
今回の放送のゲストは、ピアニストの西村由紀江さん。デビュー40周年を迎えた西村さんが、自身の音の変遷やレコーディングへのこだわり、そして言葉の壁を越えて世界へ届くインストゥルメンタル音楽の力について語りました。
西村由紀江さん
3歳からピアノを始めた西村さん。小学生時代にはヤマハジュニアオリジナルコンサート(JOC)に参加。1986年、桐朋学園大学在学中にデビュー。以来、ピアニスト・作曲家として国内外で幅広く活動しています。
これまで世界各国で演奏をおこない、著名な指揮者やオーケストラとも共演。ドラマ「101回目のプロポーズ」や映画「子ぎつねヘレン」などの音楽をはじめ、テレビ、映画、CM音楽を多数手がけるほか、テレビ・ラジオへの出演やエッセイの執筆など、多方面で活躍しています。
年間100本を超えるコンサートで全国各地を訪れる一方、ライフワークとして学校コンサートや病院コンサートを継続。さらに、被災地へピアノを届ける活動にも精力的に取り組んでいます。
2016年にはアルバム『My Stories』が香港IFPI「Best Sales Awards 2015」を受賞しました。2024年にはアルバム『Adagio』で第38回日本ゴールドディスク大賞「インストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2026年にはデビュー40周年を迎え、記念ベストアルバム『40th Anniversary ~ ALL TIME BEST』をリリースしました。
◆10年目の決意。裸一貫、ピアノ1本で勝負したアルバム『Virgin』
唐橋: 今日は西村さんの音の変遷と、作曲の流儀に迫りたいと思います。前回ご出演いただいた2022年には、劇伴制作のエピソードや、時代に流されないポリシーについて伺いましたが、ご自身の中で大きな転機となったのが10周年アルバム『Virgin』(1995年)だそうですね。
西村: そうです。ピアニストでありながら、最初の10年間はピアノだけでアルバムを作ったことがなかったんですね。シンセサイザー、ドラム、ベースなどにサポートしていただきながら、メロディをピアノが弾くというスタイルでした。
デビューした1986年頃はディスコなどが流行していた華やかな時代だったので、「ピアノの曲を聴いてもらうには、できるだけ華やかに聴きやすくしよう」という意向もあって作っていたんです。でも、10年が経ったときに「自分がピアニストとして何を表現したいだろう」と考えました。一度そうしたサポートの力を全部なくして、裸一貫と言いますか、ピアノで勝負してみたいと思って作ったのが10年目のアルバムです。だからタイトルも『Virgin』としました。
唐橋: このタイトルはご自身で付けられたのですか?
西村: そうですね。付けることで自分にプレッシャーをかけるというか、「行くぞ」という気持ちで作りました。
唐橋: 結構強い決意だったのですね。
西村: ピアニストがピアノのアルバムを出すのは普通と思われるかもしれないですが、例えるなら歌手の方がアカペラでアルバムを作るような感覚に近いんです。サポートがないので、自分のピアノの苦手なところも如実に隠さず出てしまいますし、心の乱れや、間違えそうになって焦っていることまで全部演奏に出てしまいます。
唐橋: それは少し怖いですよね。制作陣の方々の反応はいかがでしたか?
西村: 大反対でした。10周年だからこそ本当に華やかに、たくさんのミュージシャンに声をかけてステージを彩ろうという企画を進めてくださっていたので。でも「どうしてもソロでやりたいんです」と何度も何度もお話をしました。
唐橋: 出来上がった後の反応はいかがでしたか?
西村: 初めはあまり手応えもなかったですね。まだそういうものが良いとされる時代の風潮もなかったので「あ、ソロでやったのね」という感じでした。でも自分の中では、今の反応ではなく「ここから始まるんだ」と思っていたので、本当に一歩を歩き出したという感覚でした。
唐橋: 今でも「これが私の原点」と感じる時はありますか?
