JR東日本は2027年春に「新たな夜行特急列車」を導入する。常磐線経由の特急列車で活躍しているE657系1編成(10両編成)を改造して全席グリーン車とし、定員1~4名の個室座席を設ける。運行エリアは「首都圏エリア~北東北エリアなどを予定」しているという。新しい列車はどんな旅を提供するのか。資料や会見内容をもとにまとめ、ルートや料金を予想してみた。

  • E657系改造の「新たな夜行特急列車」。塗装以外に外観の変更はなさそうに見える

「新たな夜行特急列車」に使用されるE657系は、2011年に16編成製造され、常磐線経由の特急列車に投入。現在は特急「ひたち」「ときわ」で活躍している。後に上野東京ラインの開業や、常磐線の全線運転再開で3編成を追加したが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う生活の変化に対応するため、通勤通学時間帯の「ときわ」を減らす一方、全列車を品川駅発着として利便性向上を図った。結果として定期運用で余剰車両が発生したとみられる。

E657系は首都圏の直流電化区間と取手駅以北の交流電化区間を運行する。したがって、トンネル断面が小さい中央本線高尾駅以西を除くJR東日本の電化区間を運行でき、長距離運用に適した車両となっている。

  • E657系は常磐線経由の特急「ひたち」「ときわ」で活躍中(筆者撮影)

ちなみに、かつて特急「フレッシュひたち」などに使用されたE653系は、新潟エリアで特急「いなほ」「しらゆき」として走っていたが、うち2編成が定期運用から離脱して常磐線に戻り、臨時列車・団体列車に使用されている。「新たな夜行特急列車」をE653系ではなく、比較的新しいE657系を改造することに、「少しでも長く使おう」という意気込みを感じる。

ブルートレインではない理由

車体色は明るい青の「メモリアルブルー」と、濃紺の「ミッドナイトホライズン」に塗り分け、交互に配して境目を白いラインで区切った。1号車先頭側は「メモリアルブルー」、10号車先頭側は「ミッドナイトホライズン」となる。

「メモリアルブルー」の「メモリアル」とは、かつて大ブームとなったブルートレインの記憶を受け継ぐという意味がある。「ミッドナイトホライズン」は「真夜中から夜明けへと向かう時の流れを象徴する濃紺」だという。2つの青と白いラインを合わせることで、「夜明け前の一瞬の輝き、ブルーモーメント」を描き出そうとしたとのこと。

  • 1号車側先頭車

  • 10号車側先頭車

「ブルートレイン」は1960年代半ばから鉄道ファンらの間で使われた愛称。国鉄時代の1958年に登場した20系客車、1971年に登場した14系寝台客車、1973年に登場した24系寝台客車がいずれも青系の車体色で、これらの客車を牽引する直流電気機関車も青系の車体色だったことから「ブルートレイン」の愛称で呼ばれるようになった。東京駅から九州方面、上野駅から東北方面の寝台特急などで活躍し、2015年に寝台特急「北斗星」が運行を終えたことで、ブルートレインの時代は終わった。2016年まで運行された寝台特急「カシオペア」は銀色のE26系客車を使っていたため、「ブルートレイン」とは呼ばない。

JR東日本は「ブルートレイン」を商標登録している。指定役務は「旅客車による輸送」となっており、「新たな夜行特急列車」は「ブルートレイン」の再来かと思ったが、違った。社長会見の質疑応答で、「ブルートレインを復活させるという意味ではない」と答えている。それはブルートレインに寝台列車の意味が強いからだろう。「カシオペア」も含め、寝台列車は夜のうちに長距離を移動するための列車であり、移動手段だった。

一方、「新たな夜行特急列車」はブルートレインの記憶を残しつつ、「まったく新しい夜行列車の旅を楽しんでほしい」という考え方で投入される。もともとブルートレインは夜間に移動するための列車で、出発日と到着日を有効に使えるという意味が強かった。忙しい人が仕方なく乗る列車でもあった。ただし、暮れ行く夜景を眺めて晩酌する楽しみや、空調の効いた列車内から夜明けの車窓風景を楽しむという「副産物」もあり、新幹線と航空機が普及した後は、この副産物のほうが人気の理由になっていた。

「新たな夜行特急列車」は、いわばブルートレインの副産物だったお楽しみを主役にした列車といえるだろう。移動するために乗る列車ではなく、夜行列車の雰囲気そのものを楽しむ。それで行先に旅の楽しみがあればさらに良い。移動のほうが副産物になっている。これはクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」にも通じる考え方である。

すべて個室、寝られるが「寝台」ではない

寝台特急ではなく「新たな夜行特急列車」というコンセプトは客室設備にも現れている。座席はすべてグリーン車扱い。1号車と10号車は「プレミアムグリーン個室」となる。1人用と2人用があり、靴を脱いで過ごせる。座席としてL字形ソファを設けつつ、座面を組み替えて「フルフラットのベッド」のように使うこともできる。

  • 「プレミアムクリーン個室」(2人用)。L字ソファを並べ替えるとフルフラット状態になる

2~4号車と6~9号車の計7両は「グリーン個室」。1人用・2人用・4人用を用意し、1人用・2人用の座席はフルフラットスタイルに変更できる。4人用個室はつねにフラットスタイルで、リビングルームとしても、4人が並んで寝ても十分な広さがある。車いす対応の個室は6号車にあり、1人用・2人用を1室ずつ用意する。

資料でも社長会見でも「寝台列車」という形容はない。あくまで「フルフラットになる座席」である。したがって、寝台料金ではなく「プレミアムグリーン料金」「グリーン料金」が適用される。社長会見での説明によれば、「東京から新青森まで(東北新幹線の)グランクラスに乗ると3万740円、グリーン車で2万3,740円になる。これに若干プラスしたくらいの価格を設定したい」とのことだった。

