読売新聞オンラインは3月29日、「寝台列車『カシオペア』、6月完全引退…車両老朽化・機関車減少で長い旅路に幕」と報じた。車体の老朽化と牽引する機関車の不足が理由だという。情報源はJR東日本関係者で、「完全に引退する方針」という表現になっている。方針という言葉に含みを持たせているが、相当な要因がなければ方針通りと解釈できる。
JR東日本びゅうツーリズム&セールスが運営するサイト「日本の旅、鉄道の旅」を見ると、5~6月に5回の運行が決まっている。5月9日、5月15日、5月31日、6月14日、6月28日を出発日としてツアーを設定しており、6月28日のツアーは6月30日に上野駅へ戻る。読売新聞が報じた方針通りであれば、6月28日出発のツアーが最終運行になるだろう。
ただし、このツアーを紹介するJR東日本の報道発表資料「『カシオペア運行開始25周年YEAR』の記念ツアーを開催します ~ご要望にお応えし、夜行列車のツアーを販売します! 仙台・秋田では車両センターでの撮影会も実施します~」を見ると、「最終」や「引退」の記述はなかった。ちなみに、現在はすべての出発日が満席で、キャンセル待ち扱いになっていた。
「豪華寝台特急」として誕生した「カシオペア」
「カシオペア」ことE26系客車は、上野~札幌間の寝台特急「カシオペア」向けに制作され、1999年から運行開始した。列車名の「カシオペア」は、そのままE26系客車の愛称として定着した。2016年に定期運行を終了してからは、「カシオペアクルーズ」や「カシオペア紀行」といった団体ツアー列車として運行されている。
E26系の「E」はJR東日本を示す「E」。これに続く2ケタの数字は国鉄時代からの慣習で、十の位「2」は電源車を必要とする「集中電源方式」を示し、「6」は2軸ボギー台車の形式順を示している。1958年に登場した20系、ブルートレインブームの主役だった24系、24系25形に続く新形式となった。おもな特徴として、すべてA寝台2人用個室であり、すべての個室にトイレ兼シャワーが備えられている。1号車の車端部に設定された展望室付きスイートルーム「カシオペアスイート」がとくに人気だった。
編成の最後尾となる12号車は電源車だが、上階をラウンジカーとし、すべての乗客が展望を楽しめるようにした。3号車は食堂車で、予約制のフルコース料理を提供するディナータイム、アラカルトメニューを提供するハブタイム、和食と洋食の定食を提供するモーニングタイムを設定していた。
上野~札幌間では、1988年の青函トンネル開業に合わせ、寝台特急「北斗星」が運行開始した。24系客車で構成されたブルートレインのひとつで、2段式B寝台、B寝台1人用個室、B寝台2人用個室、A寝台1人用個室、A寝台2人用個室、食堂車、ロビー、シャワーを備えた。東京駅から九州方面のブルートレインが減便される中で、最も充実した列車だった。
「カシオペア」は「北斗星」の上級版として、同じく上野~札幌間で運行開始した。専用の客車としてE26系を製造。車体色は斬新なシルバーで、丸みのある展望室は鋼製、それ以外は軽量ステンレス製の車体だった。すべてA寝台、食堂車連結、展望室ありという要素から「豪華寝台特急」と呼ばれた。1編成しか制作されなかったため、毎日の運行はなく、臨時列車の扱いで、下り列車・上り列車の運行日と運休日を設定。その希少価値も人気を高めた。
寝台特急「カシオペア」は2016年の北海道新幹線(新青森~新函館北斗間)開業にともない、運行終了となった。電圧の変更で青函トンネル用の電気機関車ED79形を使えなくなったことなどが理由だった。ただし、E26系客車は製造から17年しか経っていなかったため、その後は団体ツアー「カシオペアクルーズ」「カシオペア紀行」向けに活用されていく。東北方面がおもな目的地で、信州へ向かうツアーもあった。2017年までは、JR貨物の機関車を借りて青函トンネルを走行し、札幌駅まで行くツアーもあった。
客車としては早すぎる引退に
鉄道車両は8年以内に全般検査を行う。車体から台車などを取り外す大がかりな検査で、JR東日本大宮工場では6年または80万kmとのこと。「カシオペア」のE26系客車は前回、2019年に全般検査を実施しており、6年であれば2025年、つまり今年が検査期限となる。
報道の通りであれば、検査せずに廃止ということだろう。E26系は運行開始から26年で引退する。新幹線車両を除く在来線向け車両としては早めの引退といえる。
電車の場合、幹線に投入した後、支線向けに改造して長く使うこともある。客車の場合も、「SLばんえつ物語」で使用される12系客車は1977年製で、改造やリニューアルを経て48年目である。寝台車で言うと、1973年に製造された「オハネ25 1」は1988年に「北斗星」向けの改造を実施して「オロハネ25 551」となり、2008年に廃車。35年間にわたって運用した後、さらにミャンマーへ譲渡されたという。
