
2023年の楽曲「Water」で世界的ブレイクを果たしたタイラ(Tyla)が、待望の2ndアルバム『A*POP』をリリース。日本独自アートワーク仕様の日本盤も同日に発売された。彼女の新境地を文筆家・つやちゃんが解説する。
アフリカについて歌わず、アフリカを鳴らす
世界中の期待に応える形でタイラの2ndアルバム『A*POP』のリリースがアナウンスされ、ティザー映像がインターネット上を駆け巡った時、同時に「A*POPとは何なのか」というさまざまな考察がはじまった。
見逃せないのは、”A”と”POP”の間に置かれたアスタリスク。「A-POP」とも表記できたはずなのに、あえて「*」を使うことで、さまざまな読みが誘発される。ワイルドカードとして、AfricanやAmapiano、Afropopだけでなく、attitudeやambitionまで無数の”A”を受け入れる記号なのか。あるいは、既存の「African Pop」には注釈が必要だと告げる脚注なのか。さらには、AfricaとPOPをつなぐスターとしてのタイラ自身を示しているのか。少なくとも現時点で、アスタリスクについて、本人から明確な説明は示されていない。だからこそ、そこにはいくつもの読みが生まれる。
近年、ポップミュージックの世界では、英米中心主義が揺らぎ、さまざまな国や地域の音楽がグローバルな求心力を獲得してきた。たとえばバッド・バニー、バーナ・ボーイ、ロザリアといった面々は、それぞれ異なる方法で、自らの出自や地域に根差す文化を、音、歌詞、映像で描いてきた。プエルトリコの歴史や社会、汎アフリカ的な自己像、ロザリアによるフラメンコをはじめとするスペインの音楽文化の引用と再構成。ローカルな音楽文化は、彼らの作品において、サウンドの出自であるだけでなく、語られる主題にもなってきた。
ところが、『A*POP』におけるタイラは少し様子が違う。
『A*POP』は、アフリカについて歌うアルバムではない。だが、アフリカを起点とする音が鳴り続けるアルバムである。
これは、どういうことか。
オープニング「IS IT LOVE」から聞こえるのは、温かみのあるアマピアノのログドラムとギターのフレーズだ。低域は身体を強く前へ押し出すというより、後方に余白を残しながら、腰や肩をゆっくりと揺らすための重心をつくる。その上を、細かく跳ねるパーカッションとタイラの抑制された歌声が滑っていく。クラブミュージックでありながら、身体を前へ突き飛ばすのではなく、内側から自然に動かすためのグルーヴだ。
しかし、『A*POP』はアマピアノだけでは終わらない。P2Jが手がけた「CHANEL」は、R&B、アマピアノ、ポップを滑らかに接続する。「SHE DID IT AGAIN」では、ダンスホールを参照したパーカッションの上で、ザラ・ラーソンとタイラの歌声が応酬する。「KISS」は、しなやかなアフロビーツから、低音の強いダンス・ポップのブレイクダウンへと大胆に姿を変える。「THAT GIRL」にはダンスホールの感触があり、「CRAZY OF ME」ではマフーとのデュエットによって、南アフリカの音楽的な重心がいっそう強く表れる。ババルワ・Mを迎えた「I DONT CARE」もまた、グローバルなポップアルバムの内部に、南アフリカのヴォーカルとダンスミュージックの系譜を記す一曲である。R&B、ダンスホール、アフロビーツ、USポップといった複数の語法を取り込んでいるにもかかわらず、作品は散漫にならない。共通しているのは、それぞれの音楽が、タイラの声と「踊る身体」を中心に結び直されていることだ。
そして、その重心は客演の顔ぶれによってさらに明確になる。前作ではアメリカやナイジェリアなど国外のアーティストを広く招いていたタイラが、今回は南アフリカの音楽家たちへと明確に重心を移している。その意志が最も鮮明に表れるのが、リクイディープを迎えた「FAIRYTALE」だ。リクイディープは、ヨハネスブルグを拠点として活動してきたハウス・デュオ。「FAIRYTALE」は、彼らが2009年に発表し、南アフリカで広く親しまれた同名曲の再解釈である。タイラは、自身が幼少期に耳にしていた南アフリカン・ハウスを、過去の名曲として引用するだけでなく、現在のグローバル・ポップとして再び鳴らしている。
