アウディの新型電気自動車(EV)「Q4 e-tron」は599万円からという価格設定だ。高級車ブランドのEVが、国産メーカーのEVと同じくらいの価格で買えるというのは驚きである。EV普及に向け重要な役割を担うQ4 e-tronだが、肝心の出来栄えはどうなのか。試乗してきた。
EV普及の起爆剤に?
2024年までに15車種を導入し、プレミアムEVのトップブランドを目指すとするアウディ。ミドルサイズSUV「e-tron」と高性能版「e-tron S」、クーペ版の「e-tronスポーツバック」、4ドアクーペの「e-tron GT」と高性能版「RS e-tron GT」を相次いで日本に導入してきたが、これらのクルマは価格の面でもかなりプレミアムだった。サイズや価格を考えると、新たに日本に導入するコンパクトSUV「Q4 e-tron」とそのクーペ版「Q4スポーツバック e-tron」がEV普及のカギを握るモデルであることは明らかだ。
Q4 e-tronのボディサイズは全長4,590mm、全幅1,865mm、全高1,630mm、ホイールベース2,765mm、最小回転半径は5.4m。車両重量は2,100kgだ。プラットフォームはフォルクスワーゲン(VW)グループがBEV(バッテリーEV)専用に開発した「MEB」(モジュラー・エレクトリックドライブ・マトリックス)を採用している。ということは、ベース部分は先ごろ日本デビューを果たしたVWのEV「ID.4」と共通ということだ。
ID.4がVWのエンジン搭載車である「ゴルフ」や「ポロ」と大きく異なるEV専用のデザインになっているのに対して、Q4 e-tronはアウディのミドルクラスSUVらしいスタイルを踏襲。同じグループにありながら、EV化を機に従来とはイメージの異なるデザインを提案するブランドもあれば、今までの流れをキープした違和感のないEVを作るブランドもあるところが興味深い。
試乗したのは「Q4スポーツバック e-tron」だ。まずはエクステリアを見ていくと、アウディのアイコンであるフロントの巨大な8角形シングルフレームグリルは、エンジン冷却のための空気を取り入れる必要がないため、グレーとシルバーの台形模様を組み合わせた1枚パネルに。「フォーリングス」は中央がブラックになっている。
左右のヘッドライトには、4通りの照射スタイルが選べるデジタルデイタイムランニングライトを採用。今日はどの形で光らせようかと乗るたびに考えるのは、ちょっと楽しいかもしれない。
インテリアは10.25インチのバーチャルコックピットディプレイと11.6インチセンターディスプレイがドライバー方向を向き、フルデジタルコックピットを形成。上下がフラットな異形ステアリングホイール、ダッシュボード下側から空中に伸びるフローティングセンターコンソール、スライド式シフトボタンなど、ID.4とは異なる意匠でアウディらしい新しさを提案している。
ロングホイールベースとRR(後輪駆動)化のおかげで、後席の足元はセンタートンネルの出っ張りがなく前後方向も広々。ルーフの下がったクーペスタイルでも頭上にはしっかりと空間がある。トランク容量は520L~1,490Lでこちらも広大なスペースだ。
リアアクスルに搭載したEBJ型モーターは最高出力150kW(204PS)、最大トルク310Nmを発生。モーターで後輪を駆動するRR方式をとるのは最近のEVのトレンドだ。床下には総電力量82kWhのリチウムイオン電池を搭載。電力消費量は150Wh/kmで、一充電走行距離は576kmと十分だ。
アウディEVの中では穏やか?
ドライバーズシートに腰を落ち着けてブレーキペダルを踏むと、すぐにイグニッションがオンになる(ややエンジン車っぽい表現かもしれないが)。ここはEVらしいところだ。
日本で発売済みのアウディのEVはどれに乗っても加速が抜群で、アクセルを強く踏み込むとワープするような感覚が味わえた。一方、先ごろ乗ったID.4は意外と加速感が抑制されていた。さて、Q4 e-tronはどうだろう。
加速の度合いは、ドライブモードがデフォルトの「auto」だとID.4に似た感じで、街中で過不足のない動力性能を見せてくれる。センターコンソールの奥にあるドライブセレクトで「dynamic」にしてやると、アウディの方がアクセル開度に対する出力カーブを強めにしてあるようで、こっちの方が速く感じる。車内に響く“ゴォォーン”という電子音もちょっと野太い音色に変わる。
一方の減速側は、ステアリングのパドルで回生ブレーキの効き具合を3段階で調節可能。シフトボタンで「B」モードを選べば、ワンペダルに近いコントロールが可能になる。ただし、停車するにはブレーキペダルをきちんと踏む必要がある。このセッティングは安全面を考慮した今時のシステムらしいところだ。
マクファーソンストラットと5リンク式マルチリンクサス、F235/55R19、R255/50R19サイズのサイドが丸いハンコック製タイヤという足回りはストローク感たっぷり。試乗した八王子市内の荒れた路面からくるショックを上手に吸収してくれた。リアがドラム式ブレーキなのは回生ブレーキを併用しているため。「P」ポジションに入れて降車すると自動で電源がOFFになる。
599万円はバーゲンプライス?
気になる価格だが、素のQ4 e-tronは599万円(受注生産)という戦略的な値付けだ。ID.4のスタンダードモデルはさらに100万円安い499万円からだが、こちらはバッテリー容量が上位グレードよりも小さくなっており、航続距離も388kmに抑えられている。Q4 e-tronの599万円グレードは上位モデルと同サイズのバッテリーを搭載しているので、航続距離は576kmをキープ。シートは手動式になり、アンビエントライトがなくなり、アドバンスドキーも付いてこないのだが、エントリーグレードでもバッテリー容量を譲らなかったところはなかなかエライと思う。
600万円台の通常版も、同サイズの日本製EV(日産「アリア」、トヨタ「bZ4X」、スバル「ソルテラ」)と価格面では遜色ないので、「だったら輸入車に」というユーザーが増えてもおかしくない。
VWグループは欧州での生産工場をカーボンニュートラル化したり、「Elli」という自宅用グリーンエネルギーの会社を設立したり、ヨーロッパ最大の公共高出力充電ネットワーク「IONITY」の合弁パートナーになったり、さらにはEVのガソリンスタンドともいえるアウディ「チャージングハブ」を作ったりと、EV普及に向けてあらゆる手段を講じている。日本国内でも「PCA」(プレミアムチャージングアライアンス)に加盟して急速充電網を整備(160拠点)するなど、体制作りに余念がない。「EV元年」になるといわれた2022年は思ったほど電動化が進まないまま年末となってしまったが、来年こそ元年と呼ぶにふさわしい年となるのだろうか。