  • 「グリーン個室」(1人用 / 座席状態)

  • 「グリーン個室」(1人用 / フルフラット状態)

  • 「グリーン個室」(2人用 / 座席状態)

  • 4人用の「グリーン個室」はつねにフルフラット状態で提供される

JR東日本の在来線において、通常期のA特急料金は601km以上3,830円が上限、グリーン料金は701km以上6,600円が上限、「サフィール踊り子」に設定されたプレミアムグリーン料金は200kmまで4,300円が上限となっている。これをそのまま適用すると、グリーン車は2万240円、プレミアムグリーン車は1万7,940円になる。これでは採算ラインに乗らないから、新幹線並みかそれ以上の料金を設定したいと思われる。

そうなると、特急料金・グリーン料金ともに701km以上を設定する必要がある。「寝台列車ではない」と言ったからには、寝台料金に代わる「新たな特別料金」を設定するか、旅行商品扱いで列車ごとに料金を設定することになるだろう。

  • 5号車のラウンジはフリースペース。左右両方の車窓を楽しめる

5号車はラウンジ車両で、進行方向に設置する大型ソファと、枕木方向に設置する2人掛けソファが並ぶ。オープンスペースとして誰でも使うことができ、2個室以上を使うグループ旅行者の語らいの場であり、個室によっては通路側で窓がない方向の景色を眺める場所となる。

販売スペースについては、飲み物とスナック程度の自動販売機を置きたいとのこと。食堂車は設置しない。夕食は事前に済ませるか、好きな物を買って持ち込み、乗客それぞれの旅を楽しんでほしいとしている。

  • JR西日本の「WEST EXPRESS 銀河」は117系を改造した(筆者撮影)

  • 「WEST EXPRESS 銀河」の「ファーストシート」。フラット状態に変換でき、仕切りにカーテンを使用する。他に1人用・2人用の個室がある(筆者撮影)

似たようなコンセプトの列車として、JR西日本の「WEST EXPRESS 銀河」がある。こちらは京阪神地区の新快速などで活躍した117系を改造し、夜行列車にも昼行列車にも使える車両とした。普通車指定席を中心に、開放型座席「ファーストシート」、かつての開放B寝台に似た「クシェット」、さらにグリーン個室を用意している。

筆者は紀伊方面の夜行ツアーを取材した際、「ファーストシート」を利用した。空調機の音が大きく、寝つけなかったが、それを除けば手軽な夜行列車として楽しめた。JR東日本の「新たな夜行特急列車」はE657系の改造だから、車内は静かだろうと期待できる。

想定ダイヤは「あけぼの」をなぞる?

「新たな夜行特急列車」のダイヤに関して、社長会見で一例として「山手線のどこかの駅を21時頃に出発して、青森に9時頃到着」と説明があり、「北斗星」「カシオペア」のような上野駅発着にこだわらない姿勢を見せた。上野駅の地平ホームに余裕があるものの、品川駅発着なら東海道新幹線や羽田空港からの乗客を拾えるし、新宿駅発着のほうが便利かもしれない。

社長会見で、「訪日観光客が東北へ1泊以上の旅行に行かない。INTO(日本政府観光局)が出した統計資料では、訪日観光客のうち東北方面に向かう人は全体の1.4~1.5%。そのあたりも意識して、大きな荷物を置ける共用荷物置場や、部屋の大きさを配慮して室内空間をデザインしている」といった趣旨の発言もあった。そうなると品川駅発着が有力だし、「羽田空港アクセス線」が開業すれば羽田空港発着の可能性も高い。成田空港の改良事業で成田空港駅付近が複々線化されると、成田空港駅発着も視野に入るかもしれない。

参考までに、過去に上野~青森間で運転された夜行列車のダイヤを挙げてみた。いずれも廃止直前のダイヤである。

「はくつる」(東北本線経由)

  • 下り : 上野駅22時23分発・青森駅8時17分着
  • 上り : 青森駅21時6分発・上野駅6時39分着

「ゆうづる」(常磐線経由)

  • 下り「ゆうづる1号」 : 上野駅22時4分発・青森駅7時0分着
  • 下り「ゆうづる3号」 : 上野駅23時0分発・青森着8時15分着
  • 上り「ゆうづる2号」 : 青森駅20時57分発・上野駅6時36分着
  • 上り「ゆうづる4号」 : 青森駅21時24分発・上野駅6時39分着

「あけぼの」(羽越本線・奥羽本線経由)

  • 下り : 上野駅21時16分発・秋田駅6時38分着・青森駅9時52分着
  • 上り : 青森駅18時23分発・秋田駅21時23分発・上野駅6時58分着

この中で、「新たな夜行特急列車」の想定ダイヤに近い列車は、秋田駅経由だった「あけぼの」だろう。秋田駅で五能線経由の「リゾートしらかみ」に接続できる。

東北本線経由・常磐線経由はいずれも盛岡~青森間でIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道を経由することになるから、手続上の難度が高いと思われる。しかし、北東北エリアがテーマとなれば、盛岡駅や八戸駅で下車することで三陸方面につながる。「SL銀河」が運行を終えたいま、岩手県でも新たな観光列車を増やす必要があるだろう。

  • 「新たな夜行特急列車」は10両編成。列車愛称などは未定とのこと

北東北に行きたいから「新たな夜行特急列車」に乗る人がいることは当然として、JR東日本の本命は、「新たな夜行特急列車」に乗りたいから北東北に行こうという旅行客の獲得にあると考えられる。「新たな夜行特急列車」の登場に期待するとともに、その期待を到着地の観光に生かす工夫も重要。JR東日本と東北3県の連携にも期待したい。