大学在学中にエクイティ金融業で起業、その後も数々の企業で経営に携わってきた野々宮秀樹氏が、2017年に創業した「GOOD GOOD」。全く畑の違う畜産業でのベンチャー起業が、いま注目を集めています。

最もおいしくサステイナブルなコーヒーをブランディングして提供するブルーボトルコーヒーのように、おいしい自然肉を持続的に提供し続ける、サステイナブルな畜産の形を目指している野々宮氏。自身のキャリアや新しい形の起業スタイル、事業の今後について聞きました。

  • GOOD GOOD 野々宮秀樹 代表取締役/共同CEO

■「資本」としての「文化」に注目し、畜産業へ

――まずはご自身のキャリアについてお聞かせください。

大学2年生の時に起業し、事業配当受益権を切り出して流動化させる仕事を始めました。

その後、ご縁があって25歳のときに伊藤忠商事の不動産部からスピンオフした企業の合弁会社の副社長に就任しました。それから3年半ほど不動産の開発流動化事業会社の経営に携わり、29歳のときに退社して再独立。その頃にGOOD GOODの共同経営者である半田と出会い、30歳のときに一緒に事業会社を設立しました。

その後、半田と弁護士事務所を作ったり、クオンタムリープの社長に招聘されて経営執行したり、大企業の新規事業特化型のグロースキャピタルファンドを立ち上げたりしたのちに、38歳でGOOD GOODを創業し、今に至っています。

――生き馬の目を抜くような金融業界から、畜産に目を向けるようになったきっかけは?

金融資本を扱うなかで「資本というのは本来もっと多様だよね」という気づきがありました。それで、金融資本だけでなく、もっと広義の資本を扱いたいと思うようになったんです。

「自然資本」や「文化資本」「信頼資本」などさまざまな資本の形態がありますが、なかでも「文化資本」に注目しました。「資本」は金融用語で「価値創造の原資」と定義されていますが、「文化そのものも資本になるのではないか」と考えたのです。

文化の中でも、特に興味があったのが「食」の領域です。なかでもお肉が好きだったので、食肉文化を掘り下げて、それを「資本」に昇華できるレベルまで突き詰めたいと思うようになりました。

――起業家としてのスタンスや、事業の根底にある想いは?

シンプルに言うと「好きなことをやって飯を食う」という感じでしょうか。「1000年先もおいしいお肉を食べ続けられるようにしたい」という欲求が根底にあります。

事業をするなかで強く意識しているのが、「資本の形態の多様性」です。なにも金銭資本や金融資本だけが「資本」ではありません。事業を通じて「資本」を増やすことが株式会社の使命ですが、金銭資本や金融資本だけでなく、文化資本や信頼資本も増えればいいし、自然資本も保全されるといいなという思いがあります。

お金以外の資本は、見る側が「目」を持っていないと見えません。見えていない人が多いということは、兌換性が低いということです。我々の事業を通じて、多様な資本が見える「目」がマーケットに養われるともっとやりやすくなるだろうし、食以外の分野でも新たなチャレンジがしやすくなるのではないかと思っています。

  • 事業の根底にある想いは「1000年先もおいしいお肉を食べ続けられるようにしたい」

■100年がかりの循環型農業プロジェクト

――現在、GOOD GOODではどのような取り組みをされていますか?

食の問題、特に食の生産にまつわるさまざまな問題解決に取り組んでいます。我々は「サーキュラーアグリエコノミー」と呼んでいますが、生産側でも生産にまつわるあれこれが循環している仕組みを作っていきたいんです。

北海道の厚真町(あつまちょう)では、100年がかりのプロジェクトである「畜産メゾン構想」が進行中で、2125年に循環型の放牧牧場兼体験型マーケティング施設としてのグランドオープンを目指しています。いわば循環型の農業の総本山です。

この「畜産メゾン構想」で実現したいのは、自然資本から抑制的に成果物というフローを生み出し続けることです。

1億円の現金が手元にあって、年間10%の利回りが発生する場合、年間に1000万円以上使うともとの1億円は減ってしまいます。当たり前の話ですが、従来の大量生産・大量消費の文脈での農業は、例えるなら「1億円から2000万円、 3000万円をいかに短期的にひねり出すか」ということをずっとやってきました。しかし、これをやり続けると自然資本はいずれ枯渇してしまいます。

  • 自然資本のストックを意識し、抑制的なフローを生み出すことでサステイナブルな畜産を実現しようとしている

そこで私たちは、家畜の飼育頭数を制限するなどして、フローの流入量と流出量を同じにする方針を取っています。サンペレグリノのような天然水メーカーが、水源が枯れないよう厳しく月間の生産量を制限して、取水地の環境保護に投資するのと同じ発想です。お肉は工業製品ではなく、あくまで自然生態系の一部だからです。

自然資本から狙い通りのおいしいお肉を持続的に取り出し続けるために、テクノロジーを導入したり、インテリジェンスを導入したり、環境保護をしたりしているというわけです。

■「畜産のSPA化」で生み出す付加価値

――GOOD GOODは「畜産のSPA化」に取り組んでいます。「SPA」というとアパレル業界のイメージが強いですが、「畜産のSPA化」とはどのような仕組みなのでしょうか?

