家選びにおいて「持ち家か賃貸か」の論争は枚挙にいとまがありません。「ライフスタイルや価値観は千差万別ですが、大事なのはご自身の判断基準を明確化すること」と話すのは、ファイナンシャル・プランナーとして、5000名以上のクライアントに運用指南を行ってきた杉原隆さん。

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日本は少子化時代と言われています。そんな中、これからは持ち家か賃貸か、どちらを選ぶべきでしょうか。杉原氏に伺いました。

■「恋」と「カジノ」と「住宅購入」

「持ち家か賃貸か」。よくある住宅論争で「経済的な損得」だけで判断することは、あまり意味を持ちません。
家族の夢は「持ち家」、金銭的負担の少ない「賃貸住宅」、資産として売却ができる「持ち家」、フットワークが良い「賃貸住宅」などなど、「持ち家か賃貸か」はメリット、デメリットでさまざまな論争があります。

どちらかを選択するうえで大事なことは、人生の可能性とリスクを知り、そのうえでご自身の価値観など、多角的な基準で判断することです。

「恋」と「カジノ」と「住宅購入」には共通しているものがあると言われています。

それは「視野狭窄(しやきょうさく)」です。恋愛中には、大好きな異性の言動は大抵"許してしまう"。カジノという特殊な空間では、どんなに負けていても"次は勝てる"と思い込んでしまう。そして住宅がほしいと思ったら、その物件は間違いなく"お得だ"と思い込む。いずれも思考が極端に狭まっているからです。

■購入の判断基準は

住宅の購入は視野狭窄にならないためにも、判断基準を持つことが必要です。

まず、目の前の物件が不動産としての「価値があるか」ということです。
言葉をかえると、その物件を第三者が「借りたい! 買いたい! 物件を担保にお金を貸したい!! (注:不動産を担保にした金融機関のリバースモゲージ)」と判断される、そういった物件を購入することが肝要です。

真逆の物件は、「貸せない! 売れない! お金を借りられない!」の”3ない物件”です。
いまの年収をもとに算出した「融資可能金額」という条件だけで、物件を判断してはなりません。

たとえば「駅までバスで15分、職場まで電車で60分、高台だけど、自分の脚なら大丈夫」と、“いま”のあなた(家族)が良いと感じ、そして「返済が可能」としている物件はどうでしょう。 かりに返済に問題がなかったとしても、3ない物件では価値が目減りしていくのが見えています。言うなれば「借金をしてリスクを背負う」ことはないのです。

■将来起こりうるリスクとは

将来のリスクを知ってほしいと思います。
「子どもが生まれてもダブルインカムだから、これぐらいはお貸ししますよ」というささやきが聞こえませんか。
住宅購入で10年ローンを組む方は少数です。多くの場合は30年、35年の期間で返済することになります。

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ローン完済までの長期間、ご夫婦共働きを続けられるでしょうか?

二人目の子どもが生まれたら、親が介護状態になったら、単身赴任になったら、海外へ駐在となったら、大病に罹患したらと、収入が大幅に減少となることは高い確率で起こります。 家庭の大黒柱が脳疾患で倒れることも、ハラスメントで精神疾患に罹患などは現代社会では想定内です。

思うように働けなくなって家計所得が下がり、収入は治療費や住宅ローンの返済に、ボーナス併用返済にしていれば、年間家族で使えるお金はわずかです。 何のために働いているのか自問自答する日が続き、家庭不和の原因にもなっていきます。

最近では「役職定年」を迎え50代半ばで、収入が半減どころか三分の一程度に下がってしまうことも珍しくありません。 また、夢のマイホームを手に入れても「他人都合」で周辺の環境が悪化することもあります。騒音問題、日照問題、住民問題があっても、そこに住み続けなければなりません。

加えて、社会人になるまで実家で暮らすと思っていた子どもも、高校生から留学したり、大学進学後は家を出て一人暮らしを始めたりします。家族で住むには3LDKは必要と購入した物件は瞬く間に「過大」なものとなってしまいます。   

長い人生では、いろいろなことが「変わる」ものです。つまり長いローンは、上記のリスクをまるまる背負うことになります。 対策は、頭金を用意して、なるべく短いローンを組み立てることです。対して賃貸住宅は、上記のリスクにも対応でき、フットワーク軽く身の丈にあった住居に住み替えられます。

■人口減少時代で不動産は?

