4月14日、政府の特定複合観光施設区域整備推進本部は、大阪府が申請したIR(Integrated Resort / 統合型リゾート)の整備計画を認定した。計画地は大阪湾の埋立地、夢洲(ゆめしま)だ。長崎県もハウステンボスを計画地として申請したが、現段階で審査が終了しておらず、継続審議となった。
IRはカジノ設置の賛否が論議を呼んだ経緯がある。しかし大阪IRの計画全体を見ると、「国際会議場」「展示施設」「魅力増進施設」「送客施設」「宿泊施設」も含む。単純に「富裕層の遊び場」とは言いきれない。もちろんカジノの誘客力に大きな期待がかかるとはいえ、訪日外国人の誘致にとどまらず、その集客力を近畿圏、さらに日本全国へ発散させる役割を持つ。IR区域全体のコンセプトは「結びの水都」である。
大阪府と大阪市、事業会社の大阪IRが提出した計画書によると、各施設はは2029年から順次開業し、2年目には訪日外国人旅行者597万人/年、国内旅行者のうち宿泊者265万人/年、日帰り1,024万人を見込むという。単純に計算して1日5万人以上が来訪する。来客を迎えるための従業員数は開業3年目に約1.5万人になる。
それだけの人々が夢洲へ向かうために、公共交通の整備も必要になる。夢洲は北側の舞洲(まいしま)と道路橋、南側の咲洲(さきしま)と海底道路トンネルで結ばれており、現在は路線バスが運行されている。JRゆめ咲線(桜島線)桜島駅を発着する系統と、地下鉄中央線・南港ポートタウン線(ニュートラム)コスモスクエア駅を発着する系統だが、これらは現在あるコンテナターミナルや物流施設の通勤者を対象としており、爆発的な需要増加に対応しにくい。
そこで鉄軌道系アクセスの整備が計画・構想されている。いままでに大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)、JR西日本、京阪電気鉄道、近畿日本鉄道に動きがあった。
■大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)
大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)は地下鉄中央線をコスモスクエア駅から夢洲新駅へ延伸する予定。この新線は2008年の大阪オリンピック誘致構想によって計画されたものの、後に落選したため、凍結状態だった。ただし将来の延伸に備え、咲洲と夢洲を結ぶトンネルは道路と鉄道の共用として建設されている。
その後、大阪・関西万博の開催決定を受け、IR誘致の材料として事業が再始動した。2018年11月に万博開催が決定すると、大阪市高速電気軌道は同年12月、「地下空間の大規模改革及び夢洲開発への参画について」という構想を発表した。既存駅の改良に加え、中央線の夢洲延伸と夢洲駅タワービルを構想しており、「新しい大阪の活力拠点」とする意向を示している。
同社の構想には、「駅と商業施設とを開放的な空間で一体感を創出」「駅ターミナルから、未来的な自動運転モビリティを確保する」「大阪を一望できる展望台」「日常では味わうことができないにぎわい空間として歩いて楽しく、新たな発見や出会いの生まれるまち・人が出会えるマーケットプレイス、活力を生み出すアーティストやスタートアップの活動拠点など」などが盛り込まれている。「たとえIRがなく、万博が終わったとしても、この拠点で乗客を確保できる」という意気込みを感じる。
なお、中央線のうち大阪港~コスモスクエア間は大阪港トランスポートシステム(OTR)が保有している。OTRは大阪市などが出資する第三セクターで、同区間の第三種鉄道事業者。大阪市高速電気軌道は第二種鉄道事業者として運行している。OTRはコスモスクエア~夢洲~舞洲~新桜島間の事業認可を得ており、環境影響評価も実施済み。このうちコスモスクエア~夢洲間について、2019年に建設事業を再開した。中央線はこの線路を使って延伸するとみられる。
夢洲新駅は大阪・関西万博の会場敷地の東北端にあたり、大阪IRの開設地に接する。大阪IRは夢洲新駅の駅前を「関西ゲートウェイゾーン」とし、エントランス広場と大阪府最大級のバスターミナル、タクシー乗降場を併設する。
■JR西日本
