とものりさんは大学時代、海外へ留学した経験を持つ。日本では感じられなかった「自由さ」に触れ、世界が広がったことで、「心に閉まっていたものがほどけていった」という言葉に、大島自身も20代の終わりに海外留学の経験をしていたこともあり深く共感した。

「やっぱり海外で生活をすると人の目を気にしないんですよね。日本ってすごく“世間体”が重い文化だけど、向こうではもっと自由に生きていいんだって思える。それがとものりさんの“自分らしさ”を開花させたのも、すごく理解できました」

ジェンダーに対する認識の差や、それに伴う生きやすさの違い。当時は、まだ本当の自分を偽りながら学生生活を送っていたとものりさんが「リスクを払ってでも心と体を一致させたい」と思うようになった背景には、こうした経験の積み重ねがあった。

その一方で、手術を決意したとものりさんが発していた、「完全に女の子になるのは無理。トランスジェンダーは半分諦めながら生きていくのが正解」という言葉は、大島の心にも深く刺さったという。

「トランスジェンダーの方に限らず、誰の人生にも諦めなきゃいけないことってありますよね。私も出産してから、仕事の制限を感じることが多くなりました。誰もが、やりたいことを全部できるわけじゃない。でも、それは“諦める”というより、“選ぶ”ってことなのかなと思うんです。だから、そういう点では気持ちを切り替えて、これからどうやって自分の人生を楽しく、謳歌(おうか)するかを考えていくしかない。とものりさんにはそういう力があるんだろうな。そうじゃなきゃ、手術なんて決意できないだろうなって。その覚悟に、改めて勇気をもらいましたね」

  • 実家で語り合う母と子 (C)フジテレビ

覚悟を持った表情に「生きていてくれるだけでありがたい」

タイでの手術に臨むとものりさんは、母と祖母に見送られ、新たな人生へ踏み出した。そして手術を終え、痛みに顔を歪めながらも心身ともに“娘”になった彼女に、母・かずよさんがかけた「誕生日が2つになるね」という前向きな言葉も印象的だった。

「“息子とか娘とか、そんなことは関係ない。ただ生きていてくれればいい”――あの言葉には、すべてが詰まってるなと思いました。私自身も友人から手術の話を聞かされたとき、最初はどう反応していいか分からなかった。でも、その子の表情を見て、覚悟を持って話してくれたんだと感じて。だったら私は応援したいと思ったし、もう生きていてくれるだけでありがたいって、心から思ったんです」