西村: 時が経てば経つほど「一番好きなアルバムは『Virgin』です」と言ってくれる人がだんだん増えてきているんですよね。「何か決意を感じます」と言われたりもします。私が思っていたことは、言葉で何も書かなくても、空気感や波動で、しかも時間をかけて伝わっていくものなんだなと感じています。
◆完璧さではなく、その瞬間の「息吹や温度」を伝えるレコーディング
唐橋: そうしたアルバム作りの中で、レコーディングにもこだわりがあるそうですね。
西村: スタジオで何度も演奏を重ねて良いものを作り上げる方もいますが、私はだいたい2回くらいでやめます。
唐橋: 2回で決まるのですか?
西村: 決まるように、家でめちゃくちゃ練習するんですよ。スタジオに行ってから「あ、こうだな、あーだな」と考えれば考えるほど、だんだん透明じゃなくなっていくというか、「考えて弾いています」という感じが演奏に出てしまうんです。
だから家でしっかり練習してスタジオに行きます。弾いた瞬間の「スタジオのピアノって気持ちいいな」という感動や、レコーディングできる喜びを感じながら弾き、その後に「ここのスタジオのピアノだったら、もうちょっとこういう風に表現しようかな」と思って、もう1回弾く。それくらいで止めています。
昔、3テイク目を弾いた後にスタッフがシーンとして盛り上がっていなくて、「今の良かったよね?」と聞いたら「いや、さっきの方が生き生きして良かったです」と言われたことがあって。それもやっぱり心持ちが演奏に伝わったんだなと感じるようになりました。
唐橋: 最初からそのスタイルだったのですか?
西村: いえ、最初は自分のピアノの音がスピーカーから聴こえてくると全然違う感じがして、何度も重ねてこだわって夜中までやっていました。昔は夜中までスタジオにいることに「頑張ったぜ」という充実感を味わっていたのですが、「なんかそれは違うな」とある時から思うようになって。
それを教えてくれたのは音楽仲間でした。「整っているけれどつまんないよね」とハッキリ言われたんです。そこで「そうだ、私は完璧な音楽を求めているんじゃなくて、その時の息吹だったり温度だったりを伝えたいんだ」と、少しずつ学んでいきました。
◆言葉にできない感情を五線譜に。「日記」のように紡いできた音楽
唐橋: 西村さんは、これまで1,000曲以上を作曲してこられたそうですね。
西村: 曲作りらしいものは4歳か5歳くらいからやっていたので、もう1,000の単位では数えきれないくらいです。ひらがなが書けない時から、丸と棒だけの音符でノートに書いていました。自分が作った曲をそのまま五線譜に残した幼稚園くらいのノートが、今でも家にあります。ちなみに、初めて作った曲のタイトルは「ひとりぼっち」という、皆さまに聴いていただくには申し訳ないくらい暗い曲なんです(笑)。
唐橋: 作曲は誰かに習われたのですか?
