ドライバーの労働環境問題に端を発した「2024年問題」をはじめ、待ったなしの課題が山積している物流業界。課題の解決にはさまざまなアプローチが必要だが、「M&A」によって解決できる課題も少なくないという。

M&Aは物流業界の課題をどのように解決できるのだろうか。

物流業界が抱える課題や物流業界におけるM&Aの実態について、株式会社日本M&Aセンター 業界再編部 部長 物流業界専門グループの山本 夢人(やまもと ゆめひと)氏に聞いた。

「2024年問題」をはじめ、課題山積の物流業界

――山本様のご経歴と、現在の職務内容についてお聞かせください。

  • 株式会社日本M&Aセンター 業界再編部 部長 物流業界専門グループ 山本 夢人(やまもと ゆめひと)氏

野村證券で3年間営業として勤務した後、社員10人ほどの土木資材のメーカーに転職。3年間の勤務のうち、最後の1年は副社長として経営に携わりました。

もともと事業を継ぐつもりでその土木資材メーカーに入ったのですが、結果として会社の清算が決まりました。その過程で親族ではない社員による事業継承の難しさを実感し、「自分の経験を生かして、不幸な結末を少しでも減らしたい」と思うようになったことから、日本M&Aセンターに入社しました。

入社後は、「業種」という切り口でM&Aを支援する専門チームである「業界再編部」に所属しています。調剤薬局とIT業界の支援から始まった業界再編部は、徐々に食品業界、製造業、建設業、物流業界へと対象業種を広げてきました。

現在私は、業界再編部の部長と兼務する形で、物流業界専門グループの責任者としての役割も担っています。

――まずは物流業界について、概要と課題を教えてください。

ひと口に「物流」といっても、トラック、空輸、海運、倉庫などさまざまで、業界全体では24兆円にのぼる巨大市場です。

その中で私たちが注目しているのが、物流市場の約6割を占めるトラック運送業です。現在、トラック運送業は全国に約6万社ありますが、1990年までは4万社程度でした。1990年の規制緩和で新規参入が一気に増え、プレイヤー過多になってしまっているのです。

その結果、トラック運送業界はブラックな労働環境や法令違反が取り沙汰されるなど、グレーになりがちな部分が多い業界になってしまいました。

こうした状況を見て、国が講じようとしている対策のひとつが、時間外労働の上限規制などを伴う働き方改革関連法の施行、いわゆる「2024年問題」です。法律の施行が2024年4月に迫る中、トラック運送業界の9割を占める中小零細企業はもちろん、中堅・準大手企業にとっても、法律にのっとった体制づくりが急務になっています。

労働環境の問題に加えて、最近では燃料の高騰によるコスト増も大きな負担になっています。また、そもそもトラック運送業は多重下請けが慢性化していて、利益が出しにくい構造になっている点も従来からの課題です。

最大のメリットは「利益向上」、「成長戦略型M&A」も増加傾向

――M&Aが物流業界の課題をどのように解決できるかについてお聞かせください。

  • ※画像はイメージ

M&Aが解決できる課題はさまざまですが、根本的なところでは利益を上げることができるのが一番のメリットです。

替わりの仕事がすぐに見つからないために、やむを得ず薄利で下請けをやっている企業も多いですが、M&Aによって大きな会社と組めば、次の仕事を確保しやすくなります。また、いまの仕事を失っても困らない立場になれば、運賃交渉でも有利に立つことができるので、売上・利益の向上につながります。

さらに、スケールメリットを発揮することで、燃料代やトラックの購入費、車両の部品代、保険料、システム投資などのコストを抑えることができるので、コスト削減の面からも利益増に貢献します。

各地に拠点を持っている会社と一緒になれば輸送効率も向上しますし、トータルで見たときのプラスが非常に大きいです。

――実際に、物流業界においてM&Aを望む声は高まっているのでしょうか。

私たちはM&Aを「事業承継型M&A」と「成長戦略型M&A」に分けています。最近特に増えているのが「成長戦略型M&A」で、30~40代くらいの若い経営者にニーズが多いという特徴があります。

ご自身で会社をよりよくするための構想を描いてはいるものの「リソースが不足で叶えられてない」あるいは「叶えるのは10年・20年先になる」といった葛藤を抱えている経営者さんが増えています。

その結果、「成長のスピードを上げる」あるいは「自分が描いている構想の実現可能性を高める」ということに主眼を置いて、「大手と手を組む」という感覚でM&Aを望まれる方が増えてきていますね。

M&A後、1年3カ月で売上が倍になった運送会社も

――これまで手がけられた、物流業界におけるM&Aの例をお聞かせください。

60台ほどのトラックを保有している埼玉の運送会社のM&Aをお手伝いしたことがあります。相談に来られた当時、社長は39歳でした。

売上推移を見ても、2億円、4億円、6億円と順調に成長していて、社長自身も営業力があり、はたから見ても優良企業です。ただ、「10億円までは見えているけれど、色んなリスクがあってその先が見えない」というお話でした。

