、何かが思い通りにいかない日が一日もない人なんて、本当にいるんだろうか?[……]僕たちはもともといろいろ考える人間だけど、今はこれまでで最も物事を深く考えている時期だと思う」と、彼は笑いながら付け加えた。
不完全さを抱えて、次のステージへ
楽曲に刻み込まれた感情の重みによって、『TODOS LOS DÍAS TODO EL DÍA』は彼らの想像の中で、さらに深い意味を持つようになった。彼らの大切な人々の声や、彼らを形作った経験を収めた音声が楽曲を構成している。Palacio de los Deportesでの初公演をわずか数日後に控えた時期に亡くなった祖母の声が、アルバムの最後を締めくくる。「あら、いたずらっ子たち。小さなずるっ子たち。神様があなたたちを大いに祝福してくださいますように。神様のご加護がありますように。無事にたどり着き、無事に帰ってきますように」
その公演では、私がこれまでコンサートで経験したなかでも、とりわけ胸を揺さぶられる瞬間が訪れた。彼らの祖母が亡くなったことを知ったファンは、その名前を記したボードを掲げ、追悼の意を示した。それを目にした兄弟は、2万人を超える観客の前で、ステージ上でこらえきれず泣き崩れた。「エミリオは、あの日が僕たちの人生でいちばん悲しい一日だったかもしれないと言っている」とミルトンは語る。「あの日は本当に、本当につらかった。公演が2日続けてあったんだけど、初日は『くそ、祖母はこの光景を見ていないんだ』という感じだった」とエミリオは振り返る。「でも2日目は、『彼女は見ている。だからこそ、すばらしい公演にしなきゃ』という気持ちだった」
「その違いが、ふたつの公演を分ける決定的なものだった」と彼は続ける。「最初の公演は、本当に壮絶なものとして、これからもずっと記憶に残ると思う。僕たちは最後までやり遂げることすらできなかった。まだ亡くなってから2日も経っていなかったし、モンテレイ・アリーナでの公演が控えていて、彼女にも来てほしいと思っていたから、ずっと『彼女に見てもらいたい』という気持ちを抱えていたんだ」
「ボードが掲げられた瞬間、あれほど打ちのめされたのは初めてだったと思う」とミルトンは話す。「親しい友人たちの前でさえ、あんなふうになったことはなかった。ものすごく無防備な姿をさらしているような感覚だった。僕たちは歌うことすらできず、声も途切れて、鼻を拭かなければならなかった。つまり、涙が一粒こぼれる程度ではなく、完全に号泣していたんだ。『泣くのをどうしても止められない』という状態だった」

ラテン・マフィアの魅力のひとつは、彼らが常に不完全さを受け入れる余地を残していることだ。彼らが目指すのは、技術的に非の打ちどころのない演奏ではなく、その瞬間にしっくりくるものだ。アルバムを作る以前から大切にしてきたその考え方は、今も彼らの創作を導いている。「僕にとって不完全さとは、何ひとつ完璧ではないということだ。完璧を目指すうえで最もつらいのは、決してそこにはたどり着けないこと。結局は苛立って、自分を追い詰めるだけになる。不完全さが美しいのは、それがこの上なく人間的で、最もありのままのものだという点にあると思う。だからこそ人の心とつながれるし、何かを感じさせることができる。すべてがそういうものだから。完璧なものなんて何もない」とマイクは説明する。
その考え方は、彼らの制作スタイルにも表れている。「たとえば昨日、アルバロ・ディアスとセッションをした。彼は、音楽制作にはいろいろな進め方があることを理解している人だと思う」とマイクは続ける。「僕たちには、すでに確立されたやり方がある。すぐそばにマイクを置いて、思いついたアイデアやメロディをどんどん試していくのが好きなんだ。一方で、エンジニアが来るまでは録音しない人もいる。どちらのやり方も間違いではないけれど、まったく異なる方法だ」