ここで重要なのは、『A*POP』がアフリカ大陸全体を代表する一枚の地図を描いているわけではないということ。タイラが足場を置くのは、あくまで南アフリカのハウスやアマピアノ、その周辺に広がるダンスミュージックの系譜である。そこへR&B、ダンスホール、アフロビーツ、USポップの語法を引き寄せ、自身の声と身体を中心に組み直していく。つまり、このアルバムにおいて「グローバル」であることは、南アフリカから遠ざかることを意味しない。むしろ世界的なポップスターになったタイラが、自国の音楽史へと足場を戻し、そこからポップの範囲を押し広げることを意味している。
ところが歌詞を見ると、興味深いことに気づく。
アルバム冒頭の「IS IT LOVE」で、タイラは〈どれだけ「かわいいね」って言われてきたと思ってるの?〉〈言葉だけじゃ足りない 見せてよ 証が欲しい〉と歌う。彼女は相手に愛情の証拠を求め、その言葉に値する人物なのかを見極めようとする。「THAT GIRL」でも、〈一番大事なのは私? それともあの人たち?〉と問い返し、自らの価値を前提として恋愛を進めていく。「MR. NONCHALANT」「RIGHT NOW」でも、一貫しているのは「私が選ぶ」という意志だ。ただし、その強さは、欲望を抑圧することによって成立しているわけではない。歌詞には、「キスしたい」「抱きしめられたい」「会いたい」「触れてほしい」といった率直な願いが繰り返し顔を出す。「KISS」では〈あとは身体に任せて〉と歌いながら、終盤では〈この場所の主役は私〉と言い切る。相手を求める欲望を隠さず、主体性も手放さない。そのバランスに、タイラというポップスターの「らしさ」がある。
つまり、『A*POP』では、「南アフリカに根差した音楽性」と「歌詞の私的な主題」との役割分担が、とりわけ鮮明なのだ。サウンドと客演は、南アフリカの音楽史へ深く根を下ろしていく。ところが歌詞に移ると、視点は一人の女性の身体に接近していく。誰に触れたいのか。誰を選ぶのか。どのように愛されたいのか。そして、自分の欲望を誰にも明け渡さずにいられるか。サウンドが南アフリカの音楽史とグローバル・ポップを接続する一方で、歌詞は徹底して「恋愛する私」の心情と身体を描いている。
南アフリカをこれほど鳴らしながら、南アフリカについて直接的にはほとんど歌わない。その一見すると奇妙なねじれこそ、『A*POP』を読み解く鍵なのではないだろうか。
「A」とアスタリスクに込められたもの
タイラ自身は、このアルバムについて次のように語っている。
「I bring the A to pop(私は”A”をポップに持ち込む)」
「Its African pop. African music is pop music」
タイラにとって『A*POP』は、アフリカ出身のポップスターがどのような姿をし、どのような音を鳴らすのか、そのイメージを拡張する試みでもあるのだろう。彼女は過去に「アフリカらしくない」という趣旨の批判を目にし、「何をもって十分にアフリカ的だというのか」と問い返している。
この言葉は重要だ。彼女は歌詞によって自らのアイデンティティを逐一説明しようとはしないが、「私はアフリカ人です」と歌う必要がないのは、音楽そのものがすでにその出自を鳴らしているからである。アマピアノのログドラム、南アフリカン・ハウスの記憶、リクイディープの再解釈、マフーやババルワ・Mとの共演。その配置によって、文化的な背景は歌詞の外側にすでに書き込まれている。
たとえばアメリカのポップスターが、恋人への執着や性的な欲望、自らの身体について歌っても、それが「アメリカ文化を説明する歌」として受け取られることはほとんどない。個人的な感情は、最初から誰にでも理解できる普遍的なものとして流通する。一方、非欧米圏から登場したアーティストには、しばしば別の役割が期待される。どこから来たのか。どのような伝統を背負っているのか。その土地では何が起きているのか。ローカルな文化をグローバル市場へ持ち込む以上、その背景まで紹介し、翻訳することを求められる。