その運送会社が抱えていた課題は、急成長しすぎたために、社内の組織化ができていないことでした。経営はもちろん、人事も採用も営業もトラブル対応も社長が一手に引き受けているような状態でした。

実は、その社長は当初「譲渡側」としてではなく「譲受側」として相談に来られたのですが、売上6億円規模の企業では譲受側としてのチャンスが少ないことがわかったこと、また会社を成長させるためには必ずしも「譲受」が最適解ではないということを理解されて、「譲渡」する側に回ることを検討されるようになりました。

その結果、九州の100億円規模の会社に譲渡することに。それにより社長が経営に専念できる体制が整ったこともあって、M&Aから1年3カ月が経ったいま、トラックが100台規模、年商12億円規模にまで成長を遂げています。

社長自身もこうした状況にモチベーションを感じておられて、現在は「関東での売上100億円」という目標に向かって陣頭指揮をとっています。

この案件は、「身売り」と呼ばれるようなネガティブなものではなく、「自分の足りないものを補ってくれるパートナーを探す」という意味でのM&Aの好例になったので、個人的にも印象に残っています。

物流業界の専門ノウハウとスピーディーなマッチングに強み

――M&Aにおいて、物流業界特有の難しさはあるのでしょうか?

グレーになりがちな業界なので、物流業界特有の不正や法令違反も多く、チェックすべき点が非常に多いという難しさがあります。

事前にチェックポイントを把握して、クリアにしておかないとM&A後のトラブルにつながりますし、慎重に進めていく必要がありますね。

――物流のM&Aを手がける上で、御社ならではの強みはありますか?

専門ノウハウでトラブルを減らしつつ、スピーディーにM&Aを実行できる点が私たちの強みです。

当社では、私も含めて、物流専門チームのメンバー全員が運行管理者の資格を持っています。業界の専門知識を持つチームが、あらかじめリスクを洗い出し、責任の所在を明確にすることで、トラブルの防止につなげています。

また、年間300~400社ほどの物流会社に顔を出しているので、マッチングのスピードが早いことに加え、勘所がわかっているというのも大きなポイントですね。お客様に「M&Aの相手を探したい」と言われたら、すぐに頭に相手が浮かんでいるような感じです。

「物流のM&Aも手伝います」という仲介会社は多いですが、成約件数を見ると非常に少ないという実態があります。その点、当社では2020年は52件(社)、2021年は33件(社)の物流業界のM&Aを支援していて、日本で一番の実績だと自負しています。

「物流業界のM&Aを専門に支援するのは私たちしかいない」という気持ちで、日々業務に取り組んでいます。

「M&Aのリアル」を広め、1社でも明るい企業を増やしたい

――今後注力していきたいことや目指すことなど、物流業界のM&Aに関する御社の展望をお聞かせください。

いま課題だと感じているのが、M&Aに対する理解の浸透です。

全国に6万社ものトラック運送業があるにもかかわらず、日本で一番物流業界のM&Aをやっている私たちでも年間20組前後しかお手伝いができていません。物流業界のM&Aはまだまだ拡大の余地があります。

ただ、1社でも多くの企業を救うには、M&Aへの正しい理解が広がるよう、啓発を行っていかなければなりません。

廃業を考えていた企業が私たちと出会ったことで廃業を免れたケースもありますが、世の中にはM&Aのメリットを知らないまま、廃業や倒産に至る企業も少なくありません。廃業や倒産の情報を見ると、「また救えなかった」とやりきれない気持ちになることもあります。

M&Aがベストな選択かどうかは会社によって異なりますが、ひとつの選択肢であるということは知っておいていただきたいですね。実際に見てきたからこそわかることですが、M&Aによる企業の再生は奇跡でも何でもなく、普通に実現できることなんです。

こうした「M&Aのリアル」を知ってもらい、1社でも明るい物流会社を増やしていくために、私たち物流業界専門グループとしても、もっと人を増やして、拠点を増やして取り組んでいかなければならないと考えています。

――M&Aに興味のある物流業界関係者に伝えたいことはありますか。

テレビドラマで描かれるようなM&Aではなく、ぜひ「M&Aのリアル」を知っていただきたいです。

また、一部でM&Aを簡単に考えていらっしゃる方も見受けられますが、その結果トラブルになったケースもよく見聞きします。

細かいところまで調査をすることなく、限られた情報だけでM&Aを実行して、成立後に譲渡側の企業が行政処分を受けたといった例もあるので、物流業界のM&Aは特に慎重に進めていかなければなりません。

トラブルを避けるのはもちろん、M&A後の飛躍につなげるためにも、専門ノウハウを持った仲介会社を選ぶことも大事になってくるのではないでしょうか。