音の情報を振動として頭蓋骨に伝えることで、耳の穴をふさがず、内耳に音声や音楽を直接届ける骨伝導イヤホン。

  • 完全ワイヤレス骨伝導イヤホンを装着中の筆者

“骨伝導”の技術自体は、18世紀に耳の不自由な作曲家・ベートーベンが、自身が弾いている音を聴くために、くわえていた指揮棒をピアノに押しつけていたという逸話が残るほど古くから知られているが、現代の骨伝導イヤホンの原型となる製品が登場したのは、20世紀後半から21世紀初頭にかけてのことだ。

■コロナ禍で需要が急拡大した完全ワイヤレス骨伝導イヤホン

2000年代中盤から後半には、技術の進歩とともに音質や機能性が向上し、骨伝導イヤホンやヘッドフォンがいよいよ普及段階に入る。
そして、ブルートゥースによる完全ワイヤレスが実現したことで利便性がより高まり、骨伝導イヤホンはここ数年で一段と盛り上がりを見せている。

完全ワイヤレス骨伝導イヤホン市場が盛り上がっている状況の背景に、コロナがあることは言うまでもない。
コロナ禍のなかでは、ランニングや筋トレなど一人で黙々とおこなう系のスポーツに取り組む人が増え、そうした層をターゲットとする骨伝導イヤホンにも耳目が集まったというわけだ。
またリモート会議などの長時間使用にも、耳の穴を密閉しないため負担の少ない骨伝導イヤホンは、相性が良かったと言えるだろう。

現在、骨伝導イヤホンの市場をリードしているのは、中国の新興メーカー・SHOKZ(ショックス)である。
2007年から骨伝導イヤホンの製造販売をはじめたSHOKZは、2021年以降、急激に売り上げを伸ばしているという。

僕も少し前から、SHOKZの完全ワイヤレス骨伝導イヤホン『OPENMOVE』を愛用している。

  • SHOKS『OPENMOVE』

ただし僕の場合、ランニングや筋トレをやるわけではないし、仕事上、リモートでの打ち合わせがそれほど多いというわけでもない。

僕がSHOKZ『OPENMOVE』を使うシチュエーションは、もっぱら犬の散歩と自転車に乗るときなのである。

■犬の散歩に完全ワイヤレス骨伝導イヤホンが向いている理由

犬の散歩をするとき、かつての僕は耳の穴をふさぐ普通のイヤホンやヘッドフォンを使っていたのだけど、骨伝導イヤホンにチェンジしてからとても調子が良く、もう手放せなくなっている。

我が家では2頭の犬を飼っているが、一歳になったばかりの若い方は、“小型犬の体に大型犬並の心臓を持つ”と言われるほど活発な犬種、ジャック・ラッセル・テリアだ。
この犬の有り余る体力を考えると、朝夕の散歩にそれぞれ40分から60分ほどの時間を費やさなければならない。
散歩が少ないと、明らかにストレスが溜まってしまうのだ。

この毎朝・毎夕の長い散歩のお供として、骨伝導イヤホンは最高である。

骨伝導イヤホンは、装着して音楽や音声を聴いているときでも、両耳の穴はふさがれていないので、周囲の外音も100%のレベルで聞こえてくる。
そのため、聴きたいと思って流している音の世界への“没入感”は小さくなるが、それこそが骨伝導イヤホンの最大の利点と言えるのだ。

従来のイヤホンやヘッドフォンは、音量をかなり絞ったとしても、耳の穴をふさぐことで没入感が高くなるため、どうしても周囲の状況をつかみにくくなる。 僕が住んでいる往来が激しい東京の街で犬と散歩をするときは、自動車や自転車の接近などに常に注意を払わなければならないので、周囲の状況をつかみやすい骨伝導イヤホンだとかなり安心なのである。

また、犬というのは賢い動物なので、言葉は話さずとも全身を使って常に何かを伝えようとしてくるし、声をはじめとするこちらからの呼びかけにも敏感に反応する。
そうした犬とのコミュニケーションの際、普通のイヤホンやヘッドフォンで耳の穴をふさいでいると、ひとつ障壁ができてしまう感覚がある。
その点、耳の穴がフリーになっている骨伝導イヤホンは…(以下、前文と同じなので略)。

はたまた犬の散歩をしていると必ず、他の犬連れの人と出会い、犬同士を交流させている間、飼い主同士で一言二言と会話をすることになる。
その際、従来型のイヤホンやヘッドフォンだといちいち外さなければならず面倒なのだが、骨伝導イヤホンはそのまま会話をできるのでとても便利だ。