「やり方が違えば、生まれるものも違う」とエミリオは言う。「そういう人たちの仕事ぶりを見て僕たちも学ぶし、相手も僕たちを見て何かを学ぶ。そうやって互いに多くの刺激を与え合える。僕たちは本当の意味で気づいたんだ。ある意味、すべては不完全だけれど、だからこそ美しいんだと」と兄のマイクは強調する。
「マイクが言うように、完璧であろうとするのは、かなり危ういことだと思う。完璧さそのものが誤解されているところさえある。みんな完璧であることに取りつかれているけれど、僕が思うに、世界で最も美しいものは、決して完璧だったわけじゃない。特別だったんだ」
ほかのアーティストとのコラボレーションや出会いも、彼らの進化に大きな影響を与えてきた。ルソウスキー(rusowsky)、ヤンデル、フレッド・アゲイン、オマー・アポロ、Akriila、アルバロ・ディアスらとの制作や、ほかのアーティストのライブを観た経験によって、創作のプロセスに対する新たな捉え方が開かれていった。「スタジオやライブで、何かが変わったと感じた瞬間がいくつかあったと思う。なかでも、アーティストとしての僕の人生を変えた出来事を挙げるなら、コーチェラでタイラー・ザ・クリエイターのライブを観たことだ。あのステージを観る前とあとでは、自分はもう同じ人間ではないと感じたのを覚えている。あらゆる部分に細部まで神経が行き届いていて、ステージも観客も完全に掌握していた」とエミリオは話す。
「僕たちは、見聞きしたものから影響を受けることに対して、とてもオープンなんだ。誰かとスタジオに入り、その人が僕たちとはまったく違うやり方で制作しているのを見たら、翌日、自分たちだけでスタジオに入ったときに、その人のやり方を思い出して試してみることもある。それによって違う結果が生まれるか、確かめてみるんだ。だから正直、僕たちはいろいろなものを混ぜ合わせている。何もかもを少しずつ取り入れているんだ」と彼は語り、今や彼らのサウンドの特徴となった幅広さについて振り返る。
大きな節目をいくつも成し遂げた今、彼らにとっての成功の意味も変わった。成功をひとつの固定された到達点としてではなく、その時々で自分たちが置かれた状況に応じて、絶えず定義し直されていくものと捉えている。「成功というのは、とても意味の広い言葉だと思う。活動を始めたばかりの頃なら、ある数字を達成することや、憧れていた会場を満員にすることを指すのかもしれない。でも、その意味は常に変わっていく。たとえば、かつては200人の前でライブをすることが、僕たちの夢のひとつだった。それがいつの間にか、2万人の前で3回も4回も公演をするようになり、『夢がかなった。僕は成功している。家族や友人ともいい関係を築けていて、好きな音楽を作っている。僕は成功しているんだ』と思うようになる。結局、成功の意味は絶えず変わり続けるものなんだと思う。明日どうなるかは、誰にもわからない」とエミリオは説明する。
「僕たちは、永遠に成功したとは思えないんじゃないかな。僕にとって成功の定義は、今の自分にないものによって決まるから。今日欲しいと思ったものを、明日には手に入れているかもしれない。でも明日になれば、人生にまた別の何かを求めるようになる。それでいいと思うんだ。そうすれば、何度でも成功を味わえるから」とミルトンは考えを巡らせる。
「常に自分を乗り越え、持てるものをすべて注ぎ込みたいというプレッシャーなんだと思う。自分で定めた限界や、ここまでが自分の限界だと思っていたところを超えて、さらにはそれを突き破ろうとする」とマイクは付け加える。「僕たちはいつも、そのプレッシャーを抱えている。確かにかなり強烈だけれど、大きな原動力にもなっているし、君が言ったように、完璧なものなど何もないという現実に立ち返らせてくれる。だから僕たちは、完璧を追い求め、その先へ突き抜けようとしながら、同じ方向へ進み続けている」

