ワイクリフ・ジョンが語る、変化する音楽に理論はどう追いつくのか

フージーズの一員として1990年代のヒップホップを塗り替え、ソロデビュー作『Wyclef Jean Presents The Carnival』ではカリブのルーツとポップ、ラップを大胆に結びつけたワイクリフ・ジョン(Wyclef Jean)。シャキーラやサンタナらのヒット曲を手がけるプロデューサーとしても、30年以上にわたり国境とジャンルを横断してきた。その彼が、9年ぶりのアルバム『Clef Notes』とともに新たな長編プロジェクトを始動させた。

7枚のアルバムで7つのジャンルを巡るプロジェクト『Quantum Leap』は、本人いわくテレビシリーズのようなもの。各作品を独立した”エピソード”としながら、ひとつの大きな物語を形作っていく。その第1章に選ばれたのは、自身の物語の中心にあるヒップホップだ。ハイチから米国へ渡った移民としての経験、教会や家族、教育、コミュニティから受け取ったものを携え、ワイクリフはどこへ跳躍しようとしているのか。Rolling Stone Japanはメールインタビューで訊いた。

―『Clef Notes』では、曲名に1990年、1994年、1997年、2010年、さらには2030年という年号が並びます。このアルバムは、ご自身の自伝であると同時に、ヒップホップの歴史と未来を見つめる作品でもあるのでしょうか。

ワイクリフ:そうですね。『Clef Notes』で示した年はそれぞれ、僕の人生で何か大きなことが起きた時期です。僕に影響を与えた出来事から、現在地から見据える未来までを一枚に収めています。

『Quantum Leap』というタイトルが示すように、時間を行き来しながら、僕の人生にとって重要な瞬間をたどっていく。そうした時代や状況が僕に何をもたらしたのかを描いているという意味で、確かに自伝的な作品だと思います。

―「2010 - Mr. October」にはG・ハーボが参加しています。あなたは以前、彼を「ひとつの世代を代表する声」と表現していました。彼の声からどのような真実や現実を感じていますか。また、なぜ彼が、このプロジェクトの一章を担うのにふさわしいと考えたのでしょうか。

ワイクリフ:G・ハーボがこの曲にふさわしいと思ったのは、彼が過酷な現実をくぐり抜けてきたからです。僕もハイチから米国へ渡り、厳しい環境のなかで育ったので、彼の気持ちはよくわかる。僕と一緒に育った仲間の99%は、もうこの世にいません。だからこそ、今の世代にインスピレーションを与えているG・ハーボは、”再生”を象徴する存在なんです。

大切なのは、どこから始まったかではなく、どこまで行けるか。彼はフッドにとって希望の光です。僕はG・ハーボに自分自身を重ねています。彼を見ると、もうこの世にはいない、弟分のような友人ジェフリーを思い出すんです。僕らは将来の夢をよく語り合っていましたが、彼にその未来は訪れなかった。だから、僕ら”Unc(叔父貴)”と、若い”Nephew(甥っ子)”たちが、きちんと語り合う必要があるんです。

「Mr. October」は、まさに二つの世代が本音で交わす対話を映した曲です。今後発表する複数のリミックスも、世代を超えた対話を、それぞれ異なる形で描くものになります。特に楽しみにしているのが、バトルラッパーのTsu Surfとのリミックスです。彼が収監されていた頃、僕は2023年のMTV Video Music Awardsで、彼の解放を訴えました。

すると、その発言をめぐって、「ワイクリフは収監中の人物を持ち上げている」と批判する記事も出ました。でも、その言葉は刑務所にいた本人の耳に届き、彼に希望を与えたんです。今、彼は出所し、人生を立て直そうとしている。これこそ”再生”という考え方です。

僕らはバイリンガル、トリリンガルとして、この対話を世界へ広げようとしています。フランスには、オリという素晴らしいアーティストがいる。フランスで起きていることを見てきた彼の視点と、ニューヨークでサバイバルしながら育った僕の視点を重ね、ネガティブな状況をどうポジティブなものへ変えられるのかを語るんです。

10月にこの対話ができれば、11月にその若者が命を落としたり、刑務所へ行ったりする心配をせずに済む。わかりますか? 「10月に話せば、11月に君を失わずに済む」。それがこの曲のスローガンです。

Photo by Katie Piper & Karl Ferguson

―あなたは、クインシー・ジョーンズから学んだ教えとして、「決して自分を枠にはめるな」という言葉を挙げています。その考え方は、多様なジャンルや音楽的伝統を横断する『Quantum Leap』において、どのような指針になっていますか。

ワイクリフ:僕がクインシー・ジョーンズから学んだ「決して自分を枠にはめるな」という教えの中心にあるのは、音楽理論です。僕の表現力は、すべて理論に根差しています。フランク・シナトラからマイケル・ジャクソン、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズへと、シームレスに行き来できなければならない。結局、すべての中心に理論があるからです。

僕は専門的な教育を受ける前、独学で音楽を学び始めました。高校でジャズを学んでいた頃、目標はバークリー音楽大学に行くことだけでした。「バークリーに入らなければ」と思っていたんです。