2018年4月発表の「JR西日本グループ中期経営計画 2022」を見ると、「鉄道ネットワーク整備と沿線開発による国際都市としての魅力の向上」として「なにわ筋線」と「夢洲アクセス」が構想されていた。これと「うめきた新駅(現・大阪駅うめきたエリア)」「新大阪駅に北陸新幹線とリニア中央新幹線が到達」を含めて、大阪駅・新大阪駅を関西都市圏ブランドの中心としたい考えだろう。
「夢洲アクセス」は、JRゆめ咲線(桜島線)を現在の終点である桜島駅から舞洲へ延伸する構想である。中期経営計画では舞洲へ直行するように描かれていたが、大阪府が2014年9月に開催した「第3回大阪府市IR立地準備会議」にて、いったん舞洲を経由する約6kmのルートが提示されていた。
当時の概算整備費で約1,700億円、工期は9~11年で、完成すると大阪駅と22分で結ばれる。工期は9~11年とされ、環境影響評価も加味すると2030年に間に合うか、という印象。JRゆめ咲線はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のアクセス路線でもあり、大阪IRの来訪者とも相性が良さそうに思える。リニア中央新幹線の新大阪開業までに完成してほしい。
■京阪電気鉄道
国土交通省の近畿地方交通市議会が2004年に答申した「近畿圏における望ましい交通のあり方について(答申8号)」で、中之島新線延伸「玉江橋~西九条~千鳥橋~新桜島」の6.7kmが「京阪神圏において、中長期的に望まれる鉄道ネットワークを構成する新たな路線」に挙げられた。「玉江橋」は現在の中之島駅である。「京阪本線から大阪駅周辺・中之島・御堂筋周辺地域(都市再生緊急整備地域)及び大阪臨海部をつなぐ東西軸を形成し、都市機能の強化に資する」「西九条までの段階的整備が望ましい」とされた。
前出の「第3回大阪府市IR立地準備会議」で、中之島線を延伸し、JR西九条駅を経由して新桜島駅に至るルートが検討されていた。あわせて、すでに事業認可を受けているOTRの舞洲~新桜島間を開業し、新桜島駅乗換えとする。新桜島駅の予定地はUSJの北側とされた。ちなみに、かつて桜島線貨物支線の大阪北港駅もこの付近にあった。このルートはコスモスクエア~夢洲間延伸と並んで本命視されていた。
2017年の報道では、京阪ホールディングス加藤好文社長(現・代表取締役会長CEO取締役会議長)の考えとして、「延伸先を西九条ではなく九条」にする案も検討されていた。西九条駅はJR線乗換えで関空方面の利用に便利だが、なにわ筋線が中之島を経由するため、重要性は薄れたという。むしろ九条駅で中央線に乗り換えたほうが大阪IRへのアクセスに利点がある。これは新桜島延伸をあきらめたようにも受け取れる。
京阪電気鉄道が2023年3月30日に発表した長期経営戦略では、大阪東西軸復権として「京都への玄関口で大阪城に近接する京橋から再生医療拠点をめざす中之島を経て、IR計画のあるベイエリアに至る」と挙げている。ただし、具体的な経由地の記載はなく、「2030年以降の将来を見据えて、実現に向けた検討を深化」となっている。
■近畿日本鉄道
近鉄は奈良と夢洲を結ぶ特急列車を検討している。ルートは生駒駅まで近鉄奈良線、生駒駅からけいはんな線に入り、相互直通運転を行っている中央線の舞洲延伸区間に乗り入れる。けいはんな線と奈良線の軌間は同じだが、集電方式が異なるため、新技術を開発しており、試作の段階になっている。
けいはんな線は第三軌条方式といって、車輪が使うレールの隣に集電用レールがあり、台車から延ばした集電シューで電気を取り入れる。これは地下鉄に多く見られる方式で、トンネル断面を小さくして建設コストを節約できるメリットがある。一方、奈良線は一般的な架線集電方式のため、そのままでは相手先で集電できない。
近鉄の夢洲行特急列車はパンタグラフと集電シューの両方を搭載する。ただし、架線集電区間はレールのそばに標識などの構造物が多く、集電シューが接触してしまうため、架線集電区間で集電シューを折りたたむ機構を開発した。2022年5月23日の報道資料によれば、試作品が完成し、各種試験に着手する予定だという。