プロジェクトが拡大していくなかでも、絶対に失いたくないと彼らが確信しているものがある。日々の暮らしと、音楽の外にある世界とのごく普通の関わりだ。「散歩をしたり、自転車に乗ったり、映画を観に行ったりできる日常。それだけは絶対に手放したくない。誰かに会うたびに、『写真を頼まれるのは嫌じゃないの?』と聞かれる。ある日はうれしくても、次の日はそうではないかもしれない。ときには居心地が悪くなることだってある。でも、そのせいで散歩に出て空気を感じたり、自転車に乗ることをセラピーにしたり、映画館へ行って40分間列に並んだりする自由まで奪われたくはない。結局、僕たちは音楽を作っている3人の男性にすぎない。これはひとつの生き方であり、僕たちはただ自分たちの仕事をしているだけなんだ。好きなことをする自由や、これまで身につけてきたような、穏やかで何気ない日常を生きることを手放したくない」
同じようにエミリオは、自分たちを創作へと向かわせた当初の衝動も失いたくないと付け加える。「表現せずにはいられないという、芸術家としての欲求を決して失わないこと。何かをやりたいという根本的な欲求がないまま、ただ音楽を出すためだけに出している人もいるように思う。でも結局、音楽を作ることは表現する行為であり、表現の手段なんだ。単に響きがいいから音楽を作っているわけじゃない。わかるよね? 解放するためであり、表現するために作っている。それを失ってしまえば、なぜ音楽を作るのかという魂も意味も、すべて失われてしまうと思う」
現在、ラテン・マフィアは自分たちを再発見し、作り変えていく段階にいる。今後の具体的な計画として、フレッド・アゲインとのアルバムは控えているのだろうか? 「そう言ったのは君で、僕たちじゃないよ(笑)。あるものを制作している。僕たちは本当に、本当にうれしく思っている。フレッド・アゲインとは深い友情で結ばれているんだ。心から大好きだし、とても尊敬している。そして、そう、彼とはあるプロジェクトに取り組んでいる」
さらに彼らは、ラテン・マフィアのドキュメンタリーが制作中であることも明かし、近く刊行される写真集まで見せてくれた。「いろいろなものを作っているよ」とエミリオは話す。「たくさんの音楽や映像コンテンツ、出版プロジェクト。あらゆるものが少しずつあって、これから発表するものがたくさんある。もうすぐ出せるところまで来ているんだ。この記事が公開される頃には、アルバムの周年記念写真集とアナログ盤も、すでに出ていると思う。少しだけ先に見せるね[彼らが見本を見せてくれる]。まだ完全には仕上がっていないけれど」。「そう、表紙はついていない。自分で表紙を作るんだ。中に写真のステッカーが入っていて、それを表紙に貼る」
「今は何よりもまず、メンタルヘルスを立て直しているところ」とミルトンは笑いながら話す。「新しい経験をして、友人やさまざまな人と会い、いろいろなことを体験しながら、いま取り組んでいるものを完成させようとしている。だから、うん、刺激を受けているし、とても幸せだ」
ラテン・マフィアは、自分たちが何をしたいのかをはっきり理解しているように見える。自分自身を見失うことなく成長していくことだ。スポットライトや成功、プレッシャーのただなかにあっても、地に足をつけ、人とのつながりを育み、音楽をそのすべてを表現する手段であり続けさせようとしている。
※編注:本記事の公開後、ラテン・マフィアとフレッド・アゲインは50時間にわたるセッションを世界配信したあと、ミックステープ『9 months & 50 hours』を7月末にリリースした
From Rolling Stone US.

SUMMER SONIC 2026
2026年8月14日(金)・15日(土)・16日(日)
東京会場:ZOZOマリンスタジアム & 幕張メッセ
大阪会場:万博記念公園
※ラテン・マフィアは8月15日(土)東京会場に出演