西村: ヤマハの音楽教室に通っていて、その中で少しずつ習ってはいました。ただ、とにかく子供の頃は友達とコミュニケーションがうまく取れなくて、ピアノとばかりお話をしているような子どもだったんです。
例えば「ドレミ」と弾いたものの、「ミ」を半音下げるとマイナー(短調)になりますよね。「今日はこっちの気分だな」という風に自分で弾いているうちに、その日の気持ちを小さな曲に書くことが日記のようになっていきました。
唐橋: 日記を音にするとなると、絶え間なくできますね。
西村: そうなんです。言葉でうまく表現できない微妙な色合い、例えば「ブルーなんだけど、ちょっと薄いブルー」といったニュアンスを、ピアノの音色を少し優しく弾くとか、強く弾くといったことで表現できます。本当に自分のピアノの中に無限のパレットがあるような感覚で、そのパレットから色を選んで書く、スケッチに近いものかもしれません。
これまでボツになった曲もすごくたくさんあります。でも、20年くらい前に作った曲を引っ張り出してアルバムに入れることもあります。当時はディレクターさんに「これはアルバムに入れるのはちょっと……」と言われた曲でも、時代が変わると求められる音楽も変わるので、もう一回出してきたら「お、これいいじゃん」となって収録された曲もあります。
◆理想の音は「お吸い物」。歌詞がないからこそ海を越えて届くもの
唐橋: 西村さんが以前におっしゃっていた「お吸い物のような音を目指している」という言葉が印象的です。
西村: はい、理想の音はお吸い物です。究極ですけれど、お吸い物って透明で何も味がないように見えて、飲むとすごく深い出汁の味がありますよね。そういうピアノの音を出したいんです。聴くと、心の一番深いところにすーっと入っていけるような音。
これからどんな音でもAI(人工知能)で表現できるようになり、人間以上のことができるようになっていくと思うのですが、だからこそ本当に自分の体温で、生の音を追求していくことをこれからも続けたいと思います。
唐橋: 西村さんがデビューされた当時は、「インストゥルメンタルをどうやって聴けばいいかわからない」と言われることもあったそうですね。
西村: しょっちゅうありましたね。「ピアノの曲は全部同じに聴こえる」とか「歌詞がないのにどうやって聴いたらいいかわからない」と言われて。でも自分の中では、喜びや悲しみ、その時の情景というバックグラウンドがあって作っていたので、「どうやったら届くんだろう」と思った時期もありました。
答えがなかなか見つからなかったのですが、ある時、私の曲に海外の方がその国の言葉で歌詞をつけて歌ってくれていることを知りました。始まりは香港だったのですが、歌手の方がCDを気に入って自分で中国語の歌詞をつけて歌っていると聞いて、その曲を聴いた時に「あ、新しく自分の曲が生まれ変わっている」と感じました。そこから多くの人が私の曲に歌詞をつけて歌ってくださるようになりました。
唐橋: 昨年は中国ツアーに行かれたそうですね。
西村: 中国で私の曲を子どもの頃から弾いたり聴いたりしてくださっている人が多いというお話はずっと聞いていたのですが、なかなか行けず、昨年ようやく実現しました。3週間で7都市を回るツアーです。
そうしたら、来てくださるお客様のほとんどが20代くらいの若い女性でした。「生まれた時からずっと西村さんの曲を聴いていました」と楽譜を手にして駆けつけてくださる人もいて。「歌詞がないからこそ、言葉を翻訳する必要がなく海を越えて伝えられるんだ」ということを、中国の皆さんに教えてもらった感じがしました。
唐橋: 現地で印象的なお言葉もいただいたとか。
西村: 「由紀江さんの音楽に命を救ってもらいました」と、一生懸命覚えたであろう日本語で、涙を浮かべながら伝えてくださる方もいて。音楽というこんなに素晴らしいものに携わらせてもらっているんだなと、私も感動して涙するくらい本当に濃密な時間でした。
唐橋: さらに、香港のトップ歌手であるイーソン・チャンさんが、昨年来日した際のコンサートで、西村さんの楽曲を歌われたそうですね。
西村: イーソン・チャンさんがデビューアルバムで私の「手紙」という曲を歌ってくれているのは知っていて、もう30年近くになるのですが、なかなか生で聴く機会がなかったんです。昨年、彼が来日した時に一観客として見に行ったら、アンコールで「手紙」を歌って「由紀江、ありがとう」と言ってくれて。本当に感動もひとしおでした。
<西村由紀江さんコンサート情報>
◾️西村由紀江シーサイドピアノコンサートVol.28
ゲスト:姿月あさと(Vo)
◾️大阪公演:南港サンセットホール
8月29日(土)開場16:00 開演16:30
◾️鎌倉公演:鎌倉プリンスホテル バンケットホール七里ヶ浜
9月5日(土)開場 15:00/開演16:00
<番組概要>
番組名:NOEVIR Color of Life
放送日時:毎週土曜 9:00~9:30
パーソナリティ:唐橋ユミ