JR東日本が6月10日に実施した定例社長会見で、西武鉄道との直通運転について検討していることを明らかにした。西武池袋線の所沢駅とJR武蔵野線の新秋津駅を結ぶ連絡線を活用する。6月9日に読売新聞などが報じ、翌日の記者会見で記者の質問に社長が答えた。記者会見での説明によれば、通勤列車による直通運転ではなく、臨時列車で西武線沿線と東京ディズニーリゾートの最寄り駅である舞浜駅を結ぶ構想があるという。
JR武蔵野線は東京近郊を半周する路線。都心部の旅客列車が増加し、貨物列車の走行が困難になったため、山手貨物線を迂回する目的で建設された。現在、都心部から放射状に延びる総武本線、常磐線、東北本線、中央本線などの線路と交差しており、このうち常磐線、東北本線、中央本線とは連絡線を通じて結ばれている。
貨物列車にとって便利なバイパス線であると同時に、現在の武蔵野線は旅客列車においても便利な路線となっている。電車の運行本数は平日日中に1時間あたり上下各6本、通勤時間帯は1時間あたり上下各11本、ほぼ5分おきで運行されている。武蔵野線を走る旅客列車のほとんどが西船橋駅から京葉線に乗り入れ、東京方面または海浜幕張方面へ向かう。
貨物列車用の連絡線を介して放射状に延びる路線と直通できるメリットを生かし、大宮駅と八王子駅などを結ぶ「むさしの」、大宮駅と新習志野駅などを結ぶ「しもうさ」も運行。土休日を中心に特急「鎌倉」をはじめとする臨時列車も設定されている。
貨物輸送で建設された連絡線、現在は車両の搬入・搬出で使用
地図を見ると、武蔵野線の新秋津駅付近で西武池袋線と立体交差しており、その東側に西武鉄道の秋津駅がある。ただし、新秋津駅と秋津駅を結ぶ連絡通路はなく、両駅を乗り換える際、いったん改札口を出て商店街を通り抜ける必要がある。ちなみに、両駅を経由したJR東日本と西武鉄道の連絡定期券は購入可能だが、連絡乗車券は販売していない。
この状況だと、武蔵野線と西武池袋線は直通できないと思うかもしれない。だが実際には、新秋津駅付近から西武池袋線につながる線路があり、国土地理院地図にも点線で示されている。航空写真を見れば、西武池袋線の複線と並んで3本目の線路を確認できる。この線路を使って直通列車を走らせることになる。
新秋津駅から所沢駅に至る連絡線は、1976年に「武蔵野南線」(府中本町~鶴見間の貨物線)が開業した際、同時に建設された。理由はもちろん貨物輸送のため。当時は西武鉄道も貨物列車を運行しており、新秋津駅で西武鉄道の機関車と国鉄の機関車を付け替えた。
1980年に刊行された『保育社カラーブックス2 西武』(保育社)によると、当時の西武鉄道は三菱セメント横瀬工場からのセメント輸送、自衛隊入間基地への物資輸送、ブリヂストン小川工場向けの材料輸送および製品輸送を行っていたという。貨物列車のダイヤも掲載されており、東横瀬(貨物)駅から新秋津駅までと所沢駅から新秋津駅までの区間で、回送機関車も含めて10往復の列車が設定されていた。このうち所沢駅から新秋津駅までの区間で運転された貨物列車は、西武新宿線・拝島線を経由して小川駅に達した。
1996年に西武鉄道の貨物列車が廃止された後も、連絡線は残された。西武鉄道の新造車両は製造会社の工場からJR貨物の機関車に牽引されて運ばれ、新秋津駅付近で受け渡しを行う。記憶に新しいところでは、小田急電鉄の8000形もこの連絡線を通って西武鉄道に入り、改造されて「サステナ車両」8000系となった。西武鉄道から地方私鉄へ譲渡される車両の搬出もこの連絡線を経由して行われ、新秋津駅付近でJR貨物に引き渡される。
変わったところでは、JR東日本から12系客車が貸与され、新秋津駅を経由して西武鉄道に入線、返却されたことがある。貨物輸送の終了で西武鉄道の電気機関車E851形が引退することになり、そのさよなら運転を行うためで、JR東日本の旅客車両が西武鉄道を走った実績となった。ただし、連絡線は回送として走行したため、乗車はできなかった。連絡線を旅客列車が走るようになれば便利だ。筆者のような「乗り鉄」としても、乗れる線路が増えてうれしい。
所沢から東京ディズニーリゾートへ、幕張エリアから秩父方面へ
両社の直通運転に関して、JR東日本の定例社長会見では、2020年に西武鉄道と包括連携協定を結び、そこから始まるさまざまな施策のひとつと説明された。JR東日本は他にも大手私鉄やその関連会社と関係を強めている。国鉄時代に沿線開発を規制されたこともあり、沿線開発の知見がなかった。ゆえに大手私鉄の知識と技術を参考にしたいと考えているようでもある。
2023年に東急不動産ホールディングスと包括的業務提携を結んだ。東武鉄道とは2006年から新宿~東武日光・鬼怒川温泉間を直通する特急列車を運行している。臨時便として八王子発着も設定されるなど柔軟な取組みになっている。2022年には、東武鉄道とドライバレス運転の技術協力関係も結んだ。小田急電鉄とは2019年にMaaS分野での連携を発表。京急電鉄とは2021年から神奈川県の観光活性化で連携している。京成電鉄とは2021年に成田空港開業30周年企画で連携した。
JR東日本はグループ経営ビジョン「変革2027」で、輸送サービスの質的変革として「目的地を創る」「駅を楽しく、魅力的に」「移動を楽しく、快適・便利に」を掲げており、目的を達成するため、隣接または直通する交通機関との連携も視野に入れている。まさに自他共栄の精神であり、結果のひとつが東武鉄道で実施し、西武鉄道とも実施予定の直通運転といえる。
読売新聞の記事を見ると、「アニメファンの聖地、秩父と東京ディズニーリゾートの最寄りとなるJR舞浜駅」と書かれてあった。記者会見では、そこまで長距離ではなく、「所沢などからディズニーランド最寄りの舞浜駅、あるいは(スタジアムや幕張メッセ最寄りの)海浜幕張」と「京葉線沿線から秩父」が近くなるため、新たな観光需要を創出できるとしていた。
新秋津駅と秋津駅を乗り換える利用者にとって、1日数本でかまわないから「むさしの」「しもうさ」のような武蔵野線・西武池袋線直通の列車を期待したいところだろう。しかし、まずは観光需要で実績を作ってからということらしい。
西武鉄道と連携した観光需要としては、伊豆・箱根方面も考えられる。伊豆半島には、西武グループの「下田プリンスホテル」「川奈ホテル」「プリンススマートイン熱海」「伊豆長岡温泉三養荘」がある。箱根方面も「ザ・プリンス 箱根芦ノ湖」「箱根湯の花プリンスホテル」「蛸川温泉 龍宮殿」がある。両エリアともに伊豆箱根鉄道の列車が走っている。
東急グループが自社沿線と伊豆急行沿線を結ぶ手段として「THE ROYAL EXPRESS」を投入したように、西武鉄道も自社沿線とグループ観光地を結ぶ新しい観光列車を投入するかもしれない。JR東日本が発表した「新しい夜行特急列車」も活用し、スキーシーズンの苗場プリンスホテルやガーラ湯沢に向けて、飯能駅や所沢駅から越後湯沢駅へ行く列車に乗ってみたい。武蔵野線からJR東日本のおもな在来線幹線区間へ直通できるだけに、運行区間の妄想は膨らむばかりだ。
JR東日本と西武鉄道の直通運転開始は2028年を目標としているとのこと。急ぐなら直通運転に対応した保安装置を既存車両に追加することで直通可能になると思われるが、せっかくやるからには、心ときめくような新型車両をデビューさせてほしい。