d4vdの14歳少女殺害疑惑、最新調査で明らかになった10のポイント

今年4月、第1級殺人罪で起訴されたd4vd(本名デイヴィッド・バーク)は、別の若い女性ともオンライン上で濃密な関係を築いていた。その女性が今回初めて、2人のやり取りの詳細を明かした──本誌US版の独自調査で明らかになった新事実をまとめた。

昨年9月、14歳のセレステ・リヴァス・ヘルナンデスの切断され、腐敗した遺体が、ロサンゼルスの押収車両保管所に置かれていたテスラのフロントトランクから発見された。車両の登録名義人は、物憂げで陰鬱なベッドルームポップによってZ世代の人気を集め、注目を高めていたシンガーソングライター、d4vdとして知られるデイヴィッド・アンソニー・バークだった。d4vdとリヴァス・ヘルナンデスのつながりを示す情報はすぐにオンライン上で浮上し始めたものの、d4vdが逮捕され、少女への性的虐待を隠蔽するためにリヴァス・ヘルナンデスを殺害したとして正式に起訴されたのは4月になってからだった。

d4vdが身柄を拘束されてからほどなくして、Rolling Stoneは彼に関する大規模な調査を開始した。先ごろ公開した記事には、かつての友人やファン、さまざまなプロジェクトでd4vdと仕事をした人々への独自取材が収められている。また、d4vdが以前所属していたレーベル、Darkroom / Interscopeの関係者や、未成年だった時期にd4vdとオンライン上で濃密な関係を築いた別の若い女性へのインタビューも掲載されている。レーベル関係者とこの女性はいずれも、匿名を条件に、今回初めて証言し、新たな詳細を明かした。

記事ではさらに、裁判所への提出書類や、最近行われた5日間にわたる予備審問で示された、不穏な証拠と申し立てについても検証している。検察側は、d4vdがリヴァス・ヘルナンデスと長期にわたって性的関係を持っていたと主張している。回収された携帯電話とd4vdのiCloudには、大量の児童性的虐待記録物のほか、結婚や性行為、リヴァス・ヘルナンデスが13歳だったとみられる時期の中絶について、彼女とd4vdが交わしたテキストメッセージが保存されていたとされる。

捜査当局は、リヴァス・ヘルナンデスが2人の関係を暴露し、軌道に乗り始めていた自身のキャリアを台無しにすると迫ったことから、d4vdが2025年4月に彼女を刺殺したとみている。検察側によると、殺害から数日後、あるいは数週間後、d4vdは自宅ガレージでチェーンソーを使ってリヴァス・ヘルナンデスの遺体を切断し、その後テスラの車内に隠した。遺体はそこで数カ月にわたって放置されていたとされる。

d4vdは自身に対する起訴内容について無罪を主張し、弁護を統括するため、ブレア・バークとマリリン・ベドナースキーという2人の著名な弁護士を雇った(バーク氏とベドナースキー氏はコメントの要請に応じなかった)。先日の予備審問では、裁判官が本件を正式な公判に付す決定を下した(公判の開始日はまだ発表されていない)。

以下、本記事から押さえておくべき10のポイントを紹介する。

1.d4vdはバレンタインデーにリヴァス・ヘルナンデスの家出を手助けし、「オペレーション・オーサム」と名づけた

検察側によると、d4vdとリヴァス・ヘルナンデスがチャットを始めたのは2022年で、当時彼女は11歳、彼は16歳だった。2人の関係は、彼女が13歳だった2023年11月に性的なものへ発展したとされる。そして2024年2月、リヴァス・ヘルナンデスの家族は初めて彼女の行方不明届を出した。

回収されたテキストメッセージによると、d4vdは2024年2月14日、リヴァス・ヘルナンデスに対し、その夜、彼女が家族と暮らしていたロサンゼルス大都市圏外縁部の街レイク・エルシノアまで迎えに行くと伝えたとされる。2人は一緒に暮らし始める計画を立てていた。法廷で読み上げられたメッセージによると、d4vdはこのバレンタインデーの逃避行を、リヴァス・ヘルナンデスにとって「結婚式の日に次いで、君の人生でいちばん大事な日」だと表現していた。

d4vdとリヴァス・ヘルナンデスは、この計画に「オペレーション・オーサム(最高の作戦)」という名前までつけていた。

2.d4vdの友人が、リヴァス・ヘルナンデスの行方不明者チラシを共有した人物に連絡していた

リヴァス・ヘルナンデスが行方不明になった翌日、母親のメルセデス・マルティネスはFacebookにチラシを投稿した。そこには太字で「行方不明!!!(Missing)」と書かれていた。キャプションにはスペイン語で、「心配でたまりません。すでに警察には届け出ました。何か知っている方は、私に電話してください」と記していた。

