コロナ禍で在宅時間が増えたことをきっかけに、「自宅で過ごす時間を充実させたい」「家でもちょっとした贅沢を楽しみたい」と考える人が増えた。

「家飲み」においても質を重視する傾向が高まる中、老舗魔法瓶メーカー・ピーコック魔法瓶は、2021年に温度とデザインにこだわった酒器シリーズ「おうち居酒屋シリーズ」を発売。家飲み派から「こんな商品が欲しかった! 」と好評を博している。

開発の過程では、酒好きのチームが朝まで飲み明かしながら議論を深めたこともあったという。ピーコック魔法瓶工業 広報・マーケティング部 部長(当時:企画マーケティング部 部長)の木村剛治氏に「おうち居酒屋シリーズ」の開発秘話を聞いた。

  • 「おうち居酒屋シリーズ」を開発した“チーム酒好き”。今回、お話しを伺った木村氏(中央)とマーケティングチーム チーフの河村氏(左)、デザインチーム リーダーの新井氏(右) ※肩書は当時のもの

■70年超の技術を生かし、「家飲み」をもっと豊かに

――「おうち居酒屋」というコンセプトが誕生した背景や御社の想いなどをお聞かせください。

当社は1950年に創業した老舗魔法瓶メーカーです。消費者のニーズが変化する中、2020年に企画マーケティング部を新設。商品開発の考え方を流通目線から消費者目線に切り替え、お客様目線でターゲットの課題を解決する商品づくり、感動をお届けできる商品づくりに取り組んでいます。

2019年以降、コロナ禍で在宅時間が増え、私たちのライフスタイルに大きな変化がありました。単におうち時間が増えただけでなく、「いかにおうちでの時間を楽しむか、充実させるか」が重視されるようになったのです。「家飲み、中食」に関しても、“価格重視”から“こだわり重視”へと移行し、フードデリバリーやテイクアウトサービスの拡大、定着化が進みました。

こうした流れを受け、私たちも消費者のライフスタイルの変化に対応する、当社ならではの技術を生かした商品を多数開発してきました。「家飲み」についても、「自宅でもっと美味しく豊かに過ごしていただくために当社としてできることはないか」と考える中で、「おうち居酒屋シリーズ」が生まれました。

  • 「おうち居酒屋シリーズ」

――創業から70年以上つくり続けてきた魔法瓶について、特徴を教えてください。

諸説ありますが、魔法瓶構造自体の発明は1873年のイギリス、製品化したのは1904年のドイツと言われています。

日本に初めて輸入されたのは1907年のことで、当時の魔法瓶はガラスでできていました。そのため、当社を含め、当時ガラス生産のメッカであった大阪に魔法瓶メーカーが集中しています。その後、1978年に携帯用国産ステンレスボトルが開発され、それ以降の魔法瓶はステンレス製が主流となっています。

ちなみに「魔法瓶」という呼称は、日本特有のものです。当時初めてこれに接した日本人が「魔法」と思えたほど、魔法瓶は温かいもの、冷たいものを入れても外側に温度が伝わらず、長時間保温(保冷)ができる不思議な特徴を持っています。その秘密は、一言で言えば真空二重断熱構造にあります。

当社は1968年、魔法瓶の歴史において初めて、今では当たり前となった「回転式卓上ポット」(持ち上げなくてもポットの把手を使用者の方にくるりと向けられる方式)を発明。回転式ポットは一世を風靡しました。

それ以降も、魔法瓶メーカーとしての品質・性能は大事にしながらも、店頭で目を引くデザイン性、広告費を抑えた低価格で競合との差別化を図ってきました。デザインへのこだわりは、今も変わらずに受け継がれています。

――「おうち居酒屋シリーズ」は、どのような流れで、どのようなメンバーで開発されたのでしょうか。

魔法瓶は「温度」を保つ技術であり、お酒は細かい温度によって「美味しさ」が変わります。そして、家飲みには、外飲みにはなかった、ゆったり、じっくりとした「時間」があります。

これら3つの要素を考えると、魔法瓶の酒器はその特徴を活かして家飲みに最適なものだと思えました。そして、今回はそれを効果的に伝えるために単品ではなく、シリーズとして展開することがポイントになると考えました。

幸いにも、当時の企画マーケティング部には私を含む“チーム酒好き”というユニットがありました。議論が深まり、朝まで飲み明かすことも何度かあったほどで「おうち居酒屋」の企画には最適なチームでした。

企画に際しては各メンバーの役割が明確に分かれていて、3人でテーマを決めたら私木村が商品コンセプトを立て、企画マーケティング部 マーケティングチーム チーフ(当時)の河村が市場調査なども踏まえて具体的なイメージとして浮かび上がらせ、同じ部のデザインチーム リーダー(当時)の新井が、そのイメージを洗練させたデザインで形にするという流れでした。

