やなせさんの「人生は喜ばせごっこ」という言葉も大切にしていると戸田は語る。
「『迷ったり困ったり、壁にぶつかった時には、人が喜ぶことをやりなさい』とおっしゃって、そのことが強く印象に残っています。なかなかそうできない時もありますが、誰かが喜ぶことをやるべきだということは常に私も心がけるようにしています」
やなせさんの“尽くす”精神が戸田にもしっかり受け継がれている。
「尽くす時間を取れるんだったら取ろうと。ちょっと休んだ方がいいんじゃないかと言われることもあるけれど、時間があるんだったら何かのために費やそうという気持ちが自分の中にもすごくあるんです。先生が常日頃おっしゃっていたように、尽くすとか、寄り添うとか、自分も率先してできることがあればそうしたいと思っています」
友人の演技やテレビ出演の感想を伝えるなど、些細な声掛けを大切に。
「『人生は喜ばせごっこだとみんなが思っていれば諍うことはないんだよ』と先生がおっしゃっていて、本当にそうだなと思い、私もなるべくそれに近づけるようにと思っています」
東日本大震災の被災地で改めて感じた『アンパンマン』のパワー
東日本大震災の時のエピソードも教えてくれた。
「東日本大震災が起きる少し前に、先生が仕事を引退して生前葬をやりたいとおっしゃっていた時があって、私も弔辞を書いてくれと頼まれ、泣きながら書いたんですけど、東日本大震災が起こり、『死んではいられない』となって『生前葬はやらない』と撤回されたんです」
震災後、戸田はやなせさんのもとを訪れ、「何かできないか」と相談したところ、やなせさんは「慌てなさんな。これは長期になります」と冷静な姿勢でありながら、すぐ自分にできることを始めたという。
「『僕は力がないから、ボランティアで現地に行って瓦礫を片付けることができない。その代わり、僕にできることがある』と言って、現地に送る絵やポスターを黙々と描いていらっしゃったのが印象的でした」
戸田も『アンパンマン』の声優陣で集まって、キャラクターの声で現地への応援メッセージを収録するなど、自分にできることを探してやるように。そして、いろいろな許可が必要で時間はかかったものの実現させた。
「『アンパンマン』という番組がとても大きくなっていて、ボランティアでも許可が必要で、難しいなと思いましたが、その時が来たらすぐ対応できるように応援メッセージを録っておこうと。先生にも『どんな言葉で言ったらいいですか?』と相談して」
被災地を訪れた際に、『アンパンマン』のパワーも改めて感じたという。
「先生が描いたポスターを見て力をもらったとか、『アンパンマンのマーチ』が力になったとか、ボランティアの人たちも先生の絵や歌で元気をもらったとおっしゃっていて。アンパンマンがみんなの中で生きていて、力になっているというのは、私もすごくうれしかったです」
また、戦争なども経験したやなせさんだからこそ、当時、冷静に落ち着いて判断できていたのではないかと語る。
「私はせっかちなので、すぐ何かやりたいと思ってしまいましたが、先生から『落ち着きなさい。今やれることをよく考えるんだ』と諫められて。いろんなことを経験している知恵を持った人がそばにいるというのは非常に心強いと思ったし、だからこそ、いなくなった時に、なんだこの喪失感はと思うぐらい悲しかったです」
偉大な師を失った悲しみを乗り越え、戸田自身も多くの人に愛と勇気を届ける存在に。「先生はすべてにおいて大きな存在でした」「先生からいろんなこと教えていただき、ありがたかったです」としみじみと話していた。
1957年9月12日生まれ、愛知県出身。小学5年生の時からNHK名古屋放送児童劇団に在籍し、1969年にドラマ『中学生群像』で子役デビュー。1974年にはあゆ朱美の芸名でアイドル演歌歌手デビュー。1977年に劇団・薔薇座に入団し、看板女優として活躍。1979年にアニメ『機動戦士ガンダム』のマチルダ・アジャン役で声優活動をスタートさせ、アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』(三作目)鬼太郎役、『きかんしゃトーマス』トーマス役、『それいけ!アンパンマン』アンパンマン役などを担当。女優としても活躍し、ドラマ『総理と呼ばないで』、『ショムニ』シリーズ、『ちゅらさん』、映画『ラヂオの時間』などに出演。
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