日本の人口減少時代は大相続時代です。相続税を払えず、相続した不動産を手放さざるを得ない相続人が今後ますます増えてきます。
その結果、その不動産をディベロッパーが買い取り、購入しやすい価格帯の戸建てやマンションを建築します。
人口減少で需要は減っているのに、新築物件は増えていきます。

購入する人、賃借する人の心理として、やはり新しい(築浅)物件や、駅近で設備の整った物件の需要は高まり、上述の「3ない物件」の需要は減少し、結果的に価値は下がります。 不動産を残したまま他界された時、ご遺族のローンの返済負担はなくなるもののマンションの場合は修繕積立金や固定資産税は残ります。

戸建ての場合は修繕積立金の「自己準備」や固定資産税が残ります。お子さまが社会人となり自立していれば、「不動産」を心の底から欲するでしょうか? 住みもしない物件を残されても経済的な負担だけが残り、経年価値は下がっていく。ほしくない理由は山ほどあり「争族」の原因となってしまいます。

そのことに気が付き始めたお子さまのいる高齢者は「不動産が重荷になり」、子育て世代のご夫婦は今もなお不動産所有願望」を持ち続けます。

■不動産所有者は対策をかしこく

時とともに住宅は朽ちていき、お金のかかる「もの」となります。一方で、かしこく運用すればお金は育ってくれ、育ったお金を使う「こと」ができます。

居住用不動産を早めに売却して現金化し、賃貸住宅に住み替えるのも一つの方法です。住み替えによって住宅ローン元利返済、修繕積立金、固定資産税、大規模修繕の追加負担金などの負担はなくなります。

売却して手にした資金を上手に運用し、その運用益を賃料の一部にすることもできます。運用の方法によっては手にする運用益は「非課税」の恩恵をうけることもできます。

運用に回さなかった余剰金は、早々に生前贈与で子どもや孫に資産移転することで相続課税資産を圧縮でき、将来子どもの相続税納税負担を軽減できます。
孫への資産移転は、2024年1月に開始となる「贈与税と相続税の一体化改革」で暦年贈与のもち戻し(注)対象外となります。 子どもや孫への「三世代資産移転」の実践で、生前もご逝去後も「家族円満」の生活を送れることでしょう。

(注)もち戻し:相続が発生した際、直前3年間に暦年贈与(年間110万円までは非課税)したものは、相続税の計算上加算される。2024年1月以降に発生した相続ではその期間が7年間に延長されることが決まっている。

また、賃貸派と名乗る方々が存在します。住宅購入者にある経済的負担は最初からありません。その分を「資産運用」に向けることで、「時間と利率と優遇税制」を味方にして、一生涯賃貸でも何の不安もない「経済的自立者」となることが可能です。
国が推奨するNISAやiDecoもそのひとつですし、それ以外にもあなたに適した資産運用の方法が見つかるかもしれません。

  • (著者作成、イラスト:ひえじまゆりこ)

不動産という「モノの所有」に幸せを感じるのか、三世代で楽しむ「コトの実践」に幸せを感じるのかは人それぞれの価値観です。「正解」はありません。

「3ない物件」を残し家族に後ろ指をさされながら他界されるのか、そうではない物件を、もしくは「3ない物件」でも早めに現金化し「ありがとう」の言葉で見送られるのかは自分次第です。

持ち家派の方も賃貸派の方も、長い人生のゴールから「逆算」して、三世代いつまでも笑顔の絶えない時間を過ごしてほしいと思います。

文/杉原隆