加藤、悲願の名人位獲得
1954年8月1日。早熟の大天才・加藤一二三は14歳で四段に昇段した。
そして28年の時を経た1982年7月31日。42歳になっていた加藤は、ついに悲願の名人位を獲得した。
将棋史に残る中原誠-加藤の名人戦「十番勝負」。最終局は東京・将棋会館の特別対局室でおこなわれた。当時の映像を見ると感想戦が終わったあと、詰めかけていた多くの棋士や関係者たちから期せずして拍手が起こっている。あとにも先にも、将棋界でそういうシーンは、ほとんどないだろう。
加藤は感想戦を終えたあと、将棋会館の事務室から自宅に電話をかけた。当時の『将棋世界』誌には、当時編集部員だった鈴木宏彦さんがそのときの模様を書いている。
「モシモシ、あ、ユリちゃんですか。パパですよ。ウンウン、そう。これからあとちょっとお仕事して十一時半には帰りますからね、ハイおやすみ」の声。ユリちゃんは小学校1年生。やさしいパパの声でした。 (『将棋世界』1982年10月号「編集室」)
こちらは家族思いの加藤の姿がよく表れている光景だ。後年、加藤がバラエティ番組でも人気を博し「ひふみん」と呼ばれるようになった頃、三女・百合さんはマネージャーを務めていた。
1982年は将棋界の熱い季節だった。『将棋世界』1982年10月号の巻頭には、加藤新名人誕生の横に、アマ棋界のスーパースター小池重明さんが読売実力日本一決定戦で優勝した写真が掲載されている。歴代アマチュアの中でも、小池の強さは上位に位置づけられるだろう。
名人戦が開幕する少し前、加藤十段と小池アマ名人は『将棋世界』の企画で対戦していた。当時、アマ棋界で鬼神のような強さを誇っていた小池を相手に、加藤は角を引いて勝っている。全盛期の加藤のおそるべき強さを示す事例の一つといえそうだ。
谷川浩司との名人戦
この頃の将棋界では、次代をになう若き英才が台頭を始めていた。
1982年4月におこなわれた小学生名人戦。解説を務めていたのは、当時20歳になる直前の谷川浩司新八段だった。谷川は加藤に次ぐ年少記録で四段に昇段し、A級八段に昇っていた。
このときの小学生名人戦で優勝したのが、当時11歳で小6の羽生善治少年だったのも運命的だ。谷川、羽生の両者はこのあと、将棋界の新時代を切り開いていく。
歴史は劇的な形で繰り返す。1983年の名人戦で加藤に挑戦したのは、谷川だった。1960年、史上最年少20歳で名人に挑戦し「神武以来の天才」と呼ばれた加藤は23年の時を経て、21歳の挑戦者を迎えうつ立場となっていた。
かつての加藤、このときの谷川は、世間が求めていた新時代を象徴する若きヒーローだった。谷川は将棋界という枠を超えて社会的にも注目され、空前の谷川フィーバーが起こった。
藤井聡太の公式戦初対局の相手が加藤だったことを知る人は現在多いだろう。
実は谷川のデビュー戦の相手も加藤だった。1977年、当時のトップクラスである加藤九段は、新鋭谷川四段の攻めを受け止めたあと反撃に転じ、完璧に近い勝利を収めている。
その初対戦の星も含め、両者が名人戦で相まみえるまで、加藤は3勝1敗で谷川に勝ち越していた。谷川にとっては、この名人戦が初めてのタイトル戦でもあった。またそれまでに、名人位を1期で手放した棋士はいなかった。事前の予想で「加藤防衛」の声が多かったのも自然なところだろう。
谷川は下馬評を覆していく。名人戦七番勝負が開幕すると、谷川挑戦者は第1局、第2局、第3局と連取。あっという間に加藤名人をカド番に追い詰めた。
加藤はここから地力を発揮する。第4局、第5局を返して、シリーズのゆくえはまったくわからなくなった。
第6局は谷川先手で、戦型はひねり飛車となった。中盤の76手目。加藤にはと金を引く好手があった。加藤は違う手を指す。当時の文献には「運命の一手」という表現が見られる。このと金引きを逃したのが、加藤の運命を決定づけた、というニュアンスだ。
しかし現代のコンピュータ将棋で再検証してみると、加藤が指した手もわるくはなかった。差がついたのはそのあとだった。谷川がリードを奪い、優位に立つ。加藤玉は中段に追い上げられ、大ピンチに陥ったかに見えた。
加藤はここから強靭な粘りを発揮した。谷川の攻めをしのぎ続け、「評価値」という現代的な尺度を通して見れば、形勢は互角にまで巻き戻っていた。
最終盤、きわどいところで抜け出したのは谷川だった。141手目。谷川は銀を打って加藤玉に王手をかける。若い頃から優雅な所作で知られる谷川だが、このとき打った銀はきっちります目に収まらず、少しゆがんでいたという。加藤の玉は、これで詰んでいる。
145手目。谷川が金を打ったところで、加藤が投了。史上最年少21歳の谷川新名人が誕生した。
伝説のNHK杯、加藤-羽生戦
将棋界の歴史では、人を替えて繰り返されるストーリーがある。
加藤のあとからは7歳下の中原が、あれよという間にトップクラスへと上り詰めていった。