当時d4vdと親しかった友人のひとりで、モデル、配信者、スタイリストとして活動するアイシア・コリンズは最近、この行方不明者チラシが最初に投稿された際に目にしていたことを明かした。7月に行ったTwitch配信で、コリンズはチラシを投稿した人物にメッセージを送り、写真に写っているのは友人の恋人だと伝えたと語っている。相手からリヴァス・ヘルナンデスは13歳だと返事が来ると、コリンズは「マジで?」と返信したという。

コリンズによると、彼女がd4vdを問い詰めたところ、d4vdはリヴァス・ヘルナンデスが19歳だと説明し、何らかの「証拠」を示したという(コリンズはその証拠が何だったのかについては明かさず、Rolling Stoneの記事へのコメントも拒否した)。

3.リヴァス・ヘルナンデスは2024年初頭に中絶したとされる

テキストメッセージによると、リヴァス・ヘルナンデスは13歳のときに妊娠し、中絶手術を受けたとされる。彼女は2023年11月に妊娠したのではないかと不安を抱き始め、d4vdは生理周期をアプリで記録するよう彼女に伝えたという。最終的に中絶は2024年1月に予定され、d4vdはそのつらい経験を乗り越えられるようリヴァス・ヘルナンデスを励まし、彼女の強さを称え、愛していると伝えていたようだ。一方で、自分の母親ならこう尋ねるだろうとして、「僕の子なんだよね?」ともメッセージを送っていた。

中絶から数カ月後、リヴァス・ヘルナンデスは、処置が成功していなかったのではないかという不安をd4vdに打ち明けたとされる。d4vdは彼女を嘲笑するように、「だったらお腹が大きくなってるだろ(笑)。あれから何度も生理が来てるじゃん。何を吸ったらそんなこと考えるんだ?……いや、最初の赤ん坊はもういない」と返信した。

4.d4vdとリヴァス・ヘルナンデスは、2人が性的関係を持っていることを誰かが知っているかどうか話し合っていた

法廷で公開されたテキストメッセージでは、d4vdはリヴァス・ヘルナンデスに対し、優しさと支配的な態度の間をしばしば行き来していた。共に過ごす未来をちらつかせたかと思えば、急に冷淡になったり、説教じみた態度を取ったりすることもあった。あるやり取りで、リヴァス・ヘルナンデスはd4vdに「私たちがセックスしたこと、誰か知ってる?」と尋ねた。d4vdは「誰も知らない。結婚するまでは、そのままにしておきたい」と返信したとされる。

しかし、さらに不穏なやり取りもあった。2024年6月27日、リヴァス・ヘルナンデスは、前回セックスをしたあと、「ものすごく……痛かった」ためトイレに駆け込まなければならなかったとd4vdに伝えた。d4vdは取り合わなかった。「違う(NUH)」と、すべて大文字で返信した。「セックスしてるとき、君が『痛い』って言うたびに全部覚えてる。……それに前回は、一度も『痛い』なんて言わなかった」

5.d4vdは別の若い女性ともオンライン上で濃密な関係を築いていた

ジェーンさん(仮名)によると、彼女が初めてd4vdにメッセージを送ったのは2022年の夏だった。やがて2人は、日常的にメッセージや電話を交わすようになった。

ジェーンさんによると、当時18歳だったd4vdは、思いやりがあり、親身になってくれる友人であることが多かった一方、厳しい態度を取ることもあり、何度か不気味に感じることもあったという。あるときジェーンさんは、d4vdがミュージックビデオのために作り上げた、漫画の悪役のような別人格イタミ(Itami)について彼と冗談を言い合っていた。イタミが犯罪を犯し、それをd4vdが解決するという設定だった。ジェーンさんが、空手で戦えばイタミに勝てると冗談を言うと、d4vdはこう返したという。「d4vdは、私が戦っても絶対にイタミには勝てないと言いました。彼とイタミが私に暴力を振るって、両腕を切り落とすという冗談を言ったんです。冗談ではありましたが、あまりにも唐突でした」

ジェーンさんによると、d4vdは2023年半ば、2人は「精神的な成熟度」が同じではなく、人生の段階も異なるとして関係を終わらせたという。「彼はツアーをしていて、音楽のキャリアも始まりかけていました。私は高校生でした」と彼女は振り返る。ジェーンさんの知らないところで、その直後、d4vdはリヴァス・ヘルナンデスとの性的関係を始めたとされる。「彼女は、彼の最悪の一面を向けられたんだと思います。私が知っていた彼とは違う一面です」とジェーンさんは語る。「ただただ、本当に衝撃的で、悲しいです」

6.リヴァス・ヘルナンデスの身元が判明すると、d4vdの元所属レーベルは即座に彼との契約を打ち切った

d4vdがかつて所属していたレーベル、Darkroom / Interscopeの関係者は、d4vdのテスラのフロントトランクから切断され、腐敗の進んだ遺体が発見されたという第一報に接した際の「混乱」と「衝撃」を振り返る。リヴァス・ヘルナンデスの身元が判明すると、その感情は断固とした決意へと変わった。レーベルは、予定していたd4vdのアルバム『Withered』のデラックス版をお蔵入りにし、彼との関係を断った。

