熊本県と鹿児島県の山間部を結ぶJR肥薩線は、2020年に発生した「令和2年7月豪雨」で大規模な被害を受け、現在も八代~吉松間が不通のままとなっている。沿線自治体の強い要望を受け、鉄道の復旧を前提とした協議が続いている。

  • 肥薩線の位置と周辺の鉄道路線(地理院地図を加工)

運行事業者のJR九州は、肥薩線の利用者減少を理由に「自社単独の鉄道復旧と運行継続は不可能」という態度を示している。これは上場企業として当然の考え方といえる。ただし、交通事業者として社会的責任があるため、BRT(バス高速輸送システム)による路線維持を視野に入れている。同様の事例として、2017年の「平成29年7月九州北部豪雨」で被災した日田彦山線の添田~夜明間は鉄道復旧せず、「BRTひこぼしライン」として8月28日に開業する予定となった。

■鉄道復旧で大筋合意したが…

肥薩線の沿線自治体と熊本県は、基本的に鉄道存続を望んでいる。2022年3月、国土交通省、JR九州、熊本県、沿線・周辺12市町村が参加する「JR肥薩線検討会議」が発足。同年の5月と12月、そして今年6月に開催されている。この中で、JR九州が当初に示した「鉄道による復旧費が約235億円」について、河川治水事業と道路復旧事業に連携する形で約159億円が圧縮(免除)された。

残り約76億円については、鉄道軌道整備法による国の補助を見込む。負担割合は国・JR・自治体が3分の1ずつ。約25億円余となる。鉄道軌道整備法は、かつて赤字鉄道事業者のみ国が支援すると定められていたが、黒字鉄道事業者が赤字路線を見捨てかねないとして、2018年に改正され、黒字鉄道事業者の赤字路線も対象となった。

ただし、鉄道軌道整備法による国の補助を受ける場合、復旧後も持続的な運行を維持するための枠組みを示す必要がある。たとえば上下分離。自治体が線路施設を保有して維持管理し、鉄道事業者が運行のみ責任を負うしくみである。

「JR肥薩線検討会議」は、鉄道の復旧について鉄道軌道整備法を受ける方向でまとまった。引き続き復旧後の運行について話し合いが行われている。JR九州に鉄道での運行を決断してもらうために、自治体側が鉄道復旧後の持続可能性を示す必要がある。

■自治体負担に温度差

しかし、6月22日の「肥薩線再生協議会」で、自治体の温度差が現れた。「肥薩線再生協議会」は、「JR肥薩線検討会議」のメンバーのうち国とJRを除いたメンバー、すなわち熊本県と沿線・周辺12市町村が参加する。国やJRに対し、自治体としての意見をまとめるために設置された。

  • 肥薩線沿線と周辺自治体。赤字がと青字が肥薩線再生協議会メンバー。このうち赤字が肥薩線の不通区間がある自治体。青字は周辺自治体(地理院地図を加工)

FNNプライムオンライン(テレビ熊本)の6月24日付記事を見ると、肥薩線の沿線自治体、とくに人吉市と球磨村は鉄道復旧を強く望みつつ、負担額の大きさに当惑しているようだ。一方、八代市と芦北町は鉄道復旧への熱が低い。直接の沿線ではない町村は「協力する」という態度にとどまる。

八代市はローカル線問題にありがちな「根本側の立場」である。肥薩線の起点であり、肥薩線にとって重要な自治体だが、八代市から見た場合、市民が肥薩線沿線の目的地に向かう機会が少なければ重要ではない。それとは逆に、肥薩線を利用して多くの人々が八代市を訪れ、市内で消費するならありがたい存在といえるが、過去の利用者数から見ても少ないと思われる。

芦北町長の発言は紹介されていなかったが、地図を見れば推測できる。肥薩線における芦北町区間は球磨川の西岸であり、球磨川が球磨村との境界になっている。肥薩線が向こう岸にあれば、沿線自治体にはならなかった。しかも向こう岸に国道219号があり、集落も球磨村側にある。肥薩線は球磨村のためにあると言っていい。しかも芦北町は肥薩おれんじ鉄道の利用促進も課題になっている。これは八代市も同じだろう。

熊本県は復旧費用として、沿線自治体負担分となる約25.3億円のうち、半額を県が負担し、残りを沿線周辺自治体が負担する案を示している。ただし、自治体の経済規模と受益を考慮し、内訳として人吉市が残り5割の約6.3億円、八代市が3割、その他10町村が約3.8億円を分担することになる。

上下分離した後の自治体管理分の維持費についても、国や県の補助を差し引き、12市町村で年間約1億1,200万円かかる見込みだという。はたして、各自治体で受益と負担のバランスが取れるか。とくに沿線外の自治体が応じられるか。熊本県の采配にかかっている。

■沿線は肥薩線の観光列車を活用できていたか?

