あかりもまた、「負けてきた」人間だ。自殺未遂、スナックの売却危機、政治の素人という烙印。茉莉も父に切られ、すべてを失った。このドラマの主要人物は全員、何らかの意味で「負けた経験を持つ人」で構成されている。
そして『銀河鉄道の夜』の登場人物もそうだった。銀河鉄道に乗っていたのは、死者たちだ。現世で「終わった」人々が乗る列車の中で、ジョバンニは「ほんとうの幸い」を問い続けた。
敗者の集まりが、最も本質的な問いに近づく──これがこのドラマの、一貫したテーマではないか。
最終話の予想──「勝敗」よりも大切なこと
最終話で描かれるのは、おそらく選挙の勝敗そのものではない。あかりが当選するかどうかよりも、この旅を通じて「何が変わったか」が問われるはずだ。五十嵐が「正しい闘い方」に気づいたように、流星が黒幕への忠誠より真実を選んだように、そして茉莉が「復讐」から始めた旅の終着点でどこに立っているか。
賢治の言葉は「銀河系を意識すること」を求めた。それは「目の前の一票の勝ち負け」ではなく、「この選挙が、社会に何を残すか」という問いを持って行動することだ。あかりが落選したとしても、その「一票」を巡る旅が何かを社会に残したなら、それは賢治の言う「正しく強く生きること」に他ならない。
「求道すでに道である」──答えではなく、問い続けることが道だと賢治は書いた。このドラマの最終話もまた、きれいな答えではなく、問い続ける人々の姿で幕を閉じるのではないかと思える。





