島根「バラパン」、九州「マンハッタン」…“地元パン”の深すぎる魅力を文筆家・甲斐みのりが語る
放送作家・脚本家の小山薫堂とフリーアナウンサーの宇賀なつみがパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「日本郵便 SUNDAY’S POST」(毎週日曜15:00~15:50)。今回の放送は、文筆家の甲斐みのりさんをお迎えして、地元パン、お菓子の包み紙、クラシックホテルの魅力について伺いました。


(左から)パーソナリティの小山薫堂、甲斐みのりさん、宇賀なつみ



◆独自の物語を紡ぐ「地元パン」の世界

甲斐みのりさんは、静岡県生まれ。大阪芸術大学文芸学科を卒業後、京都に移り住み、雑貨ブランド「ロル」を立ち上げます。その後、東京を拠点に旅、散歩、お菓子、地元パン、クラシックホテル、建築、暮らしと雑貨などを題材に、書籍、雑誌で執筆活動を続けています。「マツコの知らない世界」(TBS系)に「地元パン」のプレゼンターとして出演し、話題になりました。

日本各地の街角には、その土地の人々に長年愛され、生き残り続けている「地元パン」と呼ばれるパンの存在があります。甲斐さんが考える地元パンとは「昭和20年代から30年代頃までに創業したパン屋さんで、日本の高度経済成長期を支えてきた歴史があり、名前の由来や地域性に独特の面白さがあるもの」と定義しています。

甲斐さんがこれほどまでに地元パンや地域のお菓子にのめり込むようになったきっかけは、意外にもパンそのものではなく「お菓子の包み紙」だったと振り返ります。

もともと日本中の美しい包み紙を集めるためにお菓子屋さんを巡っていた甲斐さんは、あるときに「〇〇製菓」という看板を掲げる店でパンが売られている光景に何度も出くわしました。そこで「日本ではパンとお菓子は親戚関係にあるんだ」と気づき、パンの研究へと繋がっていきました。

特におすすめの地元パンは、島根県の「なんぽうパン」が作る「バラパン」という見た目にも美しいパン。長く焼いた食パンの生地をくるくると手作業で丸め、一輪のバラの花のように仕立てた目にも鮮やかなパン。「食べてなくなるものを、見た目も美しく仕上げる。それはどこか日本の和菓子的な発想にも似ています」と語ります。甘いバタークリームを巻き込んだそのパンは、ふんわりと丸まっているため、正直に言えば少し食べにくく、「ちぎって食べるか、そのまま豪快にかぶりつくか、食べ方にそれぞれの個性が現れます」と甲斐さん。

さらに九州へ目を向ければ、誰もが知っているソウルフード「マンハッタン」(リョーユーパン)があります。チュロスのように少し硬めのドーナツ状の生地にチョコレートがコーティングされた、九州のコンビニやスーパーならどこにでも並ぶ定番中の定番です。

なぜ、これほど魅力的なパンたちが特定の地域に留まり、全国へ広がっていかないのでしょうか。そこにはパンという食べ物が持つ、本来の「地域性」が関係しています。今でこそ物流が発達し、今日送ったものが明日届く時代になりましたが、元来パンは「その日に作って、その日にその街で消費するもの」でした。だからこそ、地域に根差した固有の文化が守られ、その土地に行かなければ出会えない特別な価値が今も残されているのです。


甲斐みのりさんの新著「おやつがあれば、だいたいだいじょうぶ」(スターツ出版)



◆包み紙に宿る、日常の「ときめき」

甲斐さんにとって、お菓子の包み紙は単なる包装資材ではありません。「世界を見ても、これほどにまで意匠を凝らしている国は他にないのではないか」と語るほど、それらは一つひとつが立派な芸術作品であり、心を幸せにする宝物です。かつて参加したイベントでも、甲斐さんは「100年後に残したいもの」としてお菓子の包み紙を挙げています。

現在は簡易包装が進む時代ですが、日本には古来から、大切な人への贈り物を特別な紙で「包む」という美しい文化があります。贈り主の思いを包み、受け取る人の心をときめかせる。そんな日本の細やかな美意識が、小さなお菓子の包み紙には凝縮されているのです。

さらには、甲斐さんの興味の対象は、パンやお菓子だけに留まりません。旅や散歩、そして「クラシックホテル」や「建築」もまた、彼女が大切にしているテーマです。

かつて20代の頃、日光金谷ホテルの客室に宿泊したことをきっかけに、歴史あるクラシックホテルの魅力に取り憑かれたといいます。現代のホテルには便利さや効率性が求められがちですが、クラシックホテルには自動販売機が少なかったり、夜間のルームサービスが早くに終わったりといった「ちょっとした不便さ」があります。

しかし、その不便さこそが贅沢なのだと甲斐さんは言います。静謐な環境の中で、かつてその部屋に滞在した三島由紀夫や堀辰雄といった文豪たちの物語に思いを馳せ、静かに本を読む。便利さを削ぎ落とした空間だからこそ、建物が重ねてきた歴史という目に見えない豊かなストーリーを感じることができるのです。

日常の中で心がときめくものを見つけ、その背景にあるストーリーを深く掘り下げていく。甲斐さんの活動は、まるで店や土地が紡いできた物語を受け取り、次の世代へと伝える「小さな民芸運動」のようでもありました。

<番組概要>
番組名:日本郵便 SUNDAY'S POST
放送日時:毎週日曜 15:00~15:50
パーソナリティ:小山薫堂、宇賀なつみ
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/post/
番組公式X:@sundayspost1