■酒好きならではの視点とこだわりでラインナップを拡充

――「おうち居酒屋シリーズ」の商品ラインナップが決まるまでの道のりをお聞かせください。

まず考えたのは「ビアタンブラー」です。ステンレス製魔法瓶構造のタンブラーはたくさんありますが、個人的には「ビールに特化した、ビールのための理想のタンブラーはまだない」と感じていました。

容量、泡の出方、飲み口……美味しくビールを飲むためにはどうあるべきか、他社製品や素材の違うタンブラーを買い集め、ひたすら3人で缶ビールを買って飲みまくって試しました。

特にこだわったのは、飲み口の薄さです。日本で最も多く飲まれているラガー系のビールは、明らかに薄張りガラスのほうが旨く感じます。試行錯誤を経て、飲み口薄さ約1mmのビールのためのタンブラー、「ビアタンブラー」が完成しました。

  • ビアタンブラー

次に考えたのは、家飲みでビール・第3のビールに次ぐ人気を誇るチューハイ・ハイボールのための「チューハイ・ハイボールタンブラー」でした。ただ、世の中にあるタンブラーとの差別化に自信を持つまでに至らなかったこともあり、このタイミングでの商品化は断念しました。

その次に考えたのは「焼酎タンブラー」です。当社には過去に、電子レンジ対応のプラスチック容器とステンレス魔法瓶構造のカップを組み合わせたスープ容器商品がありました。

「焼酎は自宅でお湯割りを作るのが面倒くさい」といった声がありましたが、この仕組みを使えば電子レンジで簡単にお湯割りが作れます。焼酎の飲み心地や口当たりのバランスを考え、今回は内側容器には重厚感のある陶器を採用しました。

さらにシリーズを横に広げる際に、河村が「自宅で気軽に使えるアイスペール(氷を入れる保冷容器)のコンパクトなものが欲しい」と言い続けておりました。「ハイボールを家飲みする際に、氷を取りに何度も冷凍庫に通うのがストレス。だけど、ちょうど良いアイスペールのサイズがなく、代わりの容器に氷を入れておくと水滴で卓上がびしょびしょになる」と言うのです。

確かに、当時コンパクトな魔法瓶構造のアイスペールは市場にありませんでした。当社のショールームに並ぶ歴代商品を眺めながら考えていたとき、ランチジャーの飯器になっていた魔法瓶容器が目に留まりました。実は「おうち居酒屋シリーズ」のアイスペール本体は、当社のランチジャーの飯器をそのまま転用したプロダクトです。

さすがにそれだけでは商品にならないので、より快適にお酒を楽しむ工夫として、本物の木製蓋を付け、簡単なおつまみ入れにもなるデザインにしました。もちろん魔法瓶なので保冷性はしっかり担保され、シリーズ中唯一お酒を選ばず横断的に使用できる商品となっています。

  • 焼酎タンブラー

――「ビアタンブラー」を起点として、「酒好き」の視点でどんどんラインナップが広がっていったのですね。

はい。ここまで来たとき、「おうち居酒屋」というネーミングは出来上がっていました。 「気軽に行けなくなった居酒屋もおうちに持ち込んで楽しんでいただきたい」、そんな想いから企画が始まったからです。

そう考えると、やはり居酒屋の定番である「日本酒」のための商品は必須でした。日本酒は温度によって、燗や冷酒の呼び方(人肌、日向、雪冷え、花冷えなど)が変わるなど、温度にこだわりを持つお酒だけに、開発には神経を使いました。要求レベルの高い日本酒ユーザーに喜んでもらえる酒器とはどのようなものか、初心に返り、さまざまな日本酒とさまざまな酒器を買ってきて、3人で飲みまくって試しました。

その結果、日本酒には魔法瓶の「温度を保つ」という機能こそが重要だと気付きました。また、酒器の形は、「シリーズのアイコンにもなる、日本の伝統的な美しい徳利とお猪口の形が最適」という結論に達しました。

容量は、家飲みにちょうどいい量を追求して300ml(1.6~1.7合)としました。燗酒、冷酒とも容器の外で準備する手間はかかりますが、この容器に移していただければ、お好みの温度がそのままに保たれ、美味しさが持続します。

2客付属するお猪口も二重構造ですが、あえて真空にしないことで、ほんのりお酒の温度が手のひらに伝わるようになっており、内面の鏡面磨きとともに、お酒を触覚と視覚で楽しめる仕掛けを施しました。