そもそも畜産業界は、非常に細かく垂直分業されている業界なんです。牛が食べる飼料だけを作っている農家、子牛を産ませる農家、子牛を買って大きくする農家、「枝肉」と呼ばれる大きい塊に加工する業者など、肉が消費者の口に入るまで、20ほどのプロセスに分業されています。GOOD GOODは、生産から販売までのプロセスを全部自社で一貫してやってしまおうと考えました。

従来の畜産は各プロセスが細かく分断されているので、生産者には消費者の意見や感想は届きづらいのが現状です。逆もしかりで、生産者の想いは消費者には伝わっていないケースが多いように思います。さらに言えば、自分が育てた牛のお肉を食べたことがない生産者がほとんどではないでしょうか。野菜のように育てながら試食できるわけではないので、多くの生産者は、自分が作ったお肉が本当においしかったかどうかを知らないのです。

こうした従来の畜産の課題を解消するには、畜産のSPA化を通じて消費者と生産者のあいだで情報を行き来させてPDCAを回すことによって、全体の力を上げていく必要があると考えました。

  • 畜産業でも一貫経営のマーケットイン型を実現

  • 消費者と生産者のあいだで情報を行き来させてPDCAを回す

――おいしいお肉を作るのは当然のこととして、見せ方、伝え方といったマーケティングにも非常に力を入れていますね。

農業領域でも、特に畜産は分業が高度に進んでいます。これまでは生産者がマーケティングをする必要がない状況だったので、イノベーションを起こし放題だと思っています。

今は情報がオープンになっているので、消費者が牧場名で検索をすると、ストリートビューなどで牧場の風景を見ることができます。ところが、牛はたいてい牛舎に入れられているので、皆さんが想像するような自然の中で牛が放牧されているような畜産風景は日本ではなかなかありません。それに気づいてしまうと、今まで「ブランド」として高く買っていた、おいしいと思っていたお肉の価値が下がったように感じられることが増えてきています。

これまで生産側があえて消費者に伝えてこなかった情報を、消費者が簡単に手に入れられるようになっているなか、後発だからこそ「フル開示」に耐えられる畜産をして、情報をすべてオープンにしていくことで、畜産業界で新しいブランド価値を創っていけるのではないかと考えています。

  • 循環型の放牧畜産から食肉加工、卸売、小売……川上から川下まで事業を展開している

■食料生産をフロー型からストック型へ

――完成が100年先という、自分の寿命を超えたプロジェクトのモチベーションの源泉は?

時間軸が長いと、太く長く収益を生める可能性が高まります。我々は畜産でやっているからこそ珍しがられますが、寿命を超越した事業はそれほど珍しくありません。林業では、伐採した木は自分が植えた木ではないでしょうし、伐採後に植樹した木を自分が切ることもないでしょう。

イタリアのスローフード関係者に「100年後にオープンなんですよね」という話をすると、「食は5世代かかるから、3世代でやろうとするなんて急ぎすぎ。それじゃファストフードだよ」と言われたことがありました。

日本の食料生産は、戦後復興のために短期的に価値を生むフロー重視のビジネスモデルでしたが、これからはストック型に切り替えていくことが大事だと考えています。そうでないと、マーケットからの共感が得られなくなり、商売として成立しなくなってしまう可能性があるからです。

■価値の「ものさし」を増やすと人生が豊かになる

――最後に、学生や若手ビジネスパーソンに向けて、今後キャリアを築いていくためのアドバイスをお願いします。

価値の「ものさし」はたくさん持っておいたほうがいいのではないでしょうか。そのほうが人生が豊かになりますし、選択肢も増えていきます。そのためには、今すぐ収益化はできなくても、自分の興味のあること、好きなことを掘り下げることで、自分の資本量が増えていくと思います。

私の場合はたまたま食、お肉でしたが、ひとつのことを掘り下げていくと見えてくる世界があります。「お肉ってこう作ったほうがいいよね」と考えて、それを一生懸命やってるとワイナリーのオーナー、チーズ職人、バイオリン職人といった違う業界の人々が寄ってきてくれるんです。畑は違っても、同じ深度の人たちの生の声を聞くことで、新しい世界を知ることができます。そうすると気づきがあって、ちっちゃな「ものさし」が手に入るわけです。

いきなり「ものさし」を取りに行くのは無理なので、まずは違う「ものさし」を持っている人が興味を持ってくれるような「ものさし」をひとつ持っておくというのが、「ものさし」を増やす近道だと感じます。

あとは環境の変化も大事ですね。私自身、厚真町のプロジェクトを進めるためにいまは東京ではなく北海道で暮らしています。ここでは、今までの「ものさし」が通用しなくなって、新しい「ものさし」を探さなければならない状況になりました。移住までいかなくても、旅行や短期滞在でもいいので、環境を変えることは新しい「ものさし」を手に入れるきっかけになると思います。