■自転車乗りにも、完全ワイヤレス骨伝導イヤホン一択だ

自転車に乗る際に骨伝導イヤホンを重宝するのも、だいたい同じような理由である。 聴きたいと思って流している音とともに、周囲の外音もすべて耳に届くから、普通のイヤホンやヘッドフォンよりずっと安全なのだ。

そもそも僕が住む東京都では、自転車に乗る際のイヤホン等の使用が、条例によって規制されている。
「東京都道路交通規則」第8条に、“イヤホーン等を使用して交通に関する音又は声が聞こえないような状態で運転しないこと”と記されているからだ。

ただし、この条文の解釈はやや難しく、イヤホンを耳にはめているから即違反というわけではない。
イヤホン等を使用しているがために、“周囲の音や声が聞きにくくなっている”と判断されたときにはじめて、“違反”とされるのだ。

最近のイヤホンやヘッドフォンには、外音取り込み機能を有するものが多く、それを作動させて周囲の音が聞こえていれば別に構わないはずだ。
だが、イヤホンをしながら自転車に乗っていると警察官から注意を受けることが多く、その声に気づかず素通りしてしまうとアウトになる。

つまり骨伝導イヤホンといえども、周囲の音が聞こえていなければやっぱりアウトなのだが、僕のこれまでの経験から言うと、骨伝導イヤホンは没入感が小さいうえ、そもそも最大音量にしたとしても普通のイヤホンよりもずっと出力レベルが低いので、周囲の音に気づかないことはまずない。

僕は骨伝導イヤホンを使うようになってから、もう決して普通のイヤホンをしながら自転車に乗ろうという気にはならなくなった(たとえ、無音状態だとしても)。
両耳の穴をふさぐ状態そのものが、周囲への感覚を閉ざしてしまうような気がするからだ。

あと蛇足だが、コンビニなどのお店に立ち寄った際にも、レジで店員さんとやり取りする際に外す必要がないので、骨伝導イヤホンは楽ちんだなと感じることが多い。

■SHOKZのラインナップの中で下位のエントリーモデルを選択した理由

僕の使っている『OPENMOVE』は、現在4種がラインナップされているSHOKZの骨伝導イヤホンのスポーツモデルの中では、もっとも価格の安いエントリーモデルである。
とはいえ骨伝導イヤホンのリーディングブランドの製品なので、聞こえてくる音はとてもしっかりしていて、一昔前の骨伝導イヤホンとは比べ物にならないレベルになっている。 骨伝導の宿命なので重低音の迫力こそないが、音楽だとギターの音やボーカルはしっかり聞こえるし、ラジオの音声や電話での通話の音は、普通のイヤホンとまったく遜色がない。

  • SHOKS『OPENMOVE』同梱物。僕は使っていないが、カスタム用シールも付いてくる

僕はこれを買う際、試聴用機器でSHOKZの上位機種と聴き比べをした。 確かにハイエンドモデルの音質はさらに良かった。
また上位機種は防水性能が非常に高く、水泳の際に使える『OPENSWIM』というモデルさえある(ブルートゥース機能はなく、内蔵メモリ式だが)。

  • 店頭の視聴用機器で聴き比べをした

音楽鑑賞が最大の趣味で、最近はラジオを聴くことにも凝っている僕は、ことリスニング機器に対してはケチケチしない主義なのだが、SHOKZの骨伝導イヤホンはそうした上位機種ではなく、エントリーモデルである『OPENMOVE』を選んだのには明確な理由がある。

上位機種はいずれも、防水性をより確実にするという目的のためなのか、充電端子がオリジナルのマグネット方式になっていて、専用ケーブルで充電しなければならない。 一方で僕が選んだ『OPENMOVE』はそこそこの防水性能なので、充電には汎用のUSB Type-Cを差し込む方式が採用されている。

  • SHOKS『OPENMOVE』の操作ボタンと充電ケーブル挿入口(密閉できるフタ付き)

  • 普段使っているケーブルを流用できるのが利点

ここが、最重要ポイント。

僕はデュアルライフ(二地域居住)を実践しているため、東京と山梨の二つの家をよく行き来するし、また仕事やプライベートで旅行をする機会も多い。
その際に持ち運ぶ数々のガジェットのための充電ケーブルは、なるべく数を少なくしたいと常々思っているのだ。

聴き比べをしてどの機種にしようかと迷った際、専用ケーブルが必携となってしまう上位機種は、僕にとってはそれだけで魅力半減に思えてしまい、エントリークラスでUSB Type-Cケーブルを使う『OPENMOVE』の方に軍配を上げたくなったのである。

完全ワイヤレス骨伝導イヤホンは、ブームになってからまださほどの年月は経っていないので、きっとこれからさらなる進化を遂げるだろう。
音質も性能も、もっともっとハイレベルな機種が続々と登場することが期待されるので、当分は目が離せないと思っている。

文・写真/佐藤誠二朗