でも、高校を卒業する頃、バークリーへの進学に必要な成績に届いていませんでした。授業をいくつか欠席してしまっていたので、当時、バークリーへ行くという夢はかなわなかった。結局、ロングアイランドにある小さな大学、ファイブ・タウンズ・カレッジへ進みました。

大学では音楽理論を教わりましたが、学校という場所で学ぶことと、現実の生活のなかで経験することは別です。授業で”コンテンポラリー・ミュージック”を学びながら、僕は次のクインシー、次のマイケル・ジャクソンになりたい、未来をつかみたいと考えていました。

そこで気づいたんです。僕は立ち上がって、「あなたたちが教えているこの”コンテンポラリー”は毎日変化し、別のものになっている」と言いました。

だから、音楽が進化し、人間がその変化に追いついていけるような、変化し続ける現代音楽を捉える、新しい教育のあり方が必要です。それも米国内だけでなく、世界で起きていることをリアルタイムで捉えるものでなければならない。これはインターネットが登場するずっと前に考えていたことです。

やがてYouTubeが登場し、たとえばアフリカの若いミュージシャンたちが何をしているのかを、目で見られるようになりました。僕がチャーリー・パーカーを学んでいる一方で、彼らはユッスー・ンドゥールやフェラ・クティを聴いている。その音楽に衝撃を受け、刺激をもらい、オンラインでつながる。僕がチャーリー・パーカーの音源を送り、向こうからも音源が届く。

これこそ、音楽理論が向かうべき未来です。『Quantum Leap』の最終的な目標は、本を出版し、この理論を体系立てて示すこと。7枚のアルバムは、僕の”Clef Theory”を音で裏づけるものです。7つの”Leap”を通じて、新しい形のジャズ・フュージョンを提示したいと思っています。

―近年、あなたは音楽制作におけるAIの可能性も探っています。AIがクリエイティブなプロセスの一部になりつつある今、人間の魂や実体験、個人の物語は、なぜこれまで以上に重要になるのでしょうか。

ワイクリフ:まず伝えたいのは、AIの前には”I(自分)”がある、ということです。AIの主人は僕であって、AIが僕の主人ではない。

ここではエンジニアの視点から話しましょう。ラップや演奏といった、表現者としての側面はいったん脇に置きます。僕は根本的にはエンジニアで、エンジニアは道具を使って仕事をするものです。

音楽はどこから生まれるのか。聴き手は完成した音楽を聴いて「最高だ」と盛り上がり、踊ったり歌ったり、感情を動かされたりする。でも、それが作られるまでの地道な制作工程には、あまり関心がないでしょう。その舞台裏を支えているのがテクノロジーです。

スタジオではミックスをし、作業を速めるためのプラグインを探す。アナログの時代には大きなオープンリール・テープを使い、コンピューターが登場する前のエンジニアは、カミソリの刃でテープを切り貼りしていました。そこからデジタルへ移り、作業はより速くなった。

未来へ進むうえで重要なのは、AIを理解し、AIを盗用の手段にするのではなく、プラグインやキーボードと同じ”道具”として使うことです。

僕が子どもの頃、DJを見て「キュッキュッと音を鳴らしているだけじゃないか」と軽視する人がいました。でも、僕はずっと「ターンテーブルは楽器だ」と言ってきた。これからの音楽に使えるAIを学ばなければ、かつてDJを軽んじた人たちと同じように、時代に取り残されるでしょう。正しく、敬意を持って使えば、道具は音楽を進化させる。無秩序に使えば、混乱を招くだけです。

ロバート・グラスパーとも、とても重要な話をしました。彼はこう言っていました。

「クレフ、AIを恐れているかと聞かれたけど、どうして僕がAIなんかを恐れる必要がある? AIに僕の代わりはできない」

それこそ、持つべき姿勢です。AIを道具として理解してこそ、すべての根底にある共通項が”人間の魂”だとわかる。

僕らは原始時代に生きているわけではありません。かつての大きな携帯電話は小さなスマートフォンへと進化し、今ではセルフィーまで撮れる。以前なら想像もつかなかったことが、当たり前になっています。

スティーブ・ジョブズが登場し、「重いレコード箱を持ち歩かなくても、この小さなデバイスに何千曲もの音楽を入れられる」と示すと、みんなそれを受け入れた。顔認証も受け入れましたよね。だから未来へ進むには、AIについて学び、自分自身を教育し続けなければならないんです。

『Clef Notes』

Wyclef Jean(ワイクリフ・ジョン)

SodoMoodLab

配信中

配信リンク:https://wyclefjean.ffm.to/clefnotes

Tracklist

1990 - Intro: Memory Lane

1994 - Boom Bap

1991 - Devil's A Lie (feat. PRICE & Kayla GC)

2010 - Mr. October

2011 - Winter Is Coming

1997 - GBTC (feat. Lil Wayne)

2030 - Gemini Man

Freedom (feat. Joyous Celebration)

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