  • 日本酒 酒器セット

――世の酒好きのニーズをとことん追求されたんですね。

“チーム酒好き”としては、ここまでで一旦シリーズを完結するつもりでしたが、社内には我々以上の酒好きがいます。ワイン好きの社長から「ワイン」への要望がありました。 当初、我々“チーム酒好き”の中ではワインは「洋」のイメージで、「居酒屋」という「和」のテイストと合うのだろうかという疑問もありました。しかし、家飲みのお酒としては日本酒よりも人気があること、かつ温度管理が大事なお酒であることから、魔法瓶との親和性が高いと判断し、ワインに対応するシリーズ5番目の商品を開発することになりました。

まずはワイン酒器の開発を考えましたが、ワインの「色」と「クリア感」はステンレスでは感じることができません。しかも、ワインの種類ごとに最高の美味しさを引き出すハードルが高く、ワイン酒器の開発はそれ以上前に進みませんでした。

一方、ステンレス製が多いワインクーラーは、当社の魔法瓶技術と相性の良いプロダクトです。当時の市場では、真空二重断熱構造のワインクーラーは見あたらなかったので、ワインの温度を最適に保つワインクーラーを開発することになりました。シャンパンボトルも入るサイズで、保冷機能を満たし、かつ個性的なボトルにも馴染むようにと、シリーズ中最もシンプルなデザインとなっています。

冷やしたボトルをこのワインクーラーに入れていただくだけで、氷水を使用しなくても手軽に長時間お好みの温度がキープできる、それこそ魔法のような商品となりました。グラスに注ぐたびにワインボトルをふき取る必要がないばかりか、クーラー自体も結露せず、ワインを氷水で必要以上に冷やしすぎることもありません。

ワイン好きの皆様全員に使っていただいて良さを実感していただきたい商品です。

  • ワインクーラー

■シンプルなデザインに詰まった魔法瓶製造のノウハウ

――「おうち居酒屋シリーズ」の商品ラインナップを開発する際に、苦労した点や思い出に残っているエピソードはありますか?

ビアタンブラーの極薄飲み口や、日本酒酒器セットの徳利に代表される微妙な曲面形状、お猪口内側の美しい鏡面仕上げなどの実現には、これまで培ってきた魔法瓶製造の技術ノウハウが詰まっています。

今回のプロダクトはこれまでの水筒カテゴリとは違う新規性の高いものでしたので、デザイン、技術、製造、品質保証部など各部署が苦労しながらこだわりを持って制作しています。

これまで扱っていなかった焼酎タンブラーの陶器や、アイスペール蓋の木材素材などの調達についても、同様に苦労してノウハウを蓄積しました。

これらを前提として、今回一番厳しかったのは、定時過ぎに集まってひたすらお酒だけを飲み比べるという作業でした。特にビールはおなかが膨れるのできつかったです(笑)。ときに終電を逃すこともありましたが、今となっては楽しい思い出です。

  • ピーコック魔法瓶工業 広報・マーケティング部 部長(当時:企画マーケティング部 部長)の木村剛治氏

――今後「おうち居酒屋」は、さらにラインナップを増やしていかれるのでしょうか? 今後の展望をお聞かせください。

新しいカテゴリのため売れるかどうか不安でしたが、2021年の発売以来、シリーズの売上は好調で、当初の目標を大きく上回っています。おかげ様で、2022年度グッドデザイン賞も受賞しました。

この実績を受けて、今年の秋口にシリーズ拡充商品を発売する予定です。今回の企画には、新しく商品企画部のメンバーも加わりました。彼女も“チーム酒好き”予備軍です。

内容としては、日本酒系のものと、当初からやりたかったチューハイ・ハイボール系のものです。特に、ビール系とチューハイ系のタンブラーの違いを楽しんでいただきたいと思います。

――最後に、ビアタンブラーでお酒を飲む際、より美味しく飲むコツがあれば教えてください。

色々な商品を試した結果「ビアタンブラー」の容量は420mlに設計しました。350mlの缶ビールを、ちょうどタンブラーすり切りまで注ぎきったときに、タンブラーの中に液体と泡の黄金比が完成できる容量です。

細かい泡が立つように、内面の磨きも抑えています。こうして注いだ泡立つビールを、泡が消えないうちに流し込んでいただきたいと思います。その際、飲み口の薄さも十分に感じていただき、「やっぱり薄くないとね! 」と言っていただければ、開発者冥利に尽きます。

ピーコック魔法瓶では、時代の変化を見極め、市場を見極め、「お客様視点」を大事にしながら商品開発を行っています。これからも、皆様がまだ気づいてない課題を解決できる、新しい発想の商品を作り続けていきます。