小田急電鉄は9月9日、「新型ロマンスカー」の設計に着手し、2029年3月(2028年度末)の運行開始をめざすと発表した。報道資料に完成予想図もデザイン画もなかったが、「EXE(30000形)の代替」「VSE(50000形)の後継」という情報は手がかりになる。とはいえ、EXEとVSEは設計コンセプトが異なる。どんな車両が考えられるだろうか。

  • VSE(50000形)は2編成あったが、2023年に引退した

小田急ロマンスカーといえば、流線型の車体に先頭車の展望座席、連接車が大きな特徴だ。いや、だった。現在は展望座席を持たない形式のほうが多く、連接車はない。

連接車は2つの車両の間に連接台車を置く方式である。台車の数が少ないから、列車全体を軽量化でき、曲線区間のスピードアップと乗り心地に貢献するなどの利点があった。小田急電鉄の初代ロマンスカー・SE(3000形)で採用され、軽量なモノコック車体と高性能モーターの採用もあって、当時の狭軌(軌間1,067mm)の列車で世界最高速度となる145km/hを達成した。開発にあたって国鉄(当時)の技術協力も得ており、東海道本線でこの記録を出している。

SE(3000形)の後継となるロマンスカー・NSE(3100形)は、先頭車の運転席を2階に上げて、1階の先頭部を展望座席にした。これが好評だったため、後のLSE(7000形)やHiSE(10000形)にも継承された。御殿場線直通用のRSE(20000形)は運転席を1階に設けたが、座席をハイデッカーとすることで、運転席越しに展望を楽しめる構造にした。RSEは中間車に2階建て車両も連結した。

異色のロマンスカー・EXE(30000形)

一方、EXE(30000形)は「ロマンスカーらしくないロマンスカー」といえる。

  • EXE(30000形)は7編成あった。うち5編成を「EXE α」にリニューアル。残り2編成が「代替」となる(写真はB-1グランプリ編成。許可を得て筆者撮影)

展望席を持たない。運転席と客室の壁をガラス張りにして、眺望に配慮するだけにとどまっている。先頭車は角ばった形状で、連接車ではなくボギー車を採用している。ボキー車とは1つの車両の両端に台車を置く方式であり、ほとんどの旅客用車両で採用されている。車体を大きくできる分、客室も広くなる。

EXEに展望座席を作らず、ボギー車とした理由は、観光客以外の利用者を増やすためだった。ロマンスカーは特急券の購入で定期券利用者も乗車できることから、途中停車駅の多いロマンスカーで「座れる通勤・通学電車」として利用する人が増えていた。休日に新宿駅や町田駅などへ向かう買い物客もいた。このような日常利用において、展望座席の有無はあまり関係ない。日常利用の乗客にもゆったり過ごしてもらうため、EXEの座席間隔は他のロマンスカーより広くなった。

座席間隔が広くても、大型車体だから座席数は増える。HiSEの定員432名に対し、EXEは10両編成で578名となった。EXEは6両編成と4両編成に分割できるため、小田原方面・江の島方面で編成を分割・併結することも可能。時間帯で変わる需要に見合った運用もできる。EXEは小田急電鉄にとって便利であると同時に、観光利用以外の小田急線沿線住民にとって、短距離でも日常的に利用できる有料座席として便利な存在になった。

EXEは2017年以降、リニューアル車両「EXE α」への更新が進み、7編成のうち5編成の更新が完了した。残り2編成は新型ロマンスカーによって「代替」されるという。

展望座席を復活させたロマンスカー・VSE(50000形)

EXEはNSEと交代する形で、1996年に2編成、1997年に追加で2編成を導入。この時点で、LSEが4編成、HiSEが4編成、EXEが4編成になった。御殿場線へ乗り入れる車両を除くと、展望座席車と非展望座席車の比率は2:1である。1999年にEXEを3編成増備し、合計7編成になると、EXEがロマンスカーの最大勢力になり、展望座席車と非展望座席車の比率は4:7になった。

その結果、ロマンスカー全体の利用者数が増える反面、箱根方面の利用者が減ってしまった。「ロマンスカーらしくないロマンスカー」が観光客に敬遠されたのである。しかもHiSEの延命工事が不可能となり、引退させる必要が生じた。中間車の眺望に配慮したハイデッカー構造が、バリアフリー法に対応できないからだった。

そこで、HiSEの後継車両としてVSE(50000形)が誕生した。ロマンスカーの三種の神器「展望席」「流線型」「連接車体」が復活するとともに、「白いロマンスカー」として話題になり、箱根観光需要の再開拓に貢献した。ただし、展望座席車と非展望座席車の編成比率は変わらない。VSEの編成定員は358名で、HiSEより74名も少なかった。

観光特急需要の復活策としてもうひとつ、2008年にMSE(60000形)が投入された。東京メトロ千代田線などへ乗り入れ、都心の主要駅から箱根湯本駅までを結ぶ「メトロはこね」、片瀬江ノ島駅までを結ぶ「メトロえのしま」が誕生した。MSEの先頭車は流線型だが、展望座席はない。地下鉄線内の走行に対応するため、先頭車に非常口を設置した。車内はシートの背もたれを高くして、乗客のプライベート感を演出している。ボギー車で、需要バランスを考えて6両編成と4両編成に分割できる。MSEはいわば「EXEの地下鉄版」である。

MSEも小田急電鉄にとって便利なロマンスカーで、後にRSEを置き換えるために増備された。現在は5編成が稼働し、地下鉄直通以外の特急ロマンスカーでも運用されている。2015年の時点で、展望座席付きの編成はLSE(7000形)2編成、VSE(50000形)2編成の合計4編成。展望座席なしの編成はEXE(30000形)7編成、MSE(60000形)5編成の合計12編成となった。

2018年にGSE(70000形)が登場。2編成が就役し、ボキー車で定員は400名。代わってLSE(7000形)2編成が引退した。その後、VSE(50000形)が延命更新をあきらめ、2023年に引退。アルミ車体の加工が難しいこと、ロマンスカーで唯一となった連接車体の保守効率が問題になっていたという。

2024年時点で、ロマンスカーは計14編成だが、展望座席付きはGSE(70000形)2編成のみ。「ロマンスカーらしいロマンスカー」は、いまや希少な存在になってしまった。

「代替」と「後継」の意味を深読みする

2029年3月(2028年度末)の運行開始をめざすという新型ロマンスカーに関して、現時点で情報は少ない。EXEの「代替」であれば、2編成を引退させて2編成を新造する「数合わせ」ともいえるし、EXEの機能を引き継ぐとも読める。その一方で、新型ロマンスカーはVSEの「後継」でもある。「後継」は文字通り「役割を引き継ぐ」という意味がある。

ロマンスカーの特徴といえば展望座席だが、展望座席付きのロマンスカーがGSE(70000形)2編成のみという現状は少なすぎると感じる。新型ロマンスカーは展望座席付きとし、観光特急の役割を継承するとみていいだろう。その上で、EXEを代替するなら6両編成と4両編成に分割する機能が求められると思える。しかし、すでにMSEも5編成投入されており、いまや計12編成が編成分割に対応している。これ以上、分割対応編成が必要だろうか。

GSEの後継ではなく、引退したVSEの後継となった理由は何だろう。両者の違いはボギー車か連接車か。連接車が復活すれば面白いが、保守作業が問題となった連接車の復活はないと筆者は考える。GSEは現役だから後継と言うわけにはいかず、引退したVSEの後継にしたいという意味だろう。

ここまでまとめると、新型ロマンスカーは「展望座席を持つ」「編成分割はない」、つまり、VSEとGSEの延長線上のデザインになると思う。

もし「編成分割がある」とした場合、展望座席の扱いはどうなるだろうか。6両編成と4両編成で、それぞれ両端に展望座席を設置する。一方、両編成を連結して10両編成としたときは貫通させないという、中央線快速や東海道線、横須賀線の基本編成と付属編成のような形態も考えられる。あるいは、展望座席は先頭車に限らず、RSE(20000形)のような2階建ての展望中間車にするかもしれない。こうした妄想を膨らませる時間はとても楽しい。

新型ロマンスカー「XSE(80000形)」という妄想

VSE以降、GSEまで、ロマンスカーのデザインは建築家の岡部憲明氏が担当していた。MSE、EXEのリニューアル車両「EXE α」も岡部氏が手がけている。鉄道車両は建築と異なり、決まり事が多い。鉄道会社や車両メーカーとのやり取りも体力が必要になる。

筆者はGSEの報道公開で岡部氏と話したことがある。「VSEは予算が少なくて、曲面ガラスが使えないなど制約が多かった。GSEであのときできなかったことを盛り込んだ」と岡部氏は語り、やりきったという表情が印象的だった。新型ロマンスカーが運行開始する予定の2028年度、岡部氏は80歳前後になるという。デザイナー交代の時期が来たということだろう。

小田急電鉄の報道資料を見ると、デザイン担当者を決める過程で、慎重に実績を評価したとわかる。新型ロマンスカーの内外装デザインは「株式会社COA一級建築士事務所」が担当する。鉄道車両を手がけた経験はないとのことだが、小田急電鉄のロマンスカーを手がけた岡部憲明氏も、西武鉄道の「ラビュー」を手がけた妹島和世氏も建築家で、鉄道車両は異分野だった。鉄道車両デザインに新しい感性が加わることになる。

少し視野を広げると、関東近郊における観光地のライバルとして、西武鉄道の秩父と「ラビュー」、東武鉄道の日光・鬼怒川と「スペーシアX」、JR東日本の伊豆と「サフィール踊り子」などが挙げられる。どれも斬新なデザインとサービスを提供している。

これらの観光地向け特急列車をライバルと考えるなら、いままでのロマンスカーの延長線にはない、まったく新しい感性が必要かと思われる。たとえば東武鉄道の「スペーシアX」のように、「ロマンスカーX」のような車両が必要かもしれない。車両形式は順当に考えれば「80000形」だろうし、愛称に「X」を使って「XSE(Extreme Super Express)」はどうか。従来のロマンスカーの概念を超えた、まったく新しいロマンスカーの登場に期待したい。