そして谷川のあとからは8歳下の羽生が、おそるべきスピードで時代を駆け上がっていく。
羽生は1985年、15歳で四段に昇段。これは加藤、谷川に次ぐ年少記録だった。以後に羽生が歩んできた奇跡のように輝かしい棋士人生は、よく知られている通りだ。
若き日の羽生の対局の中でも特筆すべきは、1988年度に見せたNHK杯での躍進だろう。羽生五段は3回戦で大山康晴十五世名人に勝利したあと、準々決勝で加藤九段と対戦した。対局日は1989年1月9日。元号が昭和から平成に変わった直後で、加藤は49歳、羽生は18歳だった。
羽生先手で、戦型は角換わり。羽生が棒銀から積極的に攻め続けるのに対して、加藤も的確に応じ、中盤ではほぼ互角だった。
このとき解説を務めていたのは米長邦雄九段(のちに永世棋聖)だった。米長はライバルの加藤について、次のように語っている。
米長「(1966年に)加藤さんと最初に対局した時に、矢倉の激しい将棋を負かされて、感想を聞いたんですよ。加藤さんはね、将棋盤の底まで読んでるんじゃないかと思いましたね。読み筋がね、これがこうなる、こうなればこうなるこうなる。こうやったらどうだ、それはこうなるこうなる。よく読んでましたね。(中略)読みの深さはもう天下一品ですね。僕の五倍以上は読んでる。(中略)とにかく読みますね。とことん読む。あとで将棋盤調べて、穴が空いてるんじゃないかという、本当にそれぐらい読む」
読んで読んで読み尽くす大天才加藤にも、読みにない手があった。きわどい終盤戦に入ったと思われた61手目。羽生は加藤陣に銀を打ち込んだ。将棋史に残る名手▲5二銀だ。
「おお!! やった!!」
解説の米長はそう叫んだ。金と飛が利いている空間に放り込まれた銀はタダのように見えて、タダではない。この銀を取ればたちまちのうちに、加藤玉は詰んでしまう。
NHK杯の収録の際には、対局室と解説室は離れていて、普段ならば絶対に解説の声は聞こえてこない。しかしこのときの米長の叫び声だけは、羽生には聞こえたという。それほどの大妙手だ。
羽生の数ある名手の中から、もし一つだけを選ぶとすれば、この▲5二銀という方も多いだろう。2018年に刊行された羽生永世七冠ムック発売記念企画『あなたが選ぶ羽生善治の名局No.1』でも、ファンからの投票で1位に選ばれている。
歴史的な妙手というのは一人では作り出せない。拮抗した技量の対局者が全力を尽くし、ギリギリの勝負をしたところで生じる。羽生の▲5二銀もまた、加藤が強かったからこそ生まれたともいえる。
18歳の羽生はこの期のNHK杯で、大山、加藤、谷川、中原と、4人の名人経験者を順に破って優勝を飾った。
キャリア後半における加藤のがんばり
加藤-羽生の初対戦は▲5二銀とともに伝説となった。しかしそのあと、昇竜の勢いの羽生を相手に、加藤が3連勝していることは、あまり知られていないかもしれない。五十代に入っても加藤はトップクラスの実力を維持し続けていた。
1992年度の順位戦B級1組において、22歳の羽生竜王は11勝1敗という圧倒的な成績をあげ、A級昇級を果たした。そしてこのとき9勝3敗で2位の成績をあげ、A級復帰を果たしたのが、53歳の加藤だった。
加藤は長いキャリアの中で、A級からB級1組に降級した時期もあった。そしてなんと4回もA級復帰を遂げている。これもまた、加藤が残した偉大な記録のひとつだ。
はるか歳下の谷川、羽生、森内俊之、佐藤康光、丸山忠久らがA級で上位を占め、名人を争う中で、加藤はA級の座を維持し続けた。
『加藤一二三名局集』(2015年刊)では、11人の名棋士と対戦した自戦記が1局ずつ掲載されている。加藤が羽生との対戦で選んだのは1999年のA級順位戦の一局だった。
当時四冠で名人復帰を目指す羽生は、加藤を相手に優位に立つ。しかし加藤は苦しい終盤を耐え続ける。そして最後は羽生が加藤玉の詰みを逃すという、劇的な幕切れとなった。羽生が詰みを逃して負けたことは、生涯の中で数えるほどしかない。その逆転を生んだのはもちろん、複雑できわどい局面をキープし続けた加藤の実力による。
加藤の通夜で弔事を読んだ羽生は、次のように語っていた。
「先生とは約二十局、公式戦でも教えていただく機会に恵まれました。対局中はもちろん真剣勝負ですが、対局後の感想戦はいつも楽しみにしておりました。あるとき、思考が早すぎて、言語が追いつかない場面に何度か遭遇して、先生の強さの一端が垣間見えた気がしました」
十代から二十代にかけて、加藤は数々の年少記録を打ち立てた。そして終盤、今度は数々の年長記録の上位に名を連ねるようになる。
加藤は2002年、62歳に至るまで、A級の座を維持し続けた。名人1期を含めて、A級在籍は通算36期。これは大山の69歳、44期に次ぐ大記録であり、谷川や羽生であっても、追いつくのは容易ではなかった。
松本博文(将棋情報局)
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