草なぎ剛が主演するカンテレ・フジテレビ系ドラマ『終幕のロンド-もう二度と、会えないあなたに-』(毎週月曜22:00~ ※FODほかで配信)。妻の死をきっかけに“遺品整理人”となったシングルファーザーが、遺品や生前整理を通して、残された家族に託された思いをひも解いていくヒューマンドラマだ。
本作を手掛けるのは、『銭の戦争』(15年)など草なぎ主演の“戦争シリーズ”をヒットに導いた、カンテレの河西秀幸プロデューサー(東京制作部長)。そんな河西氏と、『僕の生きる道』(03年)など草なぎ主演の代表作“僕シリーズ”を生み出し、現在は映像制作集団「g」の代表を務める元カンテレプロデューサーの重松圭一氏が対談した。
ともに『SMAP×SMAP』に携わった経験を持つ2人に、『終幕のロンド』の制作秘話や“スマスマ”の思い出、さらには近年評価が高まっているカンテレドラマの強さの秘密についても語ってもらった――。
戦争シリーズから“新しい草なぎ剛”への挑戦
――『終幕のロンド』について、河西プロデューサーはどんな点に気を付けて制作されているのですか。
河西:遺品整理人というまだあまり知られていない職業のお話なので、一話完結で依頼人との心の交流を描いていくということもできたのですが、連続性のあるものを意識しました。今回でいうと、草なぎ剛さんと中村ゆりさんの、ドロドロではないけれど心の奥底で惹かれ合ってる2人をどう描いていくか、そして御厨グループとの対決構造、集団訴訟という展開になっていくのですが、3カ月かけて毎週1週間待って見てもらうためには、飽きさせない構成にしたいなと思いました。一気に見ることができる配信とは違う部分でもあり、次週も気になる展開・シナリオというのは強く意識しました。
――重松さんは『終幕のロンド』をどのようにご覧になっていますか。
重松:まず“戦争シリーズ”の次の作品で、“新しい草なぎ剛”をやろうというのがすごいなと思いました。やっぱりある程度評価してもらったりすると、それを続けていくことのほうが安パイですが、新しいドラマを作り出そうとした河西はすごいなと。
あとはドラマの中にある、いろんな“振り”ですね。1話の時点から、恋愛要素やサスペンスの軸もそうですし、キャスティングにしても、「ここに国仲涼子がいるから何かあるんだろう」とか(笑)、そんな“振り”がすごく良くできているなと思いました。僕がドラマをやっていた2000年代前半はテレビしかなかったので、“見てももらえる前提”だったのですが、今は“見てもらえない前提”なので、そういう作り方がずいぶんと変わったなと思います。
――その連続性を持たせるという中で、“遺品整理人”には直接結びつかないロマンスの展開があるのが意外でした。その理由は何でしょうか。
河西:遺品整理人という職業は、ご遺族様との話になってくるので、自分事ではないんですよね。なので、自分事の軸を作るというところに目を向けた時に、対立構造にある側との、ある種の「ロミオとジュリエット」のような、そんな展開があってもいいのではというところから考えました。だから御厨グループのお話よりも、まず草なぎさんと中村ゆりさんが惹かれる展開を、という縦軸を最初決めましたね。
“草なぎ剛”が足りなくなる
――草なぎさんの魅力について教えてください。
河西:もう、すっごく優しい人ですね。人としてめちゃくちゃ安心感がありますし、関わっていく人たちがどんどん惹かれていくような、そんな方です。だから今回、中村ゆりさん演じる真琴が結婚していながら、樹(草なぎ)に惹かれてしまうというお話も、その優しさにどうしても惹かれてしまう…という点で、草なぎさんだからこそできたんだと思っています。
重松:日々忙しかったり、他の番組や仕事をずっとやっていると、なぜか自分の中で“草なぎ剛”が足りなくなるんです。「草なぎ剛に触れたい!!」みたいな(笑)。そんな中毒性がある方です。
先日、現場に差し入れへ行ったのですが、やっぱりすごく心が和んで、話すことで気持ちが楽になっていく感じがありました。現場でもあの穏やかな感じが変わらないので、僕らのような制作者は好きになってしまうし、その中毒性で「次も一緒に仕事したい!」という気持ちが湧いてくる人ですね。何回やってもまたやりたいと思わせてくれるんです。だから草なぎさんと何かやるとなると、集まってくれるスタッフも多いんですよ。
――重松さんはプロデューサー、河西さんはアソシエイトPとして共に、『SMAP×SMAP』に携われたかと思いますが、そこでの草なぎさんの印象はいかがでしたか?
河西:当時はすごく忙しくされていて、本人は「台本とか読まないよ」なんて言っていましたけど、収録の合間にずっと台本を読んでいましたね。そんな努力を目の当たりにしていました。
重松:草なぎさんが顔が見えない被り物をして、最後に「これ俺じゃなくていいんじゃない?」と言うコントがあるんですけど、それが僕はすごく好きで、あれこそ草なぎさんにしかできないと思いましたね。その“草なぎさんにしかできない”というのは、ドラマにも通じていると思っていて、どこでもいそうな市井の人なんだけれども、やっぱり“草なぎさんでしかできない”というのが、『スマスマ』とつながっているなと感じています。
――そんな『スマスマ』で特に印象に残る思い出は何でしょうか?
重松:『スマスマ』は最初からグローバル意識だったんです。だからプロデューサー陣は毎年、グラミー賞の席を確保していたんですよ。その席に、紋付袴姿で毎年いるので「クレイジーな日本人たちがいる!」って、恒例になっていたんです。珍しい人がいるというので、中継映像に映ったりもしてましたね(笑)
その格好でアフターパーティーにも参加して、レコード会社の方たちに「日本の『SMAP×SMAP』という番組に来てくれないか?」と回ってチラシまきをして、グラミー賞のタイミングで、アメリカの人たちには意味がわからない『スマスマ』の広告もメディア向けに打っていたんですよ。そんな地道な努力があって、マドンナやマイケル・ジャクソンにも出演してもらったという経緯がありました。