「SNSに出回っていた情報や、私たちが目にした写真から、彼が彼女と性的な関係を持っていたことはすぐに明白になりました。そこで私たちは即座に、彼と彼のビジネスから手を引く決断をしました」と関係者は語る。「アーティストが未成年の少女と関係を持っているとなれば、判断はきわめて単純です」

当時、正式な発表は行われなかった。関係者も、関係を正式に解消するまでには数カ月を要し、ユニバーサル・ミュージック・グループの弁護士も関与したことを認めている。レーベルはバークおよび彼のチームとの「すべての連絡を打ち切りました」といい、「それ以来、連絡は一切ありません」と関係者は話す。

7.d4vdがリヴァス・ヘルナンデスを殺害したとされる時期、レーベルは彼の振る舞いに何の異変も感じていなかった

検察側によると、d4vdがリヴァス・ヘルナンデスを殺害したのは2025年4月23日で、大きな期待を集めていたデビューアルバムの発売をわずか2日後に控えた時期だった。犯行に及んだとされる後も、バークは『Withered』のさまざまなプロモーションイベントに参加した。そのなかには、ニューヨークで数日間にわたって開催されたポップアップや、地元ヒューストンでの関連公演も含まれていた。

レーベル側には、普段と違うところは何もないように見えた。Darkroom / Interscopeの関係者によると、d4vdは仕事に「完全に集中している」ように見えたという。「アルバムをリリースするところで、キャリアの大きな転換点にいました。警告のサインとは、ほとんど正反対でした。少なくとも私たちの前では、間違いなく並外れて集中し、仕事をしたがっている人物でした」

8.d4vdはミュージックビデオの撮影で「驚くほど慣れた様子」で車のトランクに入った

d4vdのミュージックビデオに登場する場面と、リヴァス・ヘルナンデスの死をめぐる容疑の具体的な状況との間には、不穏な符合が浮かび上がっている。たとえば「Romantic Homicide」のミュージックビデオには、腹部にいくつもの刺し傷を負った女優がベッドに横たわり、イタミに扮したd4vdがその傍らに立つ場面がある。「One More Dance」のビデオでは、イタミが半ば意識を失ったd4vdを、犯罪を重ねる若いカップルのもとへ引き渡す。カップルはd4vdを車のトランクに押し込み、店からシャベルを盗み、被害者を生き埋めにする。

d4vdが「One More Dance」のミュージックビデオを撮影したのは2025年1月で、リヴァス・ヘルナンデスを殺害したとされる時期のわずか数カ月前だった。複数の撮影スタッフは、d4vdがトランクに押し込まれる場面に、いとも気軽に臨んでいたことを覚えている。彼はためらうことなく自ら中に入り、頭上でトランクの扉が閉じても、まったく動じていないように見えた。「彼はトランクのなかで、本当にくつろいでいました」と、匿名を条件に取材に応じたスタッフのひとりは語る。「完全に自分の意思で、ひょいと中に入ったんです。あまりにも奇妙でした」

9.d4vdの幼なじみは、中学時代の同級生たちに見捨てられたという本人の主張に異議を唱えている

d4vdがインタビューでたびたび語ってきた経歴の重要な一節に、10代の頃、彼の交友関係が突然、思いがけず消滅したという話がある。7年生を終えたあと、バークの両親は彼を中学校から退学させ、自宅学習に切り替えることを決めた。バークは、中学校を離れて以降、友人だと思っていた人々から二度と連絡が来なかったと繰り返し主張してきた。

しかし、幼少期からの親友のひとり、オレ=オルワ・オインロイエさんは、その話を否定する。むしろ、自分のほうからd4vdに連絡を取ろうとしたものの、返事は一度もなかったと記憶している。

10.d4vdはヒューストンからロサンゼルスへ移住したあと「別人になった」

d4vdは幼少期の大半をヒューストンで過ごした。周囲の証言を総合すれば、厳格ではあるものの支えに満ち、信仰心の篤い家庭で育ったという。自宅学習を始めてから、彼の交友関係はほぼ完全にオンラインへと移った。やがて実家を出た頃には、d4vdは人気上昇中のポップスターとなっており、ツアーを回り、最終的にはロサンゼルスに拠点を移した。2025年5月のあるインタビューで、d4vdはその変化が「ものすごくスムーズ」だったと強調し、現実の世界に足を踏み入れたときも、「みんなが画面の向こうにいるような感覚で接しただけ」だと説明している。

しかし、d4vdが有名になる前から彼を知るサンティアゴ・パスコーさんは、その移行はもっと不安定なものだったと語る。「すべてがあまりにも急速に起きました」とパスコーさんは言う。「彼はキリスト教をとても重んじていましたが、それが消えていきました。彼の雰囲気も、外見も、すっかり変わりました。別人になったんです」

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From Rolling Stone US.

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