タイラは、そうした文化紹介の役割を作品の中心には置かない。前述した通り、背景には、タイラがこれまで「アフリカらしくない」と評され、自らのアイデンティティを外部の基準によって測られてきた経験がある。『A*POP』では、その問いへの応答が、歌詞上の主張よりも、サウンドと参加アーティストの配置に強く表れているように聴こえる。
そして、この「説明しない」という態度そのものが、”African music is pop music”という宣言を、作品の構造として実践しているようにも思うのだ。というのも、”African music is pop music”は、「アフリカ音楽もポップの仲間に入れてほしい」という包摂の要求ではない。そう捉える限り、既存のポップが中心にあり、アフリカ音楽はその外側から参加を申し出ることになる。『A*POP』が行っているのは、むしろ、その逆である。
南アフリカを起点とするリズムの上で、恋愛や欲望というポップが古くから扱ってきた主題を歌い、そこを最初からポップの中心として提示する。アフリカ音楽を既存のポップへ追加するのではなく、タイラ自身の現在地から、何をポップと呼ぶのか、その範囲を引き直す。
とはいえ、『A*POP』はグローバルなポップ産業の外部で作られた作品ではないことも確かだ。R&Bや2000年代ポップの語法を取り込み、英語を中心に歌い、国際的な流通網の中で届けられる。南アフリカの音楽を純粋な形のまま保存した作品でもない。複数の地域の音楽と接続し、変形させながら、新しいポップとして提示している。だからこそ重要なのは、どちらが主体で、どちらが装飾なのかを簡単には決められないということだ。USポップにアマピアノを加えているのか。アマピアノや南アフリカン・ハウスを中心とする空間に、USポップやR&Bのメロディを招き入れているのか。その関係を固定しないまま、すべてをタイラのポップとして成立させている。
『A*POP』が問い直しているのは、誰の恋愛や身体が、文化的な注釈なしに普遍として受け取られるのかということである。そう考えると、タイトルのアスタリスクも、AfricanとPOPの関係を一つの定義に固定せず、何度でも書き換えるための記号であると読めてくる。アフリカ音楽とは何か。ポップとは何か。どこまでがローカルで、どこからがグローバルなのか。その境界は、音が鳴るたびに引き直されるのだ。『A*POP』は、その運動に完成した名前を与えるのではなく、アスタリスクによって未確定のまま開いておく。
『A*POP』とは、アフリカ音楽を既存のポップへ持ち込んだアルバムではない。南アフリカの音楽史に足場を置き、そのリズムの上で一人の女性が自らの恋愛と身体を歌うことを、そのまま世界のポップとして成立させたアルバムである。本作に最大の敬意を示して、私はこの音楽を、注釈をつけずにただ「ポップ」と呼びたい。

Tyla | タイラ
『A*POP (エー*ポップ)』
発売中
再生・購入:https://bio.to/TYLAAPOPRS
〈国内盤CD〉
¥2,600+税
日本独自アートワーク仕様
ボーナス・トラック1曲収録
解説・歌詞・対訳付
【初回仕様限定封入】フォトカード (全3種のうち1種ランダム封入)
【収録曲】
1. IS IT LOVE イズ・イット・ラヴ
2. THAT GIRL ザット・ガール
3. KISS キス
4. IS IT イズ・イット
5. FAIRYTALE with Liquidee フェアリー・テイル with リクイディープ
6. DOUBLE BLIND ダブル・ブラインド
7. MR. NONCHALANT ミスター・ノンシャラント
8. FEEL SOMETHING フィール・サムシング
9. RIGHT NOW ライト・ナウ
10. SHE DID IT AGAIN feat. Zara Larsson シー・ディド・イット・アゲイン feat. ザラ・ラーソ
11. CHANEL シャネル
12. CRAZY OF ME feat. MaWhoo クレイジー・オブ・ミー feat. マフー
13. I DONT CARE feat. Babalwa アイ・ドント・ケア feat. ババルワ
14. HOT TUBS ホット・タブス
15. SELFISH with Stryv セルフィッシュ with ストライヴ *国内盤のみのボーナス・トラック