日田彦山線添田~夜明間のBRT化は、公共交通の利便性が高まるとして沿線自治体が納得した。しかし、肥薩線の場合は公共交通だけでなく、観光需要も支えてきたという背景がある。とくにくま川鉄道は、接続路線となる肥薩線を失うことで孤立路線となり、鉄道ネットワークの役割を失いかねない。くま川鉄道も「令和2年7月豪雨」で被災しており、激甚災害の特例措置を受けて全線復旧に向けた工事が行われている。

観光需要としても魅力は大きい。肥薩線はもともと鹿児島本線として開業し、その後、海回りの新線(現在の肥薩おれんじ鉄道)が開業した後も、沿線の観光客輸送に貢献してきた。肥薩線は球磨川の眺めに加え、大畑駅のループ線とスイッチバックの組み合わせが象徴するように、山岳区間の車窓風景にも定評がある。嘉例川駅での駅弁の取組みも高く評価されていた。

JR九州も肥薩線の魅力を高めるため、特急列車や観光列車を次々に投入してきた。2004年の九州新幹線(新八代~鹿児島中央間)開業に合わせ、急行「くまがわ」を特急列車に格上げし、新設の「九州横断特急」も一部列車が人吉駅まで乗り入れた。人吉~吉松間の普通列車だった「いさぶろう・しんぺい」も専用車両となり、観光列車として認知度が向上。吉松駅から鹿児島中央駅まで特急「はやとの風」も運行開始した。

2009年には、熊本~人吉間で「SL人吉」の運行が始まる。さかのぼると、JR九州発足後の1988(昭和63)年から豊肥本線で「SLあそBOY」が運行されており、牽引する蒸気機関車8620形が人吉駅で展示されていた縁で、臨時列車「SL人吉号」として運行されていた。その後、8620形は老朽化にともない引退したが、JR九州は観光資源として再び使用することを決断。約4億円かけて8620形の修理と客車の整備を行った。

2016年、特急「くまがわ」の運行が終了し、「九州横断特急」も人吉駅への乗入れを終了したが、「いさぶろう・しんぺい」の一部列車が熊本駅発着となり、2017年から熊本~人吉間を特急列車として運行するようになった。同じく2017年、特急「かわせみ やませみ」も誕生。この頃の肥薩線は、「SL人吉」「いさぶろう・しんぺい」「かわせみ やませみ」「はやとの風」が運行され、全線を観光列車で乗り継げる「ゴールデンコース」となっていた。

JR九州の肥薩線に対する投資は、他の観光列車を運行する路線と比べても手厚かった。ただし、これは沿線自治体からの要請と言うより、JR九州の都合だったことは否めない。観光列車開発の基準年といえる2004年に九州新幹線が開業したものの、新八代~鹿児島中央間の部分開業だったため、ビジネス需要を刺激しにくい。そこで、熊本・鹿児島地区で九州新幹線と肥薩線の観光列車による回遊ルートを作った。これが筆者の見立てであり、九州新幹線に乗ってもらうための目的地として、肥薩線に観光列車が導入された。2009年に運行開始した「SL人吉」も、肥薩線の観光列車が成功したことの延長にあり、肥薩線開業100周年を記念しての登場だった。2011年の九州新幹線全線開業も見込んでいたことは言うまでもない。

肥薩線の沿線地域も、これらの観光列車の恩恵を受けたはず。しかし、自らの観光需要の開拓はできていただろうか。温泉以外の観光要素を発信したか。鉄道利用者の二次交通は整備できていたか。観光列車が満席、あるいは運休だったとしても、目的地は「普通列車で訪れたい観光地」になっていたか。普通列車も観光列車も、沿線の景色の素晴らしさは同じ。目的地の魅力があれば人は来る。ここは大いに反省すべきではないかと思う。