そう考えると、E26系客車もあと10年は走ってほしかった。不定期運行だっただけに、長持ちするのではないかとも思う。しかし、筆者が2019年に別件でJR東日本のある車両基地を取材した際、「カシオペア」に関して「予想より水回りの傷みが進行している」という話を聞いた。全般検査の直前という時期である。読売新聞が報じた「車体の老朽化」が水回りであれば、筆者も納得できる。E26系客車の特殊な構造が理由ということになる。
E26系客車は前述の通り、すべての個室にトイレとシャワーを設置している。これはいままでの鉄道車両にない特徴だった。中間車「カシオペアツイン」には、トイレ兼シャワー室が10カ所もある。従来の鉄道車両において、トイレは車端部にあり、それは寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」の285系も同様。水回りの配管を交換しやすい構造といえる。これに対し、E26系客車は食堂車も含めて車両全体に水回りの配管を引き回している。トイレだけでなく、シャワーも使うから、流水量も多い。
マンション等の集合住宅は数十年以上使う前提で建設される。水回りの配管も交換に配慮し、見取り図で「PS(パイプスペース)」と書かれた区画に配管がまとめられている。一方、鉄道車両は50年使う設計にはなっていない。とくにE26系客車は北海道新幹線開業後を考慮し、30年以上の運用を配慮しなかったと思われる。そのため、あえて配管を複雑にして、全個室にトイレとシャワーを設置するという英断が可能だったとも考えられる。
もし配管が交換可能な設計だったとしても、同じ部品を入手できないことが考えられる。筆者は昨年から今年にかけて、185系やE653系を使った団体ツアーに参加した。これらの車両も一部のトイレが故障中で使えなかった。
鉄道車両の車体は鋼製からステンレス製やアルミ合金製に変わり、長持ちするようになったが、水回りは老朽化の懸念がある。その上、SNSでE26系客車の展望室付近に外板の傷みがあると報告されていた。鋼製だからパテ塗りと塗装で修復できるとはいえ、腐食が浸透していれば大がかりな工事が必要かもしれない。
機関車廃止の流れも加速する?
「カシオペア」引退に関するもうひとつの理由として、牽引する機関車の不足が挙げられていた。JR東日本に限らず、日本の鉄道はいまや電車と気動車が主体となっている。客車は需要に応じて連結数を増減できるという利点があるものの、進行方向を逆転させるために機関車の前後を付け替える必要がある。電車等を頻繁に走らせる区間であれば、その作業がダイヤに支障する。機関車を付け替えるために、機関車が移動する線路も必要になる。
JR東日本は、寝台特急「北斗星」「カシオペア」を牽引するための電気機関車EF510形を15両も保有していた。それらはいま、すべてJR貨物に譲渡されている。JR東日本で残っている機関車は約30両あるものの、おもな任務は保守資材の運搬や車両の回送、構内入換えなど。昨年、高崎支社の機関車5両が旅客列車での運用を終了したことも記憶に新しい。
今後、JR東日本は保守資材の運搬や車両の回送などについて、機関車ではなく事業用のE493系(電車)・GV-E197系(電気式気動車)を配備する方針としている。そうなると、今後はE26系客車を牽引する機関車がなくなる。機関車・客車の組み合わせは蒸気機関車を使った観光列車だけになる。こうした事業環境の変化もあり、E26系客車を存続しない方針となったようだ。
ミドルクラスのクルーズトレインが欲しい
E26系客車が消えていく背景として、2017年に誕生したクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」(E001形)の存在も見逃せない。電化区間(直流・交流)と非電化区間のすべてを走行でき、観光列車ブームの頂点に君臨する列車といえる。10両編成の1号車と10号車は展望車、5号車はラウンジ、6号車はダイニング。客室は6両あり、2名個室を17室用意している。
「TRAIN SUITE 四季島」の北海道乗入れをきっかけに、「カシオペア」は北海道乗入れを終了した。「TRAIN SUITE 四季島」は他にも「山梨・新潟」「長野・新潟」「初詣と日の出鑑賞」などのコースを用意しており、「カシオペアクルーズ」「カシオペア紀行」をワンランクアップした内容となっている。料金も2倍以上とかなり高額。それだけに、価格帯や手軽さという意味で、「カシオペア」と同等の列車もほしいところだろう。
JR西日本が「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」と「WEST EXPRESS 銀河」、JR九州が「ななつ星 in 九州」と「36ぷらす3」でそれぞれ2段構えのクルーズツアーを展開している。JR東日本にもカジュアルなツアートレインが欲しい。全室トイレ付きでなくてもいい。E653系のような交直両用電車を改造すれば、東北地方のほぼ全域を網羅できる。リクライニングシートやカーペット区画を用意して夜行に対応すれば、その列車は鉄道ツアーファンにとって「TRAIN SUITE 四季島」へのステップになると思う。どうか検討していただきたい。