テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、15日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第6話「兄弟の絆」の視聴分析をまとめた。
「さあ! 斬ってくだされ! 兄者のことをお助けくだされ!」
最も注目されたのは20時35~36分で、注目度73.1%。大沢次郎左衛門(松尾諭)が小一郎(仲野太賀)に動かされ、織田信長(小栗旬)に降伏の意を示したシーンだ。
次郎左衛門の潔白を証明するために、小一郎に与えられた1日の猶予が過ぎた。2人は信長と家臣団が待つ小牧山城へ。苦無を忍ばせたのは、密かに信長の命を受けた佐々成政(白洲迅)である。次郎左衛門を信用できない信長は、次郎左衛門を陥れ始末するつもりだった。
真相をつかんだ小一郎だったが、それを明かすことはできない。口を濁す小一郎に居並ぶ家臣団の苛立ちが募っていく。信長は小一郎の前に刀を投げ、次郎左衛門を斬れと迫る。しかし小一郎は、鵜沼城で人質になっている藤吉郎(池松壮亮)を見捨てられず必死に抗った。藤吉郎は鵜沼城へ旅立つ前、前田利家(大東駿介)から信長が次郎左衛門を殺すつもりだと聞かされており、それを承知で人質となったことを明かした。小一郎は藤吉郎が信長を裏切ることはないと叫び、「わしは兄者とは違う。こたびのことであなた様のことが大嫌いになり申した! わしを生かしておいたらいつか寝首をかくかもしれませぬぞ!」と言い放った。
その言葉に柴田勝家(山口馬木也)ら家臣団が色めき立つ。「お主らには斬られぬ! はあ、わしを斬るのは…大沢殿じゃ」刃を向ける勝家にひるまず小一郎が刀を次郎左衛門に手渡した。突然のことに戸惑う次郎左衛門に「裏切り者であるわしを斬って殿に忠義の証しを見せるのじゃ! さすれば殿も分かってくださるはず」と背を向ける。「さあ! 斬ってくだされ! 兄者のことをお助けくだされ!」小一郎の言葉を受けて次郎左衛門が刀を構えた。
「直…すまぬ…」小一郎の目から一筋の涙が流れた。「御免」すると次郎左衛門は刀を投げ捨て小一郎から脇差を奪い、自身の髷をその脇差で切り落とす。「斬れぬわ」次郎左衛門はそう言って小一郎にほほ笑みかけ、その場に座り直すと、「織田様。拙者は仏門に入り世を捨てまする。家臣、所領の一切を差し出しまする。この者の非礼も、どうかそれでお許しくだされ」と小一郎の赦免を願い出た。信長は一言も発さず、鋭い眼差しで2人をにらみつけた。
「忠誠心と兄を想う気持ちに涙腺が緩みっぱなし」
注目された理由は、大沢次郎左衛門の調略をめぐる緊迫したやり取りに、視聴者の視線が「クギづけ」になったためと考えられる。
人質となった藤吉郎を救うため、また次郎左衛門の無実を証明するために小一郎は奔走する。やがて真相を突き止めた小一郎だったが、黒幕はまさかの信長だった。信長ははじめから次郎左衛門を殺すつもりだった。信長を説得するために市(宮崎あおい)を頼る小一郎は、信長と織田信勝(中沢元紀)の過去を知らされる。打つ手がなくなり、誠意をもって本音を信長にぶつけるしかない小一郎に、信長の心は動かされた。
SNSでは「藤吉郎の信長さまへの忠誠心と小一郎の兄を想う気持ちに涙腺が緩みっぱなしだった」「前回は藤吉郎、今回は小一郎の本心がぶちまけられて画面に釘付けだった」「小一郎が必死に駆けずり回って次郎左衛門の信頼を勝ち取ったからこその成果だったね」と、小一郎への称賛が集まった。
無事に鵜沼城へ戻った小一郎と次郎左衛門だったが、その道中では次郎左衛門は懐に忍ばせていた石を捨てていた。場合によっては信長と差し違えるつもりだったのだろうか。小一郎は結果的に信長を救ったことになったのかもしれない。
そもそもつぶて投げの達人である次郎左衛門には苦無は必要ない。苦無は忍者が使用したとされる鉄製の多目的工具だ。投擲武器のイメージが強いが、実際には掘る・こじ開ける・登る・打ち込むなど、様々な用途を持つ道具だった。大きさは大苦無(13~15cm)と小苦無(8~10cm)などがあり、柄の後部に輪が付いているのが特徴。忍者専用の武器というわけではなく、一般の職人や旅人も使っていたとされる。
信長に謀反を企て、勝家に斬り殺された織田信勝を演じた中沢元紀は、トライストーン・エンタテイメントに所属する茨城県出身の25歳。大河ドラマは『豊臣兄弟!』が初出演だ。2025年連続テレビ小説『あんぱん』で柳井千尋を演じて話題になった。トライストーン・エンタテイメントは信長を演じる小栗旬が代表を務めている。中沢は高校2年生のときに小栗主演の『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(カンテレ)を観て俳優を志したという。
また、作中には登場していないが信長には織田信広という異母兄がいる。三河安祥城主を務めていたが、1549年(天文18年)に今川義元(大鶴義丹)の命を受けた太原雪斎に攻め込まれ生け捕りにされる。のちに織田家の人質となっていたのちの徳川家康(松下洸平)である竹千代との人質交換で解放された。そして1556(弘治2)年頃、美濃守護代・斎藤義龍(DAIGO)と手を組んで清須城を乗っ取る謀反を計画したが、信長に事前に察知され未遂に終わる。以降は信長の忠実な部下となり、家族のまとめ役を担った。