■JR九州の観光車両を取り戻そう

JR九州は近年、肥薩線の観光列車から手じまいを始めている。「はやとの風」は2018年に定期列車から臨時列車に変更。「かわせみ やませみ」も2020年から一部列車を臨時列車に変更した。その後、コロナ禍で旅行者が大幅に減少した影響で、JR九州はすべての観光列車を運休とした。「令和2年7月豪雨」で被災し、八代~吉松間が不通となったことで、「いさぶろう・しんぺい」「かわせみ やませみ」「SL人吉」は活躍の場を失った。

観光需要がやや上向きになる中、「いさぶろう・しんぺい」と「かわせみ やませみ」は博多駅から門司港駅まで特別運行を実施。後に「かわせみ やませみ」は豊肥本線へ移った。「SL人吉」は熊本駅から鳥栖駅まで運行されたが、2024年3月に運行終了予定。「第3の引退」となる。

「はやとの風」は2022年に運行終了。「いさぶろう・しんぺい」の車両1両とともに改造され、佐賀・長崎地区で「ふたつ星 4047」として運行開始した。九州新幹線の部分開業時と同様の手法で、西九州新幹線の需要を喚起するための観光列車である。「いさぶろう・しんぺい」の残る2両も、改造して久大本線の新たな観光列車にする予定と報道されている。もう肥薩線には戻ってこない。

6月28日に行われた「JR肥薩線検討会議」に関して、毎日新聞電子版の6月29日付記事によると、熊本県は肥薩線の利活用策として、住民生活、観光資源、県内周遊、広域集客の4つを基軸とし、具体的には「SL列車に代わる新たな観光列車の導入」「くま川鉄道と直通運転を実施し新八代駅で九州新幹線と接続」などが示されたという。

「かわせみ やませみ」は戻ってくるかもしれない。「SL人吉」はかなり強みのあるコンテンツだったから、同等の魅力を持つ新たな観光列車が加わるとしたら心強い。しかし、車両の調達費用はどうするか。これも復旧後の費用負担に関わってくる。

■熊本県は「只見線方式」を検討してほしい

被災路線の復旧と活用といえば、JR東日本の只見線に成功例があると思われる。目立つ観光施設は少ないが、その風景を紹介する写真がInstagram等で紹介されると、海外、とくに台湾から観光客が訪れた。そこで福島県が先頭に立ち、復旧を進めた。鉄道軌道整備法を改正するきっかけになった路線でもある。

只見線の被災運休区間だった会津川口~只見間は、鉄道軌道整備法の改正により、復旧費用の負担を国・福島県・JR東日本で3分の1ずつ分けることになった。自治体分は県の全額負担であり、市町村の負担が軽減された。JR東日本が復旧工事を実施した上で、この区間の線路施設、用地はすべて福島県に無償譲渡された。

上下分離にともない、JR東日本は列車の運行のみを担当。線路使用料を福島県に支払うが、経費が赤字となった分は支払わなくてよい。JR東日本にも復旧費の負担があるとはいえ、長期にわたる赤字はなくなった。JR東日本にとって都合の良い話といえる。

一方、福島県はその負担を地域の利益で取り返すつもりのようだ。只見線復旧後、予想通り多くの観光客らが訪れ、車両の増結や増便が行われたほか、臨時列車も企画運行されている。列車と風景を撮影するために訪れる人も多い。列車に乗らない観光客も沿線で泊まり、食事し、買い物する。車で来たら給油もする。宿泊に関して、沿線だけでは宿泊施設が足りない。会津若松市や郡山市などの宿泊施設も利用が増えるはずだ。

肥薩線も、只見線のように自治体負担分は熊本県が全額としたらどうか。市町村負担にすれば公平性を取りにくい。肥薩線を訪れる人は八代市や熊本市でもお金を使うだろうし、そのようなしかけを作っていきたい。その上で、県が「肥薩線でキャンペーンをやるから協力しなさい」と言えば、お金を出してもらった恩もあり、市町村は協力しないわけにいかないだろう。

なお、この記事を執筆している間にも、九州・山口などで線状降水帯が発生していた。新たな被害が心配だ。今後、肥薩線と同様の被害があったとしても、まずは只見線方式で対処することを基本としてはどうか。沿線市町村も対話のテーブルに着きやすいと思う。