この技術が実用化されると、適用範囲は奈良線だけでなく、大和西大寺駅から伊勢方面などにも直通できる。橿原神宮前駅へ到達することで、吉野方面にも行ける。大阪IRでは近畿圏ならびに日本の観光地を案内する「送客施設」も設けられるため、近鉄特急の親和性が高い。
■少数株主として南海電鉄も
大阪IRの資金調達額は約1兆800億円。そのうち半分が株主による出資で、残り半分が金融機関からの借入れとなる。株主による出資割合は、「合同会社MGMリゾーツ」が約40%、「オリックス株式会社」が約40%。残りの約20%は関西企業を中心とした少数株主であり、すでに内諾を得ている。少数株主はエネルギー関連、建設関連、物流関連など20社で、鉄道会社はJR西日本、京阪電気鉄道、近畿日本鉄道の他に南海電気鉄道も参加している。
JR西日本・京阪・近鉄は前出の通りアクセス路線の整備計画があり、大阪IRの旅客輸送によって出資の見返りが受けられる。南海電鉄はアクセス路線を持たないが、世界遺産で国際的観光地の高野山では富裕層向けの宿坊などもあるから、大阪IRからの送客に期待できるだろう。
鉄道会社が出資したからといって、鉄道だけが恩恵を受けるわけではない。グループ会社は宿泊、観光、物流など多岐にわたる。たとえば、近鉄は天保山にある「海遊館」の老朽化に伴う大改修にあたり、舞洲移転も選択肢だという。
南海電鉄に関連して、筆者が注目したところはeスポーツだ。大阪IRの国際会議場および展示場施設での誘致見込みのイベントとしてeスポーツが挙げられた。規模としてはフードイベントと同じ。年1回、参加者規模約7,500人、平均参加日数2.2日を見込む。eスポーツはオンライン対戦ゲームを競技として楽しむ文化で、日本でも注目を浴びている。南海電鉄は公式サイトで「eスポーツ事業」を掲げており、eスポーツ事業者とも連携している。なにか面白そうなことが起きる予感がある。
大阪IRの事業実施体制の考え方として、「関西の地元企業を中心とした少数株主及び協力企業は、各社の専門性を活かしてIR施設の整備・運営・維持管理等の事業実施を支援する」とある。鉄道会社とそのグループ会社の活躍の場は広がりそうだ。
■鉄道・道路・船舶・空路も整備、好影響は2府5県をはじめ広範囲に
大阪IRの整備計画書によると、大阪市は夢洲地区の訪問客増加に対応するため、2024年度末までに鉄道、道路、桟橋などを整備する。大阪IRは交通インフラ整備費の一部として202億5,000万円を負担する。鉄道において中央線の延伸と新駅の整備があり、これは大阪・関西万博においても必要になる。また、北ルートの舞洲方面、新桜島までの整備については、「夢洲の段階的な土地利用に応じて検討する」とある。大阪IRと大阪・関西万博跡地の開発に期待したい。
道路アクセスは阪神高速道路湾岸線の舞洲ランプから夢洲へのルート上にある橋の車線数を4車線から6車線に増やす。夢洲内の外周道路と高架道路によって物流トラックの動線を分離する。関西国際空港と神戸空港および付近との会場アクセスを整備するため、夢洲に小型旅客船用の浮桟橋を整備する。舞洲ヘリポートを活用して関西国際空港を結ぶ航空アクセスも想定している。
交通関係におけるもうひとつの注目として、「後背圏の来訪者数」が挙げられる。大阪IRをきっかけに、周辺も来訪者が増える。経済産業省近畿経済産業局の範囲である近畿圏の2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)について、大阪IRの開業3年目に国内旅行者は約9,815万人、訪日外国人旅行者は約2,520万人を見込む。これは日帰り客を除いた想定とされている。
このうち大阪IRをきっかけとする純増は、開業1年目に国内46万人・訪日96万人、開業2年目は国内68万人・訪日141万人に増え、開業3年目も国内6万人・訪日13万人の増加を見込んでいる。これらの人々の交通手段として列車の役割も大きく、新路線の整備や観光列車の新設などに期待できる。
カジノに気を取られがちな大阪IRだが、その他の施設に注目しても、近畿圏をはじめ日本の観光需要、経済、交通に大きな影響がありそうに思える。夢洲関連の新路線構想だけでなく、リニア中央新幹線や北陸新幹線延伸の進捗にも期待したい。