大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)は、『源氏物語』を生み出した紫式部の人生を描く物語とあって、登場人物たちの書道シーンも見どころとなっている。渡辺大知が演じている藤原行成は、日本風の書である和様書道を完成させたと言われている“書の達人”。本当に字が美しくなければならないということから、書道シーンを吹き替えにするという案もあった中、渡辺が見事に吹き替えなしで役割を全うしている。

  • 『光る君へ』藤原行成役の渡辺大知

藤原行成は書道家にとって憧れの存在

大河ドラマ第63作となる『光る君へ』は、平安時代を舞台に、のちに世界最古の長編小説といわれる『源氏物語』を生み出した紫式部の人生を描く物語。主人公・紫式部(まひろ)を吉高由里子、紫式部の生涯のソウルメイト・藤原道長を柄本佑が演じ、脚本は大石静氏が手掛けている。

“書の達人”である藤原行成は、書道家にとって憧れの存在だという。本作の題字と書道指導を担当している根本知氏は、行成について「日本らしい柔らくて優しい漢字を完成させた人です」と説明する。

「書道は中国から日本に来ましたが、中国の書の神様は王羲之で、それを伝えながら自らも書をやった空海(弘法大師)が日本の漢字の神様。『弘法も筆の誤り』とか『弘法筆を選ばず』ということわざにもなっています。そこから仮名文字ができて、仮名だけでなく漢字も柔らかくなっていく。これを和様と言うのですが、行成は仮名文字と合う優しい漢字を完成させ、読みやすくて美しい字を提案しました」

そして、行成の字からとても影響を受けたと語る根本氏。

「中学2年生の時に仮名文字を習い始めたのですが、その時に、本人の肉筆かどうかは定かではないけれど、本人の字に限りなく近いとされている、伝・藤原行成という古筆をとりあえず真似しなさいと言われて、行成の字を練習していました。伝・紀貫之や伝・小野道風といったものもありますが、行成の字がことごとく私の美意識に感動を与え、こういう字が書けるようになりたいと思いました。本当に憧れの人です」

  • 『光る君へ』藤原行成役の渡辺大知(左)と藤原道長役の柄本佑(写真:NHK提供)

書道未経験の渡辺大知、筆の動きを完コピして見事な字を披露

そんな“書の達人”だからこそ、書道シーンを渡辺ではなく根本氏が吹き替えしたほうがいいのではないかという話もあったという。

「キャスティングが決まった時点でプロデューサーさんたちとかなり相談しました。平安時代で一番字がうまい人だから、手元は僕じゃないとダメなのではないかと。ですが監督の中では、いきなり手だけに寄るのではなく、引きで撮りたいという思いがありました」

その後、渡辺と会って字を書いてもらった時に、「この人ならできる」と任せることに。

「行成は憧れの存在で、僕からしたら神様です。平安時代の書の神様の字を自分がやりたいという思いも多少あり、そして何より本当に字がうまくないといけないということで、自分がやったほうがいいかもしれないと思っていましたが、大知さんに会って、これだけうまいなら大丈夫だと思いました」

渡辺は書道未経験者。根本氏の筆の動きを完全にコピーして、そっくりの字を書いているそうで、そのうまさに根本氏は驚いたという。

「とてもうまかったので、『(書道を)やったことがありますか?』と聞いたら『ないです』とおっしゃっていて、『なんでこんなにうまいんですか!?』と。僕が書いている時に、僕の顔のすぐ横に顔を持ってきて見ていて、動画で撮っているかのように毛先の動きなどを目に焼き付けて、そのまま同じように書いていて、この人は天才だなと思いました」

  • 題字と書道指導を担当している根本知氏

手紙や巻物は根本知氏が作成「『行成になれ!』と思いながら」

完成版として登場する手紙や巻物などの作り物に関しては、根本氏が手掛けている。

「『行成になれ!』と思いながら作り物を書いています。『行成さんはもっとうまいはずですが、僕ができるのはここです』と。行成の字を見ながら書いていて、助監督の方に『根本さんは筆が速いから作り物が早い』と褒めてもらっていたのですが、『行成は遅いですね』と言われました(笑)。行成は一文字一文字、どんな字だったか確認したくなるので、ものすごく時間がかかります」

作り物は、実際に映る部分だけでなく、多めに書く必要があるという。

「巻物が透けた時に何も書かれてなかったら嘘くさくなってしまうので、透ける部分も書いています。あと、巻物を広げる場面で、予定よりも広げてしまった時に字がなかったらおかしいので、そういう可能性も考えて多めに書くように。映らないところまで書いているんです」

根本氏は、『光る君へ』をきっかけに藤原行成が注目され、自身のように行成の字を手本にする人が増えることも期待。「『藤原行成の字をやろうよ! これが日本の書道の夜明けだよ!』と声を大にして言いたいです」と熱く語ってくれた。

■根本知(ねもと・さとし)
埼玉県出身。大東文化大学大学院博士課程修了、2013年博士号(書道学)取得。大学で教鞭を執るかたわら、かな書道の教室やペン習字の講座を開く。2016年に初の個展を開催し、2019年にはニューヨークにて個展を開催。2024年の大河ドラマ『光る君へ』で題字と